2026年3月 9日 (月)

1-2月の統計はすでに過去の数字かも-景気動向指数と景気ウォッチャーと経常収支

本日、内閣府から1月の景気動向指数と2月の景気ウォッチャーが、また、財務省から1月の経常収支が、それぞれ公表されています。統計のヘッドラインを見ると、景気動向指数については、CI先行指数は前月から+2.1ポイント上昇の112.4を示し、CI一致指数も+2.5ポイント上昇の116.8を記録しています。また、景気ウォッチャーでは、季節調整済みの系列の現状判断DIが前月から+1.3ポイント上昇の48.9となった一方で、先行き判断DIは▲0.1ポイント低下の50.0を記録し、経常収支は、季節調整していない原系列の統計で+9416億円の黒字を計上しています。まず、それぞれの統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

景気一致指数1月は2.5ポイント上昇、生産押し上げ3カ月ぶり改善
内閣府が9日公表した1月の景気動向指数速​報(2020年=100)によると、自動車の生産・輸‌出好調などにより、足元の景気を示す一致指数は前月比2.5ポイント上​昇の116.8で、3カ月ぶりに改善した。先行​指数も同2.1ポイント上昇し112.4となり、9カ月連続で改善した。基調判断​は「下げ止まりを示している」​で据え置いた。
一致指数を押し上げたのは、鉱工業用生産財出荷指数と耐久消​費財出荷指数、鉱工業生産​指数、輸出数量指数など。国内外向け自‌動車生産が好調だったほか、欧州連合(EU)向け自動車輸出なども伸びた。有効求人倍率は求職​者の増加​で悪化し指数を押し下げた。
先行指数を押し上げたの​は、鉱工業用生産財在庫率​指数や日経商品指数、東証株価指数、消費者態度指数など。電子部品の出荷好​調や銅価格上昇、​株価最高値更新などが寄与した。一方、​新規求人数は指数を押し下げた。
街角景気、2月は4カ月ぶり改善 前月比1.3ポイント上昇の48.9
内閣府が9日公表した2月の景気ウオッ​チャー(街角景気)調‌査によると現状判断DIは前月比1.3ポイント上昇の48.9となり、4カ月ぶりに改​善した。基調判断は「景気​は持ち直している」とした。
先行きについては「価格​上昇の影響等を懸念しつつ​も、持ち直しが続くとみられる」とした。
業界別のDIの前月比では、住宅関連が4.1ポ​イント、サービス関連​が3.0ポイント、飲食関連が2.9ポイント改善し‌た。小売り関連は0.6ポイントと小幅な伸びにとどまった。
企業からは「物価高騰で酒類の販​売に影響​が生じている」(北海道・小売店)、「値上げで単価​が上がったがその価格​に客が慣れてきている」(九州・衣料専門店)などの声が聴かれた。
経常収支1月は9416億円の黒字=財務省
財務省が9日発表した国際収支状況速報によると、1月の経常収支は9416億円の黒字となった。ロイターが民間調査機関に行った事前調査の予測中央値9600億円程度の黒字をわずかに下回った。
経常黒字は、12カ月連続。前年同月は3446億円の赤字だったが、貿易収支が赤字幅を縮小したため黒字に転化した。
貿易収支は6004億円​の赤字。赤字幅は前年比2兆3336億円縮小した。
経常収支の稼ぎ頭で、海外への直接投資からの収益や海外の​子会社からの配当の受け取り等からなる第1次所得収支は2兆7466億円の黒字だったが、黒字幅は前年比7824億円縮小した。
第一生命経済研究所主席エコノミストの星野卓也氏は、貿易収支は半導体・AI(人工知​能)周りの輸出が持ち直しており、データセンターへ​の投資や需要に支えられていると指摘する。貿易赤字の縮小で‌改善する中、円安により所得収支が膨らむという足元のトレンドに大きく変わりはない、とみる。
一方で、中東情勢不安定化による原油市場の高騰が、4月以降経常収支に影響が出​てくることを​懸念する。貿易赤字が再拡大して即経常赤字とはいかなくとも、経常収支面で影響が明確に出​てくる可能性がある、と同氏は指摘する。
サー​ビス収支で日中関係冷え込みによる、中国人観光客の減少が旅行収支に与える影響に関しては、中国以外である程度カバーされて​おり、インバウンド訪日旅行客​への影響はひと頃より「中国インパクト」分散化で押さえられてい​る、とも述べた。

長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられている印象です。ただし、統計公表からそれほど時間をおかずに引用していますので、その後追加記事が出ている可能性があります。続いて、景気動向指数のグラフは次の通りです。上のパネルはCI一致指数と先行指数を、下のパネルはDI一致指数をそれぞれプロットしています。影をつけた期間は景気後退期を示しています。

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繰返しになりますが、1月統計のCI一致指数は、前月から+2.5ポイント上昇しました。3か月ぶりの上昇となります。加えて、内閣府のプレスリリースによれば、3か月後方移動平均は+0.37ポイント上昇し、2か月ぶりの上昇となり、加えて、7か月後方移動平均も前月から+0.13ポイント上昇し、3か月ぶりの上昇となっています。統計作成官庁である内閣府による基調判断は、昨年2025年5月統計から「下げ止まり」に下方修正されましたが、今年2026年1月統計でも「下げ止まり」に据え置かれています。基調判断はまだ据置きながら、これらはすでに「過去の数字」と考えるべきです。先行きに関しては、私はいろいろと紆余曲折を経つつも、米国経済がソフトランディングに成功するとすれば、そう簡単には日本経済が景気後退局面に入ることはない、と考えています。ただし、そもそも、米国経済でも日本経済でもまだまだインフレが高止まりしており、特に、日本ではすでに景気回復・拡大局面の後半に入っている点は忘れるべきではありません。それにもまして、米国とイスラエルによるイラン攻撃から、先行きはまったく不透明になったと考えるべきです。石油価格は指標となるWTI先物がバレル当たり100ドルを大きく突破います。東証の日経平均株価も大きく下げて、50,000円が近づいています。さらにさらにで、長期金利が2%超となっている中で、多くのエコノミストが円高を展望して待ち望んでいる金融引締めは景気を下押しすることが明らかです。中国は全人代で今年2026年の成長目標を引き下げたと広く報じられていますし、再び、日米同時リセッションの可能性が高まっているのかもしれません。一応、本日公表の統計のうち、CI一致指数だけ見ておくと、引用した記事にもあるように、鉱工業用生産財出荷指数と耐久消費財出荷指数がともに+0.76ポイントの寄与度、さらに、生産指数(鉱工業)も+0.37ポイントの寄与度と、引用した記事のタイトルにもあるように、生産や出荷の押上げ効果が大きくなっています。

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続いて、景気ウォッチャーのグラフは上の通りです。現状判断DIと先行き判断DIをプロットしており、色分けは凡例の通りです。影をつけた期間は景気後退期を示しています。景気ウォッチャーの現状判断DIは、最近では昨年2025年10月統計の48.2まで6か月連続で上昇または横ばいを記録した後、今年2026年1月統計までジワジワと低下した後、本日公表の2月統計で48.9、前月差+1.3ポイントと4か月ぶりに上昇しています。ただし、現状では緩やかな上昇の動きであり、それほど大きな動きには見えません。いずれにせよ、本日公表された統計は「過去の数字」です。米国とイスラエルによるイラン攻撃、さらに、それに起因する石油価格の上昇を考えれば、景気ウォッチャーの基調判断「景気は、持ち直している。先行きについては、価格上昇の影響等を懸念しつつも、持ち直しが続くとみられる。」というのは、やや怪しくなってきたと考えるべきです。一応、本日公表の昨年2月統計の季節調整済みの現状判断DIをより詳しく前月差で見ると、家計動向関連のうちでは、住宅関連が+4.1ポイント前月から上昇し、サービス関連も+3.0ポイント、飲食関連が+2.9ポイント、小売関連が+0.6ポイント、それぞれ上昇しています。企業動向関連では、製造業は先月1月統計から+1.4ポイント上昇した一方で、非製造業は▲0.9ポイント低下しています。景気判断理由の概要については、記事で引用されているほかに、内閣府の調査結果の中から近畿地方の家計動向関連に着目すると、「来客数は変わらず安定している。海外からの客も昼夜問わず、多く来店している状況に変化はない(コンビニ)。」といっインバウンドに大きな変化はない、といった見方もありました。

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続いて、経常収支のグラフは上の通りです。青い折れ線グラフが経常収支の推移を示し、その内訳が積上げ棒グラフとなっています。引用した記事の通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスは+9600億円の黒字ということでしたし、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも、+1兆円余りの黒字の見込みでしたので、実績の+9400億円超の黒字はやや下振れした印象です。季節調整していない原系列の統計では、+3兆円を超える黒字を計上しています。ただし、1-2月の経常収支は季節調整していない原系列の統計はもちろん、季節調整がなされていても、旧暦で決まる中華圏の春節の日取りによって大きく変化します。ですから、季節調整以外の方法でも均して統計を見る必要があります。もっとも、何といっても、日本の経常収支は第1次所得収支が巨大な黒字を計上していますので、貿易・サービス収支が赤字であっても経常収支が赤字となることはほぼほぼ考えられません。はい。トランプ関税によって貿易収支や貿易・サービス収支の赤字が拡大したとしても、第1次所得収支で十分カバーできると考えるべきです。ただ、細かな動きとしては、引用した記事に丸ように、中国との外交関係に基づくインバウンド観光客が旅行収支やひいてはサービス収支に及ぼす影響、さらに、何といっても、米国とイスラエルによるイラン攻撃に端を発する中東情勢に基づく石油価格の動向、などなど考慮すべき点はいくつかあります。いずれにせよ、対外不均衡の問題が経常収支にせよ、貿易・サービス収支にせよ、たとえ赤字であっても何ら悲観する必要はありません。エネルギーや資源に乏しい日本では消費や生産のために必要な輸入をためらうことなく、経常収支や貿易収支が赤字であっても何の問題もない、逆に、経常黒字が大きくても特段めでたいわけでもない、と私は考えています。

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2026年3月 8日 (日)

大学生の学生生活やいかに?

やや旧聞に属するトピックながら、2月24日に全国大学生協協同組合連合会から「第61回学生生活実態調査」の結果が報告されています。やや、国立大学に偏りあるものの、全国の国公私立の大学学部生13,000人余からの回答を得ている大規模調査です。まず、長くなりますが、リポートp.2から調査結果の特徴を5点引用すると次の通りです。

調査結果の特徴
  1. 自宅生・下宿生ともに、物価高の中で食費は増加する一方、交通費や教養娯楽費、学習関連支出を抑制している。とくに書籍費は2016年以降で初めて1,000円を下回り、学習関連支出の低下が続いている。収入総額は維持・拡大しており、収入の中心はアルバイト収入や仕送り・小遣いなどである。
  2. 給付型奨学金受給者が増加し、授業料の減額・免除を受けている学生の割合も上昇していることから、修学にあたって支援を受けられる学生が増えている。しかし、貸与型奨学金受給者に限れば、引き続き、暮らし向きは苦しいと感じる学生が相対的に多く、返済不安など困難を抱えている割合も多い。
  3. 登校日数や平均滞在時間は2019年水準に近づいているが、滞在時間の分布構造はコロナ禍前と異なる。中程度の滞在時間層が縮小する一方、短時間滞在と長時間滞在が増加している。
  4. 大学生活における人間関係形成のあり方として、従来想定されてきたサークルなどの組織的な活動への参加よりも、趣味や推し活など個々の関係性への接続を重視する方向へと、緩やかな変化が生じている。
  5. 「生成AIの利用経験あり」は92.2%に大幅に増加した。利用目的は授業・研究やレポート作成など学修関連が中心であるが、翻訳や相談相手など補助的・日常的な用途にも広がっている。

まず、最初の特徴のひとつに上げられていますが、書籍費がここ数年で激減しています。1か月の支出額で見て、自宅生は2024年に1,450円あった書籍費が2025年には970円となり、下宿生では2024年1,500円から2025年990円となっています。そして、食費については自宅性と下宿生の差が大きいでしょうから、下宿生を見るとリポートにある2016年以降10年間に渡って、月3万円を下回っています。1日当たり1,000円未満で済ませていることになります。大丈夫なのか、という気にさせられます。私の興味あるところから、グラフを2枚だけ引用しておくと次の通りです。

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まず、上のグラフは、リポート p.19 ChatGPTなど生成AIの利用状況 を引用しています。見れば明らかですが、毎年大きく増加してきており、最近時点では90%を超えています。どこまで使いこなせているかは別にして、事実上、100%と見なして差し支えないものと考えるべきです。今でもリポートや論文作成の際に、生成AI禁止で臨んでいる教員がいると聞き及んでいますが、むしろ、ChatGPTなどの生成AIは積極的に活用した方がいいと私は考えています。禁止してしまうと使い方を教えないので、逆に、使い方を間違う可能性が高くなって、その方が望ましくないと考えるべきです。先日、別の大学の先生と会議の合間に雑談していて、私がどのように生成AIを使ったかをお話した記憶があります。最近の紀要論文 "How Tourism Promotes Economic Development: A Case of Cambodia" は、カンボジアを例にした観光経済学の論文なのですが、ギャンブルが観光資源として適格(eligible)かどうか、を論じる際に、私は不適格だと考えているのでChatGPTにギャンブルは観光資源として不適格とする論文をリストアップしてもらって、いくつか読んで引用したのですが、実は、ギャンブルは観光資源として適格でありしっかりと活用すべき、という論文も負けず劣らずいっぱいあるのを知った、と笑い話をしていました。

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次に、読書時間です。上のグラフは、リポート p.22 1日の読書時間「0分」と読書時間(分)の推移 を引用しています。50歳以上くらいで年配になればなるほど、最近の大学生や若者は読書しない、という根拠のない思いこみを持つ人が多いのですが、そんなことはありません。むしろ、数十年前から比べて読書時間は増えているくらいですし、ここ10年という短期ながら、少なくとも読書ゼロが増加していたり、読書時間が減少していたり、という年輩の方の思いこみに根拠はないということが読み取れます。

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2026年3月 7日 (土)

今週の読書は芥川賞受賞作を含めて計7冊かな?

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、軽部健介『人事と権力』(岩波書店)では、内閣が日銀の総裁・副総裁や政策委員の任命という人事をテコとして、中央銀行の独立を無意味にしたり、金融政策を歪めたりといった可能性について、ジャーナリストの視点からの考察しています。ただ、国民主権の観点から私は疑問を感じました。鳥山まこと『時の家』(講談社)は、第174回芥川賞受賞作品であり、30代半ばの男性が『売物件』と掲示された家に忍び込んで、その家を中心に人々の暮らしや何やを描写しています。ストーリー全体としてタイムスパンは長いのですが、各センテンスはとても短くテンポよくなっています。畠山丑雄『叫び』(新潮社)は、第174回芥川賞受賞作品であり、30歳を過ぎた地方公務員の主人公が結婚を考えていたお相手に振られて、自暴自棄になって金遣いが荒くなったところで、銅鐸作りの先生に出会い銅鐸にのめり込みます。関西言葉の会話のテンポがいい作品です。山口二郎『現代ファシズム論』(朝日新書)では、戦後民主主義の危機の時代にあって、21世紀の現代型のファシズムをフェイク=虚偽をフルに活用した「フェイクファシズム」として捉え、米国トランプ政権がファシズムであるかどうかを運動、思想、体制の3つの観点から分析しています。橋本努・金澤悠介『新しいリベラル』(ちくま新書)では、従来型のリベラルが弱者救済型の福祉政策や高齢者への支援を重視するのに対して、新しいリベラルは成長支援型の福祉政策を支持し、子育てや世代や次世代への支援を重視するのではないか、との仮説から、その特徴を把握しようと試みています。エルモア・レナード『ビッグ・バウンス』(新潮文庫)は、1960年代の米国5大湖周辺を舞台に、流れ者=季節労働者として農園で働く主人公が、その農園の社長の愛人である10代の若くて奔放な女性と出会って引かれて行き、農園労働者の給料を盗む計画を持ちかけられる、というノワールな小説です。葉室麟『螢草』(文春文庫)では、16歳の主人公の菜々が風早家に女中奉公に上がり、身分の分け隔てなく接してくれる主人、優しい奥方様や2人の可愛い子供たちに囲まれますが、奥方様は結核で亡くなり、藩政改革派の主人も卑劣な謀略に嵌められます。菜々は周囲に助けられながら風早家の2人の子どもを守って孤軍奮闘します。
今年2026年の新刊書読書は、1月中に24冊、2月に25冊、今週の7冊を加えて合計56冊となります。また、本日取り上げた新刊書読書のほかに、井上真偽『ぎんなみ商店街の事件簿』Sister編とBrother編(小学館)も読んでいます。ただ、新刊書ではないので、本日のレビューには含めず、すでにいくつかのSNSにポストしてあります。残る読書感想文についても、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

 

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まず、軽部健介『人事と権力』(岩波書店)を読みました。著者は、帝京大学経済学部教授なのですが、時事通信社に長らくお勤めのジャーナリストです。本書のタイトルは大きく出ていますが、実は、日銀総裁の任命をめぐる問題点を議論しています。時期的には、1998年の新しい日銀法の制定の直前、すなわち、新日銀法の企画立案のころから始まっています。新日銀法により、日銀は中央銀行として世界標準の独立を果たしたものの、人事で日銀の金融政策が歪められた可能性はないのか、すなわち、総裁や政策委員の任命は国会の同意のもとに内閣によって行われることから、内閣が、あるいは、首相が総裁・副総裁や政策委員の任命という人事を通じて日銀の独立を実体的に無意味にするような支配力を行使しているのではないか、という問題意識からファクトを積み重ねています。特に、アベノミクス期の安倍首相がリフレ派のエコノミストを日銀に送り込んで、金融政策に対する大きな影響力を持っていたのではないか、という疑問を解明しようと試みています。ただし、私の考えでは、中央銀行とて民主主義国家では民主主義的な統治の下にあります。当然です。他方、本書で1回も登場しない国民主権が民主主義の大きな原則です。ですから、中央銀行は政府から独立しているとしても、国民主権を離れて経済社会や国民生活から独立しているわけではありません。その国民主権によるチェック・アンド・バランスとして、国会の同意と内閣の任命という行為があるのだろうと私は考えています。本書が、中央銀行の独立というのは、あくまで、政府からの独立である点を認識しているのかどうか、読んでいて、私は少し疑問を感じました。まさか、中央銀行が国民主権からも独立して、あくまで専門家として行動すべき、と考えているとは思わないのですが、中央銀行というインナーサークルが主権者たる国民からのチェックを受けずに、あまりに国民生活を考慮することなくデフレに陥ったために国民生活が犠牲になった、というのが一面の真理ではないだろうかと私は考えています。本書で言及されている「オーソドックスな人事」の基礎の下に、金融政策は国民生活からも独立して、日銀エリートだけが関与する、というのは明らかに民主主義国家の中央銀行として誤った道だと私は考えます。例えば、かつては日銀エリートは「岩石理論」を振り回してリフレ派理論を否定していたのですが、今では「岩石理論」なんて恥ずかしくて、誰も口にしないと思います。はい、本書でいう中央銀行の独立のもとで日銀エリートが政策判断を間違った、という観点は本書ではとても希薄に感じます。米国の連邦準備制度理事会はいわゆるデュアル・マンデートで物価と雇用の両睨みですが、日銀は他の中央銀行と同じで物価安定がもっとも重要な金融政策目標です。そこに、1990年代初頭のバブル崩壊から「羹に懲りて膾を吹く」教訓を得て、バブルを回避すればバブル崩壊は起こらない、という誤った使命感からデフレに陥った面があると私は考えています。ですので、デフレに陥ることがなければ、それほどリフレ派に頼った政策変更を必要としなかったように感じています。逆から見て、アベノミクス前の日銀が金融政策運営を失敗してデフレになったので、その反動も含めてアベノミクスで強引なリフレ政策が持ち込まれた、というのが私の理解です。そのあたりは、どちらの面を見るかで違ってくるのだろうと思いますが、本書の視点は逆に反リフレ派的な印象を持つのは私だけではないと感じます。最後に、私が本書を読もうと考えた内幕を明かすと、本書は2年前の出版であり、それほど新刊という気はしないのですが、先月2月に高市内閣が日銀政策委員の新規候補者2人を国会に提示した、しかも、2人ともリフレ派エコノミストである、というニュースに接して、読み逃していた本書を手に取った次第です。

 

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次に、鳥山まこと『時の家』(講談社)を読みました。著者は、小説家であり、京都府立大学から九州大学大学院を終えており、ご専門は建築のようです。本作品は第174回芥川賞受賞作品です。一応、お断りですが、表紙画像は単行本のバージョンを引用していますが、私は『文藝春秋』2026年3月特別号にて、選評や受賞者インタビューとともに読んでいます。ですので、単行本の読者よりは、ある意味で、情報は豊富かと考えています。ということで、まず、主人公はタイトル通りに家なんだろうと思います。冒頭、30代半ばの男性が『売物件』と掲示された家に忍び込んで、その家を中心に人々の暮らしや何やを描写しています。ストーリー全体としてはタイムスパンも長くて、決して短文ではないのですが、各センテンスはとても短くしてあります。テンポがよくなっています。私なんかが大学や大学院で論文指導をする場合に、「一文一義」という原則を最初に教えます。そういった短いセンテンスの文章が続きます。ただ、取壊しの際の描写にはセンテンスが長くなり、取壊しが終わるとまた短いセンテンスに戻ります。このあたりは意識して書いたのであれば素晴らしい技巧ですし、無意識にそうなったというのであっても素晴らしい文章センスだと感じました。ただ、短いセンテンスにしては前半はモッチャリした描写が続きます。吉田修一の選評によれば、立ち上がりが遅い、暖房器具だったら風邪をひく、と表現されています。ただし、逆にそのペースに慣れれば段々とストーリーにのめり込む読者もいそうです。

 

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次に、畠山丑雄『叫び』(新潮社)を読みました。著者は、小説家であり、京都大学文学部のご出身です。本作品は第174回芥川賞受賞作品です。一応、お断りですが、表紙画像は単行本のバージョンを引用していますが、私は『文藝春秋』2026年3月特別号にて、選評や受賞者インタビューとともに読んでいます。ですので、単行本の読者よりは、ある意味で、情報は豊富かと考えています。ということで、まず、舞台は大阪府茨木市です。我が立命館大学は茨木にもキャンパスがあって、私は何度も授業に通ったことがあります。でも、それほど土地勘はありません。それはともかく、主人公は30歳を過ぎた地方公務員らしいのですが、結婚を考えたお相手がいて、両者の中間地点の茨城に引越してまでしたのですが、そのお相手に振られて、自暴自棄になって金遣いが荒くなったところで、銅鐸作りの先生に出会い銅鐸にのめり込みます。ストーリーもさることながら、関西言葉での会話のテンポがいいです。かつての川上未映子の芥川賞受賞作「乳と卵」のようでした。ただ、それは私が関西出身だからという面がある可能性は否定しません。ですから、島田雅彦の選評では、読者の東西の出身によって評価が分かれる可能性が指摘されています。すなわち、関西出身者には高く評価されそうだ、という指摘です。もうひとつ、小説の重要な要素に「聖」があります。社会福祉によって「聖」を支える必要性については、私自身も「聖」のスコープをもう少し芸術くらいまで広げて賛成です。最後の最後に、山田詠美の選評に私が激しく同意するのは、最後のエピローグがまったく不要、という点です。

 

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次に、山口二郎『現代ファシズム論』(朝日新書)を読みました。著者は、長らく北海道大学の教授だと私は思っていたのですが、今は法政大学法学部の教授だそうです。前世紀ながら社会党の村山内閣のブレーンだったり、今世紀初頭には政権交代した後の民主党の鳩山内閣などのブレーンであったと私は認識しています。本書では、タイトル通り、約100年前の戦間期のイタリアやドイツのファシズムではなく、現在の21世紀における民主主義の危機を現代型のファシズムという観点から分析しようと試みています。ただ、その前提として、戦間期ファシズムの成立の3条件を上げています。すなわち、第1に、民主主義の宿命ですが、民主主義を否定する勢力の拡張です。ロシアで成立した共産党政権とか、イタリア・ドイツのファシズム政党などを上げています。第2に、オルテガ・イ・ガセットの論点で、普通選挙制による民主主義を担う市民層の拡大により、それまで所得や資産の裏付けのある教養や公共的な精神を持った市民だけではなく、自己の利益を追求するグループも参加を拡大した点です。第3に、1929年から始まる世界恐慌と経済危機により、合理的に判断できる基盤を失った市民が少なくありませんでした。加えて、ウンベルト・エーコ『永遠のファシズム』からファシズムを構成する14の要素をpp.15-16に列挙しています。その上で、戦後から1970年代くらいまでは安定した経済成長とともに民主主義が機能していた一方で、1980年代から新自由主義的な経済政策運営とともに民主主義が怪しくなり、21世紀に入り、特に、2016年の英国のいわゆるBREGXITや米国でのトランプ大統領を選出した大統領選挙あたりに象徴されるように、民主主義が危機に陥った、と指摘しています。そして、その21世紀の民主主義の危機の背景としてグローバル化への反発、SNSをはじめとする情報やコミュニケーションの変化を上げています。経済面では、新自由主義的経済政策とともに、まるで営利企業を経営するような国家運営が始まり、国家が政権権力者の家産国家化した、との結論を導いています。要するに、トランプ大統領に対して "No King" とのプラカードを持ったデモがあったように私は記憶していますが、国家が権力者の私物になって、権力さえあれば、嘘をついても不法行為をしても、何でも許されるという日本でも安倍内閣から菅内閣のころに見られた国家観が示されています。そして、慶応義塾大学の金子勝教授の著書のタイトルを借りて、フェイク=虚偽をフルに活用したファシズムという意味で、現代型のファシズムを『フェイクファシズム』と読んでいます。また、第6章では米国のトランプ政権を運動、思想、体制の3つの観点からファシズムであるかどうかについて短い考察を提供しています。トランプ政権の分析とそれに続く左派勢力のファシズムへの対抗などについては、読んでみてのお楽しみです。最後に、私自身はこの著者に対して、一定の親近感は持っているものの、それほど強い思い入れはありません。1980年代だったと思いますが、強烈に小選挙区制を推奨していましたし、かつ、村山内閣の成立時に当時の社会党に安保や自衛隊に関して、いわゆる「現実路線」を主導したりと、なし崩し的な左派勢力の右傾化を進めてきたような印象もあります。したがって、本書に関してもいわゆる「左からの批判」が出る可能性があると認識しています。はい、期待しているのではなく、予想しているだけです。

 

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次に、橋本努・金澤悠介『新しいリベラル』(ちくま新書)を読みました。著者は順に、北海道大学大学院経済学研究科教授とシノドス国際社会動向研究所所長、および、立命館大学産業社会学部現代社会学科教授だそうです。まず、本書ではリベラル派の衰退について事実関係を示しています。はい、その通りだと思います。本書のスコープを超えて、先月2月の総選挙でも立憲民主党が公明党に取り込まれて新党を結成した上で選挙でも大敗した、という事実は隠しようがありません。そういったリベラルの衰退を考える際に、本書ではかつての保守vs革新、という構図からの変化を基に、実は、旧来リベラルではなく、本書のタイトルになっている新しいリベラルはそれほど衰退していない可能性がある、という主張を数千人規模の社会調査に基づいて検証しようと試みています。その新しいリベラルの特徴として、3点上げています。すなわち、(1) 旧来リベラルの弱者保護ではなく、成長支援型の社会福祉、(2) 従来の高齢世代支援ではなく、子育て世代や将来世代への支援、(3) 新しいリベラルは反戦護憲などの戦後民主主義的な論点には強くコミットしない、ということになります。そして、社会調査結果の分析に先立って、新しいリベラルの理論的背景をなす4つの潮流を考えます。第1に、1990年代の英国労働党のブレア政権の理論的基礎となったギデンズの『第3の道』、第2に、エスピン-アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』、第3に、ベッラメンディの『先進的資本主義の政治』、そして、第4に、マッツカートの『ミッション・エコノミー』です。一応、私はエコノミストですので『ミッション・エコノミー』は読みましたし、『第3の道』と『福祉資本主義の三つの世界』の2冊は大雑把に内容を把握していますが、『先進的資本主義の政治』についてはよく知りませんでした。その理論的解明の上で、社会調査結果から日本における6グループを抽出しています。すなわち、新しいリベラルのほか、従来型リベラル、成長型中道、政治的無関心、福祉型保守、市場型保守、となります。それぞれが占めるシェアや特徴などはp.240表6-4に簡単に取りまとめられており、その後に詳細な分析結果が続きます。そのあたりは読んでみてのお楽しみです。最後に、私自身の政治経済的な傾向は、おそらく、新しいリベラルと従来型リベラルの間のどこかにあるような気がします。

 

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次に、エルモア・レナード『ビッグ・バウンス』(新潮文庫)を読みました。著者は、米国の小説家であり、カウボーイたちの西部小説から本作品で現代ノワール小説に転じています。舞台は米国の5大湖周辺のリゾート地ジェニーヴァ・ビーチで、主人公はジャック・ライアンです。かつてはマイナーリーグの野球選手をしていたこともありますが、現在は流れ者=季節労働者として、ピクルス向けのキュウリの摘み取りをしています。働き先の農園リッチー・フーズの社長であるレイ・リッチーの愛人のナンシー・ヘイズと出会います。ナンシーは奔放なハイティーンで、よその家の窓ガラスを割ったり、不法侵入などでスリルを求める生活を送っていたりします。ジャックは作業頭に大立ち回りを演じて裁判沙汰になり農園をクビになります。町から出て行けといわれますが、その裁判に関連した治安判事、ジェニーヴァ・ビーチでカバーニャ=コテージをいくつか所有している治安判事のミスター・マジェスティックのリゾートで雑用係として働き始めます。親しくなった仲で、ナンシーはリッチー・フーズの季節労働者への給料5万ドルの強奪をジャックに持ちかけます。ということで、出版が1960年代後半ですから、それほど荒唐無稽なお話ではありません。荒唐無稽ではない、という意味は、禁酒法下の大恐慌時代、1930年代の Bonnie and Clyde、すなわち、「俺たちに明日はない」と題して映画化された実在の2人のような物語を想像して読むことに比較して、という意味です。どうして、そういう発想になったかといえば、表紙画像の帯に「あんた、いったい、何発撃ったんだよ?」とありますので、発砲しまくって銀行強盗を繰り返す、というイメージを持ってしまったからです。ですので、Bonnie and Clyde の一行のようにド派手、というか、何というか、拳銃をぶっ放しまくる、というストーリー展開ではありません。その分、地味なお話と感じないでもありませんが、それでも、なかなかビミョーに面白いです。ナンシーの実に適当に振る舞う遊び心、奔放さに何ともいえず、本能的に引かれるジャックの心理や行動・言動が、実にたくみに微妙なラインで描写されています。

 

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次に、葉室麟『螢草』(文春文庫)を読みました。著者は、時代小説作家なのですが、2017年に亡くなっています。本書は2012年に双葉社から単行本として出版され、2015年に双葉文庫で文庫化され、今年2026年1月に文春文庫で再文庫化されています。本書の舞台は江戸末期の小藩である鏑木藩です。主人公は女中として武家に仕える16歳の菜々です。菜々が仕える風早家は150石取りながら、鏑木藩は5万2千石の小藩ですので、中士ではなく上士の格となります。主人の風早市之進は藩内の改革派で、清廉な人物であり、病弱な妻の佐知とともに菜々にやさしく接してくれ、子どもの嫡男の正助ととよもよく菜々に懐いています。年配の家僕の甚兵衛が通いで主人に仕えています。菜々はもともと武士の娘でしたが、父親が城内で刃傷沙汰に及んで切腹を命じられお家は断絶し、母親の里の赤村の庄屋の家で育っています。母親の五月が亡くなり、菜々が赤村を離れて風早家に仕えるようになったわけです。しかし、病弱だった奥方様の佐知が亡くなり、主人の風早市之進が謀略にあって罪人として江戸に送られたあげく、他藩預かりという流罪に処せられます。もちろん、風早家のお子2人と菜々は屋敷から追い出されます。何と、菜々の父が刃傷沙汰に及んだ仇が、風早市之進を嵌める謀略を仕組んだ黒幕と知ります。そこから、菜々はがんばって自活し、質屋のお船、地廻りの親分である涌田の権蔵、鏑木藩の剣術指南役である壇浦五兵衛、塾を開いている儒学者の椎上節斎らの助けを得て、父親の仇を討ち、風早市之進の復権を目指す、というストーリーです。結末は見えているわけですが、あらすじはここまでとします。それほど重いお話ではありません。例えば、菜々に助力するお船を「おほね」と、涌田の親分を「駱駝の親分」と、壇浦五兵衛を「だんご兵衛」と、椎上節斎を「死神先生」と、それぞれ誤って呼びかけるというコミカルな要素もありますし、全体のお話のトーンがとても明るい時代小説です。最後に、菜々に助力する人々の設定がとてもご都合主義的に見えるかもしれません。でも、時代小説はしばしばこういった人柄のいい主人公に自然と加勢する人が集まる、そして、主人公は成功裏に目的を達成する、あるいは、勧善懲悪ハッピーエンドのお話が完成する、というものです。その点が、私が時代小説に感じる大きな魅力のひとつだといえます。

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2026年3月 6日 (金)

市場予想を大きく下回った2月の米国雇用統計

日本時間の今夜、米国労働省から2月の米国雇用統計が公表されています。非農業雇用者数の前月差は、1月統計の+126千人増から2月統計では▲92千人減と市場予想を大きく下回り、失業率は1月の4.3%から+0.1%ポイント上昇して4.4%を記録しています。まず、USA Today のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を手短に最初の2パラだけ引用すると以下の通りです。

US shed 92,000 jobs, unemployment ticked up to 4.4% in February
The U.S. economy shed 92,000 jobs in February, the Bureau of Labor Statistics estimated March 6, a sign the overall labor market is still in low-hire mode as employers continue to navigate tariff-related inflation pressures, AI adoption, and geopolitical uncertainty.
The February estimate comes in much lower than the BLS' now-revised gain of 126,000 jobs added in January, which was much higher than the agency's revised figures for 2025, when U.S. employers added only 181,000 jobs throughout the entire year, or about 15,000 a month.

いつもの通り、よく取りまとめられている印象です。続いて、いつもの米国雇用統計のグラフは下の通りです。上のパネルでは非農業部門雇用者数の前月差増減の推移とそのうちの民間部門を、さらに、下は失業率をプロットしています。いずれも季節調整済みの系列であり、影をつけた部分は景気後退期です。NBERでは2020年2月を米国景気の山、2020年4月を谷、とそれぞれ認定しています。ともかく、2020年4月からの雇用統計からやたらと大きな変動があって縦軸のスケールを変更したため、わけの判らないグラフになって、その前の動向が見えにくくなっています。少し見やすくしたのですが、それでもまだ判りにくさが残っています。その上、米国連邦政府のシャットダウンにより、2025年10月の失業率は公表されていません。よ~く見ると、下のパネルの失業率がその部分が欠損値になっているのが見て取れます。

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米国の雇用は非農業部門雇用者の増加については、最新の利用可能な2月統計もさることながら、昨年2025年12月の非農業部門雇用者の前月差が前回公表値の+48千人増から▲17千人減へ、また、今年2026年1月統計のデータも+130千人増から+126千人増へ、それぞれ下方修正されています。失業率は4%台半ばにあるとはいえ、わずかながら上昇し、米国雇用は減速が鮮明になっています。米国連邦準備制度理事会(FED)は2025年中に175ベーシスの利下げを実行していますが、この雇用統計を受けて、次回3月17-18日の連邦公開市場委員会(FOMC)では追加利下げが決定されるかどうか、私はビミョーだと受け止めています。どうしてかというと、米国とイスラエルによるイラン攻撃は、石油価格の上昇を通じて明らかにインフレ圧力を高めると考えられるからです。雇用と物価のデュアルマンデートを背負う米国連邦準備制度理事会(FED)は難しい金融政策の舵取りを担うことになります。

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2026年3月 5日 (木)

来週公表予定の2025年10-12月期GDP統計速報2次QEは1次QEから上方修正の予想

今週火曜日3月3日の法人企業統計をはじめとして必要な統計がほぼ出そろって、来週3月10日に、昨年2025年10~12月期GDP統計速報2次QEが内閣府より公表される予定となっています。すでに、シンクタンクなどによる2次QE予想が出そろっています。ということで、いつもの通り、顧客向けのニューズレターなどのクローズな形で届くものは別にして、web 上でオープンに公開されているリポートに限って取りまとめると下のテーブルの通りです。ヘッドラインの欄は私の趣味でリポートから特徴的な文言を選択しています。可能な範囲で、GDP統計の期間である昨年2025年10~12月期ではなく、足元の1~3月期から先行きの景気動向を重視して拾おうとしています。先行き経済について言及しているシンクタンクはみずほリサーチ&テクノロジーズと第一生命経済研究所などいくつかあり、特にこの2機関は長々と引用してあります。ただし、いつもの通り、2次QE予想は法人企業統計のオマケ的な扱いのシンクタンクも少なくありません。いずれにせよ、1次情報にご興味ある向きは一番左の列の機関名にリンクを張ってありますから、リンクが切れていなければ、pdf 形式のリポートが別タブで開いたり、ダウンロード出来たりすると思います。ただし、最後の行の東京財団だけは、いわゆるナウキャスティングですので、足元の1~3月期の予想となっています。なお、"pdf" が何のことか分からない人は諦めるしかないんですが、もしも、このブログの管理人を信頼しているんであれば、あくまで自己責任でクリックしてみましょう。本人が知らないうちにAcrobat Reader がインストールしてあってリポートが読めるかもしれません。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
内閣府1次QE+0.1%
(+0.2%)
n.a.
日本総研+0.3%
(+1.2%)
2025年10~12月期の実質GDP(2次QE)は、設備投資と公共投資が上方改定される見込み。この結果、成長率は前期比年率+1.2%(前期比+0.3%)と、1次QE(前期比年率+0.2%、前期比+0.1%)から上振れると予想。
大和総研+0.4%
(+1.5%)
2025年10-12月期のGDP2次速報(QE)(3月10日公表予定)では実質GDP成長率が前期比年率+1.5%と、1次速報(同+0.2%)から上方修正されると予想する。主因は10-12月期の法人企業統計の結果を受けた設備投資の上方修正だ。
みずほリサーチ&テクノロジーズ+0.2%
(+0.8%)
先行きについてみると、2026年1~3月期の実質GDPは個人消費や設備投資などの内需を中心に緩やかな拡大ペースを維持すると予想する。
個人消費は、実質賃金の改善が追い風になると見込む。名目賃金の上昇傾向が続く一方、食料インフレの減速や政府の物価高対策を受けて物価の伸びが抑制されるためだ。2025年末にいわゆるガソリン暫定税率が廃止されたことに加え、2025年度補正予算に盛り込まれた電気・ガス代支援の効果が2026年2~4月のインフレ率を押し下げる(支援実施期間は1~3月)要因になる。実際、2月の都区部コアCPI(生鮮食品を除く総合)は前年比+1.8%(1月: 同+2.0%)と、2024年10月以来の2%割れとなった。こうした実質賃金の改善に加えて、足元のいわゆる「高市トレード」による株高も資産効果(消費性向の高まり)を通じて個人消費を支える要因になろう。
設備投資は、企業の堅調な景況感・業績や、省力化・DX関連投資といった構造的な投資需要を背景とする旺盛な設備投資意欲を受け、拡大傾向が続くだろう。なお、米国の関税政策については、2月20日の米連邦最高裁判所の判決を受けて相互関税が廃止され、新たな追加関税が発動された。日本からの輸出品に対する関税率は大きく変化しない見通しだが、新たな追加関税が時限的な措置であり、今後も米国関税政策に関する不確実性が残る点には注意が必要だ。
2026年度の日本経済は、こうした個人消費や設備投資の拡大に、高市政権の総合経済対策の効果も本格的に加わり、前年比+1%前後の堅調な成長になると見込まれる。公共投資を中心とする公的需要の拡大、エッセンシャルワーカーの処遇改善や子育て応援手当などを通じた消費喚起、そして、「危機管理投資・成長投資」による設備投資の支援策が、2026年度の成長率を押し上げる主な要因になろう。
ニッセイ基礎研+0.3%
(+1.4%)
3/10公表予定の25年10-12月期GDP2次速報では、実質GDPが前期比0.3%(前期比年率1.4%)となり、1次速報の前期比0.1%(前期比年率0.2%)から上方修正されると予想する。
第一生命経済研+0.3%
(+1.0%)
先行きについても、好調に推移する米国景気と実質所得の持ち直しという二つの要因が日本経済を下支えし、景気は緩やかな回復が続くと見込んでいる。一方、中東情勢の緊迫化による原油価格の高騰がリスク要因として浮上している。事態が短期で収束に向かえば経済への影響は限定的にとどまるが、長期化すればエネルギー価格の上振れを通じて物価が押し上げられ、景気の下押し要因となり得る。物価鈍化を背景に実質賃金がプラス圏に浮上することが2026年度の景気を支えると予想されるだけに、エネルギー高が長引けば、景気回復シナリオにも暗雲が立ち込めることになる。
三菱UFJリサーチ&コンサルティング+0.3%
(+1.2%)
2026年3月10日に内閣府が公表する2025年10~12月期の実質GDP(2次速報値)は、前期比+0.3%(年率換算+1.2%)と、2月16日に公表された1次速報値の同+0.1%(同換算+0.2%)から上方修正される見込みである。GDP1次速報値公表後に追加された法人企業統計等の基礎統計の結果が、想定より上振れた。国内景気が、内需を中心に緩やかに回復していることを改めて確認できる結果となりそうだ。
伊藤忠総研+0.1%
(+0.6%)
今後はトランプ関税の行方が再び不確実性を高めているほか、中東情勢の悪化によるエネルギー価格高騰のリスクも高まっているが、製造業、非製造業とも大幅な人手不足状態にあるため、企業は来年度の春闘においても今年度並みの高い賃上げを実施、個人消費の拡大を後押ししよう。
明治安田総研+0.2%
(+0.8%)
先行きについて、アメリカ・イスラエルのイラン攻撃に伴う中東情勢の悪化は景気の下押しリスクとなる。原油供給が滞れば生産の重石となるほか、原油価格が上昇すればインフレ圧力は高まる。ただ、3月2日時点のWTI原油先物価格は72ドル台と上昇は限定的である。
この価格水準を前提とすると、物価上昇率は、食品価格の寄与低下や、ガソリン税の旧暫定税率廃止などの効果で鈍化が見込まれる。実質賃金はプラス圏に浮上し、個人消費は緩やかな回復傾向で推移すると予想する。また、設備投資は、日銀短観など各種調査でみられるとおり企業の計画は堅調である。良好な企業収益に加え、省力化投資の需要が安定的に見込まれることが下支え要因となり、底堅い推移が続くとみる。
一方、財輸出は米国の関税が引き続き下押し圧力となるほか、中国向けも振るわないことで停滞気味の推移が見込まれる。日中関係の悪化による訪日客の減少も2026年1-3月を中心に足枷となる可能性が高い。これらを踏まえると、2026年の日本景気は緩やかな回復傾向で推移するというのがメインシナリオである。
東京財団+0.28%
(+1.13%)
モデルは、2026年1-3月期のGDP(実質、季節調整系列前期比)を、0.83%と予測。※年率換算: 3.35%

すでに、2025年10~12月期は過去の数字と考えるべきなのかもしれませんが、私自身も直感的に法人企業統計を受けてGDP統計速報2次QEは先月公表の1次QEよりも上方修正されると考えています。ほぼほぼすべてのシンクタンクも同じく上方修正を見込んでいるようです。ただし、その程度は大きくなく、前期比年率で+1%前後と考えています。問題は足元の3月からの先行きです。米国とイスラエルによるイラン攻撃は、エコノミストには何とも想定し難く、日本経済に対する大きな影響は石油をはじめとするエネルギー価格の動向である点は衆目の一致するところです。ホルムズ海峡は封鎖されているらしいのですが、現時点では広く報じられているように、石油価格の指標となっているWTI先物でバレル70ドル台半ばですから、ムチャな価格ではないだろうという気はします。ただ、戦闘がいつまで継続し、ホルムズ海峡封鎖がいつまで続くのかは、私にはまったく不明ですし、当然の帰結として、平時でも不案内な石油価格動向は私にはまったく見通せません。
最後に、みずほリサーチ&テクノロジーズのリポートから 2025年10-12月期GDP(2次速報) のグラフを引用すると次の通りです。

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2026年3月 4日 (水)

基調判断が引き上げられた2月の消費者態度指数

本日、内閣府から2月の消費者態度指数が公表されています。2月統計では、前月から+2.1ポイント高い40.0を記録しています。まず、ロイターのサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者態度指数2月は+2.1ポイント、判断上引き上げ 物価見通し低下
内閣府が4日公表した2月の消費動向調査調査によると、消費者態度指数は前月比2.1ポイント上昇し40.0となり、2カ月連続で改善した。消費者マインドの基調判断は、前月の「持ち直している」から「改善に向けた動きがみられる」に上方修正された。物価見通しでは、上昇するとの回答比率が低下した。
消費者態度指数を構成する4つの意識指標は全て前月から改善した。このうち「耐久消費財の買い時判断」は3.5ポイントと大きく上昇した。
物価見通しでは、1年後は今よりも上昇するとの回答比率は85.6%で、前月から5.7ポイント低下した。1年後の物価上昇率が2%未満との回答比率は増えたが、2%以上5%未満、5%以上との回答がそれぞれ減少した。

いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、消費者態度指数のグラフは下の通りです。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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消費者態度指数を構成する4項目の指標について前月差で詳しく見ると、「耐久消費財の買い時判断」が+3.5ポイント上昇して33.9、「暮らし向き」が+2.9ポイント上昇し39.7、「雇用環境」も+1.6ポイント上昇して44.0、「収入の増え方」が+0.5ポイント上昇し42.5と、消費者態度指数を構成するコンポーネントすべてが上昇しました。引用した記事にもある通り、統計作成官庁である内閣府では、基調判断を「持ち直している」から「改善に向けた動きがみられる」に引き上げています。私が従来から主張しているように、いくぶんなりとも、消費者マインドは物価上昇=インフレに連動している部分があります。総務省統計局による消費者物価指数(CPI)のうち生鮮食品を除くコアCPI上昇率は、昨年2025年10-11月に+3.0%を記録した後、12月には+2.4%に、さらに、今年2026年1月には+2.0%まで着実に減速し、依然として+2%の日銀物価目標スレスレなのですが、落ち着きを取り戻し始めています。インフレとデフレに関する消費行動は、1970年代前半の狂乱物価の時期は異常な例としても、1990年代後半にデフレに陥る前であれば、インフレになれば価格が引き上げられる前に購入するという消費者行動だったのですが、バブル経済崩壊後の長い長い景気低迷期とさらにデフレを経て、物価上昇により実質所得の減少が目立って実感されるようになったのか、消費者が買い控えをする行動が目につくように変化したのかもしれません。
また、引用した記事でも言及されているように、消費者態度指数以上に注目を集めている1年後の物価見通しは、5%以上上昇するとの回答が、直近のピークだった昨年2025年10月統計の50.5%から最新の今年2026年2月統計では36.5%まで低下しています。昨年2025年4月には60%に達していたことを考えれば、着実に割合が低下していることは忘れるべきではありません。他方で、2%未満の物価上昇との回答がボトムの2025年10月の9.2%から2026年2月統計では14.2%まで着実に上昇しています。ただ、これらも含めた物価上昇を見込む割合は85.6%と、依然として高い水準が続いています。引用した記事にもあるように、「耐久消費財の買い時判断」が改善しても、物価上昇の中心である食料品については、まだ大きな懸念が残っている可能性を私は感じます。

最後に、米国とイスラエルによるイラン攻撃の影響は、当然ながら、この統計には反映されていません。まあ、常識的に考えて、武力衝突により消費者マインドは冷え込むのだろうと私は予想しています。

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2026年3月 3日 (火)

好調な企業業績を反映する10-12月期法人企業統計と陰りの見え始めた1月の雇用統計

本日、財務省から昨年2025年10~12月期の法人企業統計が、また、総務省統計局の失業率や厚生労働省の有効求人倍率などの雇用統計が、それぞれ公表されています。雇用統計は、いずれも1月の統計です。法人企業統計のヘッドラインは、季節調整していない原系列の統計で見て、売上高は前年同期比+0.7%増の400兆6499億円、経常利益は+4.7%増の30兆270億円に上っています。さらに、設備投資も+6.5%増の15兆3865億円を記録しています。また、設備投資を季節調整済みで見ると、GDP統計の基礎となる系列については前期比+3.5%増となっています。雇用統計については、失業率は前月から+0.1%ポイント上昇して2.7%、有効求人倍率も前月から▲0.02ポイント低下して1.18倍と、それぞれ雇用は悪化しています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

10-12月法人企業、設備投資6.5%増 都市開発や情報関連伸び
財務省が3日発表した2025年10~12月期の法人企業統計によると、全産業(金融・保険業を除く)のソフトウエアを含む設備投資は前年同期比6.5%増の15兆3865億円だった。4四半期連続でプラスだった。都市開発やデータセンター関連の投資が伸びた。
法人企業統計は上場企業に限らず日本企業全体の動向を調べている。設備投資は10~12月期としては過去最高だった。
非製造業は10.1%増と4四半期連続で増えた。10~12月期の伸び率は前期から加速した。不動産業や情報通信業が全体をけん引した。運輸業・郵便業は落ち込んだ。
製造業は前年同期と比べて横ばいだった。半導体材料や医薬品の生産体制を増強する動きがみられ、化学が18.7%伸びた。情報通信機械や生産用機械は落ち込んだ。
季節調整済みの前期比でみると、設備投資は3.5%増となり、2四半期ぶりのプラスになった。非製造業が全体をけん引した。
経常利益は前年同期比で4.7%増の30兆270億円だった。5四半期連続のプラスだった。
非製造業は7.1%増加した。飲食店で価格改定が進み収益力が改善したほか、娯楽分野で客数が増加したことなどで、サービス業が20.7%増だった。デジタル関連の需要が強く、情報通信業も20.9%増えた。
製造業は0.9%増と小幅の伸びだった。情報通信機械が52.9%増と全体の押し上げに寄与した。人工知能(AI)やデータセンター関連の需要がみられた。
売上高は0.7%増の400兆6499億円だった。製造業は電気機械が、非製造業は卸売業・小売業が全体をけん引した。
財務省の担当者は今回の結果について「景気が緩やかに回復しているという政府の認識と齟齬(そご)がない」との判断を述べた。
1月の失業率2.7%、5カ月ぶり上昇 有効求人倍率は1.18倍に低下
総務省が3日発表した1月の完全失業率(季節調整値)は2.7%だった。前月と比べて0.1ポイント上昇した。上昇は5カ月ぶり。より良い待遇を求めて仕事探しをする人が増えた。
厚生労働省が3日発表した1月の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍と、前月から0.02ポイント下がった。低下は3カ月ぶり。省人化投資の広がりや最低賃金の引き上げに伴って求人を控える動きがみられた。
有効求人倍率は全国のハローワークで職を探す人について、1人あたり何件の求人があるかを示す。有効求人数は0.1%減った。有効求職者数は0.9%増だった。よりよい条件を求めて仕事を探す動きがあった。
景気の先行指標とされる新規求人数(原数値)は前年同月と比べて4.6%減った。主要産業別でみると、宿泊・飲食サービス業が13.8%減、卸売・小売業は11.6%減、情報通信業は7.0%減だった。
教育・学習支援業が4.3%増、製造業は0.8%増だった。製造業の動きに関して担当者は「政府の戦略分野である造船や半導体、防衛などにおいて求人が増えた」という。

長くなりましたが、いつもながら、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。次に、法人企業統計のヘッドラインに当たる売上高と経常利益と設備投資をプロットしたのが下のグラフです。色分けは凡例の通りです。ただし、グラフは季節調整済みの系列をプロットしています。季節調整していない原系列で記述された引用記事と少し印象が異なるかもしれません。影を付けた部分は景気後退期となっています。

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法人企業統計の結果について、基本的に、企業業績は好調を維持していると考えるべきです。ただし、法人企業統計の売上高や営業利益・経常利益などはすべて名目値で計測されていますので、物価上昇による水増しを含んでいる点は忘れるべきではありません。ですので、数量ベースの増産や設備投資増などにどこまで支えられているかは、現時点では明らかではありません。来週のGDP統計速報2次QEを待つ必要があります。他方で、その物価上昇も含めて、企業業績が昨年来の株価に反映されているわけで、米国とイスラエルによるイラン攻撃から始まった中東の地政学的リスクの顕在化の前まで、東証平均株価は5万円を超えて6万円に近づいていたわけです。ただし、所得の伸び悩みに起因する個人消費などと違って、企業業績は基本的に好調を維持しているものの、何といっても、中東の地政学的リスクが顕在化し、エネルギー価格がどうなるか次第といえます。先行きが不透明であることはいうまでもありません。先行きの景気への影響という点に関しては、中東情勢に伴うエネルギー価格とともに、トランプ関税の今後の動向も懸念されます。製造業、中でも影響の大きい自動車産業の動向が今後一段と悪化する可能性が高いと考えられます。景気動向に関しては自動車をはじめとする製造業に注目しつつ、設備投資動向に関しては人手不足による影響が大きい非製造業、中でも、比較的労働集約的な業種の動向が注目されます。いずれにせよ、最大の懸念材料は中東情勢とエネルギー価格、さらに、米国の関税率や通商政策だろうとお考えるべきです。いずれも、先行き不透明です。

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続いて、上のグラフは私の方で擬似的に試算した労働分配率及び設備投資とキャッシュフローの比率、さらに、利益剰余金、最後の4枚目は人件費と経常利益をそれぞれプロットしています。労働分配率は分子が人件費、分母は経常利益と人件費と減価償却費の和です。特別損益は無視しています。また、キャッシュフローは法人に対する実効税率を50%と仮置きして経常利益の半分と減価償却費の和でキャッシュフローを算出した上で、このキャッシュフローを分母に、分子はいうまでもなく設備投資そのものです。人件費と経常利益も額そのものです。利益剰余金を除いて、原系列の統計と後方4四半期移動平均をともにプロットしています。見れば明らかなんですが、コロナ禍を経て労働分配率が大きく低下を示しています。もう少し長い目で見れば、デフレに入るあたりの1990年代後半からほぼ一貫して労働分配率が低下を続けています。そして、現在でも労働分配率の低下は続いています。いろんな仮定を置いていますので評価は単純ではありませんが、デフレに入ったあたりの1990年代後半の75%近い水準と比べて、最近時点では▲20%ポイント近く労働分配率が低下している、あるいは、コロナ禍の期間の65%ほどと比べても▲10%ポイントほど低下している、と考えるべきです。名目GDPが約600兆円として50-100兆円ほど労働者から企業に移転があった可能性が示唆されています。加えて、一昨年2024年や昨年2025年の春闘では人口減少下の人手不足により賃上げ圧力が高まった結果として、労働分配率が下げ止まった可能性が示唆されていましたが、統計を見る限り決してそうはなっていません。昨年今年と春闘ではあれだけの賃上げがありながら、まだ労働分配率は低下し続けている可能性が高いと考えるべきです。しかも高インフレが続いており、これでは消費は伸びません。中東情勢に起因してエネルギー価格が上昇すれば、さらに物価上昇に拍車が掛かる可能性も大いにあります。いずれにせよ、日本経済には大きなマイナス要因だと私は考えています。設備投資/キャッシュフロー比率も底ばいを続けています。DXやGXに対応した設備投資の本格的な増加が始まったことが期待される一方で、決して楽観的にはなれません。他方で、ストック指標なので評価に注意が必要とはいえ、利益剰余金はまだまだ伸びが続いています。また、4枚めのパネルにあるように、直近統計で2020年くらいからは、人件費の伸びが高まっている可能性が見て取れますが、人件費以上に経常利益が伸びているのがグラフの傾きから明らかです。労働分配率の低下と整合的なデータであると考えるべきです。アベノミクスではトリクルダウンを想定していましたが、企業業績から勤労者の賃金へは滴り落ちてこなかった、というのがひとつの帰結といえます。しかし、先月の総選挙ではアベノミクスをなぞるような「責任ある積極財政」を掲げる高市内閣が圧倒的な信任を受けました。さらに、企業に傾斜し国民生活を顧みない経済政策が強化されるおそれすらあります。反対に、勤労者の賃金が上がらない中で、企業業績だけが伸びて株価が上昇する経済が終焉して、資本分配率が低下して労働分配率が上昇することにより、諸外国と比べても高いインフレにならずに日本経済が成長するパスが実現できる可能性が生じており、それは中期的に望ましい、という私の考えは代わりありません。

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法人企業統計を離れて、雇用統計のグラフは上の通りです。上のパネルから順に、失業率、有効求人倍率、新規求人数をプロットしています。いずれも季節調整済みの統計であり影を付けた部分は景気後退期を示しています。日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、失業率が2.6%有効求人倍率は1.19倍が予想されていました。本日公表された実績で、失業率2.7%、有効求人倍率1.18倍はともに、市場の事前コンセンサスより下振れしました。ただし、雇用情勢は引き続き悪くなく、雇用は底堅いと私は考えています。というのは、失業率が上昇している背景を考えると、確かに失業者数が増加していて、季節調整していない原系列の統計で見て、失業者数は1月に+16万人増加しているのですが、非自発的な離職が6万人いる一方で、よりよい労働条件を求めるなど、自己都合で自発的に離職した人が5万人、さらに、新たに求職を始めた人も5万人います。雇用者は前年同月から+22万人増加しています。逆に、非労働力人口が減少を続けています。1月は前年同月から▲41万人減となっています。専業主婦や高齢者、だけとは限りませんが、労働市場に参入していなかった非労働力人口が労働市場に参入して、雇用者と失業者をともに増加させている、という図式です。基本は、実質所得を増加させるには不十分とはいえ、春闘から続く賃上げによって就業意欲が高まる、という形で、賃金上昇に伴って労働市場への参入が増加し、雇用者も失業者もともに増加している、その相対的な増え方の差で失業率が上昇している、と考えるのが伝統的な経済学の見方であろうと思います。加えて、総務省統計局のプレスリリースによれば、1月統計では「正規の職員・従業員」は前年同月から+57万人増加した一方で、「非正規の職員・従業員」は▲37万人減少しています。雇用者の待遇も改善していると考えるべきです。

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2026年3月 2日 (月)

高市政権の消費減税と成長戦略やいかに?

先週木曜日の2月26日に大和総研から「高市政権の消費減税と成長戦略を検証する」というタイトルのリポートが明らかにされています。2年間の飲食料品の消費税率を免除する一方で、責任ある積極財政として成長戦略や危機管理強化の方向を目指しています。まず、リポートから要約を3点引用すると次の通りです。

[要約]
  • 高市早苗政権は2年間の飲食料品の消費税ゼロに向けて議論を加速させる方針である。しかし、この消費減税は、年間約5兆円の歳入減が生じる一方でGDP押し上げ効果は0.3兆円にとどまる。基礎控除の引き上げなどの家計支援策がすでに実施され、物価上昇率の低下も見込まれる中、必要性の乏しい政策だ。
  • 消費減税の財源を「成長投資」や「危機管理投資」に充てる方が、供給面に課題を抱える日本経済にとっては有効だ。その際には、政権が掲げる17分野に均等に資源を投入するのではなく、半導体・AIなど経済成長への効果が大きい分野に重点的に投資をするなど、政策目的と効果の大きさに応じたメリハリが重要となろう。
  • 危機管理投資においても、発生頻度の低いリスクを完全に抑制することを目指すと費用対効果の面で効率が悪い。中国からのレアアース等の輸入途絶など、リスクの発生頻度が比較的高く、影響の大きい分野に絞って進めることが肝要である。

まず、飲食料品(軽減税率対象)の消費税ゼロによる日本経済への影響 について、リポートから引用すると次の通りです。

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経済効果については、消費喚起や成長率押上げで考えているようで、財政負担に比較して「経済効果は小さい」という結論のようです。加えて、消費者物価上昇率も日銀目標の+2%にアンカーされつつあるので、物価対策としても必要性低い、ということのようです。評価基準がそうであれば、私もこの結論に賛成します。ただ、逆進的な消費税に関して低所得者家計をはじめとする国民生活の観点からは、別の評価がありそうな気がします。特に、食料品は価格弾性値が低く、消費税を免税にしても実質消費が増加する割合は高くないため、消費喚起や成長率押上げ効果で評価するのは疑問があります。私自身は、食料品だけでなく消費税率の一律引下げが、国民生活の安定や工場に有効だと考えるのですが、取りあえずの政策としては、食料品の消費税軽課の有効性は否定できません。

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続いて、リポートから 高市政権が掲げる17の戦略分野と分野横断的課題 を引用すると上の通りです。成長投資と危機管理投資がグラデーションになっていて、両方にまたがる投資分野もあります。日本経済が供給面で弱点あるというのは事実その通りなのですが、その弱点をどこまで政府と企業とで負担するかは議論のあるところです。例えば、小川英治[編] (2023) 『ポストコロナの世界経済』(東京大学出版会)、特に第2章では、デカップリングという用語を用いて、経済制裁を意味する攻撃的なデカップリングと対比する形で、供給確保などの経済安全保障を防衛的なデカップリングと呼び、その防衛的なデカップリングでは、輸入依存度の高さだけを問題とするのではなく、供給の途絶リスクの蓋然性に加えて、どの程度の期間で代替が可能となるかを分析することが必要とし、こういった対応は、「民間企業による効率性とリスク対応のバランスに関する意思決定の中で、かなりの程度は解決済みである。」と結論しています。私自身は公務員や教員を長らくしていて、企業に勤務した経験は乏しいのですが、基本はこの通りだと理解しています。それほど政府が経済安全保障の観点から手厚く企業を保護する必要については懐疑的です。

1980年代以降、世界的に新自由主義的な経済政策が採用されて、かなり露骨に企業を優遇し国民生活を顧みない経済政策が優先されてきたと私は考えています。しかし、企業や富裕層を優遇して、それが結果的に中間層や低所得層にトリクルダウンするというのは、アベノミクス期の経験から明確に否定されました。しかし、そういった方向性を明らかにした政権選択選挙たる2月の総選挙で、国民はその方向を選択しました。この先、数年に渡って国民生活を犠牲にして企業が優遇される経済政策が続く可能性は否定できません。

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2026年3月 1日 (日)

今日はカミさんの誕生日

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今日は、カミさんの誕生日です。
夫婦2人して、すでにしっかりと60歳を超えています。私はとうに年金受給資格の年齢を過ぎていますが、カミさんももうすぐですから、そのうちに、お誕生日は決してめでたくない年齢に達するのだろうと覚悟しています。

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2026年2月28日 (土)

今週の読書は為替に関するノンフィクションのほか計5冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、河浪武史『円ドル戦争40年秘史』(日本経済新聞出版社)は、40年に渡る日米の通貨、すなわち、円ドル関係の「攻防」を日米の政策当局、日本の大蔵省・財務省や日本銀行、また、米国の連邦準備制度理事会(FED)や財務省の当局者にインタビューした結果などを基にしたノンフィクションです。ダニエル・チャンドラー『自由と平等』(早川書房)は、ロールズの政治哲学を解説し、それに基づいて、自由と平等を論じています。2部構成となっており、第1部でロールズの政治哲学をひも解いた後、第2部でその実践、政策としての実現策を模索しています。阿津川辰海『ルーカスのいうとおり』(幻冬舎)は、ホラーミステリであり、近代物理学に反するかのような現象を基にする特殊設定ミステリです。どろぼうルーカスという30センチほどのぬいぐるみが、主人公のタケシを守護するような振舞いを見せ、殺人に至ったりもします。内山由紀子『日本人の幸せ』(中公新書)では、個人の瞬間的な幸せに加えて、持続的で周囲の環境も含むウェルビーイングについて、文化心理学の観点から、国際比較も含めて、日本人的な特徴的を解明しようと試み、調和的な志向や行動が、ウェルビーイングの重要な基盤、と指摘しています。朝宮運河『日本ホラー小説史』(平凡社新書)は、戦後から現在までの80年間のホラー小説の歴史を後づけています。終戦直後に、ミステリだけでなくホラー小説でも江戸川乱歩の果たした役割を改めて知るとともに、黄金期の1980-90年代に出版された『リング』や『パラサイト・イヴ』についても再認識しました。
今年2026年の新刊書読書は、1月中に24冊、2月に入って先週までに20冊、今週の5冊を加えて合計49冊となります。また、これらの新刊書読書のほかに、今さらながら、ですが、芥川賞受賞の村田沙耶香『コンビニ人間』も読んでいます。ただ、新刊書ではないので、本日のレビューには含めていません。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

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まず、河浪武史『円ドル戦争40年秘史』(日本経済新聞出版社)を読みました。著者は、日経新聞のジャーナリストであり、現在はワシントン支局長です。本書は、1970年代にいわゆるブレトン-ウッズ体制が崩壊して、為替が世界的に変動相場制に移行した後、タイトルからすれば約40年に渡る日米の通貨、すなわち、円ドル関係の「攻防」を日米の政策当局、日本の大蔵省・財務省や日本銀行、また、米国の連邦準備制度理事会(FED)や財務省の当局者にインタビューした結果などを基にしたノンフィクションです。繰返しになりますが、タイトルは「40年秘史」ということになっているのですが、目次ではコロナ禍後の2023年までをカバーしていて、いわゆるニクソン・ショックなら1971年、為替が一気にフロートに移行したのなら1973年から数えれば50年になるのですが、タイトルと中身の違いは謎です。ついでに、表紙画像の1万円札の肖像も古そうな気がします。編集者はどう考えていたのでしょうか。実は、私自身は1980年代の前半から2020年まで経済官庁に勤務していますので、かなりの部分は重なります。ただ、1970年代のニクソン・ショックや1973年8月の変動相場制移行はさすがに歴史の中でしか知りません。本書でもクローズアップされているイベントのひとつ、1985年のプラザ合意から始まった円高についてはよく記憶しています。1980年代後半に円高が進んだにもかかわらず、一向に日本の経常黒字が縮小しなかった謎をマクロ計量経済モデルをシミュレーションして解明しようと試みていた記憶は特に鮮明です。ともかく、プラザ合意から時々のテンポの速さは別にして、2012年のアベノミクス開始まで、ほぼほぼ一本調子で円ドル関係は円高が進んだのは歴史的事実です。もちろん、本書で解明しようと試みているように、それぞれのイベントにより要因は異なるわけで、プラザ合意後は実にブルータルにも政策当局は為替市場に直接に介入してドル高修正に努めたわけですし、1990年代初頭のバブル崩壊以降はいわゆる「安全通貨」としての円が選好され、危機時の円買いにより円高が進みました。リーマン・ショック後の円高局面がそうですし、「安全通貨」ではないとしても、神戸・淡路大震災や東日本大震災後の円高は、いわゆるレパトリの本国送金増による円高でした。また、本書を読めば、ほぼほぼ日本の政策当局が米国の政策方向に追従しているのがよく理解できます。現在のトランプ政権と同じで、ドル安=円高は米国の輸出を促進することから、決して米国にとって悪いことではなかった点が理解できます。ただ、本書では政策動向について詳細にインタビューなどであとづけていますが、同時に、直接市場に介入する政策は別にして、金融政策が為替相場に割り当てられていた、とまではいわないとしても、少なくとも政策当局者の意識としては、金融政策が為替相場の動向に対して極めてコンシャスに対応していたのがよく判ります。最後に、本書は決してマクロ経済政策の理論から為替を理解しようとするものではありません。そうではなくて、日米両国における為替に対する政策の決定過程の記録に重点が置かれています。その意味で、理論面を重視すると物足りないかもしれません。例えば、ケースバイケースで円ドル相場を名目で考えたり、円の実質実効為替レートで考えたり、アドホックな部分もあります。アベノミクス以降、現在まで続く円安の理論的解明はなされていません。しかし、米国大統領が日本の閣僚の更迭を求めていた、といった部分もあったりして、ある意味で、一級の歴史的資料だと私は受け止めています。

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次に、ダニエル・チャンドラー『自由と平等』(早川書房)を読みました。著者は、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)を本拠とする経済学者・哲学者です。LSEの結束資本主義プログラムの研究部長も務めています。本書は、ロールズの政治哲学を解説し、それに基づいて、自由と平等を論じています。2部構成となっており、第1部でロールズの政治哲学をひも解いた後、第2部でその実践、政策としての実現策を模索しています。まず、第1章冒頭p.41でロールズの正義の2つの原理を示しています。これ自体が、本書でも指摘しているように十分難解なのですが、特に重要な第2の原理を「格差原理」と呼んでいて、要するに、社会的および経済的不平等は公正な機会均等の下で、社会で最も恵まれないメンバーの最大の利益をもたらす必要がある、ということで、後者はマキシミン原理です。そして、続く第1部と第2部で広範なテーマについて議論が展開されています。少し私の専門外の部分もありますので端折って、いくつかの論点だけに集中してみたいと思います。まず、軽く想像されるところですが、現在の日本を含む欧米先進国で「機会の平等」とされているものは不徹底であると結論しています。当然です。ただ、教育の機会の平等について、私は少し異論があります。すなわち、著者は英国人ですので、私の想像ながら、英国的なパブリックスクールを念頭に置いた有償学校に対して、少なくとも公的補助はやめて、むしろ禁止すべきと結論しています。私は逆の方策もあり得ると考えます。すなわち、有償学校と同等の教育を可能とするために、有償学校以外の学校に潤沢な公的補助を提供する、という考えです。実は、私の地元からほど近い大津市は待機児童数が全国ワーストなのですが、何と、市立幼稚園教員の給与を保育士水準に合わせて賃金引下げを行うことを決定しています。私が見たのは毎日新聞の記事「幼稚園教員、賃下げへ 保育士と均衡図る 大津市が給与見直し条例案」と、それを基にした集英社オンラインの記事「『違う。逆。保育士の給与を上げるんだ』待機児童数全国ワーストの大津『幼稚園教員"賃下げ"で炎上』市の狙いは人材流動化も…現場は離職危機」なのですが、本書の有償学校に関する主張は大津市と同じです。集英社オンラインの記事のタイトル通りであり、逆の方向が望まれます。ただし、本書の独自の主張ではありませんが、市場経済における分配の結果については興味深い議論を展開しています。すなわち、累進課税などで平等化を図るとともに、ロールズの財産私有制資本主義を基にして、貧しい人に対して事後分配を実施するのではなく、事前の分配を実行する、というものです。アトキンソン教授などが『21世紀の不平等』で資産提供を論じていますし、同じラインの議論だと思います。もちろん、本書では、ストックとしての資産だけではなく、ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)の必要性も論じています。極めて多岐に渡る議論が展開されていますし、私の専門外の分野も少なくありませんので、ぜひとも多くの方が手に取って読むことを願っています。最後に、こういったテーマの本ですので、本書を読むことなく、ひょっとしたら、私のこのレビューすらも適当に流し読んだだけで、延々と自説を展開するコメントが付くことを予想しています。許容しますが、適切な返信をしたいと思います。

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次に、阿津川辰海『ルーカスのいうとおり』(幻冬舎)を読みました。著者は、ミステリ作家であり、私はアンソロジーに収録された短編作品はいくつか読んだ記憶がありますが、長編作品は初読だと思います。本書は、一言でいえば、ホラーミステリといえます。近代物理学に反するかのような現象を基にする特殊設定ミステリです。割と最近では、例えば、私も方丈貴恵のタイムトラベルしてパラドックスを引き起こすミステリとか、時空の割れ目から姿形を変えられる怪物が出現するミステリとか、いくつか読んでいます。方丈貴恵以外にもあるかと思います。本書の主人公は、小学5年生の沢城タケシです。出版社の編集者だった母親は2年前に交通事故で亡くなり、市役所勤務の父親と暮らしています。同じ小学校のクラスのシゲ、ビャク、カンタの3人からイジメにあっています。転校生の森くんと仲良くなるのですが、森くんの父親は心霊探偵として事件解決に当たっており、森くんの父親は霊感がないものの、同級生の森くんは霊感があって「視える」体質だったりします。母親が編集を担当した絵本の出版記念でわずかに100個だけ限定配布されたぬいぐるみが、表紙画像に見えるどろぼうルーカスです。そのルーカスのぬいぐるみ、わずか30センチほどの小さなぬいぐるみがタケシを守護するかのように振る舞う、殺人事件まで起こってしまう、というミステリです。タケシが「死ねばいいのに」とか、「いなくなればいいのに」といった趣旨の発言をすると、まるでルーカスが聞き届けて実行するかのように、近隣に住んで迷惑行為を繰り返す隣人が2階から転落したり、イジメを繰り返すクラスメートに怪我を負わせたりした上に、段々とエスカレートして、イジメを見て見ぬふりをする小学校の単に教師が刺殺されたり、父親が再婚を予定している市役所の同僚の女性がタケシの家で襲われたりするわけです。霊感がある森くんによれば、ルーカスには何かが取り憑いているといいますし、果たして、ぬいぐるみのルーカスがタケシを守るためにやっているのか、もしそうだとすれば、誰の怨念が取り憑いているのか、あるいは、ぬいぐるみが動くはずもなく、近代物理学で説明のつくミステリなのか、第1部で展開されたこういった事実関係に対して、第2部から警察も交え、第3部では解決に至ります。当然です。ミステリですから、あらすじはこれくらいにします。1点だけ、藤崎翔によるお梅のシリーズと違って、少なくともルーカスは自分の意志ではなく、動いているとしても、誰かの怨念で、あるいは、別の何かの物理力で動いています。これは大きいな違いです。ただ、お梅と同じで30センチほどのぬいぐるみという物理的な存在としての限界はあります。

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次に、内山由紀子『日本人の幸せ』(中公新書)を読みました。著者は、京都大学人と社会の未来研究院教授であり、ご専門は社会心理学、文化心理学だそうです。私の子どもが心理学を大学で勉強していたのですが、経済学と同じように心理学にもミクロとマクロがあり、臨床心理学がミクロで、社会心理学はマクロだと聞き及んだ記憶があります。それはともかく、本書では幸せや幸福に対して、ウェルビーイングを眼目としています。私は専門外なのでよく判らなかったのですが、ウェルビーイングというのは個人の瞬間的な幸せに加えて、もっと持続的で周囲の環境も含む、と説明しています。その上で、表紙画像にあるように国際比較を考え、文化心理学の観点から日本人に特徴的なウェルビーイングを解明しようと試みています。ただ、常識的にも理解できますが、国際比較や国別ランキングなどにどこまで意味があるかは懐疑的な見方を示しています。日本だけに限られた特徴ではありませんが、『孤独なボウリング』のパットナム教授のいう社会関係資本の重要性を指摘します。加えて、日本的な特徴を考える場合、欧米では個人的な達成感や自己実現などが重視されるのに対して、日本では対人関係やいろいろと調和的な志向や行動が、おそらく、幸福感やウェルビーイングの重要な基盤となる、という指摘をしています。そうかもしれません。したがって、地域コミュニティや学校・職場といった所属する組織を「場」という言葉で表現し、その重要な基盤的役割を強調しています。ただ、日本でもしばしば見られますが、この「場」に対する同調圧力が強い、というのも日本的な特徴のひとつといえます。そういった学校の学風、職場の企業風土などに対して、日本的な特徴を示すとともに、特に後者の企業風土が国際化、グローバリゼーションによって変化しつつある点を指摘しています。具体的には自己の2階建てモデルとして。第6章、p.134で図解しつつ示しています。そのあたりは読んでみてのお楽しみです。最後に、私は経済政策の目標を個人の幸福度の上昇に置くことは懐疑的です。すなわち、物価を抑制したり、失業率を引き下げたりするよりも、ドーパミンだか、セロトニンだかの幸福ホルモンを国民に配布するのが経済政策として重要かといえば、否定的な意見が多いと考えています。ただ、本書で示されているような幸福やウェルビーイングの基礎をなすような経済社会的の諸条件を整備することは経済政策の重要な役割である、と考えています。

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次に、朝宮運河『日本ホラー小説史』(平凡社新書)を読みました。著者は、ホラー、怪談、怪奇幻想小説を専門とするライター、書評家だそうです。本書は、戦後から現在までの80年間のホラー小説の歴史を後づけています。まあ、タイトル通りなわけです。序章として前史を取り上げ、日本の戦後史からはみ出す中世文学の「雨月物語」とか、あるいは、日本ならざる英語圏のホラー小説などを軽くおさらいした後、章別の構成は編年体となっています。すなわち、第1章で終戦直後の1950年くらいまで、第2章で高度成長期の1950-60年代、第3章が1960-70年代、第4章が黄金期の1980-90年代、第5章は停滞から令和のブームとなった2000年から2020年代、という時代区分です。私自身はそれほど好んでホラー小説を読むわけではありませんが、ミステリやSFなどとともに、エンタメ小説のひとつのジャンルとしてホラー小説の読書を楽しんでいます。もうひとつは、子どもがホラー小説を好きでよく読んでいて、親として子どもの読んでいるホラー小説は十分把握し、教育上の悪影響が出ないようにすべき、と考えてせっせと読んでいたこともあります。そのきっかけは2010年の貴志祐介『悪の教典』ではなかったか、と記憶しています。私の個人的な事情はともかく、やはり、日本のホラー小説、特に、戦後ホラー小説史で重要な人物は江戸川乱歩であったと確認できました。1948年雑誌『宝石』に掲載された江戸川乱歩の「怪談入門」と題するエッセイを本書でも取り上げています。日本以外では、ホラー小説の帝王ともいわれるスティーヴン・キングが歴史的にも重要な役割を果たしている点は衆目の一致するところです。そして、本書でも日本ホラー小説の黄金期としている1980-90年代の金字塔は鈴木光司『リング』です。ただ、小説としてよりも映画としてヒットしたような気もします。「貞子」へと続くシリーズです。『リング』に続いて、1990年代半ばには瀬名秀明『パラサイト・イヴ』もスケールの大きな作品として、本書でも特筆されています。そして、最近時点では、いろいろとホラー小説も広がりを見せています。もちろん、本書でもホラー小説の隣接領域としてミステリやSFへの言及も少なくありません。停滞期ながら、21世紀では綾辻行人の『Another』のシリーズについても、映画とともに私も楽しみました。ホラー小説としては、奥様の小野不由美よりも綾辻行人の方を読んでいるかもしれません。最近の注目点として、本書では創元ホラー長編賞を受賞した上條一輝『深淵のテレパス』について、超常現象を心霊調査チームに調査を依頼するという形で、単なる超常現象の描写に加えて、科学的な装いを持った新しいジャンルに踏み出した可能性を指摘しています。『深淵のテレパス』はもちろん、同じ作者の次作『ポルターガイストの囚人』も私は読みましたが、その科学的な裏付けめいた部分が強化されていると感じました。最後に個人的な感想を1点、2015年第22回日本ホラー小説大賞受賞の『ぼぎわんが、来る』でデビューした澤村伊智が、一時の停滞期を脱する推進役として指摘されています。実は、このころに角川書店ではモニター制度をというのがあり、出版前のゲラ刷りの段階で一般読者に感想を聞くという制度がありました。この『ぼぎわんが、来る』の事前評価版に私は当選して読んで、もちろん、私なりの評価をフィードバックした記憶があります。何回か引越を繰り返して紛失していますが、あの事前評価版を良好な状態で保存しておけば、ひょっとしたら、いい「お宝」になっていたのかもしれない、と考えないでもありません。

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