今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ケネス・ロゴフ『ドル覇権が終わる時』(日経BP)では、国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストも務めた著者が、ドル覇権の歴史を振り返りつつ、将来の米ドルの地位に対するチャレンジとして、対抗する国の通貨ではなく、米国自身のインフレや政府債務の積み上がりを指摘しています。井手英策『令和ファシズム論』(筑摩書房)では、昭和初期の高橋財政を評価しつつ、ファシズムを防止するため、国民生活を圧迫する緊縮財政も、債務を積み上げる放漫財政も排して、中庸な財政運営を提唱していますが、逆に、本書のような中道がファシズムへの道となりかねない点が危惧されます。伏尾美紀『最悪の相棒』(講談社)では、犯罪被害者家族心理分析班なる新組織が警視庁の捜査一課に新設され、子どものころからの因縁ある広中承子と潮田格の2人の刑事が相棒となって、交番の警官とともに花園団地の事件の解明と解決に当たります。江原慶『資本主義はなぜ限界なのか』(ちくま新書)は、マルクス経済学の視点をもって、蓄積をストップする脱成長市場経済から蓄積も利潤もストップさせる脱成長コミュニズムを展望しています。マルクス経済学に何ら見識ない私には、経済学というよりも歴史発展の観点で疑問が残りました。稲村悠『謀略の技術』(中公新書ラクレ)では、諜報のひとつの形態である人的情報源からの情報収集、すなわち、ヒュミントのさまざまな手法や実例などを収録し、まさに、米国のCIAや英国のMI6、あるいは、旧ソ連のKGBといったスパイ組織の活動について映画を見ているようでした。藤井敏嗣『富士山噴火』(岩波新書)では、富士山はいつ噴火してもおかしくないとの認識のもと、火山噴火の基礎知識から富士山の歴史に残る噴火の事実など、さまざまな観点から富士山の噴火、さらに、噴火に備えた火山政策などについて幅広く解説を加えています。
今年2025年の新刊書読書は1~11月に293冊を読んでレビューし、12月に入って今週の6冊を加えると合計で299冊となります。今年も年間で300冊に達するのはほぼほぼ確実と受け止めています。また、これらの新刊書読書のほかに、桃野雑派『星くずの殺人』と続編の『蝋燭は燃えているか』(講談社)も読んでいます。ただ、新刊書ではないので、本日のレビューには含めていません。これらの読書感想文については、できる限り、FacebookやX(昔のツイッタ)、あるいは、mixi、mixi2などでシェアしたいと予定しています。

まず、ケネス・ロゴフ『ドル覇権が終わる時』(日経BP)を読みました。著者は、米国ハーバード大学教授であり、ご専門はマクロ経済学、金融経済学です。今世紀初頭の2001-03年に国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストも務めています。私の予想ではノーベル経済学賞にもっとも近いトップテンに入るエコノミストの1人だと思います。本書の英語の原題は Our Dollar, Your Problem であり、今年2025年の出版です。英語の原題も日本語タイトルも、いずれも定義がややあいまいな「基軸通貨」という用語を用いていない点は少し注意して読み進んだ方がいいと思います。本書の中でも必要に応じて「基軸通貨」と表現していますが、本書の趣旨はあくまで日本語タイトルに正確に表されている「ドル覇権」なのだろうと私は思います。思い起こすべきは、フランスのジスカール・デスタン大統領に由来する「とてつもない特権」="exorbitant privilege" ではないかと思います。本書では軽く、調達金利が低い点だけが印象的ですが、米ドルにはほかにも特権がいっぱいあります。そういった国際金融の歴史を冷戦期から振り返っています。しかも、英語タイトルにも日本語タイトルにもあるように、著者は国際金融史のインサイダーであり、著名なエコノミストとして、そして、もちろん、IMFのチーフエコノミストとして、私のような並のエコノミストでは接することが出来ない情報にもアクセスしてきています。米ドルの覇権については本書第1章序論にあるように、現時点で世界のGDPの25%を占める米国の通貨である米ドルは、外貨準備の60%、原油取引の80%、商品貿易の40%が、それぞれドル建てとなっていることに現れています。広く知られているように、米ドルの前の覇権は英国のポンドだったったわけですが、20世紀初頭の第1次世界大戦を経て通貨覇権は米ドルに移行しています。ですから、本書でも米ドルの覇権は永遠ではないと指摘し、その背景となる条件ほかについて分析しています。主要には私は2点読み取りました。軍事力と金融市場の発達です。いずれも、前の通貨覇権国である英国も裏付けとして十分な軍事力と発達した金融市場を持っていたことはいうまでもありません。そして、これまた、ドル覇権に対するチャレンジは、決して中国の人民元や欧州のユーロ、もちろん、絶対に日本円ではなく、そういった海外からのチャレンジではなく、むしろ、米国自身のインフレによる低金利の終焉、政府債務、そして、その政府債務に対するアカデミズムの軽視、があると強調しています。すなわち、サマーズ教授なんかが主張し始めた "secular stagnation"=長期停滞は永遠に続くわけではなく、AIの活用などにより成長率が上昇する可能性があって、成長率が上昇して低金利の時代が終わる可能性を指摘しています。そして、現代貨幣理論(MMT)などをはじめとしたアカデミズムの「政府債務はフリーランチ」という志向や政治面でのバイアスからインフレが高進する可能性も指摘しています。はい、そうかもしれません。最後に、私は40年前のバブル経済期であれば、米国に取って替わる勢いのあった日本経済を背景に、ドル覇権の終了は日本経済にはひょっとしたらチャンスになるかもしれない、と考えた可能性がありますが、現時点ではドル覇権が終了に至らないまでも、もしも弱体化したりすれば、日本経済は米国とともに沈んでいく可能性の方を憂慮すべきか、と考えています。最後の最後に、さすがにロゴフ教授も70歳を超えて自分のパーソナル・ヒストリーを振り返ると、かなり自慢話が多くなっている印象を受けました。意識的に避ける努力をしなければ、私もたぶん自慢話が多くなるんだろうと思います。

次に、井手英策『令和ファシズム論』(筑摩書房)を読みました。著者は、慶應義塾大学経済学部の教授であり、ご専門は財政社会学です。本書は、かなり過激なタイトルですが、タモリの「新しい戦前」におそらく触発されて、現在の日本の経済社会をおおっている薄らぼんやりとした不安の背景を解明すべく、そして、ファシズムに行き着くことなく日本の自由と民主主義を守るという目的で書かれているようです。ただ、その目的は明らかに失敗しています。その失敗は最後に振り返るとして、取りあえず、本書の構成を見ておくと、冒頭4章までで日本とドイツの第1次世界大戦後の財政史を後づけて、財政史の観点からいかに両国がファシズムと戦争に行き着いてしまったかを概観しています。それらは8点に取りまとめられて、終章のpp.300-304にリストアップされています。私が重要と考えるポイントについては、要するに、(1) 生活不安がありながらも、(2) 社会保障が不十分で、(3) 中央銀行に国債を引き受けさせ政府債務を発行することに経済政策運営が頼り、ひとつ飛ばして、(5) 雇用創出から軍備拡張に政策が変化し、(6) 予算が議会による民主的な統制から外れ、以下2点省略、ということになります。日本では、井上蔵相による旧平価での金解禁に高橋財政が対比されつつ、でも、高橋財政では財政赤字は放置されることなく、好況期には増税により赤字削減が図られた点が、本書では強調されています。そして、5章で現在のトピックに重点が置かれるようになり、財政規律が緩んで政府債務に依存した経済運営になっている点が批判的に取り上げられています。その矛先は政府与党だけでなく、「日本財政の大きな不幸は、共産党や社会党が徹底して『反消費税』路線をとってきたことである。」(p.274)と、野党左派にも及んでいます。そして、最後には終章のタイトルは「エクストリーミズムをのりこえる」となっていて、エクストリーミズム=極端主義ではなく中道の財政、すなわち、財政収支の均衡を目指した緊縮財政ではなく、かといって、政府債務に依存した経済運営のような放漫財政でもなく、分断を回避するような中庸の政策の必要性を主張しています。まず、本書では用語としては現れませんが、おそらく、ハーベイロードの前提=Harvey Road presumption が強く認識されているように感じました。ただ、議会による民主的な財政/予算の策定も強く主張されています。でも、国民の要求に沿った財政運営は、ともすれば、ポピュリズムとラベリングして批判的な見方を示していますし、どちらかといえば、ハーベイロードの前提の方が背景としては強力に意識されている印象です。まあ、やや誇張すれば、ポピュリズムを排して賢人が予算を策定して運営すれば、財政が大きな赤字を出すことはない、という見方なんだろうと思います。賛否は分かれるでしょう。次に、極端を避け、ファシズムに行き着くことなく日本の自由と民主主義を守るという本書の目的は明らかに失敗しています。本書は、分断を乗り越える「中道」と自称しつつも、また、エクストリーミズムを排するといいつつも、実は、先日読んだ酒井隆史・山下雄大[編著]『エキストリーム・センター』(以文社)の格好の例となっています。すなわち、「左右両極のポピュリズムを排するといった志向から、実は、エキストリーム・センターは極右に甘く、場合によっては共謀すらしかねない存在」とは、まさに、本書のような主張であると考えるべきです。

次に、伏尾美紀『最悪の相棒』(講談社)を読みました。著者は、ミステリ作家なのですが、2021年に第67回江戸川乱歩賞を受賞した『北緯43度のコールドケース』でデビューしています。博士号を持つ異色の警察官の沢村依理子を主人公とするデビュー作のシリーズには続編として『数学の女王』があり、私はどちらも読んでいます。加えて、最新刊の『百年の時効』が話題になって読んでみて、改めて、さかのぼって本書を読んでみた次第です。博士号を持つ沢村依理子のシリーズ2作は札幌が舞台でしたが、本書と次作の『百年の時効』は東京の警視庁が舞台となっています。本書では、警察官を父に持つ警視庁刑事の広中承子が主人公です。相棒となるのは潮崎格となりますが、2人には深い因縁があります。すなわち、2人が知り合ったのは子どものころであり、潮崎の姉がストーカーに殺害されたときに、犯罪被害者支援室に勤務していた広中の父がケアしていました。しかし、弘中の父は潮崎に対する異常な心遣いから、燃え尽き症候群のように体調を崩し、病気になって死に至ります。少なくとも、広中の記憶ではそうなっていて、したがって、潮崎は父の死に責任ある恨みの対象ということです。潮崎の方は仕事仲間から「犯罪被害者家族心理分析官」とまで呼ばれていて、犯罪被害者に強く寄り添う姿勢を持っています。ですので、犯罪被害者家族心理分析班なる新組織が警視庁の捜査一課に新設され、そこで2人がコンビを組むことになります。こういった過去の振返りは別として、ストーリー上では、現在の事件は都内の花園団地で起こります。私の知る限りでは、「限界団地」という表現もあったように記憶していますし、足立区の花畑がイメージされます。本庁の相棒2人に加えて、所轄署の交番勤務の警察官も事件解明に加わります。自宅で子ども2人をビニールプールで遊ばせていたところ、当時3歳の弟の方が溺死した事案で、5歳の兄の目撃証言を基にした再捜査など、いくつか事件が起こるのですが、最大のハイライトは団地に住む母子家庭の母娘殺害事件です。捜査当初は、DVで離婚した母娘の元夫・父親である競技自転車の選手が容疑者として浮かびますが、広中と潮田のコンビが、というよりも、潮田が交番勤務の警察官の協力も得つつ、事件の全容解明を行います。相変わらず、デビュー作の『北緯43度のコールドケース』と同じで、いろんな物を詰込み過ぎの印象です。『百年の時効』では、その詰込み過ぎが好評だったのだろうと思いますが、この作品ではそれほど評価できるとは思えません。この作家には、『百年の時効』のように、時間的に超長期か、地理的にだだっ広い範囲を取り込むようなミステリが適している気がします。

次に、江原慶『資本主義はなぜ限界なのか』(ちくま新書)を読みました。著者は、立命館大学経済学部の准教授であり、ご専門は社会経済学、マルクス経済学です。はい。ですから、私の同僚ということになります。今年4月の採用ではないかと思います。「宇野派のホープ」とか、「宇野派のプリンス」と呼ばれるやに聞き及んだことがありますが、私には詳細は不明です。私は長い人生で「ホープ」とか、ましてや「プリンス」なんて呼ばれたことがありません。面識はありませんでしたが、キャンパスにある研究棟で、本書の最後にある著者近影と同じ人相風体の人と出くわしたので、「ちくま新書を読みました」とご挨拶しておきました。自分でもミーハーだと思います。それはさておき、本書では、表紙画像の副題にも見られる通り、脱成長の経済学をマルクス経済学の観点から展開しています。ですので、斎藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社新書)と同じ主張なのだろうと思います。本書冒頭では、ごく簡単に経済学説史をひも解いた後、近代経済になって資本蓄積が始まって成長が当然視されるようになった歴史を振り返ります。地球環境や気候変動について概観し、私も授業で取り上げている Planetary Boundaries の議論にも言及しつつ、脱成長の基本構造について解説を加えています。その上で、現在の資本主義が継続される脱成長市場経済は蓄積を止めるだけである一方で、脱成長コミュニズムは利潤と蓄積の両方をストップするということらしく、二段階の脱成長を論じています。私はマルクス経済学については、大学時代にしか接したことがありませんので、50年近い時間を経過して大きな発展を遂げていることとは思います。でも、私の知る限り、宇野派はかつての労農派の一段階革命論ではなかったか、と記憶している一方で、講座派的な二段階脱成長論が本書では論じられています。マルクス主義の深さを実感します。それはさておき、私自身は経済学は別としても、マルクス主義的な歴史観、唯物史観については相当の信頼を置いています。ですので、資本主義の次には社会主義ないし前期共産主義が来て、さらにその次には共産主義ないし後期共産主義が来る、可能性は十分あると思います。要するに、現在の資本主義が永遠に続くわけではないというのは明らかです。ただ、その歴史を動かす主要な要因は生産力と生産関係の矛盾であり、資本主義的な生産関係のままでは生産力の限界があるので資本主義が終わる、すなわち、私の雑な理解では成長を続けるために資本主義を終えて社会主義になり、ゆくゆくは共産主義では生産力が超絶すごいことになって希少性が失われて、希少性に応じた価格付けを基礎とする市場が成り立たなくなる、というのが私の歴史感です。その私の雑な歴史観に大きく反して、マルクス主義こそが脱成長、という結論には少し違和感を覚えます。それから、共産主義というのはソ連や中国で悪いイメージを持つ人が多いので、コミュニズムと表現する方がファッショナブルなのかもしれませんが、逆の印象を持つ読者もいるような気がするのは私だけでしょうか。

次に、稲村悠『謀略の技術』(中公新書ラクレ)を読みました。著者は、警視庁にて公安部捜査官として諜報活動の捜査に従事した経験を持ち、現在は日本カウンターインテリジェンス協会代表理事です。諜報活動やサイバー攻撃に関する警鐘活動に従事している、とのことです。本書では、いわゆる諜報活動を5種類に分類していて、p.28にある通りです。どうしても、オープンソースから情報を得るオシントが、ベリング・ザ・キャット=Belling the Catの活動などから注目されやすいのですが、本書でも指摘しているように、ヒュミント、あるいは、ヒューミントと呼ばれる対人接触を基に人的情報源から得る情報というのが、たぶん、もっとも価値あるんだろうという気がします。一般に、情報収集は専門家しかやっていないわけではなく、多くの人が何らかの情報収集活動を行っていると思います。ただ、本格的な諜報活動となれば、人には知られたくない情報を取得しようと試みるわけですので、私なんかが経済統計をウォッチしているのとは違います。もちろん、私も長らく公務員でしたし大使館勤務の経験がありますから、まずは公開情報から初めて、場合によっては先方政府の情報源に当たって情報を入手する、というヒュミントの活動をする場合もあります。本書では、私がやっていた経済情報などの収集というチャチい情報収集活動ではなく、米国のCIA、英国のMI6、あるいは、旧ソ連のKGBのスパイ、いかにも映画に出てきそうなスパイがやっている諜報活動について、多くの事例を上げて警鐘を鳴らしています。ただ、一般的な出版物などからのヒュミントの例ですので、政策的なセキュリティ・クリアランスといった生臭いお話は、それほど多いわけでは決してなく、むしろ、読み物的に実例を豊富に収録している印象です。ただ、そうとはいっても、私なんぞの一般ピープルには知り得ない内容が多く含まれていることは確かですから、警鐘活動には十分です。最後に3点、私の感想です。繰り返しになりますが、第1に、ホントのインテリジェンス活動、諜報活動というのは、こういった一般向けの出版物には収録できないのだろうと考えるべきです。その意味で、諜報活動には、特に本書で着目しているようなヒュミントには、もっと奥深いものがいっぱいなんだろうと思います。第2に、本書で着目しているのは情報を入手する諜報活動なのですが、それと同等にその背後で情報を分析する活動というのも重要だと私は考えています。決して秘匿されていない、どころか、新聞にデカデカと掲載される「長期金利1.9%」の数字から何を読み取るのかがエコノミストの能力だと考えるのと同じです。第3に、最後に、私自身深く自覚しているところですが、本書で取り上げられているヒュミントの手法のうち、私はたぶんハニートラップに弱いと思います。まあ、そんな誘惑を受けたことはありませんが、たぶん、イチコロだと思って用心しています。

次に、藤井敏嗣『富士山噴火』(岩波新書)を読みました。著者は、東京大学の名誉教授であり、東京大学地震研究所の所長もご経験されています。ご専門はマグマ学、火山学、火山防災政策だそうです。タイトル通りの本であり、冒頭で、富士山は最近の休止期間が異常に長く、いつ噴火してもおかしくない、という警告から始まります。もちろん、富士山に限らず、火山一般についての解説も豊富に収録されています。噴火の規模の表し方にVEIというのがあり、たぶん、Volcanic Explosion Index あたりではないかと思うのですが、これは噴火の際に噴出する軽石や火山灰などの噴出物=テフラの量に基づいて決定されるので、テフラが少なくて溶岩流ばっかりの噴火の場合には過小評価される可能性を指摘しています。そういった火山に関する一般的な基礎知識を基に富士山噴火を考え、特に、歴史的には3大噴火があるそうで、800-802年の延暦噴火、864-866年の貞観噴火、1707年の宝永噴火を概観しています。貞観噴火は2018年ハワイのキラウエア火山の噴火と酷似しているらしいです。もちろん、古い時代の史料には限界があり、科学的とはとても思えないような記述も紹介されています。火山がどうして噴火するかといえば、私のようなシロートでも理解しているように、地下に溜まったマグマが何らかの原因で地上に爆発的に噴出するわけです。火山学の専門家でなくても、「マグマが溜まる」というのは、マグマ=フラストレーションの意味で比喩的に使うことはあると思います。ただ、富士山の場合はマグマ溜まりが地下20キロ以上と深く、現在の観測技術ではマグマ溜まりの膨張などに基づく噴火予知は出来ない、という結論だそうです。私の専門分野である経済学では、経済見通しや予測が当たらないという世間一般の評価なのですが、たぶん、気象や地震予知、あるいは、火山の噴火予知なんかも経済の先行き見通しと、正確性の点に関して大きな差はないのではないか、と思っていしまいました。いずれにせよ、富士山が噴火したりすれば、テフラは東の方に飛ぶ、というか、流れるわけで、噴火の規模によっては首都圏が被災する可能性が十分あります。首都圏直下型地震とともに、東京を首都のままにして大丈夫かという疑問は残ります。さりとて、維新が与党に加わって注目されている大阪か、というのも、さまざまなな意見がありそうです。最後に本筋を離れますが、私の感想を2点上げておくと、富士山は日本でもっとも高いという標高だけでなく、その姿かたちの美しさからも評価されているわけで、美術的に宝永噴火で生じた宝永火口や宝永山を無視した富士山を描くことがあるそうです。例えば、横山大観先生は宝永山は絵に描く必要はないとの説だったと紹介されています。第2に、富士山火山のハザードマップの作成が風評被害を懸念する周辺市町村や観光協会の反対意見で中断された経緯を取り上げています。まあ、そういった意見も出るかもしれません。
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