2025年1月25日 (土)

今週の読書はマクロ経済統計に関する経済書をはじめとして計6冊

今週の読書感想文は、マクロ経済統計に関する経済書をはじめとして計6冊、以下の通りです。
まず、佐々木浩二『マクロ経済学の統計[第2版]』(三恵社)は、SNA統計に大きな中心を置いて4部構成となっており、フロー統計、ストック統計、制度部門別統計、政策評価のための統計それぞれの解説を試みています。稲葉陽二『ソーシャル・キャピタル新論』(東京大学出版会)では、「日本社会の『理不尽』を分析する」ため、人脈に近い概念であるソーシャル・キャピタルに関して、著者なりの従来にない議論を展開しようと試みています。ナン・リン/カレン・クック/ロナルド S. バート[編]『ネットワークとしてのソーシャル・キャピタル』(ミネルヴァ書房)では、ソーシャル・キャピタルのひとつの側面として、バイラテラルな2人間の人間関係だけではなく、マルチラテラルなネットワークとして、信頼や規範に基づく人間関係を考えています。カート・ワグナー『TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日』(翔泳社)は、タイトル通り、Twitterが現CEOのイーロン・マスクに買収されてXとなるまでのドキュメンタリー、あるいは、迷走の過程のリポートです。翁邦雄『金利を考える』(ちくま新書)では、金利の理論的な側面を深く掘り下げる、というよりは、新書というメディアの特徴も活かしつつ、金利の決まり方は金利が経済活動ほかに及ぼす影響力を考え、家計の身近なところで消費者金融や住宅ローンの金利について議論しています。最後に、安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』(PHP新書)は、NHK大河ドラマで話題の蔦屋重三郎とその時代背景を形成した幕府老中の田沼意次についての歴史書です。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに10冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて16冊となります。本日のブログのブックレビューについては、可能な範囲で、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。また、綾辻行人『殺人方程式』(講談社文庫)と櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』(東京創元社)も今週読んでいて、新刊書ではないので本日のブックレビューには含めていませんが、FacebookやmixiなどのSNSでレビューを明らかにしたいと予定しています。

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まず、佐々木浩二『マクロ経済学の統計[第2版]』(三恵社)を読みました。著者は、専修大学経営学部教授です。本書は、タイトルこそ「マクロ統計」と銘打っているのですが、ほぼほぼSNA統計=GDP統計限定です。ですから、他のマクロ経済学の統計である失業率などの雇用とか、インフレを計測する物価指数とか、鉱工業生産とか、輸出入の貿易とかは、最後の第Ⅳ部でGDPと関連付けてまとめて言及されています。繰り返しになりますが、本書はSNA統計に大きな中心を置いて4部構成となっており、フロー統計、ストック統計、制度部門別統計、政策評価のための統計それぞれの解説を試みています。第Ⅰ部フロー統計としては、SNA統計はいわゆる加工統計であり、調査票や政府の業務資料などに基づく1次統計ではありませんから、その点をていねいに解説しています。利用している統計が多数多岐に渡る点も特徴です。そして、フロートしての日本のGDPが1990年代後半からほとんど成長していない点もp.9図表1-9などから明らかにされています。もちろん、国際比較の観点から国連などによるSNA統計マニュアルに基づいて作成されているという事実や、よく知られた支出・生産・分配(所得)のGDPの三面等価に加えて、三面不等価、はたまた、統計的不突合まで幅広い解説をしています。私が役所を定年退職するころに進められていた使用供給表(SUT)の利用についても、その裏側の事情まで明らかにしています。第Ⅱ部ストック統計としては、国富と災害による損失の関係が明確にされています。国富とは、一部の金融資産と生産資産と非生産資産の合計であり、逆からいって、国民資産と負債の差額です。極めて単純化して海外との取引を無視した民間経済を仮定すれば、金融資産は同額の金融負債が発生しているはずですから、単純なモデルの世界では生産資産と非生産資産の合計である実物資産と考えられます。ただし、流通段階を含めた在庫は別です。また、民間経済だけのモデルから拡張して、政府部門、さらに海外部門を考えることになれば、国債や現金通貨、対外純資産なども考慮する必要があります。そのように拡張したモデルに基づき第Ⅲ部で制度部門を考えていて、家計、非金融法人企業、金融法人企業、一般政府、海外などの経済主体が、経常勘定と資本勘定と金融勘定をやり取りしていることになります。企業に法人を付したのは、個人企業がしばしば家計と同じグループにされることがあるからです。それから、SNA統計だけではなく、経済学では政府とは中央政府だけではなく、中央政府に地方政府と社会保障基金をグループにした概念を使います。最後の第Ⅳ部では、政策評価のため、SNA統計だけではなく、GDPと関連付けて物価、雇用・賃金などが取り上げられています。最後のコメントながら、私が勤務していた経済企画庁とその中央省庁再編後の内閣府では、このSNA統計を作成・発表していました。ですので、SNA統計だけではなく、その元となる1次統計の実務に詳しいエコノミストがいっぱいいて、その能力を持って研究機関や大学に再就職している人も少なくありません。私はそういった方面の能力がサッパリありませんので、こういった参考文献を手元において、今回こそ通読しましたが、コンパクトなボリュームでもあり、辞書的な使い方をするのが有益ではないかという気がしています。

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次に、稲葉陽二『ソーシャル・キャピタル新論』(東京大学出版会)を読みました。著者は、日本大学法学部政治経済学科教授を2020年に退職し、現在は日本大学の非常勤講師であり、日本社会関係学会の初代会長も務めています。ですので、出版社から考えても、本書は純粋に学術書と見なすべきです。本書のタイトルとなっている、ソーシャル・キャピタル=社会資本とは信頼や規範に基づく人的関係を指しており、あくまで学術用語と考えるべきながら、専門外の私は日本語であれば「人脈」という一般用語が近いんではないかと考えています。本書は、サブタイトルである「日本社会の『理不尽』を分析する」ため、人脈に近い概念であるソーシャル・キャピタルに関して、著者なりの従来にない議論を展開しようと試みています。ソーシャル・キャピタルに関しては、私はエコノミストですので詳しくもないながら、ハビトゥス理論のブルデューとか、『孤独なボウリング』のパットナムとか、本書にはそれほど登場しないグラノベッターなんかの名前を思い出します。というが付されています。1990年代初頭のバブル経済の崩壊から始まって、1990年代後半にはデフレに突入し、「失われた30年」とも称される長期の経済停滞の中で、企業不祥事や政治の腐敗といったレベルの社会的問題だけでなく、自己責任論が蔓延して日本社会全体の分断が強まっています。通常、ソーシャル・キャピタルは正の外部経済効果、すなわち、社会全体にプラスのよき効果をもたらすと考えられていますが、現在の日本では逆に負の外部効果を持って「理不尽」をもたらしているのが、著者の考えであるわけです。本書では「ダークサイド」と呼んでいます。私はエコノミストですので、取りあえずは、経済活動が上向けば下部構造から上部構造の社会問題の解決にもつながる、という点は理解しつつも、下部構造の経済からは独立した社会問題を社会関係資本=ソーシャル・キャピタルの観点から考えるべく、専門外で十分な理解が進んだとはいえませんが、一応、学術書として読んでみた次第です。まず、経済学の観点から、本書でも言及されているように、世銀リポート Social Capital: A Multifaceted Perspective の冒頭の Introduction において、いずれもノーベル賞経済学者であるアロー教授とソロー教授から、生産活動への寄与の観点からソーシャル・キャピタルは経済学的な「資本」と考えるべきではない、という趣旨の批判があります。批判の一部は定義のあいまいさや計測にも向けられています。したがって、本書では冒頭の1-3章くらいまで、いわゆるコールマンのボート(ダイアグラム)をp.31図2-2で示した上で、ミクロとマクロの間の関連や相互の因果関係などの議論を展開しています。すなわち、p.56表3-1において、ミクロとマクロの間のインタラクティブな関係に基づくコールマンの定義、マクロ中心のパットナムの定義、、ミクロからマクロにも拡張可能なオストロムの定義に加えて、ややオストロムに近いながらも本書の定義を示しています。そして、もうひとつの批判に関しては、少なくとも日本では滋賀大学と内閣府の共同研究の成果報告書「ソーシャル・キャピタルの豊かさを生かした地域活性化」において、いくつかの要素が示されています。でも、もっ最近の研究ではSNSなどのビッグデータからの計測を試みている例もあると本書では言及されています。最後に、本書冒頭のp.2からサブタイトル「違和感」の例がいくつか上げられており、私が興味を持ったものとして「なぜ賃金が目減りするのに経営者報酬だけ上がるのか」、「なぜ日本の経営者は内部留保を積み上げるのか」、「なぜ忖度した官僚は記憶を失うのか」といったものがあります。ソーシャル・キャピタルの観点だけで解明できる「なぜ」ではありませんが、日本の経済社会をよりよくする上で必要な問いかけであろうと私は受け止めています。

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次に、ナン・リン/カレン・クック/ロナルド S. バート[編]『ネットワークとしてのソーシャル・キャピタル』(ミネルヴァ書房)を読みました。編者は、順に、米国デューク大学トリニティ・カレッジ名誉教授、同じく米国スタンフォード大学教授、やっぱり米国シカゴ大学教授です。出版社からしても、明らかな学術書であり、専門外の私にはややハードルが高かった気がします。ということで、本書では、ソーシャル・キャピタルのひとつの側面として、バイラテラルな2人間の人間関係だけではなく、マルチラテラルなネットワークとして、信頼や規範に基づく人間関係を考えています。すなわち、マクロのソーシャル・キャピタルを主として考えているパットナム教授の Making Democracy Work では社会的信頼と互酬性の規範とネットワークの3つのコンポーネントを上げて社会的な効率性を高める人間関係や組織の特徴としています。繰り返しになりますが、本書ではタイトルから明らかなように、ネットワークとしてのソーシャル・キャピタルの分析を試みています。ソーシャル・キャピタル=社会資本とは信頼や規範に基づく人的関係を指しており、あくまで学術用語と考えるべきながら、平たくいえば「人脈」という一般用語が近いんではないかと考えています。そのうえで、ネットワークですから、単なる2人間のバイラテラルな直線的な人間関係だけではなく、マルチラテラルに人脈が平面的に、あるいは、立体的に広がっていくというイメージでよいかと思います。本書は3部構成であり、第Ⅰ部ではソーシャル・キャピタルの理論構築、構造的な空隙、地位想起法などの理論的な側面を明らかにした後、第Ⅱ部では労働市場におけるソーシャル・キャピタルを対象に分析を進めています。そして、第Ⅲ部では、組織やコミュニティにとどまらない制度的環境も含めたソーシャル・キャピタルまで拡張しています。ということで、私は主として第Ⅱ部の労働市場におけるソーシャル・キャピタルに注目しました。通常は労働市場では外部労働市場からの参入、すなわち、雇用される際の採用と雇用された直後の配属などに人的関係としてのソーシャル・キャピタルが作用すると考えられます。もちろん、いわゆる人事異動や配置転換といった内部労働市場においてもソーシャル・キャピタルは重要な役割を果たしますが、本書では採用と配置の段階を主として分析対象としています。日本では就職の際に「コネ」と呼ばれている人間関係です。例えば、家族内のメンバーとして親子や兄弟姉妹で同じ会社に勤める場合があるわけですし、ほかにも当然に、何らかのグループ属性を持ち、そういったソーシャル・キャピタルを活用できる人材、特定の資格を持ったメンバーを有するソーシャル・キャピタル、あるいは、シグナリング機能も果たす出身校の人的つながりのあるソーシャル・キャピタルなども労働市場で活用の可能性が十分あります。もちろん、本書ではそれほど重視していませんが、マイナスのソーシャル・キャピタルもある可能性が示唆されています。本書では、数量的なデータも含めて、コールセンターの対応職員、さらに、警備員についての紹介プログラムなどを分析しています。もちろん、日本的にいっても「コネ」による就職がやや否定的な印象を持っているように、逆に、公平性への圧力という点も重視される、という分析結果も示されています。すなわち、ネットワークとしてのソーシャル・キャピタルの場合、専門外ながら、私は弊害も指摘しておく必要があると考えます。例えば、典型的にはクラブ財の場合で、クラブのメンバーになっていない人が負の影響を受けることは明らかですし、クラブのメンバーは正の効用を得ますが、社会全体としてのソーシャル・キャピタルの符号は確定しません。第Ⅳ部では、日本でも「いっしょにメシを食う」とか、「同じ釜のメシを食う」といった表現があるように、会食=social eating、あるいは、宴会=banquetsなどといった食事に現れるソーシャル・キャピタル、それをかなり制度的に確立した中国の「関係」(guanxi)、また、セーフティネットとしても活用できるソーシャル・キャピタルの分析に興味を持ちました。本書では明示的に取り上げてはいませんが、災害発生時のソーシャル・キャピタル活用などについても可能性が広がる気がしました。

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次に、カート・ワグナー『TwitterからXへ 世界から青い鳥が消えた日』(翔泳社)を読みました。著者は、ビジネスおよびテクノロジー・ジャーナリストです。英語の原題は Battle for the Bird であり、2024年の出版です。本書は、タイトル通り、Twitterが現CEOのイーロン・マスクに買収されてXとなるまでのドキュメンタリー、あるいは、迷走の過程のリポートです。現CEOであるイーロン・マスクと比較対照されるのが表紙画像にもあるTwitter創業者の1人ジャック・ドーシーです。しかし、いずれにせよ、読後の感想としてはTwitterからXになったとしても、この運営体企業の迷走劇が中心となっている、というふうに私は読みました。すでに、トランプ大統領が米国の政権に返り咲いた現時点で、メディアとしてのTwitterないしXについては、ほかの米国テック企業、すなわち、GAFAMと一括して称されるGoogle、Apple、Facebook=META、Amazon、Microsoftの各社が、いっせいに政権への忠誠姿勢を示す前から、イーロン・マスクが経営権を握ったことに象徴されるように、トランプ政権成立とは独立に同じ動きが進められていたことは明らかです。というか、トランプ政権成立を一定の影響力で後押ししたとすらいえると考えるべきです。繰り返しになりますが、TwitterからXについてはの企業としての迷走が取り上げられています。登録者数はFacebookに大きく水を開けられ、GAFAMと並ぶようなビックテック企業にはなれず、メディアとして批判や場合によっては脅迫にすらさらされるという実態を明らかにしています。そのあたりが、延々と本書で記録として残されている、と覚悟して読んだ方がいいです。加えて、英語の原文のせいか、邦訳のせいなのか、はたまた、フォントが小さいせいなのか、ビッチリと各ページに字が埋まっていて文章が読み進みにくく、しかも400ページを超える本全体としてボリュームがありますので、読み通すのはかなり骨だと思います。最後に、TwitterやXをはじめとして、私の直観的なSNSメディアの感想を書き残しておくと、YouTubeがインフルエンサーから購読者へのややユニラテラルなメディアであるのに対して、FacebookとTwitter=XとInstagramは仲間内でのバイラテラルな情報の交換、ただし、Instagramがビジュアル中心に対して、文字情報中心のうち長文はFacebopokで、短文がTwitter=X、そして、私は馴染がなく詳しくないのですが、TikTokはインフルエンサーになりたい個人の情報発信の場、という極めて大雑把なカテゴライズをしています。まあ、私の独断と偏見でのカテゴライズですし、異見はありえます。ただし、こういったSNSが民主主義を歪めかねないリスクも認識されるべきです。特に、米国のトランプ政権成立とともにむき出しの自由、特にむき出しの表現の自由の方向に進みだしたおそれがあります。もっと行き着くところに行けば、表現だけでなく、上位者が下位者を奴隷のように使ったり、誹謗中傷したり、ひどい場合には事実上殺したり、そういった自由、特に表現の自由の時代が始まりかねない危うさを私は感じます。すでに、フェイク・ニュースや事実に基づかない誤った情報をSNSで流す「自由」が認められようとしています。そういった誤った情報を流す行為は、上位者や権力者に都合よければ何ら責任を問われることがない一方で、下位者や権力の地位にない者や団体に対しては認められない「自由」です。兵庫県やフジテレビで観察される事態がそういった将来の危うさを強く連想させると考えるのは私だけでしょうか?

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次に、翁邦雄『金利を考える』(ちくま新書)を読みました。著者は、日銀エコノミストから現在は京都大学公共政策大学院名誉フェローを務めています。本書では、金利の理論的な側面を深く掘り下げる、というよりは、新書というメディアの特徴も活かしつつ、金利の決まり方は金利が経済活動ほかに及ぼす影響力を考え、家計の身近なところで消費者金融や住宅ローンの金利について議論しています。金利の決まり方に関する理論はいくつかあるのですが、極めてシンプルに、私も本書第2章で展開している借金のレンタル料、というのが判りやすいと考えています。実は、授業でも単純にそう教えています。すなわち、レンタカーとか貸衣装を借りると料金を支払う必要があるわけで、100万円を1年借りると、例えば、2万円のレンタル料が必要ということになれば、金利が2%と計算される、と教えるわけです。これが、中央銀行が操作する極超短期の金利、日本でいえば、銀行間で取引される無担保のオーバーナイトコールレートからタームと呼ばれる期間構造に従って、もちろん、借りる主体のリスクに従って、さまざまな金利が形成されることになります。そして、目下のところ、日本においては金利は為替を目標に操作されているように私には見えるのですが、第5章では金利が為替相場におよぼす影響を議論しています。私が授業で教えているような通常の判りやすいモデルでは、短期には金利の影響力が大きく、すなわち、高金利通貨が増価し、低金利通貨が減価する一方で、長期には購買力平価仮説が成り立ち、高インフレ国の通貨が減価し、低インフレ国の通貨が増価する、と考えられています。対米ドルの円通貨の為替相場で見ると、目先は日本は低金利であり円安が進んでいますが、長期的に最近20-30年を見れば低インフレ国日本の通貨である円は増価している、ということになります。興味深かったのは、第3章の消費者金融の金利です。ほぼほぼ、多くの消費者金融の金利が法令の上限である18%に張り付いているのですが、本書ではその点は無視しています。逆に、現行のデフォルトである18%の金利を払える消費者であれば、流動性制約緩和策である、という立場のように見えます。その昔の「サラ金」と呼ばれていた時代のムチャクチャな高金利への言及はありません。私は国際派のエコノミストでしたので海外勤務の経験もあり、その昔の「サラ金」からふんだんに研究費を受けて学生を海外旅行に連れて来ていた大学のセンセイについてのお話も聞き及んでおり、まあ、そういったセンセイが流動性制約の解消策としての「サラ金」の役割を高く評価し、高金利容認説を持ち上げていたんだろうと想像しています。住宅ローンについては、私は住居向けに3回に渡って不動産を取得し、うち2回ほど住宅ローンを組んだ経験がありますが、かつては固定金利がそれなりのシェアあったことは知りませんでした。勉強になりました。

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次に、安藤優一郎『蔦屋重三郎と田沼時代の謎』(PHP新書)を読みました。著者は、歴史家だそうです。本書は、軽く想像される通り、NHK大河ドラマで話題の蔦屋重三郎とその時代背景を形成した幕府老中の田沼意次についての教養書です。昨年の今ごろは紫式部に関する新書を何冊か読んでいたような気がします。大河ドラマはほとんど見ないので、こういった読書で世間について行こうと努力しているわけです。ということで、蔦屋重三郎が活躍した時代背景は、厳しい財政引締めや綱紀粛正などを行った享保の改革と寛政の改革の間に挟まれた田沼時代に当たり、割合と自由闊達な雰囲気で経済は発展し、華やかで享楽的な文化が花開きます。そして、蔦屋重三郎のホームグラウンドとでもいうべき吉原がそういった文化や流行の発信地となるわけです。出版としては、遊女の評判を集めた『一目千本』や『吉原細見』が典型的なものと考えられます。これらは、当然ながら、吉原の宣伝活動ともなりますので、出版と遊郭はいわゆるwin-winの関係となります。それらのほかに、吉原独自の行事である夏の玉菊灯籠、秋の俄などの情報発信の出版もありました。もちろん、吉原以外にも浄瑠璃のお稽古テキストとか、寺子屋の教科書である往来物などを手がけたということです。本書では、こういった出版は、その後の蔦屋重三郎の印象からは少し異なり、手堅く安定的な収益の見込めるローリスクな活動であったと評価しています。というのも、蔦屋重三郎が養子に入った家のいわゆる家業は吉原の茶屋であり、出版事業はそもそも新規開拓の事業展開であったので、ハイリスクな方向性は目指さなかった、と解説しています。そして、今に残る出版関係では、草双紙の一種である黄表紙にも手を伸ばします。要するに現代的にいえば小説なわけです。さらに、浮世絵にも進出し、東洲斎写楽と喜多川歌麿を世に出しています。こういった蔦屋重三郎の出版活動とも相まって、吉原は女郎屋が軒を並べる単なる遊興の場から、文化や流行の発信地という意味で、いわば文化サロン的な地位を獲得していくわけです。そして、それを支えた時代背景、特に、エコノミストの私から見れば経済活動が気にかかるところですが、老中田沼意次は典型的なリフレ政策を果敢に実行したわけです。現在ではリフレ政策とは、物価が下落するデフレに対してマイルドなインフレを目指す政策なのですが、物価上昇という意味でのインフレは、逆から見れば貨幣価値の低下に相当します。徳川期は貨幣価値を低下させるのはそれほど難しいことではなく、小判の金の含有量を落とせばいいわけです。ただ、本書ではそういった貨幣改鋳については深入りしておらず、コメの年貢への偏りから商業活動に着目して、株仲間結成を促進した上で冥加金を取り立てる、などの農業から商業を重視する政策変更に着目しています。そういったマブ仲間などの利権政治でしたので、賄賂にまみれて凋落していき、さらには、米価高騰から米騒動も頻発し、田沼政治が終了して寛政の改革につながるわけです。蔦屋重三郎だけではなく政治経済的なバックグラウンドの動向もよく考えられた解説書でした。

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2025年1月24日 (金)

+3%に達した12月の消費者物価指数(CPI)上昇率を受けた日銀追加利上げのチャレンジの成功を祈念する

本日、総務省統計局から昨年2024年12月の消費者物価指数 (CPI) が公表されています。生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPI上昇率は、季節調整していない原系列の前年同月比で見て、前月の+2.7%から拡大して+3.0%を記録しています。コアCPI上昇率が+3%を記録したのは一昨年2023年8月に+3.1%となって以来1年4か月ぶりで、日銀の物価目標である+2%以上の上昇は2022年4月から32か月、すなわち、2年半を超えて3年近くの間続いています。ヘッドライン上昇率も+3.6%に達しており、生鮮食品とエネルギーを除く総合で定義されるコアコアCPI上昇率も+2.4%と高止まりしています。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

消費者物価3.0%上昇 24年12月、1年4カ月ぶり3%台
総務省が24日発表した2024年12月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が109.6となり、前年同月と比べて3.0%上昇した。上昇率が3%台の水準となるのは、23年8月に3.1%をつけて以来、1年4カ月ぶり。政府の電気・ガス代補助がいったん終了したことでエネルギー価格が上昇し、全体を押し上げた。
生鮮食品を含む総合指数では3.6%上昇の110.7だった。品目別では生鮮食品が17.3%上昇と最も上昇幅が大きかった。記録的な猛暑などの影響でキャベツが前年同月比で2倍超となったほか、みかんも25.2%上昇した。
光熱・水道が11.4%と生鮮食品に次ぎ上昇した。政府が昨年8~10月に酷暑乗り切り緊急支援として再開した電気・ガス代への補助が終了し、電気代が18.7%、ガス代が7.8%とそれぞれ上昇した。
生鮮以外の食品も4.4%上昇した。なかでもコメ類は64.5%と、比較可能な1971年1月以降で最大の上昇幅となった。コメなどの原材料の値上がりに伴い、おにぎりも8.3%、すしなど外食も4.6%上昇した。このほか、自然災害の増加で火災・地震保険料が7.0%上昇した。
2024年平均では、生鮮を除く総合が2.5%上昇の107.9だった。3年連続で2%超の水準となるのは1989年~1992年に4年連続で2%超をつけて以来、約30年ぶりだ。

何といっても、現在もっとも注目されている経済指標のひとつですので、やたらと長い記事でしたが、いつものように、よく取りまとめられているという気がします。続いて、消費者物価(CPI)上昇率のグラフは下の通りです。折れ線グラフが凡例の色分けに従って生鮮食品を除く総合で定義されるコアCPIと生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPI、それぞれの上昇率を示しており、積上げ棒グラフはコアCPI上昇率に対する寄与度となっています。寄与度はエネルギーと生鮮食品とサービスとコア財の4分割です。加えて、いつものお断りですが、いずれも総務省統計局の発表する丸めた小数点以下1ケタの指数を基に私の方で算出しています。丸めずに有効数字桁数の大きい指数で計算している統計局公表の上昇率や寄与度とはビミョーに異なっている可能性があります。統計局の公表数値を入手したい向きには、総務省統計局のサイトから引用することをオススメします。

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まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは+3.0%ということでしたので、実績の+3.0%はジャストミートしました。品目別に消費者物価指数(CPI)の前年同月比上昇率とヘッドライン上昇率に対する寄与度を少し詳しく見ると、まず、生鮮食品を除く食料価格の上昇が継続しています。すなわち、先月11月統計では前年同月比+4.2%、ヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度+1.00%であったのが、12月統計ではそれぞれ+4.4%、+1.06%と、一段と高い伸びと寄与度を示しています。ただし、11月統計の上昇率+2.7%から12月統計の+3.0%へと上昇率で見て+0.3%ポイントの拡大を示した主因はエネルギーです。すなわち、エネルギー価格については、11月統計で+6.0%の上昇率、寄与度+0.45%でしたが、本日公表の12月統計では上昇率+10.1%の高い上昇率となっていて、寄与度も+0.76%を示していますので、寄与度差は+0.31%ポイントに上ります。特に、インフレを押し上げているのは電気代であり、エネルギーの寄与度+0.76%のうち、実に電気代だけで寄与度は+0.62%に達しています。引用した記事で指摘されている通り、政府の「酷暑乗り切り緊急支援」として実施されていた電気・ガス代への補助金が縮小して、電気代は上昇率+11.8%、寄与度+0.62%、都市ガス代も上昇率+11.1%、寄与度+0.11%と、いずれも前月から跳ね上がりました。
家計とともに多くのエコノミストが注目している食料の細かい内訳について、前年同月比上昇率とヘッドラインCPI上昇率に対する寄与度で見ると、繰り返しになりますが、生鮮食品を除く食料が上昇率+4.4%、寄与度+1.06%に上ります。その食料の中で、コシヒカリを除くうるち米が上昇率+65.5%ととてつもないインフレとなっていて、寄与度も+0.24%あります。うるち米を含む穀類全体の寄与度は+0.35%に上ります。さすがに一時のコメの品薄感は解消されているようですが、今でも大きく値上げされたまま値下がりはしていません。チョコレートなどの菓子類の上昇率+6.4%、寄与度+0.17%に続いて、コメ値上がりの余波を受けた外食が上昇率+2.8%、寄与度+0.13%、コメとは別としても、コーヒー豆などの飲料も上昇率+7.4%、寄与度0.13%、豚肉などの肉類が上昇率+4.1%、寄与度も+0.11%、などなどとなっています。コアCPIの外数ながら、キャベツなどの生鮮野菜も上昇率+27.3%、寄与度0.53%に達しています。スーパーなどで1玉500円のキャベツを見かけることもめずらしくなくなった印象です。

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こういった物価情勢を受けて、広く報じられている通り、日銀は金融政策決定会合において25ベーシスの金利引上げを決定しています。すなわち、政策金利である無担保コールオーバーナイト金利の誘導目標を0.25%から0.5%に引き上げることとしています。日銀から公表された「2025年1月金融政策決定会合での決定内容」は上の通りです。「経済・物価は、これまで示してきた見通しに概ね沿って推移、先行き、見通しが実現していく確度は高まってきている」として、追加利上げを決定しているわけです。同時に公表された「経済・物価情勢の展望 (展望リポート)」では、2026年度の生鮮食品を除く消費者物価指数(CPI)上昇率の見通しを昨年2024年10月時点から+0.1%ポイント引き上げて前年度比+2.0%としています。日銀の金利引上げは、今世紀に入って3度目のチャレンジです。「3度目の正直」で日本経済が好循環を達成できることを願っています。

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2025年1月23日 (木)

昨年2024年12月の貿易統計をどう見るか?

本日、財務省から昨年2024年12月の貿易統計が公表されています。貿易統計のヘッドラインを季節調整していない原系列で見ると、輸出額が前年同月比+3.8%増の9兆1523億円に対して、輸入額は▲3.8%減の9兆2700億円、差引き貿易収支は▲1176億円の赤字を記録しています。5か月連続の貿易赤字となっています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事を日経新聞のサイトから引用すると以下の通りです。

貿易赤字4年連続、24年5.3兆円 円安で輸出額が過去最高
財務省が23日発表した2024年の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は5兆3325億円の赤字だった。4年連続の赤字となった。赤字幅は前年比で44.0%縮小した。輸出入の数量はいずれも減少しているものの、歴史的な円安が輸出額を押し上げた。
24年の輸出額は前年比6.2%増の107兆912億円だった。2年連続で100兆円を超えて、1979年以降で過去最高となった。貿易指数(2020年=100)の輸出数量指数は2.6%減の102.9と3年連続で減少した。為替レートは年平均で1ドル=150.97円で、7.7%の円安だった。
アジアを中心に需要が旺盛な半導体等製造装置が4兆4962億円と27.2%伸びた。自動車は3.7%増の17兆9094億円で過去最高だった。
地域別でみると、アジア向けの輸出が8.3%増の56兆8708億円と全体をけん引した。IC製造用など半導体等製造装置は34.8%増えた。半導体等電子部品は11.6%増だった。中国向けの輸出は6.2%増の18兆8651億円だった。
米国向けは5.1%増の21兆2951億円だった。国別として最大の輸出先だった。円安に加え、高価格帯のハイブリッド車(HV)などの販売が好調だったことから自動車の輸出が3.1%伸びた。自動車の部分品も14.5%増えた。
欧州連合(EU)向けは3.9%減の9兆9659億円だった。自動車や鉄鋼などの輸出が減った。
輸入額は前年比1.8%増の112兆4238億円だった。品目別ではパソコンなどの電算機類が31.7%増の3兆2706億円、非鉄金属鉱が14.7%増の2兆7490億円だった。
原粗油は4.4%減の10兆8694億円。原油の輸入価格は1キロリットルあたり7万9494円で3.9%上がったが、数量ベースで前年比8%減少した。
地域別ではアジアからの輸入が3.5%増の53兆8439億円だった。中国を中心にパソコンなど電算機類が19.9%増えた。石油製品は韓国からを中心に25.2%増えた。中国からの輸入は3.6%増の25兆3008億円だった。
米国は9.5%増の12兆6533億円だった。電算機類が約3倍に増えた。航空機のエンジン部品など原動機が24.6%伸びた。
EUは医薬品や航空機類の輸入が増加したことで、3.8%増の11兆8606億円だった。
24年12月単月の貿易収支は1309億円の黒字だった。黒字は6カ月ぶり。半導体等製造装置などの輸出額が好調だったほか、原粗油の輸入額が減った。

差以後のパラグラフを別にすれば、延々と2024年の年間統計について詳述されていて、景気動向を確認する目的で統計をウォッチしているエコノミストからすれば、むしろ、直近月の統計を知りたいところなのですが、まあ、それでも、学生向けの授業などで中長期トレンドを重視する際には、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。2024年年間データを見て私が重要だと思ったのは、引用した記事のタイトルにもあるように、「円安で輸出が伸びた」という点です。続いて、貿易統計のグラフは以下の通りです。上下のパネルとも月次の輸出入を折れ線グラフで、その差額である貿易収支を棒グラフで、それぞれプロットしていますが、上のパネルは季節調整していない原系列の統計であり、下は季節調整済みの系列です。輸出入の色分けは凡例の通りです。

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まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスによれば、▲500億円ほぼの貿易赤字が見込まれていたのですが、実績の+1000億円超の黒字は、予測レンジ上限の+969億円を超えて大きく上振れした印象です。また、記事には何の言及もありませんが、季節調整済みの系列で見ると、貿易収支赤字はこのところジワジワと縮小していて、11月統計ではやや拡大したのですが、12月統計ではわずかに△330億円まで赤字が縮小しています。季節調整済みの系列では、12月統計では輸出入ともに増加しているのですが、輸出の増加幅の方が輸入より大きくなっています。ですので、拡大均衡という見方もできます。なお、財務省のサイトで提供されているデータによれば、季節調整済み系列の貿易収支では、2021年6月から直近で利用可能な2024年12月統計まで、ほぼほぼ3年半に渡って継続して赤字を記録しています。ただし、いずれにせよ、私の主張は従来から変わりなく、輸入は国内の生産や消費などのために必要なだけ輸入すればよく、貿易収支や経常収支の赤字と黒字は何ら悲観する必要はない、と考えています。そして、これも季節調整済みの系列で見て、貿易収支赤字がもっとも大きかったのは2022年年央であり、2022年7~10月の各月は貿易赤字が月次で▲2兆円を超えていました。昨年2024年12月統計の�億円ほどの貿易赤字は、特に、何の問題もないものと考えるべきです。
本日公表された昨年2024年12月の貿易統計について、季節調整していない原系列の前年同月比により主要品目別に少し詳しく見ておくと、まず、輸入については、原油及び粗油が数量ベースで+0.6%増ながら、石油単価の下落により金額ベースでは▲11.6%減となっている一方で、非鉄金属鉱は数量ベースで+23.9%増、金額ベースでも+28.2%増を記録しています。エネルギーよりも注目されている食料品は金額ベースで+8.7%増と、輸入額全体の伸びが+1.8%にとどまっている中で引き続きプラスの伸びを示しています。輸出に目を転ずると、自動車が数量ベースで▲7.2%減、金額ベースでも▲5.9%減となっている一方で、電気機器が金額ベースで+4.7%増、一般機械も+3.7%増と堅調な動きを示しています。国別輸出の前年同月比もついでに見ておくと、中国向けは減少したものの、アジア向けの地域全体では+5.8%増となっています。米国向けは△2.1%減ながら、西欧向けが+3.3%などとなっています。輸出については、欧米先進国がソフトランディングするとすれば、先行き回復が見込めると考えるべきです。

最後に、トランプ米国大統領の就任に伴って、関税を主たる政策手段とする通商政策に注目が集まっていることは広く報じられているとおりです。直観的に考えれば、日本から米国への輸出への影響は、第1に、関税引上げ国からの輸出を代替する部分はプラスのインパクトを持つものの、第2に、所得効果として高関税国だけではなく米国自身も景気減速の影響をこうむりますので、日本からの輸出は一定のダメージを受けると予想されます。たぶん、後者のマイナスの影響の方が大きいんだろうと私は考えています。

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2025年1月22日 (水)

消費停滞はインフレだけが原因ではない

先週1月17日、ニッセイ基礎研究所から「可処分所得を下押しする家計負担の増加」と題するリポートが明らかにされています。賃金が長期に渡って伸び悩む中で消費は持ち直しつつありますが、物価高を主因として低迷していることは事実です。ただ、このリポートでは物価高だけではなく税と社会保障負担の高まりについても着目しています。まず、6点示されているリポートの要旨から最初の4点を引用すると以下の通りです。

要旨
  1. 個人消費は持ち直しているものの、可処分所得の伸び悩みを主因として依然としてコロナ禍前の水準を下回っている。
  2. コロナ禍以降の実質可処分所得減少の主因は物価高であるが、税、社会負担を中心として家計負担が高まっていることも可処分所得の下押し要因となっている。
  3. 社会負担比率は1994年の13.5%から2023年の19.7%までほぼ一本調子で増加している。また、税負担比率は1994年の7.6%から2003年に5.8%まで低下した後、上昇傾向となり、2023年は7.4%となった。
  4. 家計の所得税額は給与を上回るペースで増えている。「民間給与実態統計調査」によれば、給与総額に占める所得税額の割合は2010年の3.86%から2023年には5.10%まで上昇した。各給与階級の税額割合が上昇していることに加え、税率が高い給与階級の給与所得者数の割合が高まっていることがその理由である。

実は、同じ日付の1月17日に開催された経済財政諮問会議に内閣府から提出された「中長期の経済財政に関する試算」では、何と、高成長実現ケースや成長移行ケースのみならず、過去投影ケースですら2026年度から国と地方のプライマリバランス(PB)のGDP比が黒字に転換するとの試算が示されていました。まあ、やむを得ないかもしれませんが、メディアはこぞって「2025年度黒字化の目標から後ズレ」を指摘しつつも、いかにもプライマリバランス(PB)の黒字化がめでたいような論調の報道を繰り広げていました。下は「中長期の経済財政に関する試算」から 国・地方のPB対GDP比 のグラフを引用しています。

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おそらく、私は数多いエコノミストの中でも財政収支の黒字化に対して呑気に構えている方であることは確実でしょうし、プライマリバランスとは別に、ニッセイ基礎研究所のリポートでは消費との関係で税や社会保障負担の増加が好ましいかどうかの議論に一石を投じているように見えます。ですので、簡単にグラフを引用しつつ取り上げておきたいと思います。

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上のグラフは、ニッセイ基礎研究所のリポートから 所得税額と税額割合の推移 を引用しています。一見して理解できるように、リーマン・ショック直後の2009年度を底にして、所得税額もその税率も上昇していることが見て取れます。しかも、これはグラフの描き方次第ではありますが、税率の上昇に従って、所得とは独立に、所得税額が増加しているように見えます。ようするに、リーマン・ショック以降の15年ほどの間、賃金や所得はそれほど増加していない一方で、税率が上昇して所得税額が増加している可能性があるわけです。

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続いて、上のグラフは、ニッセイ基礎研究所のリポートから 税額増加の要因分解(2010年→2023年) を引用しています。対象期間に所得税額は約5兆円増加していますが、この5兆円の変化に対する寄与で見て、給与総額変化要因が半分の2.5兆円を占めるものの、他方で、給与階級別の税額割合変化要因が1.3兆円、給与階級構成比変化要因が1.1兆円との試算結果が示されています。5兆円に上る税額増加の半分は賃金や所得の増加ですが、残り半分は税額割合の変化、すなわち、広い意味での税率の上昇ということです。この所得税額の増加は、プライマリバランスが黒字化に向かっている要因のひとつであることは明らかです。
したがって、ニッセイ基礎研究所のリポートでは、「名目所得の増加によってより高い税率が適用される課税所得区分に移行することで、実質的な増税となる『ブラケットクリープ』が生じている可能性」を指摘し、消費の回復のための実質可処分所得の増加が必要であり、そのためには、ブラケットクリープへの対応が求められる、と結論しています。
賃金がようやく上昇し始めたとはいえ、その分だけ、というか、ひょっとしたら、それ以上に、所得税や社会保障負担が増加したのでは消費の活性化は望めません。消費を犠牲にしたプライマリバランスの改善がどこまでめでたいか、必要か、についてはしっかりと議論する必要があります。

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2025年1月21日 (火)

国際通貨基金(IMF)「世界経済見通し2025年1月改訂版」やいかに?

やや旧聞に属するトピックながら、先週1月17日に国際通貨基金(IMF)から「世界経済見通し2025年1月改訂版」World Economic Outlook Update, January 2025 が公表されています。もりとん、pdfの全文リポートも利用可能です。成長率見通しの総括表は以下の通りです。

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見れば明らかですが、世界経済の成長率見通しは2025年と2026年の両年とも+3.3%と見込まれていますが、2000年から2019年の20年間の平均である+3.7%をやや下回ります。しかも、短期的なリスクはまちまちである一方で、中期的なリスクは下方にある "Medium-term risks to the baseline are tilted to the downside, while the near-term outlook is characterized by divergent risks." と指摘しています。日本経済は昨年2024年にマイナス成長を記録した後、今年2025年+1.1%成長とリバウンドし、来年2026年の成長も+0.8%と潜在成長率近傍を見込んでいます。

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2025年1月20日 (月)

ふた月連続で前月比プラスとなり基調判断が上方修正された2024年11月の機械受注

本日、内閣府から昨年2024年11月の機械受注が公表されています。機械受注のうち民間設備投資の先行指標であり、変動の激しい船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注は、季節調整済みの系列で見て前月から▲0.7%減の8520億円と、3か月連続の前月比減少を記録しています。まず、統計のヘッドラインを報じる記事をロイターのサイトから引用すると以下の通りです。

11月の機械受注(船舶・電力を除く民需)は前月比+3.4%=内閣府(ロイター予測: -0.4%)
内閣府が20日に発表した11月機械受注統計によると、設備投資の先行指標である船舶・電力を除いた民需の受注額(季節調整値)は、前月比3.4%増となった。2カ月連続の増加。ロイターの事前予測調査では前月比0.4%減と予想されており、結果はこれを上回った。
前年比では10.3%増だった。
内閣府は、機械受注の判断を「持ち直しの動きがみられる」に上方修正した。
機械受注統計は機械メーカーの受注した設備用機械について毎月の受注実績を調査したもの。設備投資の先行指標として注目されている。

やや長くなりましたが、包括的によく取りまとめられた記事だという気がします。続いて、機械受注のグラフは下の通りです。上のパネルは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注とその6か月後方移動平均を、下は需要者別の機械受注を、それぞれプロットしています。色分けは凡例の通りであり、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にもある通り、ロイターによる市場の事前コンセンサスでは船舶と電力を除く民需で定義されるコア機械受注で見て前月比△0.4%減、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでも同様に▲0.3%減でしたので、実績の+3.4%は明らかに上振れした印象です。ただ、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスのレンジ上限は+8.0%増でしたので軽くレンジ内ということはいえます。4か月ぶりの前月比プラスながら、引用した記事にもあるように、統計作成官庁である内閣府では基調判断を「持ち直しの動きに足踏みがみられる」から「持ち直しの動きがみられる」と、「足踏み」を削除して半ノッチ上方修正しています。7か月ぶりの上方修正だと思います。内閣府の報告によれば、製造業でも、非製造業(除船・電)でも、前月比はプラスであり、前月比で増加したのは17業種の中で、化学工業(+71.4%増)、情報通信機械(+47.4%増)などの7業種であり、他方、減少は10業種となっています。内閣府の以前の報告によれば、10~12月期の見通しは季節調整済みの系列による前期比で+5.7%と集計されており、この見通しは達成されるかどうか、ビミョーなところです。振れの大きな指標ですので、何とも先行きは見通せません。ただ、先行きリスクは下方に厚いと私は考えており、特に、次の日銀金融政策決定会合では金利引上げが予想されており、昨年2024年の利上げの影響も同時にラグを伴って現れる可能性が十分あります。すでに、住宅ローン金利が上昇しているのは広く報じられている通りです。
ただ、さらに大きな謎は、計画段階では先週12月13日に公表された日銀短観などのソフトデータで示されている企業マインドとしての投資意欲は底堅い一方で、実際に設備投資が実行されるに至っておらず、したがって、GDP統計や本日公表された機械受注などには一向に現れていない点です。すなわち、投資マインドと実績の乖離が気にかかります。乖離の理由について、「先行き不透明感」で片付けるのは忍びなく、私は十分には理解できていません。これだけ人口減少による人手不足が続いている中で、労働に代替する資本ストック増加のための設備投資の伸びもなくそのためにDXやGXが進まないとすれば、日本企業は大丈夫なのかどうか大きな不安が残ります。

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2025年1月19日 (日)

大学入学共通テストが終了する

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昨日から実施されていた大学入学共通テストが本日で終了しました。
現在の少子化が進めば、そう遠くない将来には受験生の人数が大学入学定員を下回って、進学先さえ選り好みしなければ、全員が大学に進学できるという大学全入制の時代も来ることとは思います。でも、それでも譲れない進学希望先はあるのでしょうから、全員の希望がかなうこともありませんし、何より、現時点では全員大学入学が出来るわけではありません。したがって、悔いのないように実力を出し切ることを私は希望します。願わくは、あるいは、機会があれば、立命館大学経済学部の私のゼミに来られんことを願っております。

がんばれ大学受験生!

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2025年1月18日 (土)

今週の読書はいろいろ読んで計6冊

今週の読書感想文は以下の通りです。
まず、ヨハン・ノルベリ『資本主義が人類最高の発明である』(NewsPicksパブリッシング)は、ほぼ無条件に現時点の資本主義がベストであるというパングロシアンな見方を提供しています。今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)では、主としてビジネスの場でのコミュニケーションを対象として、いかに相手に伝えるか、さらに進んで、いかに相手から自分に伝えさせるか、について考えています。万城目学『六月のぶりぶりぎっちょう』(文藝春秋)は、直木賞を受賞した『八月の御所グラウンド』と同じテイスト、シリーズの直木賞受賞後第1作であり、本能寺の変を現代に引き直した解釈を試みています。結城真一郎『難問の多い料理店』(集英社)では、六本木にあるビルの3階のゴースト・レストランが舞台で、そのオーナーが風変わりな注文を受けて配達員を使って調査して謎解きを試みます。小谷賢『教養としてのインテリジェンス』(日経ビジネス文庫)は、そもそもインテリジェンスとは何なのか、そして、世界各国のインテリジェンス活動を概観し、最後の章でインテリジェンスの歴史を後付けています。山本文緒『無人島のふたり』(新潮文庫)は、直木賞作家がステージ4bの膵臓がんによる余命告知を受けてから亡くなる直前までの日記です。
今年の新刊書読書は年が明けて先週までに10冊を読んでレビューし、本日の6冊も合わせて16冊となります。なお、Facebookやmixi、あるいは、経済書についてはAmazonのブックレビューなどでシェアする予定です。加えて、有栖川有栖『こうして誰もいなくなった』(角川書店)も読んでいて、Facebookなどでレビューしていますが、新刊書ではないので本日の読書感想文には含めていません。

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まず、ヨハン・ノルベリ『資本主義が人類最高の発明である』(NewsPicksパブリッシング)を読みました。著者は、スウェーデン生まれの歴史学者であり、米国のやや保守的なケイトー研究所のシニアフェローを務めています。本書は、まあ、単純化していえば資本主義礼賛の書なのですが、ほぼ無条件に現時点の資本主義がベストであるというパングロシアンな見方を提供しています。通常、左派リベラルは資本主義の欠陥を指摘し、資本主義に対して別の改良的な方向、例えば、社会主義や社会民主主義の色濃い福祉制度とか、を持ち込もうとするのに対して、本書は現時点での問題は逆に資本主義が徹底されていない点、特に、自由がまだ十分「足りていない」点に求めます。ですので、各章において、脱成長、トップ1%の富裕層への富と所得の集中、それに基づく格差の弊害、などなどを全面否定し、著者本人はそういった左派リベラルな議論を論破しているように感じているのだろうと思います。エコノミストとしての私の観点から、特に目を引いたのはマッツカート教授らの政府のプロジェクトベースの産業政策や経済成長に対する批判が強烈であるのの対して、縁故資本主義=クローニー・キャピタリズムに対する態度がイマイチ不明でした。日本でも安倍政権時のいわゆる「一強」時代に、お友達に有利に取り計らう縁故主義が広がりました。私なんぞから見たら、こういった縁故主義は自由をタップリ必要とする資本主義に大いに反しているように見えており、したがって、本書で称賛しているタイプの資本主義とは違うと考えるべきです。いずれにせよ、マイクロな経済では、市場における自由な価格形成に基づく資源配分がもっとも効率的であって、厚生経済学の定理を満たすわけですが、ケインズ卿が指摘したように、所得と富の配分には不十分な可能性があり、さらに、非自発的な失業を防ぐことが出来ません。ですので、所有権の確立とかの単なるルールの設定だけではなく、経済社会の厚生向上のための役割を政府が担う、そして、その政府の役割は時とともに拡大している、というのは歴史的に現実として観察される流れであろうかという気はします。加えて、資本主義における取引はすべての参加主体が平等であって、情報その他の格差ないことを前提にしていますが、世の中はそれほどモデル通りではありません。その意味で、やや現実離れした議論が展開されている、と感じた読者も決して少なくないと思います。最後に、私がとても強烈に疑問に感じたのは、歴史家が書いた本にしては、資本主義の先についてのビジョンが本書では欠けている点です。歴史的にいろんな発展段階を経て現在の資本主義が存在することは明らかなのですが、その資本主義の先に何があるかを考えようとしないのは知的な怠慢であろうという気がします。

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次に、今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)を読みました。著者は、慶應義塾大学環境情報学部教授であり、ご専門は認知科学、言語心理学、発達心理学だそうです。本書では、主としてビジネスの場でのコミュニケーションを対象として、いかに相手に伝えるか、さらに進んで、いかに相手から自分に伝えさせるか、について考えています。冒頭にある「話せばわかる」というのは、5.15事件の際の犬養総理大臣の言葉として有名ですが、残念ながら本書ではそういった言及はありません。それはともかく、本書では、うまく伝わらない場合、伝え方を工夫したり、説明を換えたり、何度も繰り返したりしてもうまく伝わらない、と指摘します。どうしてかというと、それぞれの人が独自の「知識や思考の枠組み(スキーマ)」を持っているためであり、話した内容がそのまま脳にインプットされるわけではなく、このスキーマに沿った個々人の解釈がなされている可能性があるから、ということだそうです。加えて、インプットされた後でも人間の記憶とはあやふやなもので、忘れることはもちろんとしても、記憶が書き換えられることも少なくないといいます。人間の記憶容量はわずかに1GBというエピソードも本書に入っています。もちろん、インプットの際の認知バイアスはいっぱいあって、情報を受け取る際にすでにバイアスがかかっている上に、さらに記憶している間にますます情報が本来のものから離れていく可能性すらあるわけです。ですので、本書の後半の章、特に4章では、「コミュニケーションの達人」の特徴をいくつか上げて、伝える、あるいは知識を共有する方法について論じています。そのあたりは読んでみてのお楽しみですが、心の論理やメタ認知がキーワードとなります。また、コチラからアチラへ伝えるだけでなく、聞く耳を持つ、というのは重要な指摘だった気がします。ということで、最後に私の感想です。私は教師ですから学生諸君に知識や何やを伝えるのが職業です。役所に勤める公務員であった当時でも、エコノミストのひとつの重要な役割は伝えることです。総務省統計局の課長職にあったころには毎月の統計公表時に記者発表をしていたりしました。記者発表とか、大学の授業とかは、そもそも、聞く側で十分意識を高めて知識や情報を吸収する意欲に満ち溢れています。当然です。私は記者発表や授業で伝えるのが仕事ですが、他方で、聴衆の方も私の話を聞いて、記事にしたり、試験やリポートに備えるのが仕事なわけです。ですので、それほど伝えるのに苦労した覚えはありません。今の教師の職業では、ちゃんと授業を聞いて理解しないと学生が単位を落とすというシステムです。ただ、そう遠くもない将来に引退するわけで、いろいろと押さえておくべきポイントはあった気がします。

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次に、万城目学『六月のぶりぶりぎっちょう』(文藝春秋)を読みました。著者は、直木賞も受賞した小説家です。私の後輩筋に当たる京都大学の卒業生です。本書は直木賞を受賞した『八月の御所グラウンド』と同じテイスト、シリーズの直木賞受賞後第1作であり、本能寺の変を現代に引き直した解釈を試みています。収録されているのは、短編より少し長めの中編2話であり、第1話は「三月の局騒ぎ」、第2話がタイトル作の「六月のぶりぶりぎっちょう」となります。第1話の方にはこの作者らしいファンタジーの要素はありません。主人公は大学に進学して京都で下宿するようになり、北白川にある女子学生寮に入って、そこが舞台となります。なお、女子寮は特定の大学の寮ではなく、いくつかの大学の女学生が住んでいるという設定です。この寮のいくつかの名称が京都らしい雰囲気を出しています。すなわち、東西2棟の建物は中庭に植えられているの植物から「薔薇壺」と「棕櫚壺」と呼ばれ、部屋は「局」と名付けられ、最後に、寮生は「女御(にょご)」です。1年生で入学し、寮でも最初は3人部屋から始まって、2年生で2人部屋となり、そして上級生となって1人部屋となりますが、最後の4年生の時、留年していて主人公よりもさらに上級生のキヨと相部屋になります。このキヨが謎の存在で正体不明なのですが、相部屋になった期間はわずかで、3月末にはキヨは退寮してしまいます。大学を卒業して就職し、結婚して出産した主人公が、全国高校駅伝に出場する娘に付き添って京都に来ます。ここで、かすかながら『八月の御所グラウンド』に収録されていた「十二月の都大路上下ル」とリンクします。本書の後半の作品がタイトル作となります。テーマは壮大にも本能寺の変の謎を解き明かす、というか、本能寺の変は明智光長が織田信長に対して起こした謀反ですから、まあ、実行犯については明らかなのですが、誰が明智光秀を本能寺の変に走らせたか、あるいは、明智光秀の行動の動機の謎がテーマとなる小説です。といっても、謎解きのミステリではありません。主人公は女子校の歴史の女性教師である滝川先生です。実に、『鹿男あをによし』と同じ設定で、大阪女学館、京都女学館、奈良女学館の姉妹校3校による研究発表会の大和会に出席するために、同僚の外国人女性教師と大阪から京都にやってきます。『鹿男あをによし』では同じ姉妹校3校による剣道の試合の大和杯ではなかったかと記憶していますが、本書では研究発表の研修会の大和会となります。大和会の前日に京都観光を楽しむために、滝川先生たちが京都に着くと京都女学館のトーキチロー先生が迎えてくれます。大和会前日の観光を楽しんだ後、実に現代版にアレンジされた「本能寺の変」に滝川先生は巻き込まれてしまうわけです。そこからは、読んでみてのお楽しみです。独特の万城目ワールドによるファンタジーが展開します。なお、タイトルにある「ぶりぶりぎっちょう」とは平安時代の貴族の遊びで、蹴鞠をサッカーに例えることが許されるのであれば、ぶりぶりぎっちょうは馬に乗らないポロみたいなものです。ただ、私は「ぶりぶり」の付かない「ぎっちょう」と記憶していましたし、「毬杖」という漢字もあります。関西の方言かもしれませんが、左利きのことを「ぎっちょ」といいますが、その語源であると私は認識しています。最後に、直木賞受賞の前作と本作に収録された4話のタイトルを並べると、「十二月の都大路上下ル」、「八月の御所グラウンド」、「三月の局騒ぎ」、「六月のぶりぶりぎっちょう」となります。1~12月のうち、3月、6月、8月、12月はタイトルに入りました。残りの月もタイトルに入るような小説が継続して公刊されるんでしょうか。

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次に、結城真一郎『難問の多い料理店』(集英社)を読みました。著者は、小説家なのですが、私も読んだ前作の『#真相をお話しします』がよくはやったのが記憶に新しいところです。タイトルは宮沢賢治『注文の多い料理店』へのオマージュであることは明らかでしょう。一風変わった料理名のタイトルを持つ6話の短編からなる短編集です。各話は一見独立しているようで、実は密接にリンクしていたりします。東京の繁華街のひとつである六本木にあるビルの3階のゴースト・レストランが舞台で、そのオーナーが風変わりな注文を受けて配達員を使って調査して謎解きを試みます。ゴースト・レストランとは、客席を持たずデリバリーのみで料理を提供するレストランであり、オーナーは見惚れるほどの絶世の美女ならぬイケメンです。ここにデリバリーのためにウーバーイーツならぬビーバーイーツの配達員が出入りし、大学生だったり、会社が倒産した中年サラリーマンだったり、シングルマザーだったりしますが、このビーバーイーツの配達員が視点を提供して物語を語ります。各話の冒頭で、決まって、オーナーはビーバーイーツの配達員に高額のアルバイトをオファーします。客から頼まれた料理を届けるついでに、ある住所にUSBメモリを届けてほしいというもので、実に怪しいことに、それだけで即金1万円というオファーです。まあ、それを引き受けないとストーリーが始まらないので、お約束でビーバーイーツの配達員が引き受けると、追加ミッションが出るわけです。すなわち、極めて特徴的な組合せの注文が入ると、それは謎解き、あるいは、そのための調査の依頼であり、その特徴的な組合せの料理を届ける際に、ビーバーイーツの配達員が注文主から依頼の詳細を聞き取ってオーナーに報告し調査が始まります。6話の短編の調査は、第1話は、大学生の下宿アパートから出火し、その部屋から大学生の元カノの焼死体が発見され、大学生の父親から調査依頼を受けます。第2話では、交通事故で死んだ夫の指が2本欠損していた点に関して、妻から調査を依頼されます。第3話では、ひきこもり状態の妹のアパートの部屋に空き巣が入り、その真相につき空き巣被害者の兄から調査依頼を受けます。その兄は高給のエリート職にあります。第4話は、別のデリバリーで注文した配達の際に10回連続で別のものが入っていた謎、しかも、同じ配達員が10回連続で配達した謎解きの依頼です。第5話では、かつて孤独死があって今は空室になっている部屋に連続して置き配が届いたという謎の調査を同じ階の住人から受けます。最後の第6話では、マンションの一室から忽然と姿を消した住人の行方について、別のビーバーイーツ配達員から依頼を受けます。繰り返しになりますが、各短編はビミョーにリンクしています。そのリンクは謎解きの結果とともに読んでみてのお楽しみです。そして、謎解きとしてはタイトルのような「難問」ではなく、気の利いた読者であれば簡単に真相にたどり着けます。オーナーやビーバーイーツ配達員以外の別の情報源からオーナーが詳細な情報の提供を受けるのも、ミステリの観点からはやや反則気味だったりもします。ですので、ビーバーイーツの配達員の来歴とか、オーナーの調査結果の伝え方なんかが読ませどころではないか、という気がします。

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次に、小谷賢『教養としてのインテリジェンス』(日経ビジネス文庫)を読みました。著者は、日本大学危機管理学部教授です。本書は3章構成となっており、第1章でそもそもインテリジェンスとは何なのかを考え、第2章で世界各国のインテリジェンス活動を概観し、最後の第3章でインテリジェンスの歴史を後付けています。インテリジェンスというと、007のようなスパイ活動、情報収集と破壊工作などの活動を思い浮かべる場合が少なくありません。しかし、007のように警察や軍隊やといった広い意味での政府、あるいは、少なくとも公的部門だけがインテリジェンス活動を行っているわけではなく、当然、企業においてもライバル企業の動向や政府の政策方針などに関する情報収集を行っています。その昔に、銀行などでいわゆるMOF担が大蔵省・財務省の情報収集に当たっていたことは広く知られている通りです。でも、本書では政府の政策決定に必要な情報収集活動のみを取り上げています。冒頭に、本書ではインテリジェンスの4類型を示しています。すなわち、公開情報による Open Source Intelligence=オシント、人的接触による Human Intelligence=ヒューミントについては、従来からの手法とした上で、衛星画像や航空写真による Image Intelligence=イミント、そして、イミントと地理空間情報から作成される Geographical Intelligence=ジオイントです。私は外交官として在外公館で勤務していましたので、多少なりともインテリジェンス活動の経験ありといえるかもしれませんが、最後のジオイントは知りませんでした。そして、私が知る限りでは、イミントと似たインテリジェンスで Signal Intellijence=シギントというのもあったように思います。それはともかく、私はもともとがエコノミストであり、経済情報はほぼほぼすべて公開情報として入手できます。ちょうど、外交官として大使館に勤務していた時期はGATTウルグアイ・ラウンド交渉の最終盤に当たり、ドンケル事務局長が包括関税化を柱とする提案、いわゆるドンケル案を示した時期ですので、当然ながら、現地の新聞やテレビなどから公開情報をせっせと収集していた記憶があります。米国や西欧などのもっと国際的に影響力の大きい国であれば、公開情報に加えて非公開情報も日本の政策決定にとって必要であったのだろうと思いますが、私が赴任していたような南米の小国はそれほど重視されていなかったような気がしました。経済情報に関しては現地で収集したり、あるいは、日本から発信することが重要であり、007ジェームス・ボンドが映画で繰り広げているような派手派手しい破壊活動めいたことは関係ありません。少なくとも、私はやっていません。また、収集された情報は適切に分析される必要があり、収集と分析を含めてインテリジェンス活動と考えるべきです。収集された情報が不足していたり、間違っていたりすれば正しい政策判断ができないのはもちろんですが、情報を正しく分析しないとやっぱり判断を間違えます。その意味で、情報収集+分析というトータルのインテリジェンスが、国家の戦術や政策を策定する上で必要ですし、本書のスコープ外ながら、企業活動にも同じことがいえると思います。

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次に、山本文緒『無人島のふたり』(新潮文庫)を読みました。著者は、『プラナリア』により直木賞を受賞した小説家ですが、2021年に膵臓がんで亡くなっています。私はこの作者の作品では『自転しながら公転する』が一番好きだったりします。本書は、作者がステージ4bの膵臓がんによる余命告知を受けてから亡くなる直前までの日記です。もちろん、「ふたり」とはご夫婦を意味します。加えて、まるで大波にご夫婦がさらわれて無人島に流されたような心境をタイトルに込めています。第1章最初の5月24日の日記に先立つ扉で「2021年4月、私は突然膵臓がんと診断され、そのとき既にステージは4bだった。」と記されています。そして、抗がん剤によってがんの進行を遅らせる治療を早々に諦めて、緩和ケアに進んで作者が死を迎えたことは知られている通りです。読み始めから、私はかなり大きなショックを感じました。私自身はもう60歳代半ばですから、作者が死を迎えた年齢を上回っています。本書では、がんの進行に伴う痛みや発熱や倦怠感などの闘病記ならぬ、「逃病記」と作者は記していますが、そういった病気関係だけではなく、これまでの人生の道のりを振り返り、素直な心の動き、苦しい胸の内が、さすがの直木賞作家による文章表現で、実に切々と迫ってきます。特に、最初の方の「うまく死ねますように。」の言葉が私の心に響きました。おそらく、赤裸々に事実を丸ごと表現していたり、心情をそのままストレートに綴っているわけではないと思います。たぶん、時間がない、残された時間があまりにも少ない、というのがもっとも切実な実感なんだろうと思いますが、決して、誰かを、あるいは、何かを恨んだりする強い表現があるわけではなく、他方で、決して淡々と時間の経過を記しているだけではなく、時間がないながらも、よく考えられた表現が展開されています。あるいは、この作家さんクラスになると自然とそういった表現ができるのかもしれません。まったく別の観点で、実は、私の父親はいわゆる「ピンピン、コロリ」の死に方でした。今の今まで元気いっぱいだったにもかかわらず、突然死んだ、という感じだったそうです。ですので、私は父親の死に目には遭えませんでした。そういった死に方に比べて、ピンポイントではあり得ないにしても、本書のような一定の確率分布に従った余命宣告を受けて、徐々に病魔に侵されて衰弱してゆく死に方と、ついつい並べて考えてしまいました。どのような死に方であれ、死は悲しいことですが、「死と税金は避けられない」という表現もあります。本書を読んで、さすがの文章表現を味わいつつも、死について深く考えさせられる読書でした。

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2025年1月17日 (金)

世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書 2025」やいかに?

1月20日から始まるダボス会議を前に、世界経済フォーラム(WEF)から、昨日1月15日、「グローバルリスク報告書 2025」Global Risks Report 2025 が明らかにされています。もちろん、pdfの全文リポートもアップロードされています。まず、世界経済フォーラムのサイトからリポートの要旨を引用すると以下のとおりです。

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The 20th edition of the Global Risks Report 2025 reveals an increasingly fractured global landscape, where escalating geopolitical, environmental, societal and technological challenges threaten stability and progress. This edition presents the findings of the Global Risks Perception Survey 2024-2025 (GRPS), which captures insights from over 900 experts worldwide. The report analyses global risks through three timeframes to support decision-makers in balancing current crises and longer-term priorities.

続いて、digest では "three timeframes" といっていますが、リポート p.10 から Relative severity of global risks over a 2- and 10-year period のチャートを引用すると以下の通りです。

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見れば判ると思いますが、縦軸が "Long-term severity (10 years)"、横軸が "Short-term severity (2 years)" となっています。おおむね、正の相関を示していて左下から右上に分布していますが、"Extreme weather events" や "Biodiversity loss and ecosystem collapse" や "Critical change to Earth systems" といった気候変動などをはじめとする地球環境問題が長期のリスクで、"Misinformation and disinformation" や "State-based armed conflict" や "Societal polarization" といった地政学的、あるいは、政治的なリスクが短期のリスクになっているようです。
グラフは引用しませんが、リポート p.7 の Current Global Risk Landscape のグラフでは、"State-based armed conflict" が23%、"Extreme weather events" が14%、"Geoeconomic confrontation" が8%でトップスリーを占めています。私は専門外なので、"State-based armed conflict" と "Geoeconomic confrontation" の違いを正確には把握できていません。ただ、昨年2024年のリポート p.13 Current risk landscape には "State-based armed conflict" なんて項目はそもそも現れず、66%の "Extreme weather" に次いで、"AI-generated misinformation and disinformation" が53%となっていたりしました。逆に、今年のリポートでは、"Adverse outcomes of AI technologies" が13番目にまで後退しています。

いずれにせよ、昨年から今年にかけて、やや仮想的だったAIの脅威が大きく後退し、極めて現実的な国家間の武力衝突が大きくクローズアップされているのは確かです。

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2025年1月16日 (木)

コメ価格の影響で国内物価の高止まりが続く2024年12月の企業物価指数(PPI)

本日、日銀から昨年2024年12月の企業物価 (PPI) が公表されています。統計のヘッドラインとなる国内物価は前年同月比で+3.8%の上昇となり、10月統計の+3.7%から先月11月統計の+3.8%に上昇率が加速し、12月統計でも上昇率は横ばいでした。まず、日経新聞のサイトから統計のヘッドラインを報じる記事を引用すると以下の通りです。

企業物価指数12月3.8%上昇 コメ高止まりで
日銀が16日に発表した2024年12月の企業物価指数(速報値、20年平均=100)は124.8と前年同月比で3.8%上昇し、プラス幅は前月と同じだった。民間予測の中央値(3.7%上昇)より0.1ポイント高かった。コメを含む農林水産物の価格上昇の影響が出た。
企業物価指数は企業間で取引するモノの価格動向を示す。サービス価格の動向を示す企業向けサービス価格指数とともに消費者物価指数(CPI)に影響を与える。今回、11月分の前年同月比上昇率は3.7%から3.8%に上方修正になった。
12月分の内訳をみると、農林水産物は前年同月比で31.8%上昇し、11月(29.8%上昇)から2.0ポイント伸び率が拡大した。コメの高騰が引き続き押し上げ要因になったが、上昇ペースは昨秋ごろに比べ鈍化している。
電力・都市ガス・水道は12.9%上昇し、11月(9.3%上昇)から伸び率が3.6ポイント拡大した。再生可能エネルギーの普及のため国が電気代に上乗せしている再エネ賦課金が24年5月から引き上げられたことが前年同月比プラスに寄与した。前月比では、12月検針分から電気・ガス代の補助金が一時停止したことも上昇につながった。
24年の企業物価指数は前年比2.3%上昇と23年(4.4%上昇)から伸び率が2.1ポイント縮小した。銅やアルミニウム価格の上昇により非鉄金属は12.2%上昇し、押し上げに寄与した。飲食料品も原材料や包装資材などの上昇分を価格に転嫁する動きが続き、2.6%上昇した。

価格動向が注目される中で、かなり長くなってしまいましたが、いつもながら、的確に取りまとめられた記事だという気がします。続いて、企業物価指数(PPI)上昇率のグラフは上の通りです。国内物価、輸出物価、輸入物価別の前年同月比上昇率をプロットしています。また、影を付けた部分は景気後退期を示しています。

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まず、引用した記事にはありませんが、日経・QUICKによる市場の事前コンセンサスでは、企業物価指数(PPI)のヘッドラインとなる国内企業物価の前年同月比上昇率は+3.7%、予測レンジの上限で+3.9%と見込まれていましたので、実績の+3.8%はレンジ上限は超えないものの、やや上振れた印象です。国内物価の上昇幅が拡大したした要因は、引用した記事にもある通り、コメなどの農林水産物の価格上昇であり、農林水産物は前年同月比で見て11月の+29.8%をさらに超えて12月は何と+31.8%の上昇を記録しています。ただ、先々月10月は年度始まりの4月に次いで価格改定の多い月で、その流れを直近の12月統計でも引き継がれている点は見逃せません。また、引用した記事にもある通り、2024年5月からの再生可能エネルギー発電促進賦課金が引き上げられ、あるいは、政府による「酷暑乗り切り緊急支援」による電気・ガスの補助金は11月検針分で終了し、などといった政府要因で物価を押し上げている点は見逃せません。ただ、電気・ガスの補助金は2月検針分から再開されます。また、円安の流れは12月には一時的にストップしています。すなわち、前月比で見て、10月には+4.3%、11月にも+2.8%の対ドルで円安が進んだものの、12月はほぼ横ばいで▲0.1%となっています。また、私自身が詳しくないので、エネルギー価格の参考として、日本総研「原油市場展望」(2025年1月)を見ておくと、12月下旬から2025年1月にかけては、一時70ドル台半ばに上昇していたものの、米国やカナダ等のOPECプラス非加盟国が供給を増加させることで下押し圧力が優勢になり、「原油価格は早晩60ドル台半ばに向けて下落する見通し。」ということになっています。ただ、米国のトランプ次期政権の環境・エネルギー政策にも注目すべきであることはいうまでもありません。
企業物価指数のヘッドラインとなる国内物価を品目別の前年同月比上昇率・下落率で少し詳しく見ると、まず繰り返しになりますが、農林水産物は11月の+29.8%から12月は+31.8%と上昇幅を拡大しています。ただ、飲食料品の上昇率は11月の+2.1%から12月は+1.9%と比較的落ち着いた動きとなっています。他方で、電力・都市ガス・水道が11月の+9.3%から12月は+12.9%と上昇幅を加速させ、2ケタ上昇となっています。ほかに、銅市況の高騰などにより非鉄金属も+12.6%と2ケタ上昇を示しています。

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