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2005年12月 7日 (水)

エコノミストが正しいと考える政策とフリーランチ

政策の策定には多くのエコノミストが関わっていますが、経済政策策定、あるいは、経済政策以外の政策策定の際に必ずしもエコノミストから見て、理論的に正しい政策が実施されるとは限りません。言うまでもありませんが、後者の場合は特にそうです。
最近読んだ本で、この例証の一つとして、自由貿易を上げているものもありました。関税や輸入割り当て、あるいは、輸出補助などのない自由貿易が世界全体の経済厚生をもっとも高めるはずなのに、実際に、歴史的に見ても、地理的に見ても、完全な自由貿易がドミナントになったことはない、と言う訳です。しかし、この議論は少し落とし穴があって、ゲーム論的に言うと、自由貿易についてはゲーム参加者が囚人のディレンマに陥っているとも考えられると思います。n人の無限繰返しゲームになると、ナッシュ均衡に達するまで時間がかかる、あるいは、条件によってはナッシュ均衡に達しない可能性もあります。このあたりは、私はゲーム論に詳しくないのでごまかします。

時々出される例に保育所の待機児童ゼロを目指した取組みがあります。これは必ずしも経済政策ではないし、エコノミストによる理論的な解決を目指すのに適したものではない可能性もありますが、私は、超過需要と超過供給を価格で調整する市場メカニズムの活用とその代替策を検討するのにはいいと思っています。
経済学と言えば需要曲線と供給曲線から始まることに決まっているようです。経済学の昔の教科書に、市場が価格により需要と供給を調整するメカニズムとして、株式市場の例が取り上げられていました。今もそうなのかもしれません。株式の仲介人は、超過供給がある場合、即ち、売り注文の方が買い注文より多い時には価格を下げて提示し、逆に、超過需要がある場合、即ち、買い注文が売り注文より多い時には価格を上げて提示して行き、どこに市場の均衡価格があるかを探っていくメカニズムです。
保育所に子供を入れたい人が多く、保育所に対する超過需要が生じている時には、ひとつの解決として、価格を上げるのがエコノミスト的で、市場メカニズムに沿った方法であると私は考えます。要するに、保育料金を上げれば、もっと儲かるので保育所産業により多くの参入が見込めますし、逆に、コストが高いのであれば子供を保育所に入れようとする希望者は減ります。要するに、あるがままの需要曲線と供給曲線の交点に価格を決めれば需要と供給は均衡して待機児童はゼロになります。現時点で、待機児童がいて超過需要があるのは、価格を低く抑えるように市場に何らかの歪みが与えられているからです。
しかし、この価格メカニズムによる需要と供給を調整する政策は国民の支持を得ることが極めて難しい可能性が高いです。もしも、政府がこんなことを言い出せば袋叩きにあうに決まっています。なぜなら、保育所の待機児童ゼロを目指す取組みは、需給の均衡を価格によって調整することではありません。国民の望む解決方法は需要に達するまで供給を増やすことです。価格ではなく、量による解決です。要するに、供給曲線を右にシフトさせるやり方です。そのための実際の方法としては、税金を投入して公立の保育所をもっと作るか、私立の保育所建設・運営に補助金を出すかです。もちろん、補助金も税金によってまかなわれます。

単純な解決策を2点提示すると、税金の負担増を回避して価格が需給を調整する市場メカニズムを活用するか、税金を投入して需要に見合う供給を確保するかです。
要するにフリーランチはないということです。

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