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2006年1月26日 (木)

パングロシアン・エコノミスト

先日、とあるエコノミストとランチの場で、経済の先行きに与えるライブドア事件の影響について議論していたところ、何の脈絡かは忘れましたが、「吉岡さんはパングロシアンですねえ」といわれてしまいました。私はそれなりに教養豊かで基礎知識がありましたので、「そんなに脳天気ではありません」と反論しておきました。でも、ひょっとするとそうなのかもしれません。

薀蓄を少し。パングロスとはヴォルテールが1759年に発表した「カンディードあるいは楽天主義説」(Candide, ou l'Optimisme)の主人公であるカンディードの家庭教師である哲学者です。学位を持っているようですから、ちゃんと肩書きをつければパングロス博士(Monsieur le docteur Pangloss)です。もっとも、ヴォルテールはこの小説を自作であるとは公には認めなかったようで、この小説は「ラルフ博士」なるペンネームにより、いわば匿名で発表されたらしいです。私は仏文はよく知りませんし、この小説も読んだことはありませんが、そのようなトリビア知識はそれなりに持っています。この小説の中ではいろんな不幸や災難が巻き起こるのですが、パングロスは「すべての出来事は最善」(tout est au mieux)とのモットーを披瀝し続けます。要するに、パングロスとは現状肯定派の脳天気なオッサンであるとエコノミストの間では考えられています。パングロシアンとはまあいってみれば、このようなパングロスと同じような考え方を持つ「パングロス主義者」とでもいうことになります。形容詞としても使われます。ですから、私はそんなに脳天気ではないつもりだ、と反論したわけです。

パングロシアンな考え方は、私のようなエコノミストの業界よりもダーウィニズム的、あるいは、ネオ・ダーウィニズム的な進化論で使われることが多いようです。進化の結果として存在する現在がもっとも進化の進んだ段階であり、進化論的にはもっとも望ましいように適応して進化してきたハズである、と考えるのはそれなりに自然なことだからです。もっとも、パングロシアン・パラダイムという言葉は批判的に使われたのが最初の用法でした。
すなわち、話が長くなりますが、1970年代にハーバード大学のウィルソンが提唱した「社会生物学」に対する反論で、同じハーバード大学のグールドとルウォンティンの「サンマルコ寺院のスパンドレルとパングロシアン・パラダイム: 適応主義プログラムの批判」で最初に使われたといわれています。批判された方のもともとのウィルソンの主張は、動物の社会的行動の多くは生物学的適応として説明できるとみなして、人間にも同じような説明を適用できるのではないか、とのことだったのですが、これをパングロシアン・パラダイムとしてグールドとルウォンティンが以下のように批判しています。つまり、スパンドレルとは日本語では「三角小間」と称され、ドームやアーチを押し上げるときに必然的にできる構造なんですが、完成すると独自の装飾機能を果たすことになる部分です。もっと分かりやすくいえば、建築する時には、それがなければ、そもそも建物が完成しないくらい、なくてはならない部分なんですが、出来てしまえば建築物としては不要な部分で、取っ払うわけにもいかないので、何らかの装飾がほどこされることになります。それはそれで美しかったりします。その意味で、この言葉をグールドとルウォンティンは進化生物学でも、別の機能のために選択された構造的あるいは生化学的必然だったのが、その後にほかのまったく異なる機能を司るようになることがありえるので、進化は望ましくて適応力の高い方に単純に進むわけではない、との例として取り上げてウィルソンを批判しています。

しかし、確かに、私の歴史の見方はどちらかといえばウィルソンの説に近いです。つまり、望ましいかどうかはともかく、基本的に、生物の進化を含めた歴史は確率的に微分方程式に沿った形で進んでいると思っています。単純に微分方程式に沿った形で進めば、未来は決まってしまいます。微分方程式は方向と距離を、すなわち、高校数学の用語を借りれば、ベクトルの向きと大きさを決めますから、初期値さえ与えられれば後は一直線、というか、もちろん、曲線なんですが、要するに決定論的に単純に進む世界であり、歴史となります。これは絶対的もしくは強度の運命論であり、世界の始まりから終わりまでの歴史を書き記したアカシック・レコードがあると信じるようなもんですから、現実的ではありません。なお、トリビア知識をもうひとつ披露すると、「アカシック」とはサンスクリット語で「虚空」のことらしいです。それで話を戻しますと、アカシック・レコードを信じるのは現実的ではありませんから、私は確率を持ち出します。つまり、微分方程式からズレが生じるのです。時には2σを超えて、つまり、5%以下の確率でズレることもありえると考えています。もっとも、ジャンプやシフトはせずに連続的なズレを生じるだけだと思っています。
ズレが生じるのであれば、もともと微分方程式なんか持ち出さなくても、ブラウン運動していると考えたっていいじゃないか、との批判もありえましょうが、もともとの基本ラインがあって、そこからズレを生じるのと、もともとは何もないところで勝手気ままなブラウン運動をするのとは大きく違います。やっぱり、何か基本的で根本的な科学的法則のようなものがあると信じることは心の安定を得られると思います。微分方程式的な科学的法則の存在を信じる理由があんまり科学的ではなく、かなり宗教的であることは認めます。
なお、蛇足ながら、畑村洋太郎「直観でわかる数学」(岩波書店)では、ほとんどの微分方程式は解けないので、解ける微分方程式、すなわち、変数分離型に持ち込める微分方程式さえ解ければそれでいい、と書いてありますが、畑村先生ご自身も認めておられるように、コンピュータを使って再帰的(リカーシブ)に解けば、すべての微分方程式は解けます。ですから、解けない微分方程式で人類の歴史が記述されているのではないかと心配する必要はありません。

書いているうちに、表題のパングロシアン・エコノミストの「微分方程式的」な基本ラインから、話がどんどん「確率的」にズレを生じているのですが、要するに、今夜のこのブログ自身が人類の進化の歴史を象徴しているわけです。
もしも、最後までお読みいただいた方がいらっしゃるのであれば、誠に申し訳ありませんが、今日のブログは最初のパラグラフがすべてで、後はトリビア知識の披露に終わってしまったことを深くお詫び申し上げます。なお、どうでもいいことですが、本日のブログは「経済評論の日記」とはせずに、「普通の日記」に分類しておきます。

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