金融政策で注目すべき物価指標
今週月曜日の2月20日に、日銀のホームページから日銀レビューとして「金融政策の説明に使われている物価指数」というファイルをダウンロードして拝見しました。
この日銀レビューでは、物価指数として消費者物価指数、GDPデフレータ(あるいは、民間最終消費支出デフレータ)、企業物価指数を取り上げて、金融政策の指標とすべき物価指数は何であるべきかを論じています。原油価格高騰のあおりを受けてずっとプラスを続けている企業物価指数は別にして、現時点では、消費者物価がプラスに転じて、GDPデフレータはマイナスを続けているので、とてもタイムリーな問題提起だと思います。
基本的な議論はまっとうなもので、私も大いに賛同するところなのですが、もちろん、日銀が取り上げているのですから、それなりのバイアスがかかっています。現時点で、消費者物価が少しプラスに入ってきていて、GDPデフレータがマイナスのままですから、早く量的緩和やゼロ金利を解除して、フリーハンドを取り戻したい日銀は、少しでもプラスに入っている消費者物価が望ましいようなバイアスをかけて論じています。
日銀レビューで取り上げているGDPデフレータが消費者物価より望ましくない点として、第1に、輸入と輸入物価が控除されているため、原油価格の上昇などで輸入物価が上がっても、それがフルに転嫁されない限り、輸入物価の上昇とは裏腹にGDPデフレータは低下してしまう点です。これはその通りです。第2に、カバレッジからくる問題点として、GDPデフレータには政府消費が含まれており、これには公務員給与が占める割合が高くて、デフレが続いているので、人事院勧告で民間給与の下落を後追いしていたためにマイナスが続いているが、これをもって物価の傾向とするのは疑問、というものです。これまたごもっともです。第3に、GDPデフレータは四半期で作成されるデータですので発表が3ヶ月おきになってしまうことが上げられています。速報性がないわけです。これがもとっとも大きなGDPデフレータの弱点だろうと私は考えています。最後に第4点目として、事実として、GDPデフレータが改定の幅が大きいこともその通りです。1次速報、2次速報、さらに改定を重ねて確報となります。
ですから、GDPデフレータがリアルタイムに物価をモニターする指標として適さない可能性が高いことはごもっともです。金融政策のようなタイムスパンが比較的短い政策を機動的に運営するためにはGDPデフレータが適さないのは私も合意します。日銀レビューのご指摘の通りだと思います。私だけでなく、伊藤隆敏「デフレから復活へ」(東洋経済新報社)なんかでも同様の主張がなされています。
ただし、今回の日銀レビューでは取り上げていない点も重要です。もちろん、今回の日銀レビューの対象範囲外だったので、明示的に取り上げていないだけであって、日銀内では十分に認識されているのであって、故意に隠しているわけではないとは思いますが、次の2点は考慮に値するものと私は考えています。
第1に、GDPデフレータがパーシェ指数で下方バイアスがかかるのに対して、消費者物価はラスパイレス指数ですので上方バイアスがかかっていることです。エコノミストの間では少なくとも0.2-0.3%ポイント程度のバイアスがあるのではないかとの議論が見受けられます。
第2に、このような消費者物価のラスパイレス指数に基づく上方バイアスの大部分がこのなる8月の消費者物価指数の改定により取り除かれる可能性が高いことです。8月末の改定で今年4月の消費者物価にさかのぼって改定されます。2000年基準から2005年基準への改定です。ここで、0.2-0.3%ポイントのバイアスが取り除かれる可能性が高いといわれています。しかし、なぜか、最近になって、日銀はこの基準改定による下方修正の幅が小さい、あるいは、ほとんどないことを主張し始めています。これは私には謎です。ヘドニック方式による品質調整もありますし、現在の消費者物価指数はかなりの上方バイアスがあると考えるのが自然なのですが、それを否定する日銀の論調は不自然です。
日銀は早ければ3月にも量的緩和の解除に踏み切るとの市場の観測があります。私は銀行の流動性危機に対する量的緩和の役割は終わったと考えていますので、量的緩和そのものは解除しても経済への影響はほとんどないと予想していますが、その後の政策運営についてはやや心配しています。すなわち、金融政策については指標となるべき何かを提示し、市場の期待が流動化するのを防止すべきであるのに対して、日銀はあくまでフリーハンドに固執しすぎているように見えます。現状で、財政政策が財政赤字のためにやや引締め気味に運営される中、日銀があまりに前のめりになって、金融政策まで引締めに向かって舵を切るのは、やや時期が早いとの批判が生じるおそれがあるのではないか、と思えてなりません。
2000年夏に速水総裁当時の日銀が犯した過ちを、今の時点でもう一度繰り返さないように強く望みます。
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