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2006年2月 2日 (木)

デフレが終わってバブルが生じている?

エコノミストにとって難しい質問がよく発せられるようになりました。
巷間いわれているように、デフレが終わってバブルが生じているのか、あるいは、デフレが続いているのに一部でバブルが生じているのか、といったたぐいの質問です。
この答については、私は基本的には定義の問題だと思っています。結論からいうと、私はまだデフレが続いていて、バブルにはなっていないと考えています。しかし、別の定義を持っている人からは反論があるかもしれません。

まず、デフレについて、デフレの定義はいろいろありますが、2001年3月に政府はデフレを「持続的な物価の下落」と再定義しています。実物経済の好況や不況とは切り離して、物価だけに着目しているわけです。私も官庁エコノミストですから、この定義に従います。というか、正しいと思っています。そうすると、今もデフレは続いています。反論があるとすれば、消費者物価指数(CPI)がプラスに転じているのではないか、というものですが、CPIのラスパイレス指数の算定方式では上方バイアスがかかりますので、0.1%くらいの物価上昇ではこのバイアスのためであって、実力でプラスに転じたとはいい難く、デフレが続いているとする方が政策対応を誤らないと思います。まったく蛇足ですが、私が経済職国家公務員試験の試験委員をしていた時に、ラスパイレス指数とパーシェ指数の穴埋め問題を出題した記憶があります。さらにどうでもいいことですが、人事院の担当官が、この問題は統計学か計量経済学か、どちらに分類して上司に報告するかで悩んでいたのを記憶しています。
話を戻しますと、デフレについて別の定義をしている人からは反論がありえます。デフレをGDPベースのデフレギャップがある状態と定義している人からすれば、もうデフレは終わったとの反論はありえるでしょう。デフレを不況の面からとらえている意見です。私もこの定義であれば、おおむねこの意見に同意します。私もGDPギャップは昨年の10-12月期でほぼ解消されたと考えているからです。

次にバブルです。バブルはデフレよりも定義が難しいです。通常は実態よりかけ離れた価格がつけられる状態なのですが、これではインフレとの区別が分かりにくいと私は思っています。もしも、資産価格に的を絞れるのであれば、資産価格の変動のうち、「経済の基礎的条件では説明できない部分」ということになります。資産価格のインフレのうち、ファンダメンタルズで説明できない値上がりをバブルと呼ぶ、といっても同じことです。しかし、やっかいなのは、資産価格だけでなく、実物経済にもバブルは影響することです。
実物経済のバブルは取りあえず後で考えるとして、資産の特徴について考えると、第1に、資産を購入すると、通常の財と違って、後々に収益を生み出す点が指摘できます。株式なんかを想像すれば分かりやすいです。もちろん、耐久消費財についても、収益ではないのですが、何らかの便益を後々に生じます。テレビなんかを思い浮かべれば分かりやすいです。第2に、この資産の特徴は、需要を満たすべく生産を増加させるのが通常の財よりも難しい点も指摘できます。土地や著名画家の絵などがもっとも分かりやすいでしょう。株式も需要があるからといって供給を増やすとは限りません。これをエコノミスト的にいうと、供給曲線が垂直、あるいは、垂直に近く右上がりに立っているといえます。さらにいえば、需給のギャップを量ではなくて価格で調整する部分が大きいと考えられます。
資産のこの1点目の特徴から、資産価格は将来収益を割引率で割り戻した現在価値として算出されます。2点目の特徴から、何らかの要因で資産に対する需要曲線がシフトすると、急激な資産価格の上昇や下落を引き起こします。株式価格はテレビやハンバーガーなどよりも価格変動が激しいのは普通に観察されることです。
ですから、少し脱線しますが、バブルの原因を資産に限ってより詳しく述べると、以下の通りです。すなわち、将来の期待収益が上昇したり、あるいは、この将来の期待収益を現在価値に割り戻す割引率が低くなったりするとバブルが発生することになります。もちろん、この2つが同時に起こることが多いと考えられます。割引率については金利に将来リスクのリスクプレミアムを加えたものだと考えられますが、バブル期においては特に後者のリスクプレミアムが低くなります。要するに、将来がとても明るくて、今以上にもうかって、しかもそれが極めて実現性が高い、と、みんなが将来に対して過度に楽観的になれば、資産価格はハネ上がります。さらに、供給曲線が垂直または垂直に近いものですから、価格は一挙に上昇します。バブルが弾けると、この逆の現象が生じます。もちろん、いうまでもなく投機がさらに何倍にもこの現象の振幅を大きくします。さらにいえば、これは資産の実際の価格が理論値に回帰していく、金融工学でコンバージェンスと呼ばれる現象ですが、もちろん、そんなにきれいに収束するわけではなく、オーバーシュートを繰り返しながら理論値に近づくことになります。
さらに、1980年代末の我が国のバブルについて土地に焦点を当てると、この通常の株式などの資産のバブルの発生と崩壊に加えて、我が国の銀行業界の特異な体質が指摘できます。つまり、長らく続いた土地神話に対する信仰とそれに基づく土地担保主義です。このために、土地が値上がりするとその土地を担保にした銀行融資も可能となってしまい、それがまた土地購入に向かう結果となり、とてつもないレバレッジが効く形になって、途方もない地価の上昇を発生させました。
ご興味のある向きでより詳しくは、吉冨勝「日本経済の真実」(東洋経済)がいい参考書となります。このブログのような議論は、特に、第2章で詳しく論じられています。

さて、脱線が続いて話が長くなってしまいますが、バブルが実物経済まで影響を及ぼすのは、まず、資産価格の上昇による資産効果です。すなわち、例えば、株式を保有していて、その株価が上昇すると、それを売却して現金化しなくても、資産が増えたことによる消費刺激効果があります。そして忘れてはならないのは資本設備も労働力・雇用も生産をする上で資産だということです。先行きが過度に楽観的になると、資本設備の増強や新規採用の増加などがもたらされます。資本設備の増強は設備投資の増加として成長率を高めますし、雇用の増加も消費者の収入を増やして消費拡大につながります。
そして、バブルが弾けると、資本設備はストック調整のメカニズムをもって不況を招来し、労働者の過剰人員については、新規採用の面では大卒者就職の氷河期や超氷河期となり、さらには、中高年のリストラをもたらしました。バブル崩壊とともにフリーターが大量に発生したのはご存じの通りです。そして、最終的には日本銀行の金融政策の誤りもあって、デフレギャップが大きくなり、日本経済はデフレに陥ってしまいました。もっとも、デフレになったのはバブル崩壊よりも日本銀行の政策対応の誤りの方がより深刻だったと私は考えています。

そして、バブルが生じているかどうかの結論ですが、ライブドア事件で株式市場が冷や水を浴びせられたこともあるんですが、やっぱり、現時点で将来についての過度の楽観論が経済全体で支配的であるとはとても思えません。その意味で、現時点ではバブルではないと結論付けられます。ですから、バブル退治の政策対応は必要ないと考えています。しかし、しかしですよ、1回目の「しかし」なんですが、バブルでないとはいってもバブル的な様相を呈してきている要素も散見されます。資産価格がじわりと上昇して来ているのは明らかです。そこでさらに、2回目の「しかし」なんですが、バブルの芽を摘む必要性はあるとしても、世界のエコノミストの間では、資産価格の動きについては中央銀行は対応しない、あるいは、中央銀行は一般物価をターゲットに政策運営すべきであって、資産価格は金融政策のターゲットにしてはならない、との幅広い合意があります。マクロの対応ではなく、個別の対応、例えば、地価の上昇に対しては土地購入にかかる銀行貸出しを抑制するなど、で対応すべきであると考えられています。さらにさらにで、3回目の「しかし」を続けると、このように中央銀行は資産価格をターゲットとするべきではない、との世界中のエコノミストの幅広いコンセンサスが、政治家や一般投資家の間にまったく理解されておらず、危ぶむべき現状があることも、蛇足ながら付け加えておきます。

とても長くなりましたが、最後に結論です。物価の持続的な下落と定義されるデフレは、消費者物価指数がラスパイレス指数で算定されているバイアスから考えて、現時点でも続いていると考えられる一方で、将来に対する過度に楽観的な期待から生ずるバブルはいまだに発生していません。ですから、バブル的な様相を呈している一部について個別の対応が必要である、あるいは、近く必要となる可能性は否定しませんが、金融政策のようなマクロ経済政策はデフレ脱却を第1の政策目標とするべきであって、間違ってもバブル潰しに走るべきではないといえます。

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