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2006年3月 7日 (火)

日銀の市場との対話は円滑か?

明日8日(水)から明後日9日(木)にかけて、日銀の金融政策決定会合が開催されます。マーケットの予想では50%以上の確率で量的緩和が解除されるだろうとのことです。現在、日銀は当座預金残高が30-35兆円程度となるよう金融市場調節を行っているのですが、この当預残高を10兆円くらいまで徐々に引き下げるのではないか、といわれています。所要準備が6兆円といわれていますから、10兆円くらいでも所要準備からすれば多いくらいなんですが、超のつくような金融緩和が終わることには変わりはありません。
従来からの私の主張なんですが、この所要準備を大幅に超えた当預残高は銀行などの金融機関の危機を回避するための流動性供給であり、2002年3月末とか、2003年3月末のように、実際に銀行危機が噂されていたような時期には必要な措置でしたが、昨年いっぱいでデフレギャップは解消し、株価も昨年夏以降でかなり上昇しましたので、もう必要性はほとんどありません。これ以上続けるとモラルハザードを助長しかねないとの意見もあります。私はモラルハザードとまでは思いませんが、日銀で量的緩和を不要と判断するのであれば、それはそれでひとつの見識だと思っています。

従って、一般の報道でも取り上げられているように、量的緩和を解除した後の金融政策の方向性を示す指針が問題となります。
なぜならば、日銀がグリーンスパンの基にあったFEDと同じように、すべてのフリーハンドを確保して、自由な裁量により金融政策を運営するのは、申し訳ないながらも、能力的に疑問が残るからです。「神様」とまで称えられ、市場との対話の点でとても的確にマーケットにシグナルを送り続けたグリーンスパンのFEDに比べて、福井総裁の日銀はどこまでできると考えているのでしょうか?

今回の量的緩和解除の時期についても、一時、市場の予想が4月末の政策決定会合に集中していたことから、「集中した期待を散らせる」との目的意識を持って、いろいろといい始めたところ、結局、3月上旬の決定会合に予想を集中させてしまったわけで、振り子がある一端から逆の端に振れるように、とても稚拙なマーケットとの対話といわざるを得ません。口の悪い人私の友人の中には、「バカ丸出し」という人すらいます。まあ、ここまではいい過ぎでしょうが、「集中した期待を散らせる」ことには大失敗して、期待の集中を4月末から3月上旬にスイングさせただけの結果で終わりました。明らかに日銀は市場との対話に失敗した、と私は考えているんですが、日銀やマスコミなどはほとんど意識すらしていないのではないかと、密かに心配しています。

失礼ながら、グリーンスパンのFEDと同じことを福井総裁の日銀が出来ると、大いなる自信をお持ちなのであれば、もしそうなのであれば、少し考えを改めるべき余地があるのかどうか、現在の前のめりの姿勢ではなく、もう少しバランスの取れた見方をした方がいいように思います。バーナンキ新議長は、グリーンスパンのような市場との対話ができない可能性がある、あるいは、自信がないから、だからこそ、インフレターゲットを設定した方がより透明性が高くなると考えているわけです。福井総裁がバーナンキ議長と違って、とても前のめりで自信満々なのは、想像力の貧困な私にはとても理解できません。
福井総裁の日銀が余りに自信過剰に陥らないように、自信過剰に陥った結果として、国民からのガバナンスを回避したエントレンチメントの状態にするために、「中央銀行の独立性」をヘンな使い方をしないように、切に祈るばかりです。2代続いた日銀生え抜きの総裁が、2代続けて大失敗では、福井総裁に続く次の総裁がやりにくいと思います。これは想像力貧困な私でも容易に想像できます。

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