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2006年5月23日 (火)

政府に対するガバナンスと政府による利害調整

今日の朝刊に社会保険庁の年金保険料の不正免除・猶予に関する記事が掲載されていました。我が家は朝日新聞ですが、インターネット上ではここにあります。同じ朝日新聞朝刊に会計検査院も随意契約が8割を占める、との記事もありました。広い意味での政府部門の不祥事といえるかもしれません。
そこで、今夜は、政府に対するガバナンスの難しさと政府の本来機能である利害調整について考えてみました。

社会保険庁の不祥事は、朝日新聞の記事をそのまま引用すると、以下の通りです。

国民年金保険料の未納者が急増しているなかで、各地の社会保険事務所が、本人の申請があったかのように偽装し、無断で保険料を免除したり、納付を猶予したりしていたことが22日、明らかになった。保険料の未納率を低く見せかけるための組織的な操作とみられる。

会計検査院についても、同様に、以下の通りです。

会計検査院が04年度に発注した1000万円以上の事業計25件のうち8割を随意契約が占め、発注先の一部には検査院職員の再就職先が含まれていたことが分かった。政府内で随契の見直しが進むなか、他省庁の無駄遣いを点検する立場にあるだけに、「範を示さないといけない」(大塚宗春院長)と一般競争入札の導入を迫られている。

私はこれらのいわゆる不祥事は政府機関に対するガバナンスの難しさから生じていると考えています。私自身が公務員であり、政府機関に勤務しているわけで、単純なエコノミストの視点からの考察とはいきませんが、私なりに解釈すると、政府機関や公務員に対するガバナンスは発散している可能性があります。すなわち、今年の2月9日付けのブログでも申し上げた通り、本来であれば、公務員レベルの政府を監視するのは政治家レベルの内閣であり、内閣は国会で選出された総理大臣が組閣することになっていて、国会は国民の直接投票で選ばれた国会議員から成り立っているわけですから、最終的な納税者、というか、主権を有する国民がガバナンスを閉じていなければなりませんが、国民一般が実際的にそんなことをできるわけもなく、実は、ガバナンスが発散している可能性があります。要するに、政府機関や公務員に対するガバナンスを国民1人1人が責任を持って分担することは不可能である可能性が高いと思っています。
通常の株式会社のガバナンスであれば、株式会社の所有者たる株主が広く分散している中で、株主自身が株式会社の経営者たる取締役を直接監視することが不可能であるならば、取締役と株主の利害をできるだけ一致させることによりガバナンスの発散を回避することができます。そのひとつの方法は取締役にストックオプションを付与することです。要するに、取締役を株主にしてしまうわけです。取締役を株主にすることにより、株主の利益になるような経営活動を行うインセンティブを取締役に与えるわけです。

しかし、政府機関は公共財の供給とともに、そもそも対立しがちな国民の利害を調整するために設置されているものであり、国民一般と利害を共有させることは不可能である可能性が高いです。公共財の供給とは、もちろん、警察による治安維持、消防や国土防衛、外交などの諸活動です。この公共財の供給は極めてエコノミスト的であるんですが、中身は経済とは関係ありません。また、政府の成立については諸説ありますが、ひとつの有力な説として、ホッブスの「万人に対する万人の闘争」(bellum omnium contra omnes)を止めさせるために政府が設置される、とも考えられます。ロックの社会契約説とか、いろいろとあるんでしょうが、要するに、エコノミスト的な公共財の供給とともに、国民の利害調整のために政府が活動する余地があることについてはコンセンサスがあるような気がします。ただし、政府以外が利害調整すると談合になりかねません。
今日の夕刊に汚水処理談合の記事が掲載されていましたが、これらの談合のような問題は、明らかに、利害調整を装う形で特定のグループの利益を増大させるためになされている面があります。官製談合の場合、その特定のグループに公務員自身や公務員OBなども入っていたりすることも多いです。しかし、利益を受けるグループがある一方で、不利益をこうむるグループもあるハズなんですが、これが広く浅く不利益が分配されていたりすると、不利益グループからの何らかの告発のようなものが出にくい場合も想定されます。
さらに、エコノミストとしては、自由貿易に反する関税なんかは特定のグループの利益のために国民全体に広く浅く不利益を及ぼしているように見受けられるんですが、特定のグループの利益とその他の国民一般の不利益が社会的なコンセンサスを持って承認される場合もないではありません。というか、大いにありえます。極端な例ですが、累進課税や生活保護なんかの所得再分配は、高所得者が不利益をこうむり、低所得者の利益になるように制度設計されていますが、社会的なコンセンサスを得て実施されていると考えられます。
ナイーブなエコノミストからすれば、談合は利害の調整のようにも見えかねませんが、実は、利害の調整を装った利益誘導であると考えるべきです。しかし、決定的な差異は社会的なコンセンサスなる、やや漠たる概念である可能性もあります。公共事業の地域別や産業別の配分自身が恣意的になる可能性も排除されません。その意味で、ハーバード大学のバロー教授のいう通り、「政府は経済に何もするな」が正解である可能性も十分あります。
しかし、政府の果たすべき役割が国民各グループの利害調整である限り、何らかの社会的コンセンサスに基づいて利害調整をすることが必要で、社会的コンセンサスを形成する国民の役割はガバナンスを閉じる意味でも、公務員自身の倫理観などとともにとても重要です。政府や公務員の質は最終的には国民の民度によって決定される部分が大きいのかもしれません。

何やら、今夜のブログはわけの分からない結論になってしまいました。エコノミスト的に何らかの見方が提供できるハズだと思うんですが、私自身で問題の本質が整理されていないのかもしれません。もう少し勉強します。でも、経済評論の日記に分類しておきます。

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