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2006年7月25日 (火)

大学生はどうして勉強しないのか?

よくいわれることですが、日本では大学に合格・入学するのがとても難しくて、大学生活はレジャーランド化しており、大学を卒業するのはとてもやさしくなっています。卒業せずに中退するのは、何らかの特別の事情がある人に限られているように見受けられます。入学と卒業なんかについては、米国の大学事情とは逆だとよくいわれています。
ではどうしてこうなったのかといえば、一言でいえば、企業のニーズがそうなっているからです。日本では終身雇用と呼ばれた長期雇用が高度成長期から一般化し、仕事に必要なスキルは大学で身につける必要はなく、企業に就職してからOJTで習得すればいいとされていたからです。大学の4年間で身につけられるものは限りがありますが、就職してから延々と30年以上あるわけですから、大学で高度なスキルを身につける必要がなかったわけです。
逆に、企業の方は大学レベルのスキルはそんなに必要としていませんから、就職してからの30年以上にわたる社会人としての職業生活への適応力や潜在力、可能性などの方が重要になります。それを測るモノサシとして、大学で何をやったかではなく、どの大学を出たかを参考にする場合がありました。私が就職活動をした20年以上も前には、指定校制度なんて当たり前でした。就職活動の際に、在学している大学で足切りをするわけです。今では大学名を志望シートに記入する必要のない企業もあるらしいですから、時代は大きく変わったものです。終身雇用制度が崩れつつあるのかもしれません。
私自身の在学当時から薄々は感じていたんですが、京都大学経済学部は勉強する必要のない最たる大学であったような気がします。まず、私は受講する講義登録したことはありません。ゼミナール外国語経済書購読は登録する必要があったような気がするんですが、大部屋での講義は登録しませんでした。自由にどの講義でも受講することが可能だったといえば聞こえはいいんですが、自由に選べたのは講義ではなく、実は、試験の方でした。
どんな大学でも、講義が重複することはあるわけで、例えば、水曜日の2コマ目の授業で裏番組と呼ばれる複数の講義が重複することはありえます。しかし、講義の登録をしませんから、試験時間が重複していなければ、講義時間帯が重複していても試験は受けられることになってしまいます。試験は1ヶ月近くにわたって執り行われますので、試験の重複は1週間に詰め込まれざるを得ない講義の重複より格段に少ないですから、重複する講義の試験を受講することは十分に可能でした。私を含めて、実際に、そうしている人はかなりいたと思います。

私自身は、大学の卒業というより、就職する際に、公務員試験を受けていますので、それなりに大きなことをいう権利があるような気もしないではありませんが、当時の京都大学経済学部はかなりいい加減だったのは確かであると記憶しています。それもこれも、終身雇用と呼ばれた長期雇用慣行の下で、大学のカンバンで就職先が決まるシステムになっていたことが大きな原因です。決して、京大生が怠け者だったわけではない、と言い訳して、今夜のブログを安直に終わります。
今夜のブログも、一応、評論していますので、経済評論のブログに分類しておきます。

なお、今夜のブログの正しいタイトルは京都大学経済学部生はどうして勉強しないのか?なのかもしれませんが、そこは大目に見て下さい。

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