事前の確率分布と事後の実現値の確率
時折、エコノミストは経済や景気の先行きについて見通しを聞かれたりします。エコノミストの中にはこの景気見通しを専門にしている人もいたりします。実は、私も若いころは役所の中でそれなりに景気の先行きについて発言していたりしたんですが、1980年代末のバブル景気の時期に弱気の見通しを連発して、その後は相手にされなくなりました。特に、平成元年度ですから、1989年度の当時の経済白書を政府各省庁で取りまとめる際に、永遠の景気拡大が続くわけではないと、景気循環の変容に関する部分に反対を唱えて、その後のバブル景気の時に弱気派と見なされたりしました。バブル崩壊の後も、名誉回復はなされていません。
バブル景気のころは潜在成長率を大きく上回る5%成長を連続で記録していて、私の目からはこの5%成長の持続可能性がとても低く見えていました。当時の日本経済の規模からして、5%成長すると新たに韓国経済を1コ作り出していたのと同じです。そんな経済成長が続くハズはないと考えた私は、低めで弱気の成長見通しを発信し続けて、バブル景気が終わるころに在チリ大使館に異動してしまいました。私が日本を離れるとともにバブルは弾け散り、冷夏長雨もあってコメが収穫できずに、タイ米を輸入することになりましたが、チリにいたために私はこれを経験していません。それはそうとして、私がバブル後の景気後退を見通したのは、タイミングが早過ぎたのだと考えています。しかし、事前の確率分布としては、1980年代末か1990年のうちにバブル景気がピークをつける確率も割りと高かったんではないかと思っていたりします。
しかし、あくまで、これは事前に考えられうる確率の分布です。事後的には何が起こっても、起こった事象の確率が1で、起こらなかったその他の事象の確率はゼロです。実例を出すと、サイコロは振る前の事前の確率は、かなり先験的に、1から6まで1/6であろうと考えられていますが、サイコロを振った後は出た目の実現値の確率が1で、その他の確率はゼロです。実証すると、実際にとても多くの回数だけサイコロを振ると、1から6の目の確率がそれぞれ1/6に近くなっていきますが、すべてのサイコロですべての目の確率が1/6であることが実証されたとは聞いたことがありません。でも、あくまで先験的になんですが、サイコロの目が出る確率は1/6と考えられます。
それから、事前と事後の違いではないんですが、すでに起こってしまった事象の確率を新たに起こる事象の確率に影響を及ぼすものと取り違える議論もありえます。例えば、私がチリに異動した後、サンティアゴで知り合った大手総合商社のエラいさんで、お子さんが3人とも男の子だった方がいます。我が家は子供は2人で打止めかもしれないと考えないでもありませんが、この方は大手総合商社の勝ち組ですから、3人目の子供を考えたそうで、その際に、2人目まで男の子だったから3人目も男の子の確率は1/8に違いない、と予想したらしいです。でも、これは間違っています。子供の性別は生まれるたびに1/2であって、その前のお子さんの性別は関係ありません。
話をバブル景気に戻すと、バブル景気がピークをつけたのが1991年2月で、これを境に景気は下降して行くんですが、実際に、これが認知されるのにラグがあり、景気循環の日付を確定するのに、長い時には1年半くらいの検討を要する時もあります。事後的な確率を考えると、バブル景気のピークが1991年2月であることの確率は1で、例えば、その前後の1991年1月や3月である確率はゼロなんですが、相当期間前にバブル景気の転換点を予測する際は、それなりの確率分布で予測するしかないわけです。
事前の確率分布が正規分布しているとは限りませんし、事後的な実現値が事前の確率分布の期待値と一致する保証はありません。トンデモない外れ値である可能性もあります。しかし、当たったか外れたかは実際の実現値で判断されます。例えば、サイコロの6面を1から6ではなく、1が5面にあり、6が1面だけにあるように改造すると、先験的な確率は1が5/6で、6が1/6です。おそらく、通常の見通しではこのサイコロを振って出る目は、1の確率が5/6であるので、1を予測するんでしょうが、もしも、実際に6が出たら、この予測は先験的な確率が高くても、やっぱり、外れたと評価されてしまう可能性がとても高いです。
しかも、多くの場合、エコノミストの景気見通しはピンポイントでなされます。期待値のみが公表されるといっても同じことです。来年度の実質成長率は何パーセントとか、インフレ率は何パーセント、といった具合です。もちろん、経済学は不正確な科学ですから、それなりの幅を持って考慮されるべきなんですが、期待値の周囲に存在する確率分布まで明らかにする景気見通しは、私は寡聞にして見たことがありません。経済見通しの手法による差はなく、段階的接近でも、計量モデルでも経済見通しはピンポイントで算出されます。
事前の確率である限り、景気見通しなどの計数は確率分布であるハズなんですが、そのような取扱いがなされた例はなく、私は違和感を覚えることもあります。もっとも、実務面で、経済見通しをキチンと確率分布で出すとすれば、今のピンポイント方式よりも膨大な手間がかかることも容易に想像されます。見通しの精度が向上するベネフィットと手間が膨大になるコストを比較考量して、ピンポイント方式が採用されている気がしないでもありません。
今夜のブログは長々と私が弱気の方向でバブル景気の転換点の予測を外した言い訳を、エコノミストの景気見通しは確率分布に従う、との観点から書いてみました。あんまり評論はしていませんが、一応、経済評論の日記に分類しておきます。
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