伊藤積分とブラック・ショールズ方程式
昨夜のブログで書いたように、昨日8月22日からスペインの首都マドリッドで開催されている国際数学者会議において、伊藤積分で著名な京都大学伊藤名誉教授がガウス賞を受賞され、ロシアのペレルマン博士ほかがフィールズ賞を受賞しました。ただし、ペレルマン博士は受賞を辞退したそうです。フィールズ賞の70年の歴史で受賞を辞退したのは初めてだそうです。それから、私はよく知らなかったんですが、ガウス賞というのは今年初めて創設された賞らしいです。今日の各紙の朝刊で取り上げられていましたから、お読みになった方も多いでしょう。
今夜のブログは、今年6月6日のブログでポアンカレ予想について書きましたので、散発的に伊藤積分やブラック・ショールズ方程式などについて、実はいつもそうなんですが、思いつくままに書き散らしたいと思います。数式は一切使いませんが、申し訳ないながら、今夜も数学の苦手な人は諦めて下さい。でも、私も少し不確かな知識で書いている部分もありますので、間違いを指摘していただければうれしいです。それから、最後に冒頭のイントロダクションに戻って書き足しているんですが、今夜は伊藤積分で力尽きてしまいました。ブラック・ショールズ方程式については後日にちゃんと取り上げます。エコノミストのみなさんゴメンナサイ。今夜のタイトルは、正しくは、伊藤積分とブラック・ショールズ方程式です。ブラック・ショールズ方程式は小さく表記すべきかもしれません。
まず、伊藤積分、すなわち、確率微分方程式を解くための積分ですが、当然ながら、エコノミストがしばしば扱うような月次や四半期といった離散型のデータではなく、連続型のデータを扱うことになります。Σで合計するんではなく、∫で積分するわけです。伊藤積分はそもそも普通のリーマン積分が出来ないことから考え出されたものです。実は、20世紀の初頭に考案されたルベーグ積分も動機は同じで、リーマン積分では個々の関数が積分可能でも、極限関数の積分可能性が確保されないために、リーマン積分で使われているジョルダン・ピアソン測度ではなく、ルベーグ測度を導入して極限関数の積分を可能にしています。直観的にいえば、伊藤積分はリーマン積分が出来ないから、確率収束、すなわち、自乗平均極限値で積分を定義するものです。要するに、一言でいうと伊藤積分とはリーマン和で定義されるわけです。
より詳しく書くと、リーマン積分はリーマン和をとるときに関数の代表点を上と下のどちらも抑えて、つまり、区間のどこの値を取っても結局は同じ値に収束していく場合に使う積分の定義であるのに対して、ブラウン運動なんかの場合は有界に収束しませんから、代表点の場所によって積分の結果が変わってしまいますので、逆に、マルチンゲールになるように先頭を代表点として取ることにするわけです。というと、とても適当なことをやっているような印象を受けますが、実は、そうともいえます。すなわち、より正確にいうと、ブラウン運動は有界運動ではありませんから、リーマン積分はもちろん、ルベーグ・スティルチェス積分も定義出来ません。もちろん、リーマン和を取ります。というか、リーマン和を取れるのしか意味のある積分になりません。しかし、微小積分区間の先頭を代表点として取るか、中央を取るか、後ろを取るか、によって積分結果が異なるのですが、伊藤積分では先頭を代表点として取ることによりマルチンゲールを成立させるように工夫しています。ですから、リーマン積分が成り立たなくても、ルベーグ・スティルチェス積分が定義されなくても、代表点の取り方が違うので伊藤積分は可能です。数式を使わないとの前提では、私にはこれ以上の説明能力はないので、これで理解出来ない人は諦めて下さい。また、専門分野ではないので、少し用語が混乱しているかもしれません。ご容赦下さい。
この伊藤積分はマルチンゲールです。というか、マルチンゲールになるように定義されています。なお、マルチンゲールについては今月8月8日のランダムウォークを取り上げたブログで言及しています。ですから、伊藤積分は正規のランダムウォークの連続時間での応用といえます。一応、念のためなんですが、前のセンテンスで「正規の」といったのは、正規分布の正規ですので、通常の、とか、普通の、という意味ではありませんから、お間違えのないように。この伊藤積分のドリフトを制御可能と考え、積分結果に誤差を許容すると確率制御問題に帰着します。
私はエコノミストを自称していますので、工学系の知識には乏しいんですが、有識者の説によると、この伊藤積分から導かれる確率制御問題はカルマンフィルターによる状態空間表現とともに1960年代のアポロ計画などに応用され、その推進の一翼を担ってきたそうです。そして、米ソの宇宙開発競争が一段落したところで、1970年代からアポロ開発に携わった関係者がウォール街に進出し、数理ファイナンスの理論展開が飛躍的に活発化したといわれています。最近では、リアルオプションのような投資理論にも応用されています。このあたりの数学や工学の理論が経済や経営に応用されるようになる過程や人の動きなんかは、ちょうど、第2次世界大戦における戦略空軍からフォード経営陣に参加して社長になったマクナマラ氏のチームのようなお話です。ハルバースタムの「ベスト・アンド・ブライテスト」からの知識です。ご存じの通り、マクナマラ氏はその後、ケネディ政権下で国防長官、さらに世銀総裁も務めました。なお、ついでに付け加えると、カルマンフィルターによる状態空間表現は経済分野でも取り入れられています。恥ずかしながら、私もGDPギャップの算出を状態空間表現で表してカルマンフィルターを使って解いたペーパーを書いたことがあります。ご興味のある方は、サイドメニューのおすすめリンクにあるおとうさんのお仕事のページから自己責任でどうぞ。
閑話休題。確率微分方程式や伊藤積分については、たくさん本が出ていると思いますが、そんなに熱心に勉強するつもりではない場合には、インターネットからPDFでダウンロード出来るものもあります。私のオススメは以下の通りですので、自己責任の下でご自分でお探し下さい。特に3番目のサイトはMathemacicaのプログラミングを目的としているようです。
話がようやく経済分野にたどり着きましたが、力尽きてしまいました。伊藤積分が数理ファイナンスに応用されるきっかけは、1969年にマートン教授が発表した論文で伊藤積分や伊藤の公式を引用したことです。1973年にはブラック教授とショールズ教授の共同論文で、いわゆるブラック・ショールズ方程式が示されました。これを確率微分方程式を使って数学的に証明したのがマートン教授です。マートン教授とショールズ教授は数理ファイナンス理論の発展への功績により、1997年にノーベル経済学賞を受賞しました。ブラック教授は1995年にガンで他界しましたが、生きていれば当然、ノーベル賞を受賞していたものと考えられます。
ブラック・ショールズ方程式とは、大雑把にいえば、株価などの金融資産価格がウィーナー過程にあるブラウン運動と同じで、ランダムウォークしていると考えるならば、予測は不可能で無意味なんですが、ランダムウォークする系列が相当数集まると正規分布に近づくという中心極限定理により、確率的にオプション価格などを決定することが可能になるものです。もう少し実務的な表現をすれば、金融資産の価格変動がウィーナー過程にあり、すなわち、ブラウン運動している場合、当該金融資産から派生するデリバティブと当該金融資産のポートフォリオが無リスクとなるような条件が対数正規的な関係、すなわち、確率微分方程式で表現される、というものです。確率的に表現されるのですから、その意味で、神はサイコロを振るわけです。もちろん、大石英司さんの小説や日テレのドラマではなく、アインシュタインの方です。
ウォール街や日本の兜町あたりで株式市場に関係している人のパソコンにはブラック・ショールズ方程式を解くソフトがインストールしてあり、以下の6項目の情報をインプットすればオプション価格が得られるそうです。
- 行使価格
- 期間
- 原資産価格
- 原資産利回り
- 無リスク資産の利子率
- ボラティリティ
赤で示した上の2項目は自分で決め、青で示した下の4項目は市場から得られる情報を基にして決めます。ブラック・ショールズの微分方程式は解析的に解けますから、満期日のみに行使できるヨーロピアン・タイプのコール価格算出のためのプログラムはそんなに難しくなく組めるらしいです。
家に帰ってから、伊藤積分をキーワードにブログの検索をしてみました。何と5件しかヒットしませんでした。私のが6件目になるようです。個人的には、もう少しペダンティックなブログが増えて欲しいと思います。
一応、今夜は力尽きたのでここまでとし、ブラック・ショールズ方程式はそのうちに取り上げるつもりです。
今夜のブログも、無理やりに経済評論の日記に分類しておきます。
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