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2006年9月27日 (水)

知力か体力か?

よく「人間、最後は体力だ」といわれます。私もこれに半分くらいは賛成ですが、半分くらいはそうでもありません。つまり、2001年9月11日のニューヨークでのテロの時のように、あるいは、戦争における前線での戦闘のように、究極状態に置かれたら、やっぱり、生き残るのは体力のある人間だと思います。でも、戦後60年余りの現在の日本のように、平時ではやっぱり知力の方が生き残るために重要だと思うからです。戦時は体力、平時は知力だと思います。現在の平時の競争社会を勝ち抜くのは知力の方が重要そうな気がします。
しかし、知力の優位を前提にしながらも、私も体力の重要性を軽視しているわけではありません。実は、知力をつけるために勉強しようと思えば体力は必要不可欠です。少年老いやすく、学成り難し、とはよくいったもので、人間に与えられた時間はとても短いので、勉強しては疲れて休憩ばかり取っているようでは知力が身につかないと思うからです。
昨年12月6日のエントリーで、20年前のエコノミストを取り上げた時に、ついでに、エコノミストの3条件なるものを紹介しました。順不同で、第1に、子供がいないこと、第2に、ゴルフをしないこと、第3に、マージャンをしないこと、なんだそうです。ココロは、要するに、私生活で労働集約的なことに従事して無駄に時間を使わずに、ひたすら勉強しなければ立派なエコノミストになれない、とのことだそうです。ちなみに、私はこの3条件をすべて破っています。子供はいますし、さらに悪いことに親バカです。ちっとも上達しませんでしたが、ゴルフもやります。もっとも熱心にゴルフをやっていたのはサンティアゴにいた独身時代なんですが、ほぼ毎週のように週末ゴルフをやっていたのもかかわらず、ハンディキャップは25までしか上達せず、シングルになるなんて絶対にムリでした。マージャンは今でもパソコン相手にヒマ潰しでやることがあります。
ですから、時間に限りがある中で、時間を最大限に使うためには体力が必要になるわけです。30年ほど前の私の受験生時代には、ホントかウソか知りませんが、4当5落なんて言葉があり、睡眠時間を4時間に削って勉強に励まなければ、5時間も寝ていては合格できない、という意味だったと記憶しています。当時の金権選挙で、5当4落というのがあり、5億円バラまかなければ当選できず、4億円では足りない、といわれていたのをもじったものだと思いますが、正確ではないかもしれません。
睡眠時間をここまで削ってでも勉強するのがいいことなのかどうか、私は自信がありませんし、私自身がこれを実践して京都大学に合格したのかどうかは、今では忘却の彼方に過ぎ去ってしまいましたので、何ともいえませんが、その他の条件が同じであれば、睡眠時間を削ってでも勉強に時間を割り振れる人の方が競争社会を勝ち抜くのに有利であることは確かだと思います。再度申し上げますが、それがいいことかどうかは別の話です。

スポーツの秋を目の前にして、何となく、我が家の子供達にももっと体を鍛える機会を与えなければ、と思っている今日このごろの相変わらず親バカの私です。

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