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2006年11月 8日 (水)

単純な経済学

単純な経済学は希少性に応じて市場価格を付け、それに従って、各経済主体が合理的に行動する、というものです。ですから、昨年2005年12月7日のエントリーで取り上げたように、保育所に入りたい、というか、子供を保育所に入れたい親が列をなして待機児童がいるんであれば、保育サービスの価格=料金を引き上げればいいということになります。公務員としてはいいづらいながらも、下村官房副長官がアサッテの方向の議論をしていますが、単純に解決しようとすれば、繰返しになりますが、保育サービスの希少性を反映するような価格設定にすればいいわけです。単純に、需要が供給を上回っているんであれば、価格が上昇するという経済学の基本に立ち返れば、解決は難しくありません。価格が上昇することにより、保育サービスへの参入も増えて競争が生じれば、一時的に価格のオーバーシュートは生じるかもしれませんが、それなりの均衡点に落ち着くんだろうと思います。もちろん、それなりの期間、試行錯誤はあり得ます。
基本的には医療の待ち時間も同じです。1時間待ちの上で5分間の診療となっている現状は、明らかに医療サービスに対する超過需要が生じていると考えられます。私は腰痛で病院に行って、長時間座って待たされたため、かえって腰痛が悪化したように感じたこともあります。私の見るところ、これは医療費の負担割合が低いからではないかと考えています。私の整形外科のかかりつけの医者はこれを見抜いていました。医療保険の負担割合は徐々に引き上げられて来ていますが、まだ、医療サービスへの超過需要を緩和するところまではいっていません。特に、最近注目されているのは救急車を安易に呼ぶ傾向です。これも適正な料金の設定により、救急車への超過需要は解消すると考えられます。ただし、これらの教育や医療については、価格をシグナルとする市場メカニズムで解決するのが好ましいかどうか、という問題は残ります。憲法で保障する健康で文化的な生活のためには、教育と医療は欠かせません。最低限の教育と医療は保障しつつ、付加的なサービスの価格を適正水準に引き上げるのが現実的かもしれません。
同じことが保育サービスや医療サービスのような個別の財貨やサービスの市場でなく、マクロ経済現象であるデフレについてもいえます。財貨やサービスの価格が持続的に下落して行くのは、財貨・サービスに比較して通貨の稀少性が高いからであり、デフレをストップさせるべく通貨の希少性を減少させるためには供給を増やせばいいことになります。とても単純です。通貨当局がそうしていないのは、実は、国民がデフレを選好しているからなのではないかと私は考えています。詳しくは9月22日のエントリーで取り上げました。
最後に、私のようなナイーブなエコノミストにとってやっかいなのは、市場が万能ではないということです。当然です。外部経済の存在などの市場の失敗がありえるからです。さらに、市場による解決は情報が完全であるとの前提に立っており、アカロフ的な情報の非対称がもたらすレモンの問題は市場では解決できません。でも、政府が介入して市場の失敗を是正できるかといえば、控えめにいっても、そんな保障はないと私は考えています。さらに、ある意味で、市場のプロセスに任せる方が、政治的なプロセスで解決するよりも、少なくとも安価に済む可能性が高いですし、さらに、かなり透明性も高まるんではないかと思います。

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