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2007年3月27日 (火)

国民はどのような資質の公務員を必要とするのか?

今日の東京はが広がり陽射しがなかったんですが、気温はそれなりに上がりました。

先週3月20日のエントリーでも取り上げましたが、公務員制度改革が迷走しています。今夕の経済財政諮問会議の結果に関する報道にはまだ接していないんですが、基本的には、再就職を中心とする公務員の処遇を低下させかねない制度改革に霞ヶ関とそれをバックにする自民党の族議員なんかが反対する形になっているのではないかと思います。でも、もっと視野を広げて、そもそも、国民がどのような資質を公務員に求めるのか、の視点が欠落しているような気がしないでもありません。資質とまで呼ばなくても、国民はどこまで優秀な公務員を必要としているのかの議論が欠けているように感じられます。
一昔前では、自分で言うのも気が引けるんですが、キャリアの国家公務員は言わばエリートと見なされていました。もう20年ほども前のことになりますが、私の知り合いの当時の大蔵省のキャリア公務員の結婚式に出席したことがあります。仲人口とはよく言ったもので、仲人さんが新郎の経歴について、「麻布・東大・大蔵省と絵に描いたようなエリートコース」と紹介しても、大きく持ち上げる伝統的な結婚式の経歴紹介であると割り引きつつ、当時としてはそんなに違和感はありませんでした。
何らかの理由で優秀な人材を公務部門に集める必要があるのであれば、公務員に対して何らかの優遇策を付与する必要があります。そうでなければ優秀な人材は集まりません。当然です。その優遇策については、露骨に賃金で優遇している裁判官なんかもあったりしますが、露骨な方法を嫌って賃金で差をつけるのではなく、別の面の優遇策もあり得ます。よく公務員優遇と批判されているようなもので、例えば、公務員住宅を格安で貸すとか、リストラのない身分保障をつけるとか、再就職で優遇するとか、等々です。もちろん、公務員がお手盛りでこれらの優遇策を作り出してきたんではないか、との批判も聞かれますが、少なくとも、私が公務員になった20年余り前には、公務員は優秀な方がいいとの国民的なコンセンサスがあったような気がしますし、現在でも、公務員の優遇を廃止すれば優秀な人材が集まらなくなるとの批判も報道されたりしています。
しかし、一昔前と違って、今では公務員が優秀である必要がないのであれば、これらの優遇策は不必要となります。不必要どころか、公的部門のムダであるとの批判ももっともです。ただし、公務員の質が低下すれば、公共サービスの供給される量が減ったり、質が低下したりします。公務員の優遇策を縮小・撤廃しても、なおかつ、公共サービスの量と質を維持するのは難しい可能性が高いと考えるのが普通だと私は思うんですが、この点について、国民的な議論やコンセンサスがあるのかどうか、私にはイマイチ不明です。

実は、私は経済的にはキャッチアップ過程を終えて、すでに経済大国となった日本のような国では、そんなに優秀な公務員は必要ではない可能性が高いので、従来型の公務員への優遇策は縮小すべきであると考えていますが、いずれにせよ、国民が公務員に求める資質や優秀さについて考慮することなく、優遇策の縮小や撤廃のみが議論されていることには違和感を覚えます。私自身がキャリアの公務員ですから、身勝手な意見だと言われればそうかもしれませんが、公共サービスの質の低下に直面するかもしれない国民には切実な問題である可能性を指摘しておきたいと思います。

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