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2007年6月 7日 (木)

村上春樹による新訳「グレート・ギャッツビー」を読む

今日も朝からいいお天気でした。気温が上がって蒸し暑かったです。しかし、梅雨の気配は感じませんでした。夕方になって風が強くなりました。

ここ2-3年、私の大好きな作家である村上春樹さんが、これまた私の大好きなロストジェネレーション作家の小説である「キャッチャー・イン・ザ・ライ」や「グレート・ギャッツビー」を新たに翻訳しているのは知っていたものの、最近まで読む機会がなかったんですが、先週末から「グレート・ギャッツビー」を読み始めて、昨夜、ようやく読み終わりました。一応、アマゾンのサイトから最初のパラグラフだけを引用すると以下の通りです。

1922年、F・スコット・フィッツジェラルドは、「何か新しいもの、斬新で美しくて質素なもの、手のこんだ構成のもの」を書くと宣言した。それが、彼の代表作にして最高傑作である、『The Great Gatsby』(邦題『グレート・ギャッツビー』、または『華麗なるギャツビー』)だ。「ジャズ・エイジ」の光と影を描いた本書は、狂欄の1920年代の雰囲気をとらえた小説で、「アメリカの神話」の中で不動の地位を占めている。

一言でいうと、やっぱりいい、に尽きます。
なお、今夜のエントリーは「グレート・ギャッツビー」をすでに読んでいることを前提に、それだけに、逆にネタバレがないんではないかと思いますが、ひょっとしたら、いくつかあるかもしれません。ご容赦下さい。
「グレート・ギャッツビー」の作者はフィッツジェラルドです。典型的なロストジェネレーション世代の作家の一人です。30歳前にこの小説を書いていると記憶しています。この小説の主人公はニック・キャラウェイなんですが、もちろん、ジェイ・ギャッツビーの物語です。ニックの父親の箴言から始まり、ギャッツビーのお葬式で終わる物語です。ギャッツビーとデイジーのはかない恋の物語です。何度か映像化されているんですが、もっとも有名なのは1974年にロバート・レッドフォードとミア・ファローの主演になる映画「華麗なるギャッツビー」だと思います。というか、私はそれ以外は知りません。
スタイン夫人が名づけたロストジェネレーションの作家の代表といえばヘミングウェイでしょうし、私も「日はまた上る」や「老人と海」なんかは何度も読んでいます。生来、整理が悪いので、本が読みたくなると、ついつい買ってしまうんですが、在チリ大使館に赴任した際に整理したところ、「老人と海」が4冊も見つかったこともあります。それから、狭義にはロストジェネレーションには含まれないかもしれないんですが、同様の傾向を示す作家やハードボイルド作家を上げると、サリンジャーのグラース家の物語なんかも大好きです。もちろん、チャンドラーなんかのミステリーも読みふけったころがありました。ガードナーのペリー・メイスンのシリーズはほとんど読んだと思います。
さて、話を「グレート・ギャッツビー」に戻すと、私が最初に読んだのは中学生か高校生の時に野崎孝さんの訳で新潮文庫で読んだと記憶しています。どうも、中高一貫校に通っていたため、中学生か高校生かは判然としません。でも、文庫本の本体には「グレート・ギャッツビー」と印刷してあるのに、カバーが映画に従って「華麗なるギャッツビー」となっていたのはよく覚えています。それ以降、何度か読み直していますし、今回も読んだんですが、いわゆるハイスクールのころに読んでおくべき本だと思います。もちろん、中年のオッサンになっても感動は変わりありません。ただし、高校生のころにはギャッツビーのような恋がしたいと思ったかもしれませんが、中年になってからはより現実的になってしまいます。
「日はまた上る」と同じように、生活感のない小説です。サリンジャーの作品とも同じです。生活の糧を得るための活動を題材にした「老人の海」とは大きく異なります。しかし、生活感がないのも、私に言わせれば、ハイスクールのころに読むべき根拠のひとつだったりします。3人死ぬんですが、最初のマートルが死ぬ場面の他は、露骨な表現は出て来ません。感性の豊かな時に読むべき根拠のひとつです。繰返しになりますが、高校生のころであればギャッツビーのような恋がしたいと思うかもしれません。
現実的な新訳の話をすると、村上さん自身が訳者あとがきに書いていますが、 old sport の訳をどうするかが大きな焦点だと思います。訳者本人が書いているように、20年考えて結局そのままカタカナで表現したようなので、私は素直に受け入れました。実際には、初出の場面だけ「あなた」にして、ルビを「オールド・スポート」と振っているんですが、その後は一貫して「オールド・スポート」で通しています。ニックに呼びかける場面だけでなく、トムに対する場面でも同じです。私がより素晴らしい名訳を思いつくわけでもありませんし、村上春樹さんほどの作家がそのままにしているんですから、これでいいんだろうと思います。

いずれにせよ、二重丸で五ツ星の大オススメです。次は、機会があれば、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」や「ロング・グッドバイ」なんかも、何度も読んでいるんですが、もう一度、村上春樹さんの新訳で読んでみたいと思います。

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