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2007年7月31日 (火)

時間視野の違い

今日は、朝のうちは雲が広がっていましたが、すぐにいいお天気になり、陽射しにしては気温は上がらなかったような気もしますが、やっぱり、蒸し暑かったです。

私は専門の経済に限らず、いろいろと時間視野を考えると便利だと考えています。時間視野とは、こなれない言葉なんですが、要するに、経済主体なんかが最適化行動を計画する際に、どれくらい先までの時点を視野に入れるか、ということです。もちろん、現在価値に引き直す際の割引率とも密接に関係するのは明らかです。
例えば、昨年の今ごろの季節に読んだ本だと思うんですが、トフラー夫妻の「富の未来」の最初の方で、変化のスピードについて論じた章がありました。IT業界なんかはスピードがとっても速くて、政府は歩みがのろい、といったものだったと記憶しています。これなんかはモロに時間視野が反映されていると私は考えています。また、経済学の実証研究なんかで、定年退職のある労働組合よりもゴーイング・コンサーンの企業を代表する経営者の方が長期的な視点に基づいて決定を下す、なんてのがあったりもします。
私が身近に感じているのは、エコノミストの間でも時間視野が大きく違うことです。証券会社や銀行などの金融機関のエコノミストは短期的です。日々の金融市場の動きとまでは言いませんが、せいぜいが2-3年くらいではないかと思います。政府と日銀でも違いがあるように感じています。日銀の場合は短期の在庫循環くらいを目安に、景気循環を平準化させるような金融政策運営をしているように私は感じているんですが、政府の官庁エコノミストの時間視野はもっと恐ろしいくらいに長い場合があります。極端には、医療や年金なんかの場合は50年とか100年くらいを視野に収める必要もありますし、通常の官庁エコノミストでも在庫循環くらいの長さよりは長い期間を考えているんではないかと思います。典型的には、昨年の骨太2006で議論された歳出歳入一体改革なんかは在庫循環を超える5-10年くらいを見通していたように思います。私の直感では、ゴーイング・コンサーンといわれている企業でも、固定投資を行い、生産ラインを有する製造業企業は金融機関なんかよりも時間視野が長く、その中でも、アセンブリ・ラインを持つ組立て産業よりも鉄鋼や化学なんかの装置産業の方が時間視野が長いような気がします。さらに、政府は超ゴーイング・コンサーンともいえ、場合によっては、考えられ得るほぼ永遠の未来を視野に入れた政策決定を行わなければならない可能性もあります。
繰返しになりますが、この政府における時間視野の長さが、逆に、トフラー夫妻の指摘するようなスピード感のなさにつながる危険もあります。年金なんかの社会保険庁の問題は、根本的には、業務指揮と遂行の問題だと思うんですが、時間視野が長すぎて金銭感覚が麻痺していた面もあるのかもしれません。
当然に、この時間視野の長さの違いは、定期的な選挙の洗礼を受ける国会議員と終身雇用で年功序列の政府の公務員の間にもあります。私もキャリアの公務員ですから、国会議員の先生方や大臣と接触するポストにいたこともありますが、特に、日本では実質的に任期が1年くらいしかない大臣は時間視野が短くなるのは当然で、こういった大臣から見ると部下の公務員はノンビリ構えているように見える可能性が大きいことは認識しています。「スピード感をもって取り組む」という表現が使われることも多いです。
その昔、私が大学生だったころには、銀行・保険や商社なんかが花形の就職先だったんですが、性格的にスピードを要求されるような仕事には向かないと私は考えて、結局、公務員になった記憶があります。今は死語になった「生き馬の目を抜く」なんて表現もありましたが、もちろん、こういった職業に向く人と向かない人がいます。人はもちろんですが、組織についても、時間視野の長さにより、いろんな特徴があるんだと思います。

それにつけても、8月末だか9月初めだか、参議院選挙結果を受けて予定されている内閣改造では、時間視野の短い大臣がいっぱい入閣しそうな予感がないでもありません。

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