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2007年8月26日 (日)

諏訪哲史「アサッテの人」は芥川受賞作ながら退屈で不自然

今日も朝からまずまずいいお天気で気温も30度を超えて上がったようです。

今日の午後に諏訪哲史さんの「アサッテの人」を読み終えました。第137回の芥川賞を受賞した作品です。いつもの通り、「文芸春秋」9月号で、選評とともに拝読しました。一言で言って、退屈で不自然でした。まだ読んでない方にはオススメしません。なお、このエントリーではネタバレがあるかもしれませんのでご注意下さい。
まず、選評では今回から初めて選考委員になった小川洋子さんと川上弘美さんに注目したんですが、まあ、当たり障りなく選考委員の最大公約数的な評価だったような気がします。もちろん、それだからこそ、選考委員に選ばれたんだろうと思います。いつもは、私がもっとも信頼している山田詠美さんも「アサッテの人」を評価していました。ですから、それなりに期待して読み進んだんですが、結果はそれほどでもありませんでした。読み終えての私の評価は石原慎太郎さん、村上龍さん、宮本輝さんに近いものです。特に、石原慎太郎さんと村上龍さんがそろって「退屈」の言葉を使って評価していましたので、私も今日のエントリーのタイトルに使いました。石原慎太郎さんの選評なんかは、第130回の選考で金原ひとみさんの「蛇にピアス」と綿矢りささんの「蹴りたい背中」が同時受賞した時なんか、ややお年を召された印象がなくもなかったんですが、今回は私の感想にジャストミートしました。私の方が年を取ったのかもしれません。
さて、小川洋子さんが指摘するように、小説を書こうとする人を題材にした小説はめずらしくないんでしょうが、ストーリーの運びや表現力は芥川賞を受賞するにふさわしいかどうか、やや疑問が残ります。まず、私が指摘したいのは、「アサッテの人」である主人公の叔父さんの奥さんであった朋子さんの死に方についての言及が何らないことです。叔父さんの人生の転機について、明らかにされているところでは2回あり、吃音が解消したことと朋子さんが死んだことです。どちらについても、詳しい言及を避けたり、考察を加えないで小説を進めようとするのは無茶だと思います。特に、後者の朋子さんの死に方について、作者が考え切れなかった、思いつかなかったというのであれば、あきれるばかりです。他に、私は想像力貧困ですから、どうしてこれを伏せたのかの理由が考えつきません。
それから、かなりの程度に哲学的かつ文学的な素養を持つ叔父さんが工学部を出てエレベーターのエンジニアになったのかが、とっても不自然です。結果から考えると、チューリップ男との接点を作るためにエレベーターを利用したんではないかと考えられなくもないんですが、そうだとすると、作家としてとっても想像力が貧困としか思えません。チューリップ男が小説にどうしても必要な登場人物であるなら、それなりの舞台回しを考えるべきだと思います。
そんなに長くない小説なので2時間ほどで読めてしまうものの、繰返しになりますが、退屈です。余り文学作品を読まない私は毎回の芥川賞受賞作を読むのを習慣にしていて、この週末は下の子がボーイスカウトのキャンプに行っていてヒマもあったので読み切りましたが、図書館から借りたのであれば、途中の半分も行かないところで投げ出していたかもしれません。スンナリつければ星2ツと評価することも出来なくはないんでしょうが、芥川賞作品としては星1ツでしょう。私がここまで芥川賞受賞作を低く評価したのは、2年前の「土の中の子供」以来かもしれません。よほど時間のある方と、私のように芥川賞は必ず読まないと気が済まない方以外にはオススメしません

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