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2008年2月29日 (金)

日米経済は景気後退局面に入るのか?

今日も、朝からいいお天気でした。昨日よりも気温が上がり暖かくなって来ました。昨日から花粉も多くなり、ヘンなところから春の訪れを感じました。

鉱工業生産

消費者物価

失業率と有効求人倍率

昨日から今日にかけて、いくつか重要な経済指標が発表されました。昨日の鉱工業生産統計、今日の消費者物価統計と雇用統計です。上のグラフは鉱工業生産と失業率・有効求人倍率と消費者物価です。いろいろなところからグラフを取って来ています。まず、いつもの通り、NIKKEI.NET のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

1月の鉱工業生産2.0%減、電子部品が不振
経済産業省が28日発表した1月の鉱工業生産指数(速報、2000年=100、季節調整値)は前月を2.0%下回る109.8で、2カ月ぶりの低下となった。2%台のマイナス幅は昨年1月以来。主要金融機関や調査会社の事前予測の平均マイナス0.6%(日経QUICKニュース社調べ)を大きく下回った。IT機器の部品となる半導体など電子部品・デバイスの不振が響いた。
大企業の今後の生産見通しを示す製造工業生産予測によると2月は2.9%の低下、3月は逆に2.8%の上昇となる見通し。1-3月期は1年ぶりに前四半期比マイナスとなる公算が大きくなった。経産省は「米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)問題を懸念する声は少なく、生産に大きな変調もない」と指摘。「横ばい傾向」との基調判断を据え置いた。
生産指数を業種別にみると、メモリーカードやデジタル家電用の半導体関連が国内外向けとも振るわなかった影響で、電子部品・デバイスが3.5%低下した。
1月の消費者物価0.8%上昇・エネルギーや食品が押し上げ
総務省が29日発表した1月の全国消費者物価指数(CPI、2005年=100)は変動の激しい生鮮食品を除くベースで100.5となり、前年同月と比べ0.8%上昇した。4カ月連続のプラスで、ガソリンや食品の値上がりが物価を押し上げている。景気の先行きに不透明感が増す中、物価の上昇基調が続けば消費に悪い影響を与える可能性がある。
大田弘子経済財政担当相は同日の閣議後の記者会見で「エネルギーと食料による物価上昇の状況は先月と変わらず、デフレ脱却に向けて足踏みが続いている」と指摘。「物価上昇は消費者心理の悪化や中小企業の収益圧迫を招く。消費はこれまでの数値は堅調だが、決して強くはない」と警戒感を示した。
1月の失業率と求人倍率、前月比横ばい
総務省が29日発表した1月の完全失業率(季節調整値)は3.8%と前月比横ばいだった。厚生労働省が同日発表した1月の有効求人倍率(同)も前月と同じ0.98倍。厚労省は雇用情勢について「このところ改善の動きが弱まっている」との表現を5カ月連続で据え置いた。
今回の発表では季節調整の再計算で過去の数字を一部修正した。

まず、鉱工業生産は前月比▲2.0%と市場の予想を下回り、先行きの予測指数も2月▲2.9%、3月+2.8%となっています。今まで、生産統計は余り注意を払っていなかったんですが、景気転換を考える上では生産統計の占めるウェイトは高いので重要な指標といえます。一方で、在庫率が▲4.0%と大きく低下した点を明るい動きとして捉える向きもありますが、3月生産の予測は下方修正される可能性も十分にありますし、1-3月期で前期比▲2.0%くらいを記録すれば、4月以降にかなり大幅なリバウンドがない限り、昨年10-12月期を景気循環的な観点からのピークとなる可能性が高まった気がします。でも、他方で、生産がタラタラと10-12ヶ月くらいマイナスを記録しないと景気転換を認定しづらい可能性もあります。実に微妙な点に差しかかった気がしないでもありません。
消費者物価は前年同月比で0.8%の上昇となりました。原油や食料品の値上がりによるコストプッシュであることは明らかです。実質ベースの消費に対するマイナス要因と考えられますが、この程度の1%にも満たない水準であれば、私はそんなに否定的に捉える必要はないと考えています。東京都区部の2月中旬は0.4%ですから、先行き、消費者物価が大きく上昇する可能性は小さいと言えます。また、欧米流のコアコアでは前年比▲0.1%とマイナスを続けている点も見逃せません。
雇用は引用にもある通り、失業率・有効求人倍率ともに前月比横ばいとなり、大きな変化は見られません。季節調整されていないので何とも言えないんですが、新規求人は2ヶ月連続で増加し、増加基調にあると言えるのかもしれません。上のグラフにある通り、完全失業者数は着実に減少しているんですが、有効求人倍率が景気動向指数に一致系列として採用されているのに対して、失業率は遅行系列ですから動きは遅れます。また、総務省の発表によると、パートやアルバイトなどで働く15-34歳のフリーターの2007年平均の人数は、前年より6万人少ない181万人で、4年連続で減少した一方で、同じ年齢層における仕事や通学、家事をしていないニートは前年と同じ62万人でした。私はフリーターとニートは分けて考えるべきだと思うんですが、少なくとも、景気拡大の長期化でフリーターが減少傾向にあることは評価すべきだという気がします。

今日のランチで知り合いのエコノミストとお話していたんですが、結局のところ、日米経済は景気後退局面に入るのかどうか、については、他のエコノミストとの意見交換の感触から、私は大雑把に半々と答えておきました。でも、直感的には、日本は半々よりも少し低い確率で、米国は半々よりも少し高い確率だという気がしないでもありません。金融面でのダメージの差があることに加え、指標面では、日本の1次QEの設備投資の強さとマイナスに突っ込んだ米国の雇用統計を見ていると、このような結論にならざるを得ないと考えています。ですから、来週、米国の雇用統計が出て過去の統計が改定されたり、同じく来週、2次QEの基礎となる日本の法人企業統計が出たりすると、私も意見を変えることになるかもしれません。それにしても、日銀総裁はいつになったら決まるんだろうか、ということでランチを終えました。

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2008年2月28日 (木)

川上未映子さんの「乳と卵」の読書感想文に関するお詫びと訂正と追加

先ほどアップした読書感想文のエントリーについて、川上未映子さんの「乳と卵」が樋口一葉へのオマージュだと書いた部分で、樋口一葉の本名が奈津子だと書きましたが、奈津の間違いでした。歌人として夏子の名称を使っていたそうです。お詫びして訂正いたします。
それから、オマージュの追加で、主人公の夏子が緑子にお小遣いとして5000円札を与える場面があります。言うまでもありませんが、5000円札の肖像画は樋口一葉です。お詫びと訂正のついでに追加しておきます。

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川上未映子さんの「乳と卵」を読む

今日も、朝からいいお天気でした。昨日よりも気温が上がり暖かくなって来ました。

川上未映子「乳と卵」

「文藝春秋」3月号が発売から3週間たって、ようやく私の手元に回って来ました。いつもの通り、芥川賞受賞作の川上未映子さんの「乳と卵」全文が掲載されています。芥川賞選考委員の選評があるのはいつも通りなんですが、今回、びっくりしたのは「家には本が一冊もなかった」と題して受賞者の川上さんのインタビュー記事が選評と本文の間に掲載されていたことです。いつもは「受賞のことば」だけなのに、選考会当日からものすごい取材合戦と聞きましたが、「文藝春秋」の方でも破格の扱いといったところでしょうか。なお、今夜のエントリーはネタバレがあるかもしれません。読み進む場合はご注意下さい。
読んだ感想なんですが、一気に淀みなく読めます。文章に勢いがあります。すばらしい筆力と言えます。破格の扱いもうなずけます。ひょっとしたら、新しいスター誕生なのかもしれません。でも、大阪弁を多用するのであれば、国際的な評価は高まらない可能性もあります。そこは村上春樹さんとは違う点でしょうが、大いなる才能を感じさせる作品であることは間違いありません。この作品を評価できない石原慎太郎さんは選評で、「この作品を評価しなかったということで私が将来慙愧することは恐らくあり得まい。」と書いていますが、新銀行東京への400億円の資本注入の件で東京都議会で「慙愧に耐えない」と発言したと報じられていた直後だけに、もう一回「慙愧」することになるかもしれない可能性を指摘しておきたいと思います。
東京に住む主人公の夏子のところに、大阪に住む姉の巻子が豊胸手術のカウンセリングのために子供の緑子とともにやって来る、というストーリーです。2泊3日の短い夏の物語です。女性の感性で豊胸手術や生理などの広い意味での女性の肉体を題材にしたものですが、私のような中年のオッサンが読んでも理解に苦しむ部分はほとんどありません。この題材の点で石原慎太郎さんは脱落したのかもしれないという気がしないでもありません。文体は句点が少なく、かなり長いパラグラフも句点なしで一気に書き上げているのもあり、私の見たところでは、後にも述べる樋口一葉とともに、ノーベル賞を受賞したガルシア・マルケスの「百年の孤独」 "Cien Años de Soledad" のスペイン語の文体に似ている気がしないでもありません。もっとも、私はスペイン語を理解しますが、「百年の孤独」をすべてスペイン語で読み通したわけではありません。言葉が実に巧みに使われています。タイトルの「卵」は冒頭にもある通り、基本的には卵子のことを指すんでしょうが、ニワトリの玉子の方も結末近くで重要な役割を果たします。一言もしゃべらずにノートを使った筆談しかしなかった緑子が話し出します。「乳」も豊胸手術だけでなく、巻子の別れた元夫、すなわち、緑子の「父」も重要な役割を果たします。実に伏線に富んだ題名です。前回の芥川賞の選評であった石原慎太郎さんの「いいかげんにしてもらいたい」に対して正面から題名を考えたのかもしれません。
よく言われていることですが、この作品は樋口一葉へのオマージュとなっています。これがマンガの「ケロロ軍曹」だったら、パロディと呼ばれて、どこやらの画家だったら贋作と呼ばれるのかもしれませんが、言葉の正確な意味でのオマージュだという気がします。そもそも、句点で延々とつないでいく手法がそうです。主人公の名は夏子なんですが、樋口一葉の本名は奈津子ですし、住んでいるのは三ノ輪ですから、樋口一葉が住んでいて、現在も一葉記念館がある場所です。なお、私は独身時代に三ノ輪にアパートを借りて住んでいたことがありますので土地勘がありますが、明治通りと昭和通りの交差点を大関横丁と呼び、三ノ輪の周辺は台東区と荒川区の境目になります。私が住んでいたのはイトーヨーカ堂近くの荒川区内ですが、一葉記念館があるのは台東区だったりしました。

たったひとつだけ、標準語の「たくさん」という意味の大阪弁が「ようさん」になっていて、私は京都の出身ですから「ぎょうさん」だと思っていて、少しこの点だけは違和感があったんですが、文句なしの五ツ星です。女性はもちろんのこと、私のような中年のオッサンにもオススメします。作者である川上未映子さんの今後の作品に大いに期待します。

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2008年2月27日 (水)

21世紀版「前川リポート」は何を目指すのか?

昨夜の雨も明け方までには上がり、今日も、朝からいいお天気でしたが、風は残り気温は上がらずに寒かったです。

昨夕、経済財政諮問会議の「構造変化と日本経済」専門調査会の第1回会合が開催されました。今朝の朝刊各紙で取り上げられていたものの、ネット上では余り見かけませんでしたので、このブログでは初めてのような気もしますが、産経新聞のサイトから記事の最初の3パラを引用すると以下の通りです。

「平成版・前川リポート」を策定する内閣府の「構造変化と日本経済」専門調査会(植田和男会長)が26日、初会合を開いた。グローバル化に乗り遅れ、少子高齢化で内需の伸びも期待できないなど、日本経済には閉塞(へいそく)感が漂う。成長の足かせとなっている構造的な課題をあぶり出し、持続的な成長の処方箋(せん)を示せるか。6月の取りまとめに向けて骨太の議論が進められる。
初会合では、(1)グローバル化の中で日本が抱える弱点の克服(2)消費を増やし、景気拡大を続けるための賃金配分(3)格差是正(4)日本の国際貢献などを論点とする方針を確認した。議論のなかでは、委員から「国際的に通用する高度人材の教育、育成が不可欠だ」といった意見や、「世界的な改革競争のなかで、日本は遅れている」との指摘もあった。
大田弘子経済財政担当相は初会合に出席し、「新しい経済構造の視点を出してほしい」とあいさつ。これに応えて、植田会長も「国民に夢を与えられるリポートにしたい」と抱負を述べた。ただ、論点自体が経済財政諮問会議などと重複感があることは否めない。具体性のある提言をどこまで盛り込めるかも不透明だ。

さらに、ついでなんですが、政府の経済財政諮問会議のホームページにある名簿と検討事項(案)へのリンクをリファレンスのために残しておきたいと思います。以下の通りです。

さらにさらにで、一応、検討事項(案)へのリンクを張ったんですが、私なりに11項目を整理して、ポイントとなるキーワードを取り出すと以下の通りです。

  1. 比較優位構造
  2. 資金還流
  3. リスクと脆弱性
  4. 資本と労働の成果配分
  5. 格差
  6. 家計資産の活用
  7. 供給力
  8. 成長分野
  9. 制度設計
  10. アジアの一員としての位置付け
  11. 環境

約20年前の元祖「前川リポート」が作成された1986年4月当時は、私はすでに公務員として働いていましたが、膨大な貿易黒字を抱える日本が諸外国からの批判もあって、内需拡大や市場開放の必要性を打ち出した点に特徴がありました。他方で、金融や格差、あるいは、中国をはじめとするアジア新興国といったファクターはほとんど希薄であったことも事実です。プラザ合意後の急激な円高の中で取りまとめられた「前川リポート」が「国際協調のための経済構造調整研究会報告書」というその正式名称の通り、経済構造調整を主眼としていたのに対して、対外不均衡は構造という質ばかりではなく、為替という量でも調整できる可能性を含めて、「前川リポート」取りまとめの後ではありますが、私は日本経済モデルの担当者として大量のシミュレーションをこなしていた記憶があります。逆に言えば、過去の経済構造をパラメータに取り込んだ経済モデルでは、当時のコンピュータの技術水準の制約もあって、「前川リポート」に盛り込まれた経済構造調整をシミュレーションすることが難しかったことも事実です。

最後に指摘しておきたいのは、政府が中長期的な構造調整政策に取り組むのは当然としても、同時に、短期的なマクロ政策の舵取りは中央銀行たる日銀の役割です。政府と日銀が沿う方の役割を果たしてこそ効率的な経済政策運営が可能となります。現時点で、誰が日銀総裁になるのかは分かりませんが、政府が動き出したタイミングであるからこそ、日銀の役割も重要だという気がします。

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2008年2月26日 (火)

否定疑問文への子供達の答え方に海外帰国子女の名残りを見る

今日も、朝から少し晴れ間も見え、気温も上がりましたが、午後から雲が張り出し、夜遅くになって雨が降り出しました。明日の明け方までには止むような天気予報です。

昨夜、財務省の金貨のオークションから海外のコインを連想して、久し振りに海外生活の思い出の日記を書き、何となく、今夜もその続きです。と言うのは、割合と最近になって気付いたんですが、我が家の子供達は否定疑問文に対して英語のような答え方をすることを発見したからです。おさらいですが、否定疑問文に対する英語と日本語の答え方の違いは以下の通りです。

  • Isn't this bird white?
    • Yes, it is.
    • No, it isn't.
  • この鳥は白じゃないんですか?
    • いいえ、白いです。
    • はい、白じゃないです。

まあ、こういった単純な問答ではないんですが、この季節にお風呂上りなんか、私が「寒くないか?」と尋ねると、「いや、寒くない」と我が家の子供達は答えます。普通の日本人であれば、「うん、寒くない」と答えるような気もします。米国の連邦準備制度理事会 (FED) のリサーチ・アシスタントをしていたわずかな期間ながら、私は米国の首都のワシントン DC にいたことがあり、否定疑問文で苦労した記憶があります。典型的な日本人的な答え方で Yes, I don't. とか言ってしまうので、米国人を混乱させてしまったこともあります。最後の方は、私なりに考えて、Yes や No を言わずに、It is. とか、 I didn't. で答えていたりしました。もちろん、十分それだけで答えになります。
一応、我が家の子供達はジャカルタ育ちの帰国子女だったりします。インドネシア語では否定疑問文に対して英語型で答えるのか、日本語型で答えるのか、私は元々インドネシア語がそんなに出来なかったこともあって、すっかり忘れてしまったんですが、一応、子供達は2年くらい現地の英語の幼稚園に通わせていましたので、その当時から帰国直後くらいまでは、我が家の子供達にはそれなりの英語力があったような気がしないでもありません。松戸にいたころは、松戸駅前の女子大の大学祭に行って、その昔の ESS のような英語クラブの催しで女子大生と英語のクイズで競った記憶もあります。もっとも、日本に帰国して地元の小学校に転入学してから、急速に英語力は消滅したようですが、否定疑問文に対する答え方には英語教育を受けた帰国子女の名残りを見出せるような気がしないでもありません。

株価も落ち着いてきたんですが、何となく、理由は不明ながら仕事が忙しいので、今夜もジャカルタのころの海外生活の思い出の日記で継いでおきたいと思います。

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2008年2月25日 (月)

財務省の金貨オークションから海外コインを思い出す

今日も、朝からいいお天気でした。気温は上がりませんでしたが、風が弱まったので体感気温は上がったような気がします。

1880年明治13年発行の二円金貨

1880年明治13年発行の二円金貨

財務省が保管していた古いコインをオークションで競売したところ、すごい高値がついたそうです。下の引用にもある通り、1880(明治13)年発行の旧二円金貨が3210万円で落札されたと報じられています。確かに、上の写真で見る通り、保存状態もいいようですし、コイン自身も立派なものだという気がします。まず、いつもの asahi.com のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

財務省が24日開いた近代金貨のオークションで、目玉商品の1880(明治13)年の旧二円金貨が、予想の2千万円を大きく上回る3210万円で落札された。87枚しか発行されず財務省も1枚しか持っていない珍しさに、愛好家の心理が過熱。過去の金貨オークションの最高落札額の1700万円の2倍近い値がつき、財政への思わぬ貢献になった。
このオークションは13回目で、最後になる今回は1420枚が放出された(当初予定のうち13枚は取り消し)。旧2円金貨は700万円で競りが始まり、瞬く間に値が上がった。1枚の重さは約3.3グラムなので現在の金の時価で計算すると3000倍近い値がついたことになる。
創業40年余のコイン専門店銀座コインの竹内潤さんは「次にいつ出品があるか分からない。これだけ希少だと一般的な相場は関係ない」と話す。

経済学の専門用語で貨幣発行益= seigniorage という言葉があり、まったく意味は違いますが、ものすごい値段がついたものだと思います。その昔、私が子供だったころなんか、コインとか切手とかを収集するのはかなり古典的な趣味だったような気もしますし、我が吉岡家の京都の叔父さんの家にも何かお宝があるんではないかという気になってしまいます。一応、我が家は明治の遥か前から京都に住まいしているので可能性はゼロではないような気がしないでもありません。
それはともかく、少なくとも我が家が住まいしている現在の青山の家には、そんなお宝はあろうハズもなく、せいぜいが外国のコインだろうという気がします。一応、私は国際派のエコノミストと見なされないでもないのでアチコチの外国に赴任したり、出張で行ったりしました機会もあり、お宝にはならない外国のコインは我が家にもいっぱいあります。交換可能な紙幣は円転してしまうんですが、コインは交換してくれませんし、私が赴任した範囲ではチリやインドネシアの紙幣はそんなに交換性が高くないので、いまだに何枚か家にあったりします。
その昔は、例えば、ダイムと呼ばれる米国の10セントのコインなんかは、ゴルフのグリーン上でのマーカーに使ったりしていたこともあるんですが、今では子供達のコレクションの対象です。赴任したチリとインドネシアは言うに及ばず、米国、カナダ、メキシコ、英国ドイツ、フランスなどの欧米諸国や、マレーシア、タイ、シンガポールなんかのアジア諸国のコインを主体に、ぞんざいにも巾着袋に入れて保存してあります。ただし、私が独身のころに行ったことがあるハズなんですが、アルゼンティンとウルグアイのコインは見当たりません。また、今ではユーロに統合されてしまって見かけなくなったフランスのフランやドイツのマルクもあります。かなり巨大だったりします。もう流通していないんですから、そのうちに値がつくのかもしれません。中でも印象的なのはチリの100ペソのコインで、とっても巨大な銅製です。我が国の500円硬貨より大きいです。私のいたころのチリの為替水準では100ペソは米国のクォーターと呼ばれる25セントくらいの値打ちだったんですが、ともかく巨大です。チリの最大の輸出品は銅ですから、銅をタップリ使ってあるんだという気がします。また、タイのコインは紙幣と同じく国王の肖像が刻印してあります。

財務省のオークションに出たお宝コインとは値打ちが違うんでしょうが、時々、我が家でも子供達といっしょに巾着袋から出しては、海外生活を思い出したりしています。

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2008年2月24日 (日)

ホテル・グランドパレスのランチ・ブッフェの後、買い物に行く

今日も、朝からいいお天気でしたが、今日から急に気温が下がりました。ここ2-3日の暖かさが嘘のようで、またしても真冬に舞い戻った感じがしないでもありません。昨日は午後からでしたが、今日は朝から風が強くて、アチコチでバタバタと自転車が倒れていました。

ランチ・ブッフェのレストランを出た子供達

今日はお昼に一家そろって九段のホテル・グランドパレスのロビーフロアにあるカトレアランチ・ブッフェを楽しんで来ました。少し早いものの、来週の土曜日3月1日は女房の誕生日で、長らく特別なイベントはなかったんですが、今年は久々のランチ・ブッフェでお祝いしました。実は伏線があって、3学期明け前の1月6日のエントリーで紹介したように子供達を散髪に連れて行った時、渋谷の chef's V に行ったんですが、我が家のグルメ評論家の下の子の評価が厳しく、デザートにアイスがないとか、肉料理が少ないとか、いろいろと注文が出ましたので、今回は、私が行ったことがある中でもチョッピリ高級なところを選びました。実は、下の子の評価のポイントであるデザートのアイスがあるかどうか自信がなかったんですが、脇の方にひっそりとありました。さすがに、辛口グルメ評論家の下の子も満足で、デザートのアイスはバニラとブルーベリーの2種類の小さめのカップを合わせて7カップも平らげました。上の写真はレストランを出たところの子供達です。

寝袋を試す下の子

ゆったりとランチを楽しんだ後は下の子の買い物です。3月の春休みに入ってから、ボーイスカウトでお泊まり会のようなものがあり、近くの中学校の体育館で一泊するというので、アウトドア専門店に寝袋を買いに行きます。ウチの子はいまはカブ隊なんですが、ボーイ隊に上進すれば寝袋は必需品だそうで、少し早めに買っておくのも一案とかで、カブ隊やボーイ隊の隊長さんやスカウトの団副委員長なんかから情報を収集して、スリーシーズン向けのマミー型の寝袋と決めて、色は下の子の好みで男の子らしい色を探します。新宿のアウトドア専門店で店員さんに相談して、結局、大人用のを買い求めます。ついでに、カブ隊の隊長さんのオススメで下に敷く銀シートも買います。上の写真は家に帰ってから寝袋を試してみる下の子です。

「超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ 天空大決戦であります!」

最後に、昨日も取り上げたケロロ軍曹の劇場版映画第3弾「超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ 天空大決戦であります!」の前売り券を買い求めます。ケロロ軍曹とタママ二等兵をモチーフにしたカスタネットのオマケをもらいます。それから、買い物とは関係がないんですが、映画の公開までの日数をカウントダウンするデジタル時計がブログ・パーツとして公開されているようです。私のブログはサイドがいっぱいなので、無理やりにエントリーの方に貼り付けておきます。ケロロ小隊の5人分が提供されていますので一挙公開です。マウスでポイントすると、ちょっとしたアクションで反応します。こういうのって、カウントダウンが終われば、どうなるのか興味があります。

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2008年2月23日 (土)

いつの間にか…

今日も、朝からいいお天気で、気温も午前中は上がったようです。でも、午後から風が強くて、気象庁から春一番と発表されました。風が強い上に夕方から気温が下がり始めて、明日はかなり寒くなるらしいです。

今日のエントリーは週末ですし、軽くいつの間にかのお話です。まず、このブログのエントリーがいつの間にか1000を超えていました。私も一昨年2006年の大晦日のエントリーがちょうど600だったのは記憶していましたが、もう1000を軽く超えて1100近くに達しているようです。ほぼ2年半にわたってよく書き続けてきたものです。でも、必ずしも自分をほめて上げたいとまでは思いません。
ケロロ軍曹 第16巻それから、今日の土曜日の午前中は10時からテレビ東京12チャンネルでアニメのケロロ軍曹を子供達が見るんですが、いつの間にかコミックの『ケロロ軍曹 第16巻』が出ているらしく、コマーシャルで宣伝していたので、子供達の強いリクエストに従って買いに出かけます。青山通りを少し歩いて銀座線外苑前の駅に近い書店で買い求めます。勉強で忙しいおにいちゃんを後回しにして、下の子からおにいちゃんの順番で、子供達がコミックを読みふけります。私に回って来るのは最後でした。なお、来週土曜日の3月1日から「超劇場版ケロロ軍曹3 ケロロ対ケロロ 天空大決戦であります!」が封切られるそうです。いつの間にか春休みが近づいて、そんな時期になったようです。昨年の春休みも我が家はケロロ軍曹の映画を見ましたので、今年も見に行くんだろうと思います。封切り前に前売り券を買おうと考えています。子供向け映画には、いろいろとオマケがあるのも楽しみです。前売り券を買う段階と映画を見る時と、2回もオマケをもらえたりします。
最後に、昨年11月4日付けのエントリーで紹介しましたが、我が家の子供達が楽しんでいるオンラインゲームのクロノスで、下の子のレベルは32だったんですが、いつの間にか38に達していて、37のおにいちゃんを抜いてしまったらしいです。おにいちゃんは勉強で忙しいので、下の子の方がゲームをする時間的な余裕があるんだと思います。いいことなのか、悪いことなのか、よく分かりません。下の写真はクロノスで遊ぶおにいちゃんと見守る下の子です。

クロノスで遊ぶおにいちゃんと見守る下の子

私がボケボケしている間に、いろいろと世の中は進んでいるんだということを実感させられました。ヒマにしていた週末の感想です。

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2008年2月22日 (金)

下方修正の続く経済見通しはエコノミストが間違っていたからなのか?

今日も、朝からいいお天気で、気温も引き続き上がったような気がします。今日はランチの後に日本経済研究センターの講演会に行きましたが、コートはまったく必要ありませんでした。東京では明日まで暖かな日が続くとの天気予報です。

A Swirling Crystal Ball

経済見通しの下方修正が続いています。米国の連邦準備制度理事会 (FED) が上の表のように、10月時点での成長率見通し1.8-2.5%から1月には1.3-2.0%へと約0.5%ポイントの下方修正をしました。 FED の水晶玉は渦巻いているようです。米国に続いてでもないんでしょうが、欧州委員会でも2008年は1.8%の見通しと発表しました。11月時点では2.2%と予想していたものを0.4%ポイント下方修正したことになりますし、2007年の成長率2.7%からは大きな景気減速です。これらの傾向について、経済協力開発機構 (OECD) のグリア事務総長が以下のように述べたとロイター通信のサイトに報道されています。

経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長は20日、世界経済の成長率はOECDや多くの予測機関が2-3カ月前に見込んでいたよりも低水準になりそうだ、との見方を示した。
OECDの移民リポートに関する記者会見で述べた。
同事務総長は、世界の中央銀行は2-3カ月前に成長へのリスクよりもインフレを懸念していたのに対し、現在は成長とインフレ懸念のバランスを取ろうとしていると指摘、「成長とインフレについての金融当局の関心はバランスが取れているようだ」と述べた。
OECDが昨年12月に発表した見通しでは、2008年の成長率を米国は2.0%、日本は1.6%、ユーロ圏は1.9%と予測していた。

すでに、1月30日付けのこのブログのエントリーで取り上げたように、国際通貨基金 (IMF) では▲0.5-1.0%くらい下方修正した経済見通しを発表し、日米欧とも今年2008年の成長率は1%台半ばで予想しています。カレンダー通りの歴年と財政年度とで微妙な違いはありますが、例えば、2008年度の政府経済見通しは2.0%程度とされている一方で、今日、私も講演会に行きましたが、今日の日経新聞朝刊の経済教室に掲載されていた日本経済研究センターの予測では1.6%成長となっていたりします。時期の違いで下方修正されたのか、基本的な見方の違いなのか、いずれにせよ、少し差があるように感じないでもありません。いずれにせよ、昨年末から今年の年初にかけて、あるいは、現時点まで、日米欧の景況感が急速に悪化したのは事実だろうと思います。どうでもいいんですが、もらったり、図書館で借りたりして、私は少し前に出版された本を読んでいて、例えば、野村證券金融経済研究所「日本経済活力維持の条件」(東洋経済新報社)とか、三菱UFJリサーチ&コンサルティング「2008年日本はこうなる」(東洋経済新報社)とか、みずほ総研「日本経済の明日を読む 2008」(東洋経済新報社)なんかを読んでいると、エコノミストがラクをしていたころを思い出してしまいます。
話を本題に戻して、2月11日付けのエントリーで紹介したように、経済学の専門教育を受けて来なかった一般の方に悲観バイアスがあるとすれば、逆の見方をして、エコノミストに楽観バイアスがある可能性は否定しませんが、ここ1年ほどの経済見通しで、エコノミストが間違い続けてきたのかというと、それはちょっと酷な気がしないでもありません。一応、経済学は陰気かもしれないし、不正確であることは明らかなんですが、科学ですから、例えば、昨年9月13日付けのエントリーで取り上げたように、トムソン・サイエンティフィックでは科学部門のノーベル賞として物理学賞や化学賞や医学・生理学賞と並んで経済学賞の有力候補者を予想していたりしますし、科学ですから、因果関係を明らかにし、原因が違えば結果も異なります。やや強引に関数形で表せば y=f(x) ということになります。右辺の x に従って 左辺の y も違ってくるのは当然です。
先日、職場の同僚と笑い話をしていたんですが、ある講演会に行ったら講師について「1ドル100円を予測したエコノミスト」との紹介があったそうです。固有名詞は出しませんが、中部圏の昔の都市銀行系のシンクタンクのエコノミストです。今はどこかの大学の学長さんをしているらしいです。分かる人は分かると思います。しかし、私が記憶している限り、そのエコノミストが「1ドル100円」を言い出したのはプラザ合意後の1986年くらいで、実際に「1ドル100円」が実現したのは1990年代半ば近くですから、この方の予測が当たったという言い方は受入れられても、その他のエコノミストが全部外したかと言うと、これはやや抵抗があります。後付けかもしれませんが、私の目から見て、予測の実現に10年近くかかったわけですし、このエコノミストが「1ドル100円」と言い続けて来たのであれば、関数の右辺の x に何を代入しても、左辺の y が「1ドル100円」だったわけですから、科学的な見通しなのかどうかは少し怪しい気がしないでもありませんし、ましてや、右辺の x に従って、「1ドル100円」以外のいろんな y を算出して来た他のエコノミストが外したと言うのは酷な気がしないでもありません。それと同じことで、昨年年央まで、より正確には8月初のパリバ・ショックまでゴルディ・ロックス経済について語って来たエコノミストが愚かかと言うと、ちょっと違うと思います。

いずれにせよ、景気が減速したり、ましてや、景気後退局面に入る時期にはエコノミストの経済見通しがジリジリと下振れするのは自然なことのように思います。右辺のすべての x に対して、常に、左辺の y が「景気後退」であるなら、科学を超えて宗教の域に入っているような気がしないでもありません。

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2008年2月21日 (木)

今年の1-3月期のうるう年効果とその後の消費動向を考える

今日も、朝からいいお天気で、最高気温も2日連続で10度を上回ったようです。最高気温と連動しているのかもしれませんが、昨日あたりから花粉が飛び始めたような気がします。鼻が詰まります。

少し前に、今年の1-3月期はうるう年効果で統計上は景気のいい数字が出ると書きましたが、今夜はこのうるう年効果とその後の消費の動向について考えたいと思います。まず、GDP統計から過去の計数を拾ってみました。現在の 93SNA になってから比較可能な計数で、1998年以降の四半期別の前期比年率成長率をパーセント表示したものが下の表です。

1998年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
▲7.5▲2.0+2.2+0.6
1999年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
▲3.3+2.5▲0.4+2.3
2000年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+7.4+0.9+0.8+3.5
2001年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+1.9▲2.2▲4.4▲2.1
2002年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+1.4+3.6+2.7+0.6
2003年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
▲1.5+2.8+2.3+6.4
2004年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+4.4▲0.8+1.6▲0.7
2005年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+2.6+4.6+1.9+2.4
2006年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+2.0+3.5+0.2+4.2
2007年1-3月期4-6月期7-9月期10-12月期
+3.9▲1.4+1.3+3.7

上の色付きのセルがうるう年の2月29日を含む四半期です。きちんとしたフォーマルな統計的な処理をすれば明らかなのかもしれませんが、一見して成長率が高めに出ている疑いを指摘できると思います。現在の 93SNA では季節調整はセンサス局法の X-12 を使っていて、うるう年調整は可能なんですが、実際には、うるう年効果を除去するパラメータの設定をオフにしているようなことも聞きました。ただし、GDP 統計はいわゆる2次統計ですから、1次統計で季節調整がなされてうるう年効果が除去されていれば、2次統計の GDP には出て来ないことも考えられるんですが、2次統計を作成する上で季節調整済みの1次統計を使うことはレアケースだと考えられ、おそらく、原系列の1次統計を2次統計に加工した上で季節調整をかけていると考えられますから、原系列の統計はモロにうるう年効果を持っていると考えられます。
このうるう年効果について、考え方は様々なんですが、まず、統計上の処理の方法であって、景気実感とは関係ないとの意見もあり得ます。しかし、営業日が1日多くなって、それだけ売上げなんかも増えるわけですから、私は景気実感としても決して無視できないと考えています。マグニチュードとしてどれぐらいかといえば、素直に考えれば、四半期90日ほどの営業日が1日増えるわけですから、前期比で1%、年率では4%くらいの押上げ効果が考えられます。しかし、懐疑的に考えるエコノミストはうるう年でも所得が増えない点を強調します。所得が変わらないのに消費が大きく増えるとは考えられないというわけです。しかし、お給料が同じでも、テレビを見て電力を消費しますし、ご飯も食べます。うるう年はこれが1日分多くなりますから、何らかの効果があると考えるのが自然ではないでしょうか。
ただし、別の要因で今年の1-3月期の景気を下押しする要因がありました。自動車の自賠責保険の保険料が4月から引き下げられることです。もちろん、自動車そのものに比べて、自賠責保険料はそんなに大きい額ではありませんから、びっくりするような効果はないと考えられていましたが、それでも、3月末に自動車を買おうとする人は1-2週間待って4月に買った方がおトクなのですから、自動車販売を3月から4月にシフトさせる要因となり得ると考えられていました。しかし、今日の東京新聞のサイトで、国土交通省が「自賠責保険は1-2ヶ月の短期契約と、4月以降の安い保険料が適用される長期契約を同時に結ぶことができる」との通達を出したことが報じられています。現時点での評価は難しいものの、新車の買控えを緩和する効果があるのではないかと期待されます。
また、うるう年効果の1-3月期を終えても、7-9月期には北京オリンピックというイベントが控えており、2年前のサッカーのワールドカップを上回る経済効果を見込むエコノミストも少なくありません。ドイツよりも格段に近いですから、オリンピック観戦の旅行はもちろんですし、大型テレビなんかも売行きが増加する可能性が大いにあります。この経済効果はオリンピックが開催される7-9月期に限定されるものではなく、大型テレビなんかは4-6月期から売れ始める可能性もあります。オリンピック関係のグッズも売れるかもしれません。

日本の景気循環日付けはやや生産統計に偏りがありますから、ひょっとしたら、昨年10月の生産統計のピークを景気のピークと判定する可能性も十分ある一方で、先週、2月14日付けのエントリーの繰返しになりますが、消費を中心に見ていると、GDP 統計の上から日本経済の本格的な減速が確認されるのは今年の年央以降になる可能性があります。建築基準法ショックから住宅投資が前期比で立ち直れば、もっと後ズレする可能性すらあります。見方を変えると、典型的な認知ラグを発生させる可能性も残されていますから、景気動向の把握には万全を尽くすべき時期であることはいうまでもありません。

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2008年2月20日 (水)

カストロ議長の国民に宛てた手紙

まったくどうでもいいんですが、とあるサイトで、先にアップしたエントリーで触れたキューバのカストロ議長の国民に宛てた手紙を発見しました。スペイン語と英語です。もちろん、オリジナルはスペイン語なんだと思います。ひょっとしたら、何かのリファレンスになるかもしれませんから、私のブログに収録しておきます。スペイン語として、非常に格調高い文章だと思います。余りにも当然ですが。

Queridos compatriotas:

Les prometí el pasado viernes 15 de febrero que en la próxima reflexión abordaría un tema de interés para muchos compatriotas. La misma adquiere esta vez forma de mensaje.

Ha llegado el momento de postular y elegir al Consejo de Estado, su Presidente, Vicepresidentes y Secretario.

Desempeñé el honroso cargo de Presidente a lo largo de muchos años. El 15 de febrero de 1976 se aprobó la Constitución Socialista por voto libre, directo y secreto de más del 95% de los ciudadanos con derecho a votar. La primera Asamblea Nacional se constituyó el 2 de diciembre de ese año y eligió el Consejo de Estado y su Presidencia. Antes había ejercido el cargo de Primer Ministro durante casi 18 años. Siempre dispuse de las prerrogativas necesarias para llevar adelante la obra revolucionaria con el apoyo de la inmensa mayoría del pueblo.

Conociendo mi estado crítico de salud, muchos en el exterior pensaban que la renuncia provisional al cargo de Presidente del Consejo de Estado el 31 de julio de 2006, que dejé en manos del Primer Vicepresidente, Raúl Castro Ruz, era definitiva. El propio Raúl, quien adicionalmente ocupa el cargo de Ministro de las F.A.R. por méritos personales, y los demás compañeros de la dirección del Partido y el Estado, fueron renuentes a considerarme apartado de mis cargos a pesar de mi estado precario de salud.

Era incómoda mi posición frente a un adversario que hizo todo lo imaginable por deshacerse de mí y en nada me agradaba complacerlo.

Más adelante pude alcanzar de nuevo el dominio total de mi mente, la posibilidad de leer y meditar mucho, obligado por el reposo. Me acompañaban las fuerzas físicas suficientes para escribir largas horas, las que compartía con la rehabilitación y los programas pertinentes de recuperación. Un elemental sentido común me indicaba que esa actividad estaba a mi alcance. Por otro lado me preocupó siempre, al hablar de mi salud, evitar ilusiones que en el caso de un desenlace adverso, traerían noticias traumáticas a nuestro pueblo en medio de la batalla. Prepararlo para mi ausencia, sicológica y políticamente, era mi primera obligación después de tantos años de lucha. Nunca dejé de señalar que se trataba de una recuperación "no exenta de riesgos."

Mi deseo fue siempre cumplir el deber hasta el último aliento. Es lo que puedo ofrecer.

A mis entrañables compatriotas, que me hicieron el inmenso honor de elegirme en días recientes como miembro del Parlamento, en cuyo seno se deben adoptar acuerdos importantes para el destino de nuestra Revolución, les comunico que no aspiraré ni aceptaré- repito- no aspiraré ni aceptaré, el cargo de Presidente del Consejo de Estado y Comandante en Jefe.

En breves cartas dirigidas a Randy Alonso, Director del programa Mesa Redonda de la Televisión Nacional, que a solicitud mía fueron divulgadas, se incluían discretamente elementos de este mensaje que hoy escribo, y ni siquiera el destinatario de las misivas conocía mi propósito. Tenía confianza en Randy porque lo conocí bien cuando era estudiante universitario de Periodismo, y me reunía casi todas las semanas con los representantes principales de los estudiantes universitarios, de lo que ya era conocido como el interior del país, en la biblioteca de la amplia casa de Kohly, donde se albergaban. Hoy todo el país es una inmensa Universidad.

Párrafos seleccionados de la carta enviada a Randy el 17 de diciembre de 2007:

"Mi más profunda convicción es que las respuestas a los problemas actuales de la sociedad cubana, que posee un promedio educacional cercano a 12 grados, casi un millón de graduados universitarios y la posibilidad real de estudio para sus ciudadanos sin discriminación alguna, requieren más variantes de respuesta para cada problema concreto que las contenidas en un tablero de ajedrez. Ni un solo detalle se puede ignorar, y no se trata de un camino fácil, si es que la inteligencia del ser humano en una sociedad revolucionaria ha de prevalecer sobre sus instintos.

"Mi deber elemental no es aferrarme a cargos, ni mucho menos obstruir el paso a personas más jóvenes, sino aportar experiencias e ideas cuyo modesto valor proviene de la época excepcional que me tocó vivir.

"Pienso como Niemeyer que hay que ser consecuente hasta el final."

Carta del 8 de enero de 2008:

"...Soy decidido partidario del voto unido (un principio que preserva el mérito ignorado). Fue lo que nos permitió evitar las tendencias a copiar lo que venía de los países del antiguo campo socialista, entre ellas el retrato de un candidato único, tan solitario como a la vez tan solidario con Cuba. Respeto mucho aquel primer intento de construir el socialismo, gracias al cual pudimos continuar el camino escogido."

"Tenía muy presente que toda la gloria del mundo cabe en un grano de maíz," reiteraba en aquella carta.

Traicionaría por tanto mi conciencia ocupar una responsabilidad que requiere movilidad y entrega total que no estoy en condiciones físicas de ofrecer. Lo explico sin dramatismo.

Afortunadamente nuestro proceso cuenta todavía con cuadros de la vieja guardia, junto a otros que eran muy jóvenes cuando se inició la primera etapa de la Revolución. Algunos casi niños se incorporaron a los combatientes de las montañas y después, con su heroísmo y sus misiones internacionalistas, llenaron de gloria al país. Cuentan con la autoridad y la experiencia para garantizar el reemplazo. Dispone igualmente nuestro proceso de la generación intermedia que aprendió junto a nosotros los elementos del complejo y casi inaccesible arte de organizar y dirigir una revolución.

El camino siempre será difícil y requerirá el esfuerzo inteligente de todos. Desconfío de las sendas aparentemente fáciles de la apologética, o la autoflagelación como antítesis. Prepararse siempre para la peor de las variantes. Ser tan prudentes en el éxito como firmes en la adversidad es un principio que no puede olvidarse. El adversario a derrotar es sumamente fuerte, pero lo hemos mantenido a raya durante medio siglo.

No me despido de ustedes. Deseo solo combatir como un soldado de las ideas. Seguiré escribiendo bajo el título "Reflexiones del compañero Fidel." Será un arma más del arsenal con la cual se podrá contar. Tal vez mi voz se escuche. Seré cuidadoso.

Gracias

Fidel Castro Ruz

18 de febrero de 2008

5 y 30 p.m.




In English:

Message from the Commander in Chief
Dear compatriots:

Last Friday, February 15, I promised you that in my next reflection I would deal with an issue of interest to many compatriots. Thus, this now is rather a message.

The moment has come to nominate and elect the State Council, its President, its Vice-Presidents and Secretary.

For many years I have occupied the honorable position of President. On February 15, 1976 the Socialist Constitution was approved with the free, direct and secret vote of over 95% of the people with the right to cast a vote. The first National Assembly was established on December 2nd that same year; this elected the State Council and its presidency. Before that, I had been a Prime Minister for almost 18 years. I always had the necessary prerogatives to carry forward the revolutionary work with the support of the overwhelming majority of the people.

There were those overseas who, aware of my critical health condition, thought that my provisional resignation, on July 31, 2006, to the position of President of the State Council, which I left to First Vice-President Raul Castro Ruz, was final. But Raul, who is also minister of the Armed Forces on account of his own personal merits, and the other comrades of the Party and State leadership were unwilling to consider me out of public life despite my unstable health condition.

It was an uncomfortable situation for me vis-à-vis an adversary which had done everything possible to get rid of me, and I felt reluctant to comply.

Later, in my necessary retreat, I was able to recover the full command of my mind as well as the possibility for much reading and meditation. I had enough physical strength to write for many hours, which I shared with the corresponding rehabilitation and recovery programs. Basic common sense indicated that such activity was within my reach. On the other hand, when referring to my health I was extremely careful to avoid raising expectations since I felt that an adverse ending would bring traumatic news to our people in the midst of the battle. Thus, my first duty was to prepare our people both politically and psychologically for my absence after so many years of struggle. I kept saying that my recovery "was not without risks."

My wishes have always been to discharge my duties to my last breath. That’s all I can offer.

To my dearest compatriots, who have recently honored me so much by electing me a member of the Parliament where so many agreements should be adopted of utmost importance to the destiny of our Revolution, I am saying that I will neither aspire to nor accept, I repeat, I will neither aspire to nor accept the positions of President of the State Council and Commander in Chief.

In short letters addressed to Randy Alonso, Director of the Round Table National TV Program, --letters which at my request were made public-- I discreetly introduced elements of this message I am writing today, when not even the addressee of such letters was aware of my intention. I trusted Randy, whom I knew very well from his days as a student of Journalism. In those days I met almost on a weekly basis with the main representatives of the University students from the provinces at the library of the large house in Kohly where they lived. Today, the entire country is an immense University.

Following are some paragraphs chosen from the letter addressed to Randy on December 17, 2007:

"I strongly believe that the answers to the current problems facing Cuban society, which has, as an average, a twelfth grade of education, almost a million university graduates, and a real possibility for all its citizens to become educated without their being in any way discriminated against, require more variables for each concrete problem than those contained in a chess game. We cannot ignore one single detail; this is not an easy path to take, if the intelligence of a human being in a revolutionary society is to prevail over instinct.

"My elemental duty is not to cling to positions, much less to stand in the way of younger persons, but rather to contribute my own experience and ideas whose modest value comes from the exceptional era that I had the privilege of living in.

"Like Niemeyer, I believe that one has to be consistent right up to the end."

Letter from January 8, 2008:

"...I am a firm supporter of the united vote (a principle that preserves the unknown merits), which allowed us to avoid the tendency to copy what came to us from countries of the former socialist bloc, including the portrait of the one candidate, as singular as his solidarity towards Cuba. I deeply respect that first attempt at building socialism, thanks to which we were able to continue along the path we had chosen."

And I reiterated in that letter that "...I never forget that ‘all of the world's glory fits in a kernel of corn."

Therefore, it would be a betrayal to my conscience to accept a responsibility requiring more mobility and dedication than I am physically able to offer. This I say devoid of all drama.

Fortunately, our Revolution can still count on cadres from the old guard and others who were very young in the early stages of the process. Some were very young, almost children, when they joined the fight on the mountains and later they have given glory to the country with their heroic performance and their internationalist missions. They have the authority and the experience to guarantee the replacement. There is also the intermediate generation which learned together with us the basics of the complex and almost unattainable art of organizing and leading a revolution.

The path will always be difficult and require from everyone's intelligent effort. I distrust the seemingly easy path of apologetics or its antithesis the self-flagellation. We should always be prepared for the worst variable. The principle of being as prudent in success as steady in adversity cannot be forgotten. The adversary to be defeated is extremely strong; however, we have been able to keep it at bay for half a century.

This is not my farewell to you. My only wish is to fight as a soldier in the battle of ideas. I shall continue to write under the heading of ‘Reflections by comrade Fidel.’ It will be just another weapon you can count on. Perhaps my voice will be heard. I shall be careful.

Thanks.

Fidel Castro Ruz

February 18, 2008

5:30 p.m.

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カストロ議長の引退報道

今日も、朝からいいお天気で、最高気温も久し振りに10度を上回ったようです。2月も下旬に入り、春の訪れを感じました。

Fidel Castro and Che Guevara - 1959

キューバの元首である国家評議会カストロ議長が引退を表明しました。上の写真は、日本でも馴染みの深いキューバ革命の英雄カストロとゲバラのツーショットで "New York Times" に1959年に掲載されたものです。今回の引退について、報道によれば、カストロ議長は声明で、「議長と軍最高司令官の地位を自ら望むことはないし、(要請されても)受け入れることもない。繰り返す。望みもしないし、受け入れもしない」と述べたとされています。まず、"New York Times" のサイトから最初の3パラだけ記事を引用すると以下の通りです。

MEXICO CITY - Fidel Castro stepped down Tuesday morning as the president of Cuba after a long illness, ending one of the longest tenures as an all-powerful, communist head of state in the world, according to Granma, the official publication of the Cuban Communist Party.
In late July 2006, Mr. Castro, who is 81, handed over power temporarily to his brother, Raúl Castro, 76, and a few younger cabinet ministers, after an acute infection in his colon forced him to undergo emergency surgery. Despite numerous surgeries, he has never fully recovered but has remained active in running government affairs from behind the scenes.
Now, just days before the national assembly is to meet to select a new head of state, Mr. Castro resigned permanently in a letter to the nation and signaled his willingness to let a younger generation assume power. He said his failing health made it impossible to return as president.

なお、英文ですが、"Dear compatriots:" との書出しで始まるカストロ議長の "Full Text of Fidel Castro's Resignation Letter" が "Washington Post" のサイトにあります。でも、これを見るためには subscribe することが必要です。まず、ややナナメに見る私の感性で、上の引用にもある通り、"New York Times" はメキシコ・シティ特派員からの報道です。日本の新聞では、朝日新聞のサイトには明示されていませんでしたが、日経新聞と読売新聞がサンパウロ特派員、毎日新聞が "NewYork Times" と同じメキシコ・シティ特派員、産経新聞は何とニューヨーク特派員でした。私が在チリ大使館に勤務していたころは、日経新聞の南米担当はリオデジャネイロ特派員で、年に1回か2回くらいサンティアゴにも取材出張があり、大使館では私が対応していたように覚えています。私のサンティアゴ在任最後の方で日経新聞もリオデジャネイロからサンパウロに特派員事務所を移転し、大使宛てか私宛てか忘れましたが、ごていねいに移転記念パーティーの招待状が届いたようなことを記憶しています。もっとも、10年以上も前のことですから記憶はとっても不確かです。
カストロ議長引退後のキューバ内政についても、外交上のインパクトについても、私は専門外なのでよく分かりませんが、カストロ議長について覚えているのは、私の知る限り最高の演説者の一人だったことです。雄弁で滔々と演説できることがラテン世界の美徳のひとつと考えられているんですが、カストロ議長はその最高峰の一人とも言えます。私はスペイン語の勉強と称してサンティアゴの大使館でビデオを見ただけなんですが、そんなにスペイン語の理解が深くない私でさえ感動を覚えましたし、日本人的には大げさと感じかねない身振りと手振りも、例えば、カストロ議長がアチコチを指差して「あなただ!」と叫んだ時には私自身が指差されているようにすら感じました。私の直感なんですが、感情的なキューバ人の中には演説を聞いただけで涙を流してカストロ議長に忠誠を誓う人も少なくなかったんだろうことが容易に想像されます。
私が在チリ大使館に勤務していた1990年代初頭は、さすがに、1970年代の中南米債務危機も終了し、その昔のブラジルはコーヒー、キューバは砂糖のモノカルチャーから脱して、キューバでは文豪ヘミングウェイも愛した風光明媚な観光資源を活かして、外貨獲得のために観光に力を入れていたころでした。だからと言うわけでもないんでしょうが、私の知り合いだったチリのエコノミストも何人か新婚旅行でキューバに行った人もいたりしました。

今夜は帰りが遅くなり、取りとめのないブログになってしまいましたが、2006年12月11日のエントリーで取り上げたチリのピノチェット将軍の死去や最近1月27日のエントリーで取り上げたインドネシアのスハルト元大統領の死去などとともに、ひとつの時代が幕を下ろしたことを実感させられました。一応、チリのころのお話だったりしますので、海外生活の思い出の日記に分類しておきます。

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2008年2月19日 (火)

欧州経済はデカップリング論の最後の望みの綱か?

今日も、朝からいいお天気で、朝のうちは寒かったんですが、昼前から気温も徐々に上がったように感じます。

昨年末から、世界経済のデカップリング論がほぼ破綻を来たして、新興国では世界経済をデカップリングすることは出来ないとの認識が高まっていますが、同時に、日米経済が大幅な減速、もしくは、すでに景気後退に入っている可能性がある中で、そんなに馴染みがないながらも、私は欧州経済に注目していました。でも、やや欧州経済もピンチのように見受けられます。

Deja vu
Danger ahead

例えば、上の2枚のマンガは欧州の経済誌である "The Economist" から取っているんですが、上の方が今年の1月5日号、下のが最新の2月16日号です。上の方のマンガが英米の土砂降りに対して、ユーロ圏は小雨程度だったのが、1ヵ月半後の最新号のマンガでは、すっかりくたびれ果てた米国の前をニヤニヤしながら通り過ぎる欧州の足元にもマンホールが口を開けている、という構図になっていたりします。経済見通しから考えると、このブログの1月30日のエントリーで取り上げたように、国際通貨基金 (IMF) の世界経済見通しの改訂版では、ユーロ圏の2008年成長率を1.6%と見ており、1.5%の日米とほぼ同じ水準まで引き下げています。引下げ幅は日米よりも欧州の方が大きかったりします。
私が従来からデカップリング論に疑問を呈していたのは、唯一、ラグが長い可能性を除けば、新興国輸出の最終需要地が米国であるためであり、その意味から、もしも、世界経済を本格的にデカップリングすることが可能な経済圏があるとすれば、新興国ではなく欧州しかないだろうと考えていました。デカップリング論の最後の望みの綱と言えます。もっとも、デカップリング論もすでに死語になったのかもしれません。それはともかく、欧州経済に注目していたんですが、最近の経済指標を見る限り、やや減速を示して来ているように思います。総合的な指標としては、下のグラフに見られる OECD の景気先行指数なんかが典型なんだろうと思います。最新のデータは2月8日の発表ですが、一応、OECD では米国の Downturn や日本の Slowdown よりも少し評価を緩くして、ユーロ圏の場合は Moderate Slowdown と表現していたりします。

Moderate Slowdown in the Euro Area

日米経済がほぼ時を同じくして景気後退のリスクを高め、新興国に世界経済をデカップリングするほどのパワーがないとすれば、繰返しになりますが、欧州経済が最後の頼みの綱なのかもしれませんが、この綱は決して太くないような気もしないでもありません。

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2008年2月18日 (月)

オバマ上院議員の経済政策パッケージ

今日も、朝からいいお天気で気温も徐々に上がって来ているように感じます。天気予報によれば、明日からは一段と気温が上がるようです。

先週、米国時間の13日に米国民主党の大統領候補者でクリントン上院議員と党内の予備選を競っているオバマ上院議員がウィスコンシン州のジェインズビルの GM の工場で経済政策案を発表しました。オバマ上院議員の大統領選挙キャンペーンサイトにも BARACK OBAMA'S ECONOMIC AGENDA: KEEPING AMERICA'S PROMISE" と題して、PDFファイルでアップロードしてあります。8ページほどのコンパクトなものですから、ご興味ある方はダウンロードするのも一案でしょう。まず、日本語情報ということで、いつもの NIKKEI.NET のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

米大統領選で民主党のトップに立ったオバマ上院議員は13日、景気不安に対応するため総額2100億ドル(約22兆6000億円)の経済対策を発表した。環境事業などで新規雇用を700万人創出することが柱で、経済政策での政権担当能力を誇示する狙いがある。劣勢に追い込まれたヒラリー・クリントン上院議員は大票田州を遊説し、巻き返しを図った。
オバマ氏はウィスコンシン州の演説で、今後10年間で実施する対策の概要を明らかにした。環境関連事業に1500億ドルを投じ、500万人の雇用を生み出す。同時に高速道路や橋、空港などの公共事業に600億ドル拠出し、200万人を雇用するとの内容だ。

オバマ上院議員の発表の翌日2月14日付けの "Wall Street Journaml" には以下のような表で簡潔にポイントを取りまとめてあります。

Barack Obama's Economic Plan

さらに、大統領選挙キャンペーンサイトにアップしてある BARACK OBAMA'S ECONOMIC AGENDA: KEEPING AMERICA'S PROMISE" の大きな6項目を引用すると以下の通りです。

  1. PROTECT HOMEOWNERSHIP AND ADDRESS THE SUBPRIME MORTGAGE CRISIS
  2. RESTORE FAIRNESS TO THE TAX CODE
  3. ENDING THE MIDDLE-CLASS SQUEEZE
  4. PROTECT FAMILIES BY REFORMING BANKRUPTCY & CREDIT CARD LAWS
  5. CREATE GOOD-PAYING JOBS IN AMERICA
  6. STRENGTHEN RETIREMENT SECURITY AND PRESERVE SOCIAL SECURITY

日経新聞なんかが注目している環境事業や公共投資なんかは V. CREATE GOOD-PAYING JOBS IN AMERICA に入っていますが、それ以外にも、一番目に置いたのはサブプライム問題で持ち家を差し押さえられるのを防止する対策が中心ですし、年間100時間の奉仕活動に対して4000ドルの税控除を大学生に付与すること、個人破産やクレジットカード約款の片務性の改善など、いろんな細かな経済政策が盛り込まれていますし、そして、何よりも税制を中心に据えている経済政策だという印象を受けました。日本の報道ではこの点が抜けているように感じています。なお、日本政府が大いに気にしているであろう通商政策については、クリントン上院議員の方に対日強硬派が集まっているように報じられており、オバマ上院議員の経済政策では V. CREATE GOOD-PAYING JOBS IN AMERICA の章で Fight for Fair Trade として、労働基準や環境基準を重視した通商政策について簡単に触れているだけです。もっとも、後で取り上げる経済アドバイザーのシカゴ大学 Goolsbee 教授が、「人民元上昇でも米貿易赤字問題解決せず、(中略)、米国の貿易赤字問題の根は投資が貯蓄を上回っていること」であると発言したとロイター電がキャリーしていますので、割合と日本的な貯蓄投資バランス論が通商政策で重視されそうな予感もあります。
オバマ上院議員自身が anti-Wall Street と言われることもありますし、この経済政策にしてもややポピュリズム的との批判もあり得ましょうが、今回の経済政策案はスティグリッツ教授などが大いに批判した現在のブッシュ大統領による富裕層を優遇する減税政策などに対する揺り戻しの面もあると考えるエコノミストもいるかもしれません。いずれにせよ、米国民の選択の問題ではなかろうかという気がします。
なお、ややトリビア的な話題なんですが、先ほども書いた通りで、上の "Wall Street Journal" の記事では、シカゴ大学の Goolsbee 教授がオバマ上院議員の経済アドバイザーとして紹介されていました。恥ずかしながら、私は不勉強なのでよく知りませんでした。オバマ上院議員の地元のシカゴ大学教授という以上の何かがあるのかもしれません。同じ民主党のクリントン上院議員の経済ブレーンとしては、ビル・クリントン大統領のころに財務長官をしていたルービン氏、同じくハーバード大学の前の学長のサマーズ氏などが上げられています。これは分かりやすい布陣だと思います。

一応、私は国際派エコノミストだったりしますので、ロンドンにあるブックメーカーにアカウントを持っていたりするんですが、私が口座を開いている William Hill では米国大統領選挙のオッズでオバマ上院議員を最も低くして、本命のような扱いになっていたりします。私も今しばらく米国大統領選挙の行方をウォッチしたいと思います。

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2008年2月17日 (日)

下の子がボーイスカウトのスキー合宿から帰る

ボーイスカウトのスキー合宿から帰って来た下の子

下の子がボーイスカウトのスキー合宿から帰って来ました。いつもの集合場所の神社に私がお迎えに行きました。もちろんケガもなく、乗り物酔いする方なので少し疲れた表情ではありましたが、まずまず元気いっぱいで、今年の検定では昨年よりもひとつ級を上げたとかで、タイヘンな鼻息でした。昨夜のゲームでも賞品を獲得したらしいです。我が家の下の子が属しているカブ隊は、というより、おそらく世界共通なんでしょうが、1年目がウサギ、2年目がシカ、3年目がクマと呼ばれていて、ウチの子は私の遺伝なのか体は大きいものの、当然ながら、昨年は最年少のウサギでスキー合宿に参加していたんですが、今年はシカに上がっての参加で、学年が下の子が何人かいましたから、チョッピリおにいさんになった気分なのかもしれません。昨年は忘れ物をして帰って来て、我が家のおにいちゃんなんかに冷やかされていたんですが、今年は忘れ物もなく、無理やりにこじつければ、検定の結果とともに成長のあとが見られるんではないかと思います。単なる親バカのひいき目だったりするのかもしれません。

おにいちゃんは、昨夏に自分が箱根夏季学園に行った時と同じ2泊3日だったにもかかわらず、ずいぶんと下の子が早くに帰宅したような印象があると言っていましたが、いずれにせよ、今夜から平常通りに戻る我が家です。

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テレビドラマを見て公務員の仕事について考える

今日も、朝から冬晴れのいいお天気で、気温も昨日と同じくらいに上がるような気がします。立春を過ぎて今週から徐々に暖かくなるとの天気予報です。暖かくなるのはいいんですが、花粉の飛散量が増えそうで怖いです。昨年、本格的に花粉が飛び出したのは2月末から3月初めと記憶していますから、もうすぐです。

千の風になってドラマスペシャル『死ぬんじゃない! 実録ドラマ・宮本警部が遺したもの』

先日2月15日の夜、フジテレビの金曜プレステージで放送されていた千の風になってドラマスペシャル『死ぬんじゃない! 実録ドラマ・宮本警部が遺したもの』を録画しておいたんですが、この週末に見ました。タイトルからも、また、上の写真からもお分かりの通り、昨年2007年2月に東武東上線ときわ台駅の踏切で、踏切自殺を図ろうとした女性を救うため、線路に飛び込んで殉職した宮本警部 (事故当時は巡査部長) の生涯をドキュメンタリーのドラマとして再現したものです。
テレビドラマと言えばそれまでですが、報じられている範囲ではきちんとした取材に基づいてドラマ化されているように見受けられました。もちろん、つい最近に亡くなった大ヒーローを主人公にしているんですから、多少とも美化されている部分もあったりするんでしょうが、それはそれで当然だと思います。私が見た印象でも、感情に流されることをセーブし、出来る限り、客観的な事実関係を明らかにするような努力のあとが見られた気がします。無理なお涙ちょうだいのシーンはほとんどなかったんですが、それでも、私なんかは涙が止まらない部分も少なくありませんでした。一昨年の紅白歌合戦から話題になった「千の風」の歌との組合せもよかった気がします。

同じ公務員とは言え、私とはまったく職階や職域の異なる人物を主人公に据えたドラマなんですが、国家ではなく国民のための仕事とは何なのか、あるいは、公の仕事をするとはどういうことなのか、公務である仕事と家庭との関係はいかにあるべきか、などなど、公務員が仕事に臨む基本姿勢について、いろんなことを考えさせられるドラマでした。
最後になってしまいましたが、改めて、宮本警部のご冥福とご遺族のご健勝を祈念申し上げます。

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2008年2月16日 (土)

一人っ子状態のおにいちゃんを見て親離れと子離れを考える

今日も、朝から冬晴れのいいお天気で、気温もそれなりに上がっているように感じます。

私は今週も昨日から三連休で、今日はその真ん中なので、下の子も昨夜からボーイスカウトのスキー合宿に行ってしまって家にいないこともあり、ゆったり過ごしています。しかし、先週からトイレの便座が壊れたので取り換えたりします。最近の便座は、取り付けるのはラクに出来ているように感じるんですが、2年も使っていないのに、古い方を取り外すのに妙に手間取ったりします。
下の子がいないので、おにいちゃんが一人っ子状態で家にいます。考えてみれば、下の子が生まれるまでは、おにいちゃんは一人っ子だったわけで、逆に、下の子は生まれた瞬間にすでにおにいちゃんがいて、弟として生まれて来たわけですから、やや不思議な気がしないでもありません。先日、読書感想文をアップした磯崎憲一郎さんの『肝心の子供』でも、ブッダが「王や王子には徐々になっていくのに対して、子供が生まれた瞬間、親子関係は成立する」みたいなことを言っていたのを思い出します。
我が家の子供達ももうすぐ4月から6年生と4年生ですから、少し前から比べると、圧倒的に手のかからない成長段階に達したような気がします。理科教室は3月までですから、もういっしょに連れて行くこともありませんし、下の子のカブ隊もそろそろ4年生ですから自分で行けるようになるでしょう。一応、私は中学受験経験者なんですが、30年余りも前の関西でのことですし、勉強のことはヘタに親が口をはさまない方がいいようなことも聞きます。下の子がいなくて、おにいちゃんだけを見ていると、そろそろ私も親バカを卒業して、親離れ・子離れの季節を迎えるのかもしれません。この季節になると、強がっていても実は寂しい思いをする親もいるようなことも耳にしますが、子供にかけていた時間を有効に使って、私はやりたいことがいっぱいあります。ほとんどは自分への投資です。まず、経済学関係でエコノミストとしての能力を高めたいと思います。今さら学位が欲しいとも思いませんが、公務員は次の再就職先が重要ですから、それなりにエコノミストとしての見識を深めておきたいと思います。それから、パソコン関係のスキルをさらに向上させたいと思います。ブログのテンプレートを好きにカスタマイズできるくらいの html や css に関する知識は持っているつもりですが、もう少しデザイン面のセンスも磨きたいですし、さらに、BASIC のプログラミング能力も充実させたいと考えています。最後は、もっとも再就職で必要とされなさそうな能力なんですが、もう少し書道の練習をする時間が欲しいです。中学生が段位を持っていても不思議ではない世界で、中年のオッサンが級しか持っていないのは恥ずかしい限りです。才能がないと言われればそれまでですが、道を究めるところまで行かなくても、もう少し上に行きたい意欲は持っています。でも、引き続き、子供達の写真は撮り続けていくような気がしないでもありません。と言うことで、下の写真はオンラインゲームで遊ぶおにいちゃんです。

オンラインゲームで遊ぶおにいちゃん

ゆったりと昼食を取った後、午後からは図書館に出かけて、やっぱり、ゆったり過ごします。

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2008年2月15日 (金)

下の子がボーイスカウトのスキー合宿に出発する

ボーイスカウトのスキー合宿に出発する下の子

今夜に出発して2泊3日で日曜日まで、我が家の下の子が参加するボーイスカウトのスキー合宿です。いつもの神社の集合場所まで私が下の子を連れて行きました。上の写真はバスに乗り込む下の子です。
我が家の下の子は冬のスキーでも夏でも、キャンプに行きたくてボーイスカウトを始めたようなもんですから、小学校から帰るなりカブ隊の制服に着替えて、ウキウキとご機嫌でした。特に、下の子に言わせるとバスが快適だそうです。理科教室の遠出の野外実習なんかで乗るマイクロバスと違って、ボーイスカウトのバスはデッキの高いバスで、見た目が豪華なだけでなく、2-3本ほどビデオは見せてくれるし、お菓子は配られるし、しかも、なぜかぐっすり寝られるそうです。もちろん、着いてからのスキーやキャンプも楽しみなことは言うまでもありません。今年もスキーが上達して、さらに上の級を狙うようです。ただし、まだカブ隊なので、夏のキャンプなんかでも普通の宿に寝泊まりしなければならないのは少し不満らしく、ボーイ隊に上進すればテントを張って寝袋で寝泊まり出来ると、今から楽しみにしています。

元気者の下の子がスキー合宿に出かけて、今夜からちょっぴり静かになった我が家です。

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学校公開日に仕事を休んで小学校へ行く

今日も、朝から冬晴れのいいお天気でした。それなりに気温も上がって、だんだんと春が近づきつつあるのを実感します。

今日は子供達の通う小学校の学校公開日でしたので、仕事を休んで行って来ました。仕事の繁閑によっては午前か午後かどちらかだけでもと考えていたんですが、モロに閑散期と判明しましたので、職場の同僚に不義理して1日休んでしまいました。
いろいろと見て回ったんですが、平日にもかかわらず、私と同じように男親の方々もチラホラと見かけたりしました。もちろん、平日であれ週末であれ、こういった行事には女性が圧倒的に多いのは言うまでもありませんが、男性の参加も求められているような気がします。なお、写真やビデオは子供達の授業への集中力の妨げになりますので禁止でした。少し残念ではありますが、当然です。
まず、下の子の3年生の教室を訪れます。外国人の先生による英語の授業でした。乗り物を組分けした後で、黒板にランダムに絵を貼り付けて、子供達1人ずつにどの乗り物に乗りたいかを英語で答えてもらいます。それだけでは面白くないので、子供達を2組に分けてピンクとグリーンのハエタタキを持たせて、黒板に貼り付けた絵をカルタ取りよろしく、ハエタタキでビシッと取って行きます。取った絵は元に戻します。ピンク組の最初がウチの下の子でした。外国人の先生が "What do you like?" と質問したのに対して、誰かが "I ride a submarine." と答えたので潜水艦の絵を取りに行き、見事にピンク組に初戦の勝利をもたらします。結局、我が家の子供のピンク組が 11-5 でグリーン組に勝利しました。外国人の先生がとってもメタボだったのが印象的でもありました。
次に、おにいちゃんの5年生のクラスを拝見します。しかし、いきなり家庭科で、しかも、ミシンを使うビデオ学習でしたので、誠に申し訳ないながら私は失礼して、廊下の作品を鑑賞したりします。お絵かきや書道なんかに混じって、新聞の切抜きが目に留まります。全国的な販売部数シェアに従って同じような比率で各新聞が切り抜かれているんですが、読売新聞と日経新聞が多いように見受けました。次に、我が家と同じ朝日新聞が来て、ウチの子は正月明けのパキスタン元首相のブット女史の暗殺の記事を切り抜いていました。毎日新聞と産経新聞になるとグッと割合が減ったような気がします。意識の高いご家庭なのかもしれませんが、小学生新聞を購読しているところもあるようです。何らご参考までですが、クラスに1人くらいは聖教新聞を取っているご家庭もあるようでした。
最後に、1階の職員室から校長室にかけての廊下に貼り出してある俳句を鑑賞します。中村草田男先生がウチの子供達の通う小学校のOBらしく、草田男俳句会なるものがあるようです。以下は我が家の子供達の作った俳句です。ちゃんと季語が入っていて五七五になっています。

  • 花粉症
       春が来るころ
          つらくなる
  • 雪ふれと
       ねがっていたら
          ふってきた

もう、3学期の半ばを過ぎて、今年度の学校公開日はこれで最後のようですが、また、機会があって仕事がであれば、学校公開日に行きたいと思います。

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2008年2月14日 (木)

2007年10-12月期GDP統計は大きなポジティブ・サプライズか?

今日も、朝から冬晴れのいいお天気でした。それなりに気温も上がって、風も弱まったので体感気温は昨日よりグンと上がった気がします。

Retail Sales今朝、内閣府から昨年2007年10-12月期のGDP統計が発表されました。前期比0.9%成長で前期比年率に換算すると3.7%成長となりました。米国では1月の小売統計が発表され、左のグラフの通り、12月のマイナスから1月は予想外のプラスの結果となり、景気後退が遠のいたと受け止められて、NY市場でダウ平均株価が大きく上げた流れもあって、今日の東証の日経平均は今年最大の上げ幅を記録し、前日比で558円15銭高の1万3626円45銭で引けました。まず、GDP統計に関して、いつもの NIKKEI.NET のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

内閣府が14日発表した2007年10-12月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除く実質で前期比0.9%増、年率換算で3.7%増と2・四半期連続でプラス成長となった。機械設備を中心とした設備投資や輸出が伸び、内外需がともに成長率を押し上げた。ただ個人消費の伸びは鈍く、住宅投資は大幅な減少が続いた。07年末までの日本経済は底堅く推移したものの、先行きは下振れリスクが増大しつつあり、予断を許さない。
年率1.5%程度と見ていた民間調査機関の予測を大幅に上回った。生活実感に近い名目では前期比0.3%増(年率1.2%増)。4・四半期続けて名目成長率が実質成長率を下回った。総合的な物価の動きを示すGDPデフレーターは前年同期比1.3%のマイナスで、前期と比べて0.7ポイント拡大した。デフレ脱却からの足踏みが続いている。

統計表は以下の通りです。基本的には前期比の伸び率で単位はパーセントですが、アスタリスクを付けた民間在庫と外需は成長率への寄与度です。

需要項目2006/
10-12
2007/
1-3
2007/
4-6
2007/
7-9
2007/
10-12
実質GDP+1.0+1.0▲0.4+0.3+0.9
民間消費+1.0+0.6+0.2+0.1+0.2
民間住宅+2.3▲1.3▲4.4▲8.3▲9.1
民間設備+1.5▲0.3▲1.5+1.1+2.9
民間在庫  *▲0.0+0.0▲0.1▲0.1+0.1
公的需要+0.1+1.1▲0.4▲0.4+0.6
外需 *+0.1+0.4+0.1+0.5+0.4
名目GDP+1.1+0.7▲0.5+0.1+0.3
雇用者所得▲0.1▲0.1+0.2+0.0+0.0
GDPデフレータ▲0.6▲0.5▲0.5▲0.6▲1.3

まず、最初に書いたように、市場では大きなポジティブ・サプライズと受け止められています。私も前期比で0.2-0.3%、前期比年率で1.0%前後ではないかと考えていましたが、一昨日2月12日のエントリーで「他機関に比べて突出」と表現した第一生命経済研の予想すら上回りました。市場でサプライズと受け止められて株価が大きく上昇したのもムリはありません。確かに、私が一昨日書いたような10-12月期のマイナス成長は遠のいた印象があります。しかし、額面通りに受け取れない部分があるのも事実で、今日の段階では私は次の3点を指摘しておきたいと思います。
第1に、一昨日の各機関の予想通りに、外需に依存した高成長である点です。内需の寄与度はほぼすべてが民間設備投資によるもので、住宅投資はまだまだ建築基準法ショックから抜け出せませんし、消費も力強さに欠けます。雇用者所得もほとんど伸びが止まっている状態ですから、消費が先行き大きく増加する見通しも立ちません。第2に、今回の民間設備投資の伸びがホントかどうか、やや疑わしいことです。関西方面の大規模工場の建設に伴う可能性を指摘するレポートも見ましたが、昨年も4-6月期の民間設備投資が2次QEで大きく下方修正された前科もありますから、法人企業統計を算入した2次QEまで民間設備投資については判断を留保したいような気もします。第3に、GDPデフレータを見ても明らかな通り、一向にデフレ脱却の兆しが見えないことです。10-12月期については原油価格の上昇の影響から、控除項目である輸入のデフレータが大きく上昇したのが主因ですが、その影響を除いてもなおデフレ脱却が進んでいるとは言えないと考えているエコノミストも多そうな気がします。ですから、昨年4月に今年度に入ってから、景気実感に近いとされる名目成長率が伸び悩んでいて、マインドの低下をもたらしている面があるように思えてなりません。

ただし、私は目先の今年1-3月期にGDPで見た日本経済の成長が大きく減速するとは必ずしも考えていません。理由は単純明快、今年がうるう年だからです。割合と最近になってようやく気付いたんだったりします。四半期は100日足らずなんですから、営業日が1日多いと単純計算でも1%ほどの押上げ効果があります。年率だと4-5%にもなります。もっとも、最近は不勉強なんですが、現在の季節調整法に従えば、うるう年効果まで調整されてしまうのかもしれません。でも、仮定がやや強すぎるかもしれませんが、米国経済の減速の影響については、もう少しラグがある可能性もありますし、今日発表された民間設備投資が2次QEで大きく下方改定されず、それなりのうるう年効果が残るとすれば、GDP統計から日本経済の減速が確かめられるのは年央以降になる可能性もあり得ると私は考えています。

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2008年2月13日 (水)

注目されない会議

今日は、朝から冬晴れのいいお天気でしたが、気温は上がらず、真冬の寒さでした。天気予報なんかでは爆弾低気圧の影響で風が強いと聞きましたので、我が家の子供達には何か飛んで来たらレジ袋のように見えても決して受止めようとせずによけるように言っておいたんですが、私の実感としてはそんなに風は強くありませんでした。

今夜のエントリーでは、最近、めっきり注目されなくなった経済に関する2つの会議を取り上げたいと思います。日銀の金融政策決定会合と政府の経済財政諮問会議です。まず、前者の日銀の金融政策決定会合については明日から開催される予定なんですが、ブラックアウト期間に入っていることを考慮しても、日本のメディアにはほとんど注目されていません。仕方がないので、ロイター通信のサイトから最初のパラだけを引用すると以下の通りです。

日銀は、現在の国内景気の状況について、前向きメカニズムが崩れないかどうかの正念場を迎えていると捉えており、その行方を見極めるため14、15日に開催する金融政策決定会合で、現状の政策金利を維持する見通し。米経済の後退リスクが次第に大きくなっている中で、世界経済にそれなりの打撃がありうるとの見方が日銀内で強まっており、日本経済も輸出や生産という景気拡大の起点に影響が出かねないとの懸念が高まっている。だが、景気が悪化していることに対応するための利下げ余地は小さく、金利感応度の低い日本経済には効果が薄いとの見方も根強い。このため会合では、将来の可能性も含め幅広い政策の選択肢について議論をすることになりそうだ。

日銀の金融政策決定会合が世間の注目から外れている原因は明らかで、近い将来に金利の引上げを含む金融政策の変更があり得ないと予想されているからです。日米経済ともに景気後退の崖っぷちにあるとの認識が広まりつつあり、米国の連邦準備制度理事会 (FED) が金利引下げ局面にある中で、日銀がカギカッコ付きの「金利正常化」を進められるわけもなく、ある意味で、当然ともいえます。例えば、昨日、(財)経済企画協会から発表された ESP フォーキャスト調査の結果でも、来年2009年1月以降の金利引上げを予想するエコノミストが33人のうち18人と過半数を占めるに至りました。かなり多数のエコノミストは年内には利上げはないと予想しているわけです。おそらく、メディアもご同様で、特段の金融政策の変更が予想されない金融政策決定会合は注目されないのは自然な現象だといえます。なお、ESP フォーキャスト調査について付言すれば、私がこのブログでも昨年10月来嘆いて来たところなんですが、ようやく、金融政策の先行き見通しが私の見方に近づいて来たように思います。先月発表された調査結果では33人中、27人のエコノミストが今年9月までの利上げを予想していたのに比べて、ずいぶんと理解が進んだようで喜ばしい限りです。また、今月の結果から注目されるのは、33人中たった1人ですが、日銀の利下げを予想したエコノミストが現れたことです。来年2009年1月以降の引下げとの回答のように見受けましたが、ひとつの見識を示す意見として大いに注目すべきであると私は考えています。
もうひとつの注目度を落としている会議は経済財政諮問会議です。これも少し前までの小泉総理大臣と竹中経済財政担当大臣の下での経済財政諮問会議の役割と現在の役割が大きく違っていることに起因しているのは明らかです。数年前までデフレが厳しかったころ、経済財政諮問会議は政府を代表してデフレ圧力を強めるのを覚悟の上で構造改革を進めるエンジンとなっていました。数年前の状況では、経済政策の割当ては明らかで、政府が構造改革を担当し、その名の通り構造的、中長期的・質的、あるいは、供給面の政策をデフレを悪化させることを覚悟の上で推進し、それを日銀の金融政策で循環的、短期的・量的、あるいは、需要面からデフレを緩和させることをサポートする体制だったと私は理解しています。蛇足ですが、ですから、先週2月7日の「日銀総裁人事のゆくえ」で指摘したように、5年たってもデフレから脱却できなかった日銀の福井総裁には合格点をつけられないと私は考えています。
話を経済財政諮問会議に戻すと、先月1月24日付けのエントリーで紹介した「日本経済の進路と戦略」について、シンクタンクの同業者と話をする機会があったんですが、いつ閣議決定されたのかも認識されていないくらいに、この「進路と戦略」や経済財政諮問会議の影が薄くなっています。その前には、昨年のゴールデンウィーク明けだったと記憶しているんですが、民間金融機関の同業者と電話で話をしている時に、「私は経済財政諮問会議の議事録を読むのを止めますから、吉岡さん、がんばって読み続けて下さい」みたいなことを言われたこともあります。しかし、私も昨年11月くらいで議事録を読むのを止めてしまいました。
経済財政会議が注目されなくなったのは2つの原因があるように思います。ひとつは客観的な経済情勢として、景気が数年前の最悪期を脱して景気拡大を続けていたことです。過去形で書いてしまいましたが、日米景気とも昨年第4四半期がピークだった可能性があると私は考えているからです。第2には、第2のコインの裏側なんですが、経済以外の政策課題に注目が集まり、昨年の安倍内閣での教育再生会議や現在の福田内閣での社会保障国民会議と消費者行政推進会議のように、経済財政諮問会議と同等の会議が出来ていることです。例えば、マスメディアなんかで取り扱われる情報量、すなわち、テレビのニュースの時間や新聞の紙面のページ数なんかに大きな差がないとすれば、経済財政諮問会議と同じような会議が出来れば、経済財政諮問会議の希少性は希釈されます。要するに、ニュースバリューが落ちたわけで、メディアへの露出が減るのはあり得ることかもしれません。加えて、可能性は低いんではないかと私は考えていますが、政府の中での政策課題のプライオリティがシフトしているとすれば、リソースもシフトされる結果、経済財政諮問会議のアウトプットの質も落ちていることも考えられなくもありません。もしも、希少性が希釈されている上に、アウトプットの質も落ちているのであれば、後者については私は懐疑的ですが、いずれにせよ、注目度を落とすのは当然とも言えるかもしれません。

しかし、最初の方に書いたように、日米ともに景気後退のリスクが上昇しつつあると懸念される中で、日銀の金融政策決定会合と政府の経済財政諮問会議が存在感を示して経済政策の舵取りをリードすべき局面が近づきつつあるような気がしないでもありません。

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2008年2月12日 (火)

明後日に発表される2007年10-12月期のGDP成長率予想

今日は、朝から小雨が降る寒いお天気でした。少し前まではまたしても雪ではないかと言われていましたが、結局、雨になりました。夕方に止みました。昨日や一昨日ほど気温は上がらず寒かったです。

明後日の14日に内閣府から昨年2007年10-12月期のGDP統計が発表されます。我が業界で1次QEと呼ばれている指標です。今夜のエントリーはこの1次QEについての予想です。もっとも、政府経済見通しがあるにもかかわらず、私が独自の予想を出すわけにもいきませんし、いろんなシンクタンクのエコノミストの予想をサーベイしたいと思います。なお、こういった情報は同業者からニューズレターの形で送られて来る場合も多いんですが、証券会社のエコノミストなどからのレポートは営業用ですから対象者限定でいただくものもありますので、今回は、WEB サイトにオープンな形式で発表されているシンクタンクのレポートについて以下の通り取りまとめてみました。基本的に、私の独断でそこそこ有名な機関を中心にピックアップし、順不同なんですが、成長率見通しの低い順に並べてあります。ヘッドラインは私の見たレポートからキャッチコピー的なものを、これまた私の独断で選んでいます。私のブログですから管理者の特権です。なお、詳細にご興味ある方は左側の機関名をクリックすれば、リンクが切れていなければ pdf 形式のレポートがダウンロード出来ると思います。

機関名実質GDP成長率
(前期比年率)
ヘッドライン
日本総研0.1%
(0.4%)
内需減少により成長率が大幅に鈍化
みずほ総研0.2%
(0.8%)
10-12月期も外需中心の成長に
大和総研n.a.
(1.1%)
n.a.
三菱UFJリサーチ&コンサルティング0.4%
(1.7%)
2四半期連続のプラス成長
ニッセイ基礎研0.4%
(1.8%)
2四半期連続で外需依存の成長
第一生命経済研0.7%
(2.7%)
外需主導で潜在成長率を上回る見込み

私の記憶が正しければ、最新の住宅着工統計を見るまでは、ニッセイ基礎研と日本総研は2007年10-12月期はマイナス成長を考えていたように覚えているんですが、建築基準法改正による住宅着工統計のマイナスも峠を超えた気もしますので、少なくとも、私がレポートを見た範囲の有力なシンクタンクは押並べてプラスの成長を予想しているようです。でも、潜在成長率近傍かそれ以下のところが多い印象です。こうして並べると、潜在成長率を大きく上回る第一生命経済研の数字は、少なくとも、私にはやや突飛な印象です。また、私はまだマイナス成長の可能性は残っていると思います。しかし、今週発表の1次QEの段階ではプラスなのかもしれません。マイナスがあり得るとすれば、法人統計の発表後の2次QEのような気がしないでもありません。最後に、キャッチコピー的なヘッドラインでは内需の減少や外需主導の成長が目立っているように思います。
需要項目別には、個人消費が緩やかながらも着実に増加し、年率で1%に届くか届かないかの水準ながら、国内需要の中心となるようです。住宅投資は建築基準法改正の影響から、10-12月期でもまだ大幅なマイナスを続ける可能性が高いと見られています。私が見た範囲で見方が別れているのは設備投資で、日銀短観や政策投資銀行のアンケートなどから、そろそろ今年度の設備投資計画を着実に実行に移す時期が来ていることもあり、ポンとスパイクするような形で設備投資が増えると見ているシンクタンクと建築基準法改正が工場の建て屋にも影響し、やや弱含むと見ている機関もあるようです。特に、潜在成長率を超える見通しを出している第一生命経済研は設備投資の伸び率が他機関に比べて突出しているように感じます。外需は米国経済の減速からの影響もまだラグの範囲内ですし、アジア向け輸出が堅調な一方で、日本国内の内需の減速から輸入の伸びが鈍化していますから、寄与度で見てかなりのプラスと考えられています。これはどのシンクタンクにも共通していようです。

昨年4-6月期の1次QEから2次QEへのスウィングを見ている範囲では、1次QEの信頼性を損ねた気がしないでもありませんが、それにしても、景気を統計の上から判断するベストの指標であることは間違いありませんので、エコノミストとしては明後日発表の1次QEの数字が気にかかるところです。

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2008年2月11日 (月)

ヒマな三連休最終日に一家そろって人生ゲームで遊ぶ

三連休の最終日の今日は、割合と穏やかなお天気だったにもかかわらず、昨日や一昨日に私や子供達がチョコチョコと外出したこともあり、誰も外出せず一家そろって家でボケボケして過ごします。おにいちゃんのリクエストで夕方から人生ゲームをして遊びます。お正月に次いで今年2回目です。
人生ゲームがそもそもルーレットの運だけで勝敗の決するゲームですから、我が家では最初の職業で政治家や医者になると勝ちパターンなんですが、今日は、先生になったおにいちゃんが着実に駒を進めて、医者の女房を抑えてトップを勝ち取りました。もっとも、ドンジリはフリーターになってしまった私でした。これはセオリー通りでした。人生でしっかりした職業に就くことの重要性を、子供達には学び取って欲しいと思います。
下の写真は楽しそうに人生ゲームに興ずる子供達です。

人生ゲームで遊ぶ子供達

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マインド調査のバイアスは何から生じるか?

今日も、朝から冬晴れのいいお天気になりました。昨日ほどではありませんが、気温もそれなりに上がったように思います。

一昨日のこのブログのエントリーでも触れましたが、日米ともに現下の景気局面ではマインドを調査したソフトデータの重要性が高まっているように思います。しかし、マインド調査には一定のバイアスがあり、そのままに受け取るべきではない場合もあります。日銀短観なんかでクセと呼ばれているものは典型です。例えば、景気回復局面では先行きを慎重に見るバイアスがあるとか、中小企業では12月調査で設備投資を大きく上方修正するクセとかがそうです。もちろん、ハードデータにもバイアスはありますから、ソフトデータだけの問題ではないかもしれません。

The Myth of the Rational Voter

ソフトデータのバイアスの中で、無視できないものに専門家と一般人のバイアスがあると私は考えています。典型的には、ジョージ・メイソン大学のカプラン准教授"The Myth of the Rational Voter" なんかの議論です。上のヒツジが並んでいる写真の本です。ひょとしたら、一般投票者はヒツジだと言いたいのかもしれません。買って読んだわけではないんですが、他のところで議論されているのを参考に、この本の中で取り上げられている4つのバイアスを私なりに解釈したものが以下の4項目です。カッコの中は "The Myth of the Rational Voter" のオリジナルの表現です。

  1. 陰謀史観バイアス (anti-market bias)
  2. 反外国バイアス (anti-foreign bias)
  3. 格差バイアス (make work bias)
  4. 悲観バイアス (pessimistic bias)

要するに、2番目と4番目はカプラン准教授のと全く同じです。4番目の悲観バイアスは1-3のバイアスの結果として出て来るような気もします。まず、最初に、カプラン准教授が反市場バイアスと呼ぶものは、例えば、「現在の原油高はロックフェラー家とアラブの王様の陰謀によるもので、一般市民が苦しめられている」といったたぐいのものです。私のは米国的な陰謀史観バイアスに見えないでもありません。エコノミストは原油を含めて多くの財の価格は、限られた少数者の陰謀ではなく市場で決まると考えています。価格以外でも少数者の陰謀よりも市場の力の方が大きいと理解されています。第2に、反外国バイアスはとっても分かりやすくて、何か都合の悪いことが生じた際には外国を責めるたぐいのものです。「我が地方の地場産業が苦境に立たされているのは、人件費の安い中国の輸入品のせいである」といったたぐいの議論です。米国では不法移民を非難する論調も少なくないと聞き及んでいます。不法移民は別としても、エコノミストは国際化の進展や輸出入の増加によって各国の経済的厚生が高まると考えています。第3の雇用バイアスは、カプラン准教授などは職が減ることへの悲観的なバイアスと考えているようですが、私なんかに言わせると、「株式投資によって得られるのはあぶく銭で、額に汗して働くのが大切」といった日本的な「モノ作りバイアス」とも呼べそうな気もします。また、「大企業が大儲けして、下請けの中小企業が苦しめられている」といった格差観にもつながるので、私なりのネーミングにしてみました。最後は、これらを総合して、「楽観的なエコノミストと悲観的な一般人」というような対比も可能なのかもしれません。

景気ウォッチャー現状判断指数の推移

最後に、一昨日にお示ししたのとまったく同じグラフなんですが、上のグラフは内閣府から発表されている景気ウォッチャーの現状判断指数の推移です。現状判断指数ですから、一般には景気動向指数なんかと同じで、上から50を切れば景気後退局面入り、下から50を切れば景気拡大局面入り、と教科書的な説明がなされるんですが、2002年1月を底に長い景気拡大局面に入っているにもかかわらず、50を超えた月は数えるほどしかありません。2002年2月以降の約6年間で DI が50に達していたのは12か月、ほぼ 1/6 でしかありません。一見したところ、40-45の間を中央値にしているように見受けられます。典型的に、一般マインド調査の悲観バイアスが現れているといえます。
特に、私の昔の同僚が言っていたことなんですが、役所の調査というと税務署に直結しているような印象を持たれる場合が多く、回答がどうしても不景気な方向に偏る場合が多いという傾向もあるかもしれません。何かの調査で読んだことがあるんですが、一般的に、収入は低めに申告し、学歴は高めに申告するという傾向が日本人にあるらしいです。何となく、当たっていそうな気がしないでもありません。

一昨日のエントリーの繰返しになりますが、日米ともに力強さに欠ける景気拡大局面では、ソフトデータがハードデータに先行して景気後退局面入りをシグナルすることが十分考えられます。しかし、それなりのマインド調査のバイアスを意識してソフトデータを分析することが必要だと思います。外出もしないヒマな三連休最終日に経済を論じてみました。

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2008年2月10日 (日)

下の子もメガネをかけ始める

昨夜のうちに降った雪だか、みぞれだかで、今朝は少し白っぽい風景になっていました。でも、道路なんかではすっかり溶けていて、北向きの地面や草の上に薄っすらと雪が残っているだけでした。雪遊びするには全く不十分で、下の子は少し不満だったようです。お天気の方は、朝から少し曇っていたものの、昼前には冬晴れのいいお天気になりました。朝のうちは気温は上がらず寒かったんですが、昼前からグングン気温が上がっています。

今日は、朝から下の子と出かけます。下の子も先週からメガネをかけるようになりました。小学校で黒板が見にくいというのです。おにいちゃんは昨年の9月からメガネをかけ始めていますから、これで、家族全員がメガネを持つことになります。私がメガネをかけ始めたのは大学生のころで、それまでは、自分が近視だとは認識していなかったんですが、自動車の運転免許を取る際にメガネを要求された記憶があります。海外勤務が何度かありましたので、赴任前にはメガネを作っておくのが習慣になりました。度付きのサングラスも持っています。海外ではテニスとゴルフをプレーする機会が東京よりグンと増えますので、度の入ったサングラスは必須のアイテムです。
子供に話を戻すと、おにいちゃんはクラスの中ではそんなに背が高くなくて真中から少し前くらいですから、ムリをお願いすれば黒板から近い前の席でも OK なんですが、下の子の場合はクラスの中でも身長がかなり高い方で、しかも、私からの遺伝なのか横幅も十分ですから、余り前の方の席を占拠することははばかられます。加えて、近視の人間はしょうがないんですが、遠くのものを見る時に目を細めますから、やや見方によっては人相が悪くなりかねません。度が進むのは避けたい気もするんですが、どうせ、大きくなればメガネをかける人は少なくないでしょうから、我が家でもメガネを買い与えることに抵抗感は少なかったです。でも、そこは価値観の相違で、以前にも紹介したかもしれませんが、私の知り合いの女性でピアノの楽譜が見づらくなったものの、どうしてもメガネをかけるのがイヤで、ピアノの方を止めてしまった人もいたことは、おにいちゃんがメガネをかけ始めた昨年9月1日のエントリーで紹介しました。

下の写真はメガネをかけてお出かけする下の子と勉強するおにいちゃんです。

メガネをかけてお出かけする下の子 勉強するおいにいちゃん

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2008年2月 9日 (土)

ニューヨークの知り合いのお土産に本を買いに出かける

今日は朝からが広がり、雪も降るとの天気予報でしたが、夕方時点ではまだ降り出していません。朝から気温が上がらず、まさに真冬の寒さでした。風も少しあったように感じました。

今日は午後から本屋さんに出かけました。一応、私はエコノミストを自称していますので、米国にも何人か同業者がいるんですが、ニューヨークの知人へのお土産で本を探していました。もっとも、ニューヨークに出張するのは私ではなく、東京在住の私の知り合いだったりします。2月に入って立て続けに日本からニューヨークに出張する東京在住の知人が何人かいて、そのうちの一人にニューヨーク駐在者へお土産を持って行ってもらおうと本を買い求めた次第です。おそらく、ニューヨークですからジャカルタと違って日本語書籍もかなり入手可能なんでしょうが、なるべく新しいものをと考えて、昨年暮れあたりに出版された日本経済に関する本を物色していたりしました。
景気ウォッチャー現状判断指数の推移このブログでも何回か取り上げていますが、米国では大統領予備選の真っ最中ながら、雇用統計や ISM 非製造業指数が急激に悪化したりして、景気後退懸念が高まって来ています。日本でも景況感は急速に悪化しています。左のグラフは、昨日、内閣府から発表された景気ウォッチャー調査の現状判断指数の推移について、今朝の朝刊から取ったんですが、昨年11月に38.8と40を割り込んでから、12月36.6、先月1月が31.8と下げ止まりません。景気循環の前回のピークの2000年11月の水準を大きく下回っています。景気ウォッチャー調査の結果については、もう少し詳しく、三連休明けに取り上げたいと思いますが、取りあえず、日本でも街角のマインドが大きく悪化していることは疑問の余地がありません。景気循環の観点から日本の少し先を行っているように見受けられる米国の現状について、出張して現地を調査した情報はとっても重要だと思います。特に、米国でも日本ほどではないにしても jobless recovery と呼ばれる景気拡大ですから、大雑把ながら、現在のようなやや力強さに欠ける景気の場合は、景気後退への転換はマインドを反映するソフトデータが生産や消費のハードデータに先行し、逆に、景気拡大への転換はハードデータがソフトデータに先行すると私は考えていますので、米国の景気後退が懸念される現局面では、日本でも入手できる範囲の統計から得られるハードデータよりも、現地の実感のような情報を把握しておくことはかなり重要だという気がします。

情報通信技術が発達して、ニューヨークの情報もほぼリアルタイムに入手できるようになってはいますが、統計には表れないソフトな情報が重要になる局面を迎えているのかもしれません。

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2008年2月 8日 (金)

ついつい増えるブログのサイドのご紹介

今日も朝から冬晴れのいいお天気でした。今朝はくしゃみで目を覚ましました。いよいよ、本格的に花粉が飛び始めた気もします。気温は昨日よりも下がったものの、そこそこ上がったように思います。風も昨日よりは弱まったような気がしないでもありません。

先月にブログのテンプレートを変更してから、ここ2週間ほどで、いろいろとサイドにブログパーツを置いてみましたので、今夜は、このブログのサイドについて、週末前の軽い話題として取り上げたいと思います。
まず、このブログのサイドは長いです。子供達の画像アルバムがいっぱいあるからです。従って、サイドよりも記事の方が短いとカッコ悪いので、ついつい、記事の方も長くなってしまいます。その長いサイドの中でも、カレンダー、カテゴリー、新着エントリー、リンク、コメントにトラックバック、検索なんかはレンタル先から提供されているのをそのまま使っています。特に趣向を凝らすことも考えていません。ですから、逆に、レンタル先のご提供から外れるのは、時計、プロファイル、ビデオ、ダイエットグラフ、のだめカンタービレになんでも鑑定団と星占い、最後に、アルバムへのリンクとなっています。時計は少し前まで、かの有名な NHK 時計を使っていたんですが、もっといろんな色調のが欲しいと思って変更しました。サイドの中で特に我が家だけで完結しているのはアルバムへのリンクです。我が家の画像中心のホームページの画像を参照しているだけで、JavaScript やフラッシュ・ファイルなんかは使っていません。割合と最近に、ついつい追加しえてしまったのは、のだめカンタービレ、なんでも鑑定団、星占いの3つです。一応、何らご参考までにこのブログで使っているブログパーツのレンタル元は以下の通りです。

  1. 時計
    Flashbucks - フラッシュバックス
  2. プロファイル
    So-net ブログクルーザー
  3. ビデオ
    YouTube
  4. ダイエットグラフ
    Seesaa ブログ
  5. のだめカンタービレ
    バンプレスト
  6. なんでも鑑定団
    なんでも鑑定書β
  7. 星占い
    Locmag
まず、Flashbucks - フラッシュバックスのサイトには時計だけでなく、フォトアルバムやメッセージボードなどのフラッシュ素材がいっぱいあります。NHK 時計なんかそうなんですが、JavaScript でどこかのサイトにあるフラッシュ・ファイルを参照するのではなく、ファイルをダウンロードして自分のブログにアップして使う方式ですから、例えば、時計をどこかからレンタルしていても、そのフラッシュ・ファイルを置いてあるサイトがダウンしていてエラーになることもありません。次に、プロファイルで使っているSo-netのブログクルーザー名刺の部分だけです。名刺の明日のテキストは自分で書いていたりします。たいていのブログのサイドは html タグが自由に使えますので、太字にしたり下線を引いたりしています。名刺をクリックすると So-net ブログクルーザーの私のプロファイルのサイトが別ウィンドウで開いたりします。3番目に、ビデオは超有名な YouTube にアップしてあるものです。ジャカルタにいたころの幼稚園のお遊戯系と渋谷の電力館、昨年のゴールデンウィークに京都に行った折の太秦映画村での子供達の時代劇の扮装です。それから、ダイエットグラフSeesaa ブログのをそのまま使い、一昨年の12月からですから足かけ3年にわたって体重と体脂肪率を記録しています。5番目に、のだめカンタービレは正月特番の海外ロケを見て興味を引きました。バンプレストから発売されている PS2 用のゲームのプロモーションを兼ねているようです。次に、なんでも鑑定団は、もともと、mixi の自己紹介欄に置いていたなんでも鑑定書βからのレンタルなんですが、ブログ用のも開発されたようなのでサイドに置いてあります。意味なくシュールな鑑定結果が好きなので、毎日のようにクリックしています。最後に、Locmag からレンタルしている星占いについては、我が家は星占いが好きで、2年前の2006年1月27日のエントリーでも紹介したように、毎朝、我が家ではテレビ朝日のきょうの運勢「教えてお星さま」を見ながら朝食をとるのが習慣になっていたりしますので、それらしいのをブログのサイドにも置いてみました。私とおなじ乙女座の下の子が時折クリックしています。

おもしろいブログパーツがあれば、これからも追加したいと思います。でも、これ以上サイドが長くなるのも困りものだという気がしないでもありません。Google Maps API を取り上げた昨年8月27日付けのエントリーの前例にならって、トリビアな日記に分類しておきます。

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2008年2月 7日 (木)

日銀総裁人事のゆくえ

今日は朝から冬晴れのいいお天気でした。気温はそこそこ上がったようなんですが、ランチタイムに外出した際には風が強くて冷たいと感じました。

国会同意人事の日銀総裁の任命に関する与野党の動きがいよいよ始まりつつある様子です。おさらいになりますが、日本銀行の総裁と副総裁は日銀法第23条の規定により、「総裁及び副総裁は、両議院の同意を得て、内閣が任命する。」とされています。ついでながら、第23条題2項の規定により、審議委員の任命も同様です。昨年7月の参議院選挙の結果を受けて、与党が参議院で多数を失い、今年年初からの国会同意人事の焦点となっています。法律案と違って、憲法でも衆議院の 2/3 による再議決は規定されていません。ただし、今週末には G7 が日本で開催されますから、本格的に動きがでるのは週明けとなると私は考えていたんですが、ここ2-3日の新聞報道ではいろいろと動きが出始めているようです。まず、いつもの NIKKEI.NET のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

与野党は7日午後、3月19日に任期満了を迎える福井俊彦日銀総裁の後任人事について正式に協議に入る。自民党の大島理森、民主党の山岡賢次両国会対策委員長が会談し、日銀総裁人事決定の手続きや段取りなどを話し合う。政府は与野党の意向を踏まえながら人事案提示の時期を慎重に見極める。
政府は元財務次官の武藤敏郎日銀副総裁の昇格を軸に検討中。一方で民主内には財政・金融分離論を理由に「武藤総裁」への反対論があり、大島氏は山岡氏との会談を通じて民主内の感触を探る。日銀総裁人事は衆参両院の同意が必要。政府は議院運営委員会両院合同代表者会議で人事案を示す。

1998年3月に新日銀法が施行された経緯から、今回も総裁と副総裁の合わせて3人が一気に3月19日に任期満了を迎えます。この制度的な不都合があるために、ねじれ国会と呼ばれる状況の中で今回の任命が特に注目されているともいえます。世界の中央銀行でもめずらしいように思います。私は20年近く前にリサーチ・アシスタントとして米国の中央銀行である連邦準備制度理事会 (FED) に短期間だけ派遣されていたことがあるんですが、ちょうど、前のグリーンスパン議長が就任してブラック・マンデーなんかを乗り切った直後だったような気がします。まだ、昭和の御世だったと記憶しています。FED では日本の金融政策決定会合に当たる連邦公開市場委員会 (FOMC) に出席する7名の理事は、地区連銀の総裁はよく知らないんですが、任期14年で7人ですから割と単純に2年ずつズレて任命されていて、議長や副議長も含めて一気に大幅な人事の交代が生じないように工夫されています。日本の場合は、新日銀法が金融危機のさなかに制定・施行されて、少し制度的な設計に配慮が足りなかったとの批判があり得るかもしれません。

Marking Down Bernanke

上のグラフは最近の "Wall Street Journal" から取ったものですが、景気後退のオッズが49%に上昇したとの記事の中で、FED のバーナンキ議長の評価が厳しくなって来ていることを示した図です。日本に話を戻すと、私は5年前の2003年に現在の日銀福井総裁が任命された時には、ジャカルタにいて遠い距離から眺めていたんですが、この福井総裁の5年間の活動を振り返って、決して高い評価は与えられません。福井総裁が任命された時点で、消費者物価上昇率は2002年が▲1.1%、2003年が▲0.3%の下落と、言わばデフレの真っ只中でした。5年を経て、昨年2007年が原油価格の上昇があっても0%ですから、明らかにデフレから脱却したと言うことは出来ません。政府も日銀もデフレ脱却宣言を出せずにいることは周知の通りです。デフレ脱却を大きな目標に日銀総裁に任命されながら、5年を経ても目標が達成できなかったんですから、合格点を与えられないことは明らかです。特に、遠い距離から見ていても、福井総裁は就任の後で微妙に態度を変えたような気がしてなりません。最近では、デフレ脱却がなされないままに、カキカッコ付きの「金利の正常化」を進めているように私には見受けられます。

財政に大きな赤字を抱えて政策発動の余地が極めて限られている我が国では、金融政策による景気調整機能に頼る部分が大きいわけですから、本当にデフレ脱却を成し遂げ、日本経済の成長軌道を確固たらしめるような日銀総裁を、多くの日本人は望んでいるんではないでしょうか?

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2008年2月 6日 (水)

米国大統領予備選のスーパーテューズデーの結果

今日は朝から雲が広がっていましたが、午後からになりました。気温は雪が降り始めた午後に入って下がったようにすら感じられ、とてつもなく寒かったです。

米国大統領予備選

米国現地時間の昨日2月5日が共和党・民主党とも大統領予備選のスーパーテューズデーでした。ここに至るまでの状況とスーパーテューズデーの開票予定なんかは上の画像の通りです。クリックすれば原寸大の画像が別ウィンドウで見られると思います。その昔は、スーパーテューズデーと言えば、3月に行われていたような記憶もあるんですが、今年は2月も早い時期なので、少し異例な気もしないでもありません。また、最近ではスーパーを超えるという意味なんでしょうが、メガテューズデーと呼ばれていたりもします。
まず、民主党ではエドワーズ候補が少し取り残された格好で、オバマ候補とクリントン候補の一騎打ちの様相を呈して来て、大票田のうち、オバマ候補がイリノイ州、クリントン候補がニューヨーク州の、それぞれの Home State を取るのが確度高いとすれば、カリフォルニア州をどちらが取るかが大きなポイントになっていました。でも、各州各党でシステムが違うものの、民主党のカリフォルニア州は秋の大統領選挙に準じた総取りではなく、得票に応じた比例配分で代議員を割り振るようですから、クリントン候補が開票率83%の段階で過半数の52%を制したといっても、オバマ候補も41%を得票していますから、両者の間に大きな差がつかないようにも思います。さきほど、"The New York Times" のサイトで確認したところ、米国東部時間でクリントン候補の現在までの全米での獲得代議員数が845、オバマ候補が765と、ともに、過半数の2,025に遠く及びません。スーパーテューズデーでは決着がつかず、今後の選挙戦にゆだねられることになりました。南部の大票田テキサス州や中西部のオクラホマ州、東海岸の諸州などが残っています。ですから、私がインターネットなんかで見た範囲では、"Wall Street Journal" の Laura Meckler 記者の "Sen. Hillary Clinton won the biggest Super Tuesday prize, claiming California, as both she and Sen. Barack Obama sought to make history." との書出しよりも、"Washington Post" の Dana Milbank 記者のコラムにある "With the possibility of a 'knockout punch' essentially absent, Super Tuesday turned into Spin Tuesday, as both campaigns sought to define victory down." との表現の方がより正確な印象ではないかという気がしないでもありません。それから、共和党に目を転ずると、私のこのブログの1月31日付けのエントリーで取り上げたように、個人と法人に対する連邦所得税を廃止して消費税に切り替えるという少し突飛な経済政策を提唱しているハッカビー候補が、スーパーテューズデーまでにジワジワと後退して、マケイン候補とロムニー候補が抜け出し、その中でも、現時点ではマケイン候補が大票田のカリフォルニア州を制して、獲得代議員数613とロムニー候補の269やハッカビー候補の190を引き離してトップを走っているようです。ニュースソースは民主党の候補者と同じく "The New York Times" です。なお、日本時間の午後からは、"The New York Times" のホームページのトップサイトで3分おきに開票状況をアップデートしていて、時折、私も拝見していましたが、さすがに、米国東部標準時間で3時過ぎから15分間隔の更新になったりしていました。

選挙のことですから、最後までどうなるかは分かったものではありませんが、米国の制度のひとつの特徴として、最後の方は勝ち馬に乗る傾向もありますし、米国経済が景気後退に入る可能性が高まりつつある現時点での選挙戦からは目が離せません。

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2008年2月 5日 (火)

生産要素の移動の重要性

今日も朝から冬晴れのいいお天気でした。段々と気温が上がって来たように感じます。でも、気温が上がった分だけ花粉も飛び始めました。私は今日から抗アレルギー剤を服用しています。

先週、1月29日の雇用統計が発表された際に少し取り上げましたが、雇用統計上からは、規模別には中小企業から大企業へ、また、典型的な産業別には建設業から情報通信業への雇用者のシフトが見られなくもないと私は考えています。これを人口移動として確認したのが、総務省統計局から1月25日に発表された平成19年の住民基本台帳人口移動報告です。この報告では東京圏への人口移動がバブル期以来の高水準となり、15万人を超えたことが明らかにされています。まず、少し古い記事ですが、いつものNIKKEI.NET のサイトから引用すると以下の通りです。

総務省が25日に発表した住民基本台帳に基づく2007年の人口移動報告によると、東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)への転入者数が転出者数を15万5150人上回り、バブル期以来の高水準となった。東京圏での経済活動が活発なことを反映しており、高水準の住宅建設などが続く背景になっている。
東京圏で転入超過が15万人を超えるのは1987年(約16万4000人)以来、20年ぶり。06年(約13万2000人)よりも2万人以上増え、3年連続で伸びた。
東京圏は87年以降、地価高騰などにより人口流入が鈍り、バブル崩壊の影響もあって90年代中盤には転出超過になった。その後は地価下落に伴う住宅価格の「値ごろ感」が出たほか、景気回復も相まって転入超過に戻った。自動車産業を中心に活況が続く名古屋圏(愛知県、岐阜県、三重県)も転入超過になっている一方、大阪圏(大阪府、兵庫県、京都府、奈良県)は転出超過が続いている。

3大都市圏への転入超過数の推移

まず、東京圏、名古屋圏、大阪圏の3大都市圏への転入超過数の推移を見たのが上のグラフです。緑色の破線の東京圏への人口流入が15万人を超えて、バブル期以来の水準となったことが読み取れます。私は人口移動が経済成長に寄与するという結果を得た研究成果を発表したこともありますし、従来から、生産要素を生産性の低いセクターから高いセクターにシフトさせることは経済的厚生を高めると考えています。ご賛同のエコノミストも少なくないと思います。少し違うんですが、ジャカルタにいたころに開発経済学的な観点から、ルイス・モデルにおける生存部門から資本家部門への労働力の移動を数学的に論じたペーパーも書いたことがあります。共通しているのは、呼び方はどうであれ、生産性の低いセクターから高いセクターに労働力をはじめとする生産要素がシフトすれば、経済全体の厚生や成長率が高まるということです。
上の2本のペーパー以外にフォーマルな分析はしていませんが、私は格差是正の観点からも生産要素のある程度の移動が不可欠ではないかと直感的に考えています。しかし、世間一般ではその逆で、生産性の高いセクターが低いセクターに対して何らかの補償をする方向が主流となっているようにも見受けられないでもありません。評判の悪いタイプのバラマキはこの類と考えるエコノミストも少なくないように見受けます。もちろん、地域や産業を移動するコストが極めて高い場合もありますし、激変緩和的なある程度の措置は必要としても、動学的な生産性の向上を望めないセクターに対する何らかの財政的な補助は経済厚生を高めることにはならないと認識すべきだと考えられます。特定の産業に対する低利融資や事実上の補助金と化している公共事業などは、根本的な格差是正には寄与せず、格差の温存につながりかねないリスクを有している可能性があります。それよりも、地域間・産業間の生産要素の移動を低コストで出来るようにすることが公共部門の役割といえるかもしれません。また、別の観点ですが、特に労働については直接的に生産性を高めるような教育訓練も格差是正には有効であろうと考えられます。

いずれにせよ、不況になってムダに放置される生産要素の問題とは切り離して、やや清算主義的な傾きがあることは確かではありますが、格差を考える観点からは、労働にせよ資本にせよ、生産要素の生産物を政府が事後的に再分配するのは最終的な究極の手段であり、生産要素がより大きな生産を上げられるようなセクターに移動するコストを引き下げるのが最初に着手すべき政府の役割だという気がしないでもありません。そのために、政府がなすべきことはまだまだあると考えるエコノミストもいそうに感じています。

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2008年2月 4日 (月)

米国の雇用統計から読み取れる事実

今日は、雪が降った昨日とは打って変わって冬晴れのいいお天気に戻りました。しかし、日陰になる道路には雪がまだ残っているところもあり、今日は立春ながら、やや寒々とした風景でした。

Nonfarm Payrolls米国時間の先週金曜日2月1日に米国労働省から今年1月の雇用統計が発表されました。金融政策当局の連邦準備制度理事会 (FED) などから景気の現状を推し測る指標としてもっとも重視されていると言われている統計です。結果は、非農業部門の雇用者数は昨年12月に比べて▲17千人減りました。12月の改定値である82千人増から急減速し、2003年8月以来、4年5ヶ月振りの減少に転じました。しかし、失業率は12月の5.0%から1月には4.9%に低下しました。まず、WSJ.com のサイトから記事の最初の3パラグラフを引用すると以下の通りです。なお、"Wall Street Journal" はすぐに見られなくなってしまいますので、リンク先は土曜日のうちにウェブ魚拓で取得しておいたものです。

The economy unexpectedly lost jobs last month, with the broad-based declines painting the clearest picture yet of a nation headed toward recession.
The Labor Department reported that nonfarm employment in January fell by 17,000 jobs, the first drop in more than four years. The losses were heaviest in the manufacturing and residential-construction industries, followed by financial services and state government.
But the unemployment rate, based on a separate survey of households, fell to 4.9% from 5%, suggesting the jobs decline may be overstating how abruptly the economy slowed from December to January. And employment rose in education and health services, as well as in the hospitality and retail sectors.

少し不思議な気がするのは、このような雇用統計を受けても NY 株価が上昇したことです。すなわち、雇用統計が早朝に発表された当日の1日の米株式相場は続伸し、ダウ工業株30種平均は前日比92ドル83セント高の1万2743ドル19セントで、ナスダック総合株価指数は同23.50ポイント高の2413.36で終えました。同日に発表されたISM 製造業指数が12月の50割れの水準から1月には50.7と再び50を超えたり、マイクロソフトとヤフーの大型の企業買収案の発表や、モノラインと呼ばれる金融保証会社の救済に関する報道が好感されたようなんですが、雇用統計を受けて景気後退観測が強まり、上値は重かったようです。今日の東証株価も寄付きから堅調で、大引けは前週末比362円54銭高の1万3859円70銭と、1月18日以来約半月ぶりの高値を付けました。もちろん、相場のことですから、経済指標だけで動いているわけではありませんし、エコノミストよりはストラテジストの守備範囲かもしれません。いずれにせよ、今回の米国雇用統計の評価は難しそうな気もします。昨年9月にも8月の雇用はマイナスとの結果が出た後、翌月には上方改定されてプラスの結果に戻った例もあったりしました。さらに、▲17千人の雇用減少に寄与したのは政府部門の▲18千人の雇用減少ですから、民間部門はわずかとはいえ雇用を増加させていると見ることも出来ます。産業別では教育・ヘルスケアや娯楽と言ったサービス業が引き続き雇用を増加させている構図に変わりはありません。しかし、いずれにせよ、雇用の減少という結果ですから、米国が景気後退に入る確率が高まったと受け止められるのは確かだろうと思いますが、正直なところ、昨年8月のマイナス統計が改定された前例もありますし、ベンチマーク更新も近づいて来ていますので、単月の統計で確定的な結論を出すことは難しく、もう少し様子を見たい気もします。

The Labor Picture in January

ということで、今夜は少し趣向を変えて、"New York Times" の "The Labor Picture in January" から上の図表を取ってみました。まず、左上の失業率のグラフはかなりハッキリと上昇傾向が読み取れます。左下の雇用者の増加は前月比ではなく前年比ですが、これも減少傾向が見て取れます。米国的な特徴として、左側の中ほどに人種別の失業率とその前年からの変化の表があります。白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系の4分類で、失業率水準とその前年からの変化で、ともに、黒人やヒスパニック系に雇用情勢悪化の言わばしわ寄せが来ていることが読み取れます。同様に、右側の中ほどに学歴別の失業率があり、人種別と同様に、失業率水準や変化ともに低学歴になるほど雇用情勢が厳しくなっています。詳しい統計を承知ているわけではありませんが、直感的には日本でも同様なのかもしれません。

繰返しになりますが、米国の雇用統計の結果から、米国、さらには、日本が景気後退局面に入る可能性が高まったのは確かだろうと考えられます。そして、雇用面からは、景気後退に入る前から低学歴の雇用者などの雇用が悪化する可能性が高く、言わば、景気後退に入らないまでも、景気が減速・悪化すれば格差が拡大する方向で作用することは常識的にも明らかだろうと私は考えています。それだけに、格差問題も含めて、日米ともに景気後退に入らないような何らかの政策対応が求められているのかもしれません。

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2008年2月 3日 (日)

子供達が団地で雪遊びする

団地の雪だるまとともに子供達 雪合戦で遊ぶ子供達

先ほどのエントリーを書き上げた後、おにいちゃんが勉強をほぼ終えて、下の子とともに家の外に出て団地の中で兄弟で雪遊びを始めます。まず、誰が作ったのか知りませんが、団地の入り口にある立派な雪だるまを拝見して写真を撮ってから、兄弟で雪合戦を始めます。ここでも性格がよく表れます。おにいちゃんはポンポンと機関銃のように素早く雪玉を作っては投げるんですが、そんなに正確性が高いわけでもありません。下の子はおにいちゃんが逃げ回るので当たらないんですが、大鑑巨砲主義で大きな雪玉を当てようとします。まあ、小学生で2歳違いなんですから下の子がおにいちゃんに勝てるわけでもなく、俊敏性で大きく見劣りする下の子のストレスが溜まって来たので、雪合戦の次には雪玉の的当てをさせます。ラインを決めて距離を合わせて木に雪玉を当てさせると、おにいちゃんよりも下の子の方が正確に木に当てます。しかし、おにいちゃんはグローブのサイズが合わず、この点は割り引いて考える必要があるかもしれません。

久し振りの雪の日でしたので、親子でそれなりに雪遊びを楽しんだ午後でした。記念日の日記にしようかと考えないでもなかったんですが、通常通りに普通の日記に分類しておきます。

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雪の中を下の子とカブ隊に行く

今日は、朝からが降りました。午後から雨に変わるとの天気予報でしたが、3時になってもチョッピリながら降り続いています。

異常なくらいの昨年の暖冬に比べて、今年は普通に寒いので雪も降るんでしょう。朝起きた時点で外には雪が積もって、我が家の団地もちょっとした銀世界になっていました。我が家では下の子が雪遊びが大好きですので、早速、団地の中で雪遊びを始めます。先日、買ったばかりのスキー用のグローブをして、小さな雪だるまを作ります。下の子のヒザくらいまでしか届かない小さなものですが、楽しげに一所懸命に作ります。見ている私も楽しくなります。左の写真の下の子の右足の前に見えるのが雪だるまです。ちょっと、通路に近すぎるので、自転車置き場の方に移動させました。

雪だるまを作り終えた下の子 雪だるまを自転車置き場に移動させる下の子

午前中のうちに、ボーイスカウトのカブ隊の活動があり、この雪の中を1人で行かせるのもやや心配だったので私が付き添います。道は雪でグシャグシャでしたので、長靴をはかせて歩きます。ビーバー隊のころは行き帰りどころか、活動までずっといっしょに付き添っていたんですが、一昨年にカブ隊に上進してからは、必要に応じて、行き帰りの付添いだけで済みます。逆に、活動の中身は疎遠になっているんですが、今日は、雪のお天気のために外での活動もままならず、集合場所の神社の建物の中で劇 (スタンツ) の練習をしたり、ダンスを踊って時間を過ごしていたようです。スタンツというのはボーイスカウトの独特の用語だと思うんですが、私はボーイスカウト八王子第12団のホームページにある用語集を頼りにしていたりします。いずれにせよ、我が家の下の子はアウトドア派でスタンツやダンスなんかは好きでもなければ、得意でもありませんので、いろいろと文句を言っていました。帰り道は少し機嫌が悪かったです。

カブ隊の集合場所に着いた下の子

下の子が私とカブ隊に出かけている午前中、おにいちゃんは勉強をしていたらしいんですが、午後になっても雨に変わらず、引き続き、雪が降っている中で、勉強を一段落したおにいちゃんも外に出てみます。兄弟ですから、そんなに大きな違いではなく、微妙な差なんですが、どちらかといえばおにいちゃんはインドア派、下の子はアウトドア派です。この小さな違いに少し別の要素がプラスされて、下の子はボーイスカウト活動に入るし、おにいちゃんは別のことをする、という違いにつながったような気がします。でも、それはそれとして、まだ小学生なんですから、おにいちゃんも少しは雪遊びをします。下の写真は私がありかを教えたので、最後に下の子が作った雪だるまを見に行くおにいちゃんです。写真を撮るために無理やりに雪だるまの近くに誘導したりしています。おにいちゃんは雪だるまというよりお地蔵さんだと言っていました。

下の子の雪だるまを見るおにいちゃん

最後に、雪のお天気の日の話題にはふさわしくないかもしれませんが、先日、日本気象協会から桜の開花予想が発表されました。沖縄は下の地図にも入っていませんから別にして、東京から静岡や名古屋、それから、九州と瀬戸内沿岸や四国は3月下旬に開花をはじめた後、桜前線は北上を続け、北海道の大部分は5月に入ってしまうのは知りませんでした。ついでに、鹿児島よりも福岡の方が早いのも知りませんでした。狭い国だと思っていましたが、やっぱり、日本は広いと実感させられます。今週末から来週にかけて始まる花粉の飛散も桜の季節を迎えると一段落するような気がします。

2008年 桜前線(予想)

ニュースでも見ましたし、実際に、雪の中を滑ったり、転んだりしてケガをした人も少なくないと思いますが、この受験シーズンは「滑る」、「落ちる」、「転ぶ」なんかは禁句になっている家もあったりするのかもしれません。早く寒い受験シーズンを終えて「サクラサク」の季節になって欲しいものだと思います。

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2008年2月 2日 (土)

午前中は小学館の学年雑誌を買いに行き、午後はおにいちゃんと理科教室に行く

今日は、朝からが広がり、気温も上がりませんでした。でも、風が弱まった感じがしますので、体感気温はそんなに低くありませんでした。明日は関東地方でも雪が降るとの天気予報です。

今日は土曜日です。昨日から2月に入りました。一応、米国の雇用統計がマイナスをつけたりして、世間が景気後退の懸念で騒いでいるんであろうことは知っているんですが、改めて、月曜日以降に取り上げたいと思います。ということで、土曜日は私はいつもワイシャツをクリーニング屋さんに持って行きます。もちろん、お天気やその他の都合で日曜日になることもありますが、今日はクリーニング屋さんに行きました。それから、今日は月初めなので、子供達のために小学館の学年雑誌を買い求めます。クリーニング屋さんからそんなに遠くないところに本屋さんもあります。どちらも青山通り沿いです。今日買ったのは2月発売の3月号ですから、来月からは一足先に学年雑誌では進級することになります。もちろん、子供達も小学5年生と3年生から、4月には6年生と4年生に進級します。松戸で買ったママチャリで青山通りを走り回ります。
下の写真は、おにいちゃんの部屋で小学館の学年雑誌を読む子供達です。

小学館の学年雑誌を読む子供達

午後からはおにいちゃんを理科教室に連れて行きます。この1年間、おにいちゃんと下の子をそれぞれ月1回ずつくらいの頻度で理科教室に連れて行きました。こちらも3月で一応の終了となるんではないかと思います。今日のおにいちゃんのクラスは前回に続いて水溶液の勉強だそうです。小学校の理科はイオンなんかは教わらないので、かえって難しげに感じたりしないでもありません。でも、理科よりももっと難しげなのは算数、というか、数学です。私は経済学部卒業にしては、それなりに数学を勉強した方だと自負しており、特に、解析の微積分、行列や確率密度関数なんかは経済学でも必要ですので、法学部出身者の多い公務員の中では理解が深くなければならないハズなんですが、小学生の算数は文字式や数式のままで解くんではなく、また、例えば、円周率にはπではなく3.14を使わなければならないなど、やや制約が多くてとまどう時もあります。ですから、昨年2007年11月14日のエントリーで取り上げたように、Parade 誌 の "Ask Marilyn" のコラムなんかで、実に分かりやすい見事な回答を与えている Marilyn vos Savant 女史なんかは大いに尊敬してしまいます。もっとも、IQ の高さでギネスブックに出たような人物ですから、私が逆立ちしてもかなわないのは言うまでもありません。
下の写真は理科教室で白衣姿のおにいちゃんです。このマンネリ写真もあと何回でしょうか?

理科教室で白衣姿のおにいちゃん

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2008年2月 1日 (金)

磯崎憲一郎『肝心の子供』(河出書房新社)を読む

今日も朝からいいお天気でしたが、朝夕は昨日や一昨日よりもさらに気温が下がったように思います。でも、昼間は陽射しもたっぷりで暖かですから、今週はずっとランチタイムに外に出ているんですが、今日もコートはなしでした。

磯崎憲一郎『肝心の子供』(河出書房新社)

少し経済評論の日記が続いたので、今夜のエントリーは週末前の軽い話題ということで、久し振りに、読書感想文の日記です。今週、河出書房新社から出版されている磯崎憲一郎さんの『肝心の子供』を読みました。ブッダにまつわる4世代に及ぶ壮大な叙事詩です。まず、河出書房新社のホームページにある内容紹介を引用すると以下の通りです。

ブッダ、束縛という名の息子ラーフラ、孫のティッサ・メッテイヤ。人間ブッダから始まる三世代を描く新しい才能。「身体性を持ったボルヘス」保坂和志氏、「あらゆる意味で壮大な小説」角田光代氏、他選考委員絶賛!

河出書房新社の紹介は慎み深いのか、第44回文藝賞受賞作であることに触れていません。そういうマーケティング・ポリシーなのかもしれませんし、単に忘れているだけかもしれません。私独自の分類により、借りる本だと考えて港区立図書館で借りて読みました。かなり余白の多いページで、しかも100ページ余りですから、1時間ほどで読めると思います。わたしはかなり感激したので3回ほど読み返しました。単純にヒマだったのかもしれません。短編ではないにせよ、長編とは言えませんから、中篇だという気がしますが、扱っているのは数十年の期間ですから、私にはかなり読み応えがありました。内容と叙述の素晴らしさからしても、十分、五つ星です。なお、今夜のエントリーは意識せずにネタバレがいっぱい含まれそうな気がしますから、読み進む場合はご注意下さい。
ブッダの父王スッドーダナ、スッドーダナに束縛という意味のラーフラと名付けられたブッダの子、さらに、ブッダの孫でラーフラの子のティッサ・メッテイヤと続く4代にわたる壮大な叙事詩です。私は日本人としては敬虔な仏教徒ではなかろうかと思わないでもないので、ブッダにまつわる小説ということで特に興味深く拝読しました。歴史の流れというものを感じさせるスケールの大きい物語をコンパクトで美しい小説に仕上げた著者の力量に感服しました。銀器の窪みに溜まる黒い錆、樹木の変わらぬ姿、時間を経ずに子供が生まれた瞬間に成り立つ親子関係、饒舌な隣国の王ビンビサーラの語る鉄が支配する歴史、その鉄のゆえに始まる戦争に従事する少年兵ティッサ・メッテイヤ、淡々と流れる時間の上にものすごく重いテーマを込めて、著者の筆力は止まるところを知らないといっていいと思います。
私が見た範囲で、文藝賞の選考委員を務めている保坂和志さんは、「ブッダの孫にあたるとされる男がになってしまった話といってもいい」と選評に書いています。また、世間一般では「悟り」に関する本だと評価されているようにも聞きます。私のブログではあえてカギカッコ付きで「悟り」と表現しておきたいと思います。無理やりに、この2点を総合すると「悟り」とは猿になることだといえるのかもしれません。でも、生きながら「悟り」に達する道を選ぶのではなく、死後の輪廻転生からの解脱と極楽浄土への生まれ変わりを願う、私のような一向宗の念仏者には少し違った風に読めました。すなわち、ややエコノミスト的な表現を借りると、大きなマクロの歴史の流れとその中のマイクロな親子関係、特に父子関係をとっても突き放した視点から描き切った小説です。

繰返しになりますが、とってもオススメの五つ星です。図書館で借りるので十分でしょうから、多くの方が手に取って読むことを願っています。

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