« 堂目卓生『アダム・スミス』(中公新書)を読む | トップページ | 公務員制度改革で天下りはなくせるか? »

2008年5月27日 (火)

明日から始まる TICAD IV (アフリカ開発会議) に期待する

今日は、朝からいいお天気の五月晴れでした。気温もかなり上がったようなんですが、昨日よりも北風が強くて、湿度が低かったので体感気温はそれほどでもありませんでした。なお、まったくどうでもいいことですが、今週号の "AERA" が私の席に回覧されて来たんですが、表紙はオグシオでした。大ファンの私は感激してしまいました。北京オリンピックでもがんばって欲しいです。ゴーデンウィーク明けの週末の5月10日に写真展「AERA創刊20周年記念 坂田栄一郎 LOVE CALL - 時代の肖像 -」を見に行って、阪神タイガースの選手や監督などの写真が見当たらなかったと不満を書きましたが、やっぱり、"AERA" の表紙のセンスや坂田栄一郎さんの腕前を再評価しています。好みの対象が取り上げられると大喜びするだけの単純な精神構造だったりします。

TICAD (アフリカ開発会議) ロゴさて、オグシオや "AERA" から離れて本題に入ると、明日から横浜で TICAD IV が開催されます。国連開発計画のサイトに日本語のパンフレットがあります。日本語では、アフリカ開発会議とか、アフリカ・サミットと訳されていますが、私はそのままアルファベットを読み下して「タイキャッド」と呼ぶんではないかと思っています。もっとも、昨夜の NHK ニュースではアナウンサーさんが「ティカッド」と言っていました。私個人の考えとしては、まあ、読み方は「タイキャッド」でも「ティカッド」でもいいんですが、やっぱり、"TICAD" と表記すべきではないかと思っています。と言うのは、"TICAD" は "Tokyo International Conference on African Development" ですから、数少ない日本の都市名を冠した国際会議なので、日本の国際的なプレゼンスを考えると "TICAD" と表記する方が好ましく思います。"Tokyo" が冠されているにもかかわらず、ロゴにもあるように横浜での開催なんですが、まあ、グレーター東京ということで理解すべき気もします。実は、このような観点で、TICAD と表記すべきと考えていると、あるメディアの方に言ったら、メディアの方も「アグリーです」ということでした。名称はともかく、また、今回の会議にかこつけて、アフリカの資源を目当てに、とか、あるいは、国連の常任理事国入りのためのアフリカ諸国の支持取付け、なんかを取り上げる向きもないではないし、私も3年間だけですが外交官をした経験がありますから、理解しないでもないんですが、現在の世界経済情勢からして、アフリカ諸国を支援する必要性についても理解を深めるいい機会ではないかと捉えています。まず、海外の報道振りを見るため "Financial Times" のサイトから記事を最初の5パラだけ引用すると以下の通りです。

Junichiro Koizumi, prime minister in 2003 when Japan last hosted an African gathering, managed to meet 23 African leaders virtually back to back. According to local media, Japan’s most dynamic prime minister in years found the experience exhausting and said he would not want to repeat it.
This week, Yasuo Fukuda, at 71 a full 10 years older than Mr Koizumi was then, plans to go one better. Over three days he will hold 17 hours of bilateral talks with 45 African heads of state, prime ministers and vice-presidents during the fourth Tokyo International Conference on African Development (Ticad IV).
Mr Fukuda, who last week promised to double Japan’s annual aid to Africa to $1.8bn (€1.1bn, £900m), is seeking to spread the message that Japan can be a valuable partner in Africa.
At stake is more than merely the prestige that Tokyo is hoping to gain as a proactive, responsible leader on the world stage.
Japan also hopes to court African leaders for their votes at the United Nations, important if it is to realise its long-held ambition of a permanent seat on the UN Security Council. Not least, it wants to maintain or increase access to the minerals, rare metals and oil that are growing scarcer - and more expensive - as rivals, particularly China and India, compete for the resources they need to industrialise.

さて、現在の世界経済情勢から見て、アフリカ支援を促進すべき理由は私なりに考えて2点あると思います。第1に、アジアや中南米の諸国がかなりの程度に経済発展を実現して来たのに比べて、相対的にアフリカ諸国は開発が進んでいないように見えるからです。その昔は「暗黒大陸」と呼ばれていたような気もします。最近時点での中国やインド、あるいは、中南米でのブラジルなどの新興国の経済成長は目覚しく、地域としてもアジアや中南米はいわゆるテイクオフを済ませつつありますが、アフリカ諸国では少数の産油国を除いて、特に、サブサハラ諸国などではテイクオフに至っていない国もかなり残されているように見受けられます。もちろん、中南米にせよ、アジアにせよ、経済発展が軌道に乗り始めると1980年代前半の中南米、1990年代終わりのアジアと、割合と古典的な経常収支に端を発する金融危機に見舞われてきたんですが、それはそれとして、ヘンな言い方ですが、アフリカでは金融危機すら起きていないわけですから、もちろん、金融危機が起きるのがいいと言うつもりは毛頭ないものの、何とか、実物面でも金融面でもグローバル経済に組み込まれるところまで経済発展を支援するのも日本のひとつの役割ではないかと思います。繰り返して言い訳しておきますが、金融危機を引き起こすことに何らかの価値を見出したり、グローバル経済に組み込まれた証拠だと私が考えているわけではありませんので、念のため。
第2に、最近時点でのエネルギーや食料品の価格上昇により、広義のエンゲル係数が高い国や家計のダメージが大きいと私は考えていますので、一部の産油国を除くアフリカ諸国がこれに当てはまるのであれば、支援を強化すべきではないかと考えられます。広義のエンゲル係数とは、オリジナルのエンゲル係数が家計支出に占める食料費の割合だったのに対して、私が勝手に名づけたんですが、現在、価格が大きく高騰しているエネルギーや食料の占める割合を指して使っています。日本のように広義のエンゲル係数の低い国がアフリカ諸国への援助を志向することは、最近時点でのエネルギーや食料品価格の上昇を受けて、さらに意義が大きくなっているのではないかと私は考えています。

私自身は実はアフリカ大陸に足を踏み入れたことはありませんし、アフリカ諸国の経済の現状や、ましてや、我が国のアフリカ支援の実情に詳しいわけでは決してありませんが、2005年のグレンイーグルズ・サミットにおいてもアフリカ支援の重要性が再確認されましたし、もっと古いところでは国連のミレニアム宣言もあります。5年に1度の TICAD の開催により、実りある議論と豊かな成果がもたらされるとともに、アフリカ諸国をはじめとする途上国支援にもっと国民の目が向くことを願っています。

|

« 堂目卓生『アダム・スミス』(中公新書)を読む | トップページ | 公務員制度改革で天下りはなくせるか? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/207184/21222462

この記事へのトラックバック一覧です: 明日から始まる TICAD IV (アフリカ開発会議) に期待する:

« 堂目卓生『アダム・スミス』(中公新書)を読む | トップページ | 公務員制度改革で天下りはなくせるか? »