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2008年6月20日 (金)

地球環境問題に関するメモ

今日は、長かった梅雨の中休みも終わったようで、朝から梅雨空でした。雨が降りそうで、結局、私の帰宅時刻くらいまで雨は降りませんでした。気温はそんなに高くなかったような気もしますが、この季節らしく蒸し暑かったです。特に、私の役所のオフィスはとっても蒸し暑いです。

洞爺湖サミットのシンボルマーク

国会も事実上閉幕し、霞が関官庁街では来月の洞爺湖サミットの最後の準備作業が続けられているようです。サミットのシンボルマークは上の通りです。総理大臣官邸のサイトから拝借しています。今年のサミットの主要な議題のひとつに地球環境問題があるのはいうまでもありません。今夜のエントリーでは、エコノミストの目から見た地球環境問題について少し備忘録的に残しておきたいと思います。
まず、当然のこととして誰も言わないので、このブログでは特筆大書しておきたいと思いますが、明らかに、地球環境問題で市場は失敗します。入会地の悲劇が生じているわけです。誰も所有権を主張できない人類共通の財産である地球環境であるがゆえに、誰もがフリーライドすることが可能になっています。もちろん、現在のエネルギー価格の上昇は市場が地球環境問題を織り込んだからだと考えるエコノミストはいません。ですから、地球環境問題の解決のためには市場の外から何らかの強制力を持って、市場に介入する必要があります。
さらに、地球環境保護のためには、私はいくつかのフェーズがあると考えています。現時点では、いわゆる省エネなんかのように、こまめに電気を消したりして、消費者や生産者の利得になるとともに地球環境の保護にもつながるような第1のフェーズを過ぎてしまったんではないかと考えないでもありません。すなわち、これから先にどれだけのフェーズが待ち構えているのかは明らかではありませんが、少なくとも、今までの便利な生活を犠牲にして、あるいは、有利な生産構造を放棄してでも、いわばコストをかけて地球環境保護に取り組む必要のあるフェーズに達しつつあるんではないかと、直感的に私は考えています。ですから、なおさら強制力ある措置が必要なのではないかと考えられます。
しかし、世界各国で合意に達することを難しくしている要因に、intertemporal な最適化の問題があります。エコノミストの多くは過去については埋没原価だと考えるんではないかと思いますが、途上国や新興国から見れば、現時点での先進国は今まである程度の地球環境にダメージを与えつつ高所得を実現したのに対して、これから高所得を達成すようとする新興国が地球環境にダメージを与えるのに対して、先進国が地球環境保護の観点からストップをかけるのは不当であるとみなす可能性があります。先進国は過去にフリーライドして来たんだから、新興国が一定の所得水準を達成するまでは地球環境にダメージを与える経済成長を黙認すべきであると考える意見もあり得ます。ちょっと観点が違うかもしれませんが、私自身は通商交渉などに参加したことはないものの、実際の GATT や WTO における通商交渉は経済合理性の観点からほど遠いと知り合いから聞いたことがあります。地球環境保護に関する多国間交渉も通商交渉と同じで、経済合理性のパワーは大きくないのかもしれないと思わないでもありません。

地球環境問題は、その名の通り、地球規模での問題ですから、それ相応に規模の大きい国がフリーライダーになってしまえば、実効が上がりません。日本の財政問題とともに、後世の世代に何を残すのかが現在の世代に問われています。

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