昨夜と同じで、まず、本題の国際通貨基金 (IMF) の「世界経済見通し」 "World Economic Outlook" に入る前に、2点ほど触れておきたいニュースがあります。まず、欧米の中央銀行6行による0.5%ポイントの協調利下げが実施されました。日経新聞では PDF ファイルの号外が出ました。日銀はさすがに0.5%ポイント引き下げるとゼロ金利に逆戻りしてしまいますので、流動性供給を拡大・継続することで協調行動を取ることにしています。私がこのブログで主張していた協調利上げは資源価格高騰を抑えるためのものだったんですが、金融市場の混乱に対処するという意外な形で、結果的に、協調利下げが実現されてしまいました。日銀は金利下げ余地がなく協調利下げに加われないことから、この先、為替が金利差に従って円高に振れるのはほぼ確実と考えられます。次に、本日、内閣府から8月の機械受注統計が発表されました。コア機械受注と呼ばれている船舶と電力を除く民需は前月比▲14.5%と市場コンセンサスだった▲2.8%を大幅に下回る結果となりました。下のグラフの通りです。いつものように、左軸は兆円単位で、青の折れ線が各月の季節調整済み系列、赤がその6カ月後方移動平均です。影を付けた部分が景気後退局面で、直近は昨年10月をピークと仮定しています。この結果、内閣府は基調判断を前月までの「弱含んでいる」からを「減少している」と下方修正しました。中身を詳しく見ると、先月まで一進一退の動きを続けていた、電気機械が前月比▲26.5%減、自動車も▲16.4%減となり、主力の組立加工型輸出産業が大幅減となるなど、悪化が目立つ結果となりました。また、製造業全体として▲13.9%減となったのみならず、船舶と電力を除く非製造業でも▲14.9%減のも大幅な落ち込みとなり、10月1日に発表された日銀短観で見られた非製造業の悪化傾向も確認された形となっています。内外需要の鈍化と金融市場の混乱を背景に、設備投資の取止めや先送りはしばらく続きそうな気がします。先月9月11日付けのエントリーでも書きましたが、私の直感では来年2009年年央から秋口くらいまでは設備投資の減少が続く可能性が高いように見受けられます。この結論に変わりはありません。
さて、本論に入って、来週、10月13日に国際通貨基金 (IMF) と世界銀行の年次総会が開催されるに当たって、IMF から "World Economic Outlook"『世界経済見通し』が発表されました。先月から今月にかけて米欧で金融市場の大混乱が続く中で、世界経済の見通しを4月時点から大幅に下方改定しています。IMF の WEB サイトでは英文のリポートのフルテキストや日本語サマリーも PDF ファイルで提供されています。リポートは6章構成なんですが、その章別構成は以下の通りです。今夜のエントリーでは主として第1章と第2章を中心に取り上げます。
- 第1章 世界経済見通しと政策対応
- 第2章 国別・地域別見通し
- 第3章 インフレ再来?商品価格とインフレ
- 第4章 金融逼迫と景気悪化
- 第5章 景気対策としての財政政策の活用
- 第6章 新興国における対外収支の不均衡
まず、世界経済見通しのサマリーは上の表の通りです。上の画像をクリックすると、リポートにあるより詳細な表が別窓で開きます。世界経済全体の経済成長率は今年3.9%、来年3.0%と見通されていますが、今年7月時点と比べると、今年は▲0.2%ポイント、来年は▲0.9%ポイントの下方改定となっています。特に、来年の米国とユーロ圏はそれぞれ▲0.7%ポイント、▲1.0%ポイント引き下げられ、どちらもほとんどゼロ成長と予測されています。我が日本についても、今年は▲0.8%ポイント引き下げられて0.7%成長に、来年もユーロ圏と同じく▲1.0%ポイント引き下げられて0.5%成長に落ち込むと見通されています。日米欧とも潜在成長率水準を大きく下回る成長率まで低下するとの見通しになっています。世界同時不況と呼んでもおかしくない経済状況です。簡単に要約すると、世界経済はここ数年に渡って続いて来た高成長の時期を終えて、急速に減速しつつあり、経済活動は未曾有の金融ショックと依然高水準にあるエネルギーをはじめとする商品価格により打撃を受けています。日米欧をはじめとする多くの先進国は景気後退期に突入したか、少なくとも入りつつあり、新興国においても成長は急速に鈍化しています。その世界の主要な経済指標の見通しをグラフに取りまとめたのが下の画像です。右上の "Real GDP Growth" のグラフを見ると、青い折れ線で示された先進国の成長率は来年2009年の落込みから2年かけて3%水準に戻ると見通されています。景気後退局面は長くなりそうです。
今回の『世界経済見通し』で興味深かったのは、先行き見通しに確率的な信頼区間を考慮し、主として下振れリスクを明示したことです。下の2枚のグラフがそれを表しています。上のグラフでは信頼区間を50%、70%、90%の3段階のファンチャートで明示するとともに、リスク要因とその大きさを取り上げています。見れば明らかなように、ファンチャートでは来年の成長率の90%信頼区間は上に約1%ポイント、下に約▲2%ポイントですから、下振れリスクの方が確率が大きいとの結果となっています。いうまでもなく、最大の下振れリスク要因は金融市場の混乱です。従来は上振れリスク要因だった新興国経済は今回から下振れリスク要因になっています。また、下のグラフでは今回の来年見通しは左側にやや fat tail になっているように見受けられます。
下のグラフは世界経済の景気後退確率を先行指標に従ってプロットしたものですが、50%ラインを超えることが予想されており、控え目に言っても、世界経済は景気後退局面の入り口にあるといえます。少なくとも日米欧の先進国は景気後退局面にあり、この先、景気回復の兆しはまったく見えず、回復過程も緩やかなものとなるであろうことは予想されています。
特に、今回の金融市場の混乱について、リポートでは、、マクロ経済や規制政策が緩和的であったために、世界経済はその「制限速度」を超えて拡大し、金融、住宅、商品市場間の不均衡を拡大させていたのかもしれず、同時に、市場自体の運営の不備と政策の欠陥があいまって均衡化メカニズムが有効に働かず、市場のストレスの高まりに至った、と分析しています。そして、これらの経済見通しに基づいて、以下の4点の政策上の対応を呼びかけています。
- 資産価格の変動に対して逆方向に作用する金融政策の模索
- 金融機関のリスク管理を確保するための規制、監督上のインフラの整備
- 商品価格の高止まりに対する省エネ対策の推進と石油・食料供給の拡大
- 資源価格上昇に伴う世界的不均衡の是正を緩和する方策
どんどん長くなるんですが、第3-6章について、簡単に触れておきたいと思います。第3章ではインフレを取り上げており、最近になり商品価格は若干軟化したものの、価格上昇の背景となった要因の多くは依然として残っていることから、今後とも、上のグラフの通り、従来と比べて高水準で推移するとの見通しを明らかにした上で、先進諸国では金融危機によるデフレ圧力からインフレリスクは急速に解消している一方で、新興国や途上国では商品価格高騰の物価への転嫁圧力が続き、さらに、私の言うところの一般物価水準、IMF の言うところの基調的インフレへの波及の危険性を考慮し、迅速かつ断固とした金融政策が肝要としています。要するに、もっと金融を引き締めるべきであるということのようです。
第4章では、昨年の終わりから今年初めに話題になったラインハート教授とロゴフ教授のペーパーにならって、過去30年間に先進17カ国で発生した銀行、証券、為替市場における113の金融逼迫のエピソードを特定し、金融逼迫指標を作成した分析を行い、現在発生している金融逼迫は米国にとってこれまでに経験した最も深刻なエピソードのひとつであると特定しています。ただし、これらのエピソードの検討から、金融逼迫が必ずしも景気減速や景気後退をもたらすものではないことが示された一方で、上のグラフに示された通り、金融逼迫、特に銀行セクターに集中している金融逼迫に続いて発生した景気減速・後退は、金融逼迫がなかった場合に比べてかなり深刻であるとの結果が示されています。
第5章では財政政策を取り上げています。現在、政府では今月下旬にも何らかの追加的な経済対策が打ち出されようとしており、IMF が裁量的な財政政策に対してどのようなスタンスを示すかは興味あるところです。結果はG7諸国を対象にした上のグラフの通り、特に、1992年以降の下のグラフでは青い折れ線の金融政策がショックから2四半期目に大きな効果を発揮するのに対して、黄色の裁量的な財政政策は2四半期目には赤のビルトインスタビライザーよりも効果が小さくなる始末で、IMF は景気対策として圧倒的に金融政策に軍配を上げています。裁量的財政政策は経済活動に影響を与え得ることは認めつつ、その効果は余り大きくない点や時には逆方向の効果を与える恐れも指摘しています。適切な対象に対し時限的な財政政策をタイミングよく実施し、また、好況時に財政状況を改善する必要があるにもかかわらず、これらが現実には難しかったり、十分に認識されていないおそれについても、裁量的な財政政策の難点として上げています。無理にやっている先進国は日本だけなのかもしれません。
最後に、第6章は新興国における対外収支の不均衡です。もっとも、不均衡の原語は imbalance ではなく、divergence です。上の一連のグラフの中の左上の折れ線グラフに見られるように、中南米はバランスに向かっているとはいえ、アジア新興国が経常収支黒字を拡大しているのに対して、欧州新興国は赤字が拡大傾向にあります。同時に、アジア新興国の中でも、香港・韓国・シンガポール・台湾の NIEs の青い折れ線とシンガポールを除くオリジナルの ASEAN 4カ国、すなわち、右上のグラフでは赤い折れ線で示されている "Asian Tigers"、もちろん、灰色の折れ線の中国は経常収支黒字が拡大しているようなんですが、インド・パキスタンの南アジアやベトナムなどの黄色で示されているその他アジアは赤字が拡大しています。なお、縦軸は経常収支の GDP 比で各国の経済規模を考慮しない単純平均です。この地域別・国別の経常収支不均衡の拡大について、リポートでは金融自由化の度合いなどの構造要因が背景にあるとしつつ、東南アジアと中国については為替レートが過小評価されている可能性を、欧州新興国については不均衡調整がハードランディングに陥る恐れを、それぞれ示唆しています。
いっぱい書いて、しかも縦長のグラフもいっぱいリポートから引用して、とっても長々としたエントリーになってしまいました。ホグワーツ校ではリポート提出に当たって羊皮紙の長さで指定されるのを思い出してしまいましたが、それでも、さらに長くなるのを承知の上で、ノーベル賞に触れたいと思います。というのは、一昨日の物理学賞3教授に続いて、昨夜は化学賞が下村教授に授賞されたからです。さんざん報道されている通り、このノーベル化学賞を授賞された下村教授は本学のご卒業です。本学も私の母校の京都大学や東京大学・名古屋大などに肩を並べてノーベル賞受賞者の出身大学の仲間入りをしました。誠におめでたいことで、関係者の私としてもうれしい限りです。後は、今夜発表されるノーベル文学賞が村上春樹さんに授賞されればいうことなしなんですが、巷では、イタリアのクラウディオ・マグリス氏、米国のフィリップ・ロス氏、スウェーデンの詩人トーマス・トランストロンメル氏なども候補として上がっているようです。もうすぐ発表です。
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