アレックス・アベラ『ランド - 世界を支配した研究所』(文藝春秋)を読む
アレックス・アベラ『ランド - 世界を支配した研究所』(文藝春秋) を読みました。その名の通り、ランド研究所に関する詳細なリポートで、邦訳は牧野洋さんです。ほぼ国家機密のベールに包まれている研究所ですから、よくぞここまで調べ上げたものだと感心していたんですが、実は、最後の「あとがき」を読んで知ったところによれば、ランド研究所の公認の下で、実際の関係者にもインタビューして書かれたルポルタージュのようです。著者のアベラ氏は小説家であるとともにジャーナリストとして紹介されています。ランド研究所公認の下で書き始められたものとはいえ、著者はランド研究所にはかなり批判的で、その後、出入り禁止になったとも聞きます。なお、表紙の画像にもある通り、原題は Soldiers of Reason - The RAND Corporation and the Rise of American Empire です。『合理性の戦士 - ランド研究所と米帝国の台頭』とでもなるんでしょうか。なお、ランド研究所 (RAND Corporation) とは米国空軍からの調査分析を請け負うことを目的として設立された総合シンクタンクですが、もちろん、その後、他の政府機関や民間企業からの依頼も受けるようになっています。米国カリフォルニア州サンタモニカに本部があります。本の表紙の写真からは割愛しましたが、帯にあるように、ゲーム理論、システム分析、フェイルセーフ、合理的選択論などを生み出しています。著者のカウントによれば30人近いノーベル賞受賞者を輩出しています。現在の米国国務長官のライス女史も長らくランド研究所の理事を務めていました。
最大の読ませどころは米国がベトナム戦争にかかわって行く部分で、その意味ではハルバースタム『ベスト&ブライテスト』と似通った部分もあります。人物としてはランド研究所を代表するウォルステッター教授が中心になります。現在の米国のネオコンの創始者と目されている人物です。日本では前の世銀総裁として名が通っているウォルフォウィッツ氏の指導教官で、ウォルフォウィッツ前世銀総裁は国防次官としてイラク戦争を指揮しています。事実上、ウォルステッター教授の死でこの本は幕を閉じます。もちろん、ベトナム戦争に関するペンタゴンペーパーの流出なども大きく取り上げられています。ランド研究所の象徴ともいえるソ連との冷戦下における核戦略について、私は全く詳しくないんですが、ノーベル賞を受賞したアロー教授の合理的選択論とか、シェリング教授のゲーム論などが多いに応用されているようです。ゲーム論はともかく、合理的選択論が核戦略に応用されているとは知りませんでした。経済や社会保障の面では、ランド研究所が実施したメディケアの発足に伴うコスト・シェアリングについての大規模な社会実験も有名です。患者の自己負担を導入しても医療サービスの質が低下しないことを実証して、現在でも参照されています。
私が解釈する限り、著者が考えるランド研究所の最大の問題点は、この本の原題にもある通り、ランド研究所の考える合理性への疑問とオープンな議論よりも密室の政策決定につながったランド研究所の閉鎖性にあるように思います。しかし、実は、私自身はかなり合理性を重視しますので、ひょっとしたら、この本の著者よりもランド研究所に近い立場なのかもしれません。かつては、「その考え方は非合理的だ」と非難することによって、「アンタはバカだ」というのとほぼ同義に使っていた時期もあったりします。このブログでも、2年前の2006年9月20日付けの「国民が決めることと専門家が決めること」と題するエントリーで、すべてを国民が決めるわけではないとも主張していますし、今週に入ってからでも、社会保障に関するカギカッコ付きの「国民の判断」は高齢者有利のバイアスがかかる可能性も指摘しています。専門の経済分野では市場の自由を重視するカギカッコ付きの「保守派」なんだろうと自分自身を定義して来ましたが、ひょっとしたら、政治的にはネオコンに近いのかもしれないと、改めて考えさせられていたりします。しかし、少し前までの資源高の時期に、エネルギーや食料の国家管理を主張していた論者もいましたが、市場で配分するのではなく国家が資源配分を行うようになれば武力で資源確保をする誘因になり、ひいては戦争への道であることを理解せずに主張しているのは困ったものだと考えていますから、少なくとも、米国のイラク戦争・占領のように武力で何らかの問題を解決しようとする考えは非合理的だと認識していることは確かです。
最後に、米国には、ランド研究所の他に、私が時折ホームページを参照している範囲だけでも、経済分野で著名なブルッキングス研究所や経済を含む科学一般で先端的な役割を果たしているサンタフェ研究所など、日本の企業付属的な研究所とはまったく異なるシンクタンクがいっぱいあります。研究者の末席を汚す者として、恵まれた研究環境はうらやましく思います。その米国シンクタンクの内部事情に触れ、ネオコンの発祥も知り、米国の政治的な意志決定の一端を垣間見るようで、決して、万人にオススメできる本ではありませんが、とっても興味深いコンテンツを有していると考えています。
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