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2008年11月25日 (火)

「地産地消」は何を意味するか?

長崎に赴任して来て、テレビのコマーシャルなどで盛んに「地産地消」を宣伝しています。長崎の言葉なのか、九州弁なのか知りませんが、「じげもん」という言葉もよく耳にします。漢字にすれば「地下物」なんだろうかと想像していますが、要するに、地域で取れた農水産物を意味しているように私は受け取っています。
通常、経済学は交易の利得を強調します。狭い範囲で完結した生産と消費を行っているよりも、いろんな地域との比較優位に基づく交易により経済的な厚生が高まるのは明らかです。従って、私には「地産地消」がこの交易の利得を無視しているように思えて仕方がありません。特に、少し前に成立した「食育法」との関係で、「地産地消」や「じげもん」の消費促進が食育に役立つと言われると、大きな疑問を持ってしまいます。
私は「地産地消」や「じげもん」の消費促進は、基本的には、地域住民・消費者に対するセールスプロモーションであると考えています。簡潔に疑問を呈すると、例えば、具体的な価格をもって例示すれば、地域の住民や消費者が100円で買ってくれているところに、それよりも他地域の消費者が120円と高い価格をつけて買ってくれる場合に、地域の生産者はどのように行動するだろうか、と考えれば分かりやすいと思います。エコノミスト的に合理性を持って考えると、地域の生産者は地域住民・消費者に他地域の消費者と同じ120円の価格で買ってくれと言うか、100円でしか評価されない地元地域には売らずに120円で評価される他地域に売るのが合理的なような気がします。他地域で120円で売れるものを損を覚悟で100円で地元地域に引き続き売るのであれば、あるいは、非合理ながら食育に役立つのかもしれませんが、そうはしないような気がしてなりません。従って、地域生産者が合理的に行動しているのであれば、他地域で120円で売れないから100円で地元地域に売っているんではないかと考えるのが理にかなっているように私には見えます。もっとエゲツなく言えば、要するに、他地域で地元価格よりも高く売れないから仕方なく地元での消費促進を宣伝している、というのが実態のような気がしてなりません。
さらに、「じげもん」の食品としての安全性を売り物にする根拠も私には不明です。地元の顔の見える生産者が作っているので、何かあれば責任を問いやすいし、それだけに、安全性に留意して作られているハズだ、との主張は分からないでもありませんが、前半の「責任を問いやすい」までがより納得しやすい気がします。地元産品が安全だとするのであれば、比較対象とされている他地域や外国の産品が安全ではない、ということになり、考えようによっては悪質な宣伝と受け取る人がいないとも限りません。

先日、中国で長崎などの物産展が開催されて、知事や市長が出向いたりしていました。「地産地消」の宣伝も結構なんですが、より品質を高めて他地域に売り込む努力も重要なんだろうと考えないでもありません。

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