2008年10-12月期GDP速報に見る日本の景気後退
本日、内閣府から昨年2008年10-12月期のGDP速報が発表されました。エコノミストの業界で1次QEと呼ばれている総合的な景気指標です。このブログでも先週2月13日付けのエントリーでこの指標の予測を取り上げましたし、日経QUICKをはじめとする大方の事前の予想通り、季節調整済みの実質GDPで見た前期比年率の成長率はマイナスの2桁に達しました。まず、いつもの日経新聞のサイトから統計のヘッドラインに関する記事を引用すると以下の通りです。
内閣府が16日発表した2008年10-12月期の国内総生産(GDP)速報値は物価変動の影響を除いた実質で前期比3.3%減、年率換算で12.7%減となった。3四半期連続のマイナス成長で、減少率は第1次石油危機時だった1974年1-3月期の年率13.1%減に続く約35年ぶりの大きさ。金融危機をきっかけにした世界不況の影響で輸出が過去最大の落ち込みとなり、個人消費、設備投資も大きく減った。日本経済は外需を中心に総崩れの状態で、深刻な景気後退に入った。
3四半期連続のマイナス成長は、IT(情報技術)バブルの崩壊で景気が後退した01年4-6月期から10-12月期にかけて以来。10-12月期の実績は日経グループのQUICKが「コンセンサス・マクロ(経済予測)」で民間調査機関30社に聞いた直前の予測の平均値(前期比年率11.8%減)を下回った。
次に、いつものGDPコンポーネントごとの成長率や寄与度を表示したテーブルは以下の通りです。基本は、雇用者所得を含めて季節調整済み実質系列の前期比をパーセント表示したものですが、表示の通り、名目GDPは名目ですし、GDPデフレータだけは伝統に従って前年同期比となっています。また、アスタリスクを付した民間在庫と外需は前期比伸び率に対する寄与度表示となっています。なお、計数は正確を期しているつもりですが、タイプミスもあり得ますので、完全性は保証しません。正確な計数は上の内閣府のリンクからお願いします。
需要項目 | 2007/ 10-12 | 2008/ 1-3 | 2008/ 4-6 | 2008/ 7-9 | 2008/ 10-12 |
---|---|---|---|---|---|
国内総生産GDP | +1.1 | +0.2 | ▲0.9 | ▲0.6 | ▲3.3 |
民間消費 | +0.3 | +0.7 | ▲0.7 | +0.3 | ▲0.4 |
民間住宅 | ▲10.7 | +4.6 | ▲1.9 | +4.0 | +5.7 |
民間設備 | +2.2 | ▲0.6 | ▲2.3 | ▲3.4 | ▲5.3 |
民間在庫 * | +0.1 | ▲0.4 | +0.1 | ▲0.2 | +0.4 |
公的需要 | +1.4 | ▲1.1 | ▲0.9 | ▲0.0 | +0.9 |
外需 * | +0.5 | +0.3 | +0.1 | ▲0.1 | ▲3.0 |
輸出 | +3.0 | +3.0 | ▲2.3 | +0.6 | ▲13.9 |
輸入 | +0.4 | +1.5 | ▲3.1 | +1.7 | +2.9 |
国内総所得GDI | +0.3 | ▲0.4 | ▲1.5 | ▲1.0 | ▲1.4 |
名目GDP | +0.5 | ▲0.1 | ▲1.4 | ▲0.7 | ▲1.7 |
雇用者所得 | +0.5 | +1.2 | ▲0.1 | ▲1.2 | ▲0.4 |
GDPデフレータ | ▲1.3 | ▲1.4 | ▲1.5 | ▲1.6 | +0.9 |
表を見れば明らかなんですが、要するに、純輸出としてくくられている中で輸出が大きく減少した一方で、名目輸入は▲17.9%の大幅減なのにデフレータがこれ以上に大きく落ちたために実質輸入が増加を示し、結果として、純輸出が大きなマイナスの寄与を示したため、成長率も大きく落ち込みました。住宅投資が増えたのは火災警報器の需要増だという説もあります。しかし、今夜のところは、メディアが大騒ぎして2桁マイナス成長を報道しまくっている一方で、メディアやほとんどのエコノミストがまったく取り上げていないトピックに注目したいと思います。それは、金融危機の影響が小さいと考えられていた日本の成長率が、昨年末から今年年初になって、どうして米欧に比べて大きなマイナスになっているのか、要するに、金融危機のダメージが小さいにもかかわらず、米欧に比較して日本の経済的なダメージがどうして大きいのか、というパズルです。まず、下のグラフは日米欧の季節調整済み実質GDPの前期比年率成長率を1990年代半ばからプロットしたものです。1997年からの景気後退期、すなわち、春に消費税率を3%から5%に引き上げたショックと、秋の山一証券や北海道拓殖銀行の破綻などがあった際の景気後退、さらに、2001年ころのいわゆるITバブル崩壊後の景気後退、そして、直近の2008年10-12月期の成長率、いずれも日本が米欧に比較して最も大きなマイナスを記録していることが読み取れます。
しかし、今回の米国のサブプライム・ローン問題に端を発する世界的な金融危機の影響による景気後退局面に関しては、少し前まで日本の景気後退は軽微で済むだろうと考えていたエコノミストが多数派だったような気がします。私もその1人で、少し前までは現在の景気後退は「長いが浅い」と考えていました。考えを変えたのは、わずか2か月前の昨年2008年12月9日付けのエントリーからです。どうして多くのエコノミストが日本の景気後退は浅くて済むと考えていたかは、次の2点に集約されると思います。第1に、日本は金融危機の影響が小さかったからです。経済協力開発機構 (OECD) は的確にも、Economic Outlook No.84 にて "Japan has not been at the epicentre of the financial crisis" と表現しています。しかし、これは経営戦略でサブプライム・ローンの証券化商品に手を出さなかったというより、証券化などの分野で日本の金融技術が米欧に比較して遅れていたために傷が浅かったと考えるべきです。私の知り合いのメガバンクの役員さんは「米欧はスーパーカーで200キロ出して事故ったが、日本は20キロしか出ないスーパーカブだったので、思いっ切り傷が浅かった」と半ば悔しがっていました。この発言に続いて、「せめて100キロくらいは出せる中古車が欲しい」とのことで、日本の投資銀行やメガバンクが売りに出されている米国の投資銀行なんかに食指を伸ばしているのも事実です。第2に、私が詳しくない経営の分野で、比喩的に言うと、バブル崩壊後の10年の不況を経て3つの過剰を克服し筋肉質の効率的な経営を実現していたからです。私の理解するところでは、損益分岐点がかなり下がり、多少の需要ショックに対しては耐性が出来ていると言われていたような気がします。
私は現在でもこの2点は変わりないと考えています。もちろん、金融危機の影響が小さかった故に、円資産がドル資産やユーロ資産と比べて相対的に安全資産と見なされて、資金がドルやユーロから円にシフトした結果、かなり大幅な円高が進行したことも事実です。しかし、円高を考慮しても、米欧に比べて景気後退が浅くて済むと考えられていた我が日本が、昨年10-12月期には年率で2桁マイナスの成長を記録して、おそらく、今年1-3月期もこれに近いマイナス成長が続き、米欧よりも深刻なリセッションに陥るとは多くのエコノミストの想定外だった気がします。加えて、米欧よりも日本の景気の落ち込みの方が大きいのはなぜか、というパズルに本格的に答えようとしたエコノミストは少ないように感じています。私がそういった論調を知らないだけかもしれませんが、今夜、私が日本経済の体質的な角度から解き明かしてみようと思います。第1に、2007年10月のピークまでの景気拡大局面で染みついてしまった輸出依存体質です。しかし、我が国からみた輸出、すなわち、諸外国からみた輸入需要は、国内生産と国内需要の残差で決まる部分が大きく、諸外国で国内需要が落ち込めば国内生産でほとんどが足りてしまい、いわゆる輸入に需要が漏れる部分が急激に小さくなるのも事実です。国内需要が▲2-3%しか減少していないにもかかわらず、輸入に漏れ出す、すなわち、我が国の輸出需要に相当する部分は比率として格段に大きく、例えば、2桁の減少につながる場合もあり得ます。例えば、米国の2008年10-12月期のGDP統計を見ると、実質GDPは前期比年率で▲3.8%の減少なんですが、実質輸入は▲15.7%、財輸入に限れば▲18.8%の減少となっています。国内需要が縮小すれば、その数倍の輸入需要が縮小しますから、日本からの輸出も大幅減少となります。このように、諸外国の国内需要に比べて輸入需要の変動が格段に大きいことが指摘できます。加えて、日本国内で輸出の乗数効果が相対的にも絶対的にも大きくなっていた可能性があります。ケインズ的な乗数効果は公共投資だけでなく、民間投資からも輸出からも生じることは明らかですが、輸出が日本の国内生産を増加させる乗数がかなり大きくなっていたんではないかと私は感じています。実際に、内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルの乗数について、世界需要増加ケースの実質GDP成長率への影響を詳しく検証すると、2004年版や2005年版より2006年版でかなり大きくなったように見受けられます。ただし、2008年版ではまた小さくなっています。もちろん、そんなに大きな違いではありませんし、マクロ計量モデルの乗数分析に大きな信頼を置くのはムリがありますが、財政乗数のようにリカード等価原理も輸出乗数には関係ありませんし、一気に進んだグローバル化のひとつの影響として、輸出の乗数が大きくなっていても不自然ではないような気がします。第2に、デフレ体質です。景気後退局面に入るとともに物価が下落を始めれば、古典的な意味でも現代的な意味でも、確実に景気後退はより深く厳しくなります。深くなる分、長くなる可能性もあります。基本的に、デフレに陥るかどうかは金融政策の責任だと私は考えているんですが、もちろん、原油をはじめとする商品市況や賃金上昇に影響する労働市場の構造も大きな要因です。1997年の日本の景気後退は消費税率の引上げにも一部起因していますから、この時はデフレ懸念はなかったように記憶していますが、今世紀に入ってからは、ITバブル崩壊後の景気後退期にデフレに陥ったことは記憶に新しく、2001年ころの日本の成長率は米欧を下回っているのはデフレの影響である可能性が大きいと私は考えています。そして、現時点でも、年央を待たずに日本の物価はマイナスに陥ることが確実視されており、かなりの程度にデフレ期待が織り込まれている可能性があることから、これが景気の落ち込みを大きくしている可能性も排除できません。第3に、官庁エコノミストとしては言いにくいんですが、政府・日銀の経済政策の失敗も考えられます。2001年からのデフレは明らかですし、1997年からの消費税引上げや金融機関の破綻のあり方など、政府・日銀の政策対応が景気後退の深さを増幅している可能性も排除できません。詳細は忘れましたが、「日経ビジネス」の昨年10月か11月ごろの号で、東洋大学の高橋教授が2006年に実施された定額減税廃止と日銀の利上げを政策対応の失敗として上げていた記事を読んだ記憶があります。でも、やや記憶は不確かです。もっと記憶が確かなのはごく最近の「エコノミスト」で財政政策の効果が小さくなっているのをリカード等価原理で説明している論調を見かけたことです。2009年2月17日号の「総額129兆円の経済対策はなぜ効かなかったのか」と題する田中教授の記事だったと記憶しています。現在の内閣支持率や定額給付金に対する国民の意見を総合的に考えると、政府や日銀の政策への信頼感が欠如していて、景気後退の深さを増している可能性は否定できません。最後に、第4に、ではないんですが、そもそも、日本の景気の落ち込みがホントに大きいのかどうかについても考える必要があります。最初の表で、国内総生産 GDP の▲3.3%減に対して、国内総所得 GDI は▲1.4%にとどまっています。この5-6四半期の間は商品市況が高騰していましたから、GDP に比べて GDI の伸び率は一貫して下回っていたんですが、昨年2008年10-12月期はこの動きが逆転しました。一般的な GDP 成長率は▲3.3%減と年率2桁マイナスかもしれませんが、実勢の景気では GDI に示された▲1%台半ばのマイナス成長が実態なのかもしれません。これであれば米欧と比較しても、米国よりはやや大きなマイナスですが、欧州のEU15か国よりマイナス幅はやや小さく、総じて見れば米欧と同じくらいのレベルといえます。しかし、米欧との比較抜きで考えると、大きなマイナス成長であることに変わりはありません。
以上、いずれの理由も決定打でないですし、最後の観点は問題の所在そのものを否定しかねないことは理解しています。ですから、日本の景気後退が事前にあれほど軽微だと考えられていたにもかかわらず、昨年10-12月期と今年1-3月期だけなのかもしれませんが、これほど米欧をはるかに上回る景気悪化に見舞われたのかは、依然として大きなパズルとして残っているのかもしれません。
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