経済学的に考えて正しい雇用対策とは何か?
今さら、私が申し上げるまでもなく、雇用、特に非正規雇用の削減が大きなトピックになっています。例えば、1月30日に厚生労働省から発表された「非正規労働者の雇止め等の状況について」では、昨年10月から本年3月までに実施済み又は実施予定として、非正規労働者の期間満了や解雇による雇用調整は1,806事業所、約12.5万人となっています。就業形態別の割合をみると、派遣が68.7%、期間工などが18.6%、請負が8.4%となっています。当日のこのブログでも簡単に取り上げた記憶があります。
経済学的には、従来からボーナスなどの賃金=価格で調整がなされていた日本の雇用について、最近時点では雇用者数=量で調整がなされるようになった可能性があると私は考えていて、そのうちに研究論文でも取り上げようと考えているところです。最近時点でのトピックとしては、内部留保を取り崩して雇用者を増やす、あるいは、賃上げをするということも主張されたりしています。特に、最近の生産などの経済指標を概観する限り、非正規雇用にとどまらず、正規雇用のいわゆるリストラに雇用調整が進むと考えられますので、雇用についても私なりに考えています。
雇用について考える前提として、そもそも雇用を行う企業とは経済学的にどう把握されているのかは、伝統的には利潤を極大化する行動原理に沿っていると前提されています。しかし、この伝統的な見方には異論がないわけではなく、一例を上げると、2006年にノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのグラミン銀行とその総裁・創立者であるユヌス教授の考えの中にあるソーシャル・キャピタルです。簡単に言うと、社会的な厚生関数を最大化すると定義できると私は考えています。フランスの食品会社であるダノンが協賛していることは有名です。私も昨年2008年11月12日付けのエントリー「日本企業の社会的な役割とは何か?」において、「日本企業の最大の社会貢献は従業員への OJT 」であると書きましたし、一定の理解を得られる考え方かもしれません。なお、付言すると、ユヌス教授の最近の著書である『貧困のない世界を創る』では、利潤極大化行動に付随する CSR は真っ向から否定されています。私も CSR でもってコーポレート・ガバナンスを発散させる傾向が日本企業に強いことから、CSR に関する否定的な考え方はまったく同感です。
しかし、企業の社会的責任を振りかざしても経済理論は強力で、現実世界ではリストラが実施されようとしています。私はゲーム論には詳しくないんですが、個別の企業単位で見るとリストラによる収益回復は「囚人のジレンマ」の解になっていて、これはこれでナッシュ均衡です。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」式に雇用の増加や賃上げをいっせいに行って「囚人のジレンマ」のナッシュ均衡を破り、かつ、景気拡大にもつなげる道はないものかと考えましたが、少なくとも自然体の市場経済の下ではあり得ないとの結論に達しました。同時に、考えがまとまりませんが、政策的になんとか出来る方策も考え付きませんでした。経済理論の中でも数学的に証明されているナッシュ均衡は特に強力です。
他方、現在の市場経済における均衡が何らかの意味で望ましくないのであれば、政策的に歪めることが考えられます。表現が好ましくなければ、市場経済の歪みを経済政策により是正する、と言い換えても同じです。以下、同旨ですので、念のため。さて、市場経済とは価格をシグナルに最適な資源配分を行うメカニズムですから、価格を歪めれば均衡点は変化します。もちろん、直接的に賃金や価格を統制することは市場経済では推奨されません。しかし、経済政策の本質は市場経済の均衡が何らかの意味で望ましくない場合に、何らかの歪みを市場にもたらして均衡点を別のところに移動させることであると私は考えています。別の表現では社会的厚生を増大させることとテキストでは教えられていると思いますが、まったく同じ意味です。景気後退期の経済政策として金利の引下げが行われますが、資本ストックのコストが引き下げられる一方で、賃金に下方硬直性があれば相対的に割高となる労働ストックを削減するインセンティブが働くことになります。特に、量的に需要が減少している局面ではなおさらです。生産可能性曲線の上で資本と労働の相対価格が、利下げと賃金の下方硬直性によって資本に有利な方向に変化するわけですから、限界変形率と相対価格が一致する生産可能フロンティア上の点まで資本を増加させて労働を削減する方向に均衡点は移動します。利下げはボリュームとして投資を拡大させて総需要を増加させ、生産可能性フロンティアを拡大する有効な手段ではあるんですが、賃金の下方硬直性がある世界で相対価格に対する効果としては、価格面から資本ストックを増加させて労働ストックを削減する効果を持つのは事実です。もっとも、以前の日本経済ではボーナスなどによって賃金の柔軟性が維持されていて、大きな雇用削減につながらなかった可能性もあります。
それでは、まず、価格面を考えて、どうすれば資本と労働の相対価格を労働に有利な方向に変化させるかといえば、ひとつはワークシェアリングに代表されるように、賃下げと雇用増を同時に達成する方法です。もうひとつは税制を活用する方法です。税制といえば、消費税ばかりが話題に上り、ボリュームとして税収を確保することが重要視されている傾向がありますが、市場経済において価格を歪める強力な政策手段が税制であることも事実です。私は会計実務には詳しくないんですが、企業のコスト計算で労働への賃金支払いが税務上有利になるような税制を考えることも一案です。もしも、雇用の増加に対する国民的なコンセンサスが形成されているのであれば議会において可決されるハズです。歴史的に考えて、議会とは税制に国民の意見を反映させるための制度であることは明らかです。また、生産物単位で計った実効賃金を考えると、同じ名目賃金の下で働く労働者の技能を上昇させることも考えられます。名目上の賃金は変化しなくても、成果物として生産される製品の質が向上したり、量が増加したりすれば、実効単位で計った賃金が低下する可能性があります。しかし、今までもこういったスキルアップの政策が実行されて来ましたが、どこまで効果があったのか、私は疑問です。次に、量の面を考えると需要拡大策が有効です。資本と労働の相対価格が変化しなくても、生産可能性フロンティアが拡大すれば相対的な資本ストックと労働ストックの雇用量は変化しなくても、量的に依然と同じ労働の雇用量が確保される可能性は大いにあります。でも、定額給付金に対する国民の反応などを見る限り、少なくとも将来の増税との関係において、大きな支持は得られていないように見受けられます。
もしも、ホントに雇用が問題であると国民の間にコンセンサスがあるのなら、企業をやり玉にあげて雇用の確保や賃上げを迫るのではなく、経済政策的に価格か需要かで市場経済の均衡点を歪める、あるいは、お好みにより言い方を代えれば、市場経済の歪みを正す政策が必要です。市場経済の中で「赤信号、みんなで渡れば怖くない」式の解決は望み薄のようです。
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