追加経済対策へのエコノミストからの視点
先週4月10日、15兆円の補正予算を柱とする「経済危機対策」、いわゆる追加経済対策が「経済危機対策」に関する政府・与党会議、経済対策閣僚会議合同会議において決定されました。緊急の課題となっている雇用対策をはじめとして、エコカーやグリーン家電への買換えの促進をはじめとする低炭素革命、地域活性化や安全安心の確保、贈与税などの税制改正が中心的な項目となっています。まず、内閣府のホームページにアップされている会議の決定文書から「第2章 具体的施策」の目次を引用すると以下の通りです。
- 緊急的な対策 - 「底割れ」の回避
- 雇用対策
- 金融対策
- 事業の前倒し執行
- 成長戦略 - 未来への投資
- 低炭素革命
- 健康長寿・子育て
- 底力発揮・21世紀型インフラ整備
- 「安心と活力」の実現 - 政策総動員
- 地域活性化等
- 安全・安心確保等
- 地方公共団体への配慮
- 税制改正
何といっても、政府の決定文書は読みづらく分かりにくいので、次に、メディアの記事の中から追加経済対策の中身を少し詳しく報じたものを示すと以下の通りです。ただし、対策の一覧表などを含めた記事を優先しましたので、4月10日の正式決定前の情報に基づく記事も含まれています。中身の変更があり得ますが、厳密なチェックはしていません。悪しからず。
- 朝日新聞: 15兆円経済対策、大筋合意 エコカー促進や子育て支援
- 読売新聞: 追加景気対策子育て、住宅に重点
- 毎日新聞: 追加経済対策 - 財政支出15兆円 贈与減税「住宅限り」
- 東京新聞: 補正15兆円規模に 政府・与党 子育て支援拡充合意
昨年度からの対策を含めた累次の経済対策について、上のイメージのような実質GDPのパスがイメージされています。今回4月10日に決定された追加経済対策だけでも、本年度の実質GDP成長率を2%程度押し上げ、需要拡大により40-50万人程度の雇用創出があるとの試算がなされています。上の画像や試算結果は内閣府のホームページにある「『経済危機対策』の経済効果」というリポートから引用しており、このリポートには失業率のパスのイメージについても報告されています。
この追加経済対策について、先週4月7日のエントリーでは規模について考える際のポイントを取り上げましたので、今夜は中身について、特に、話題になっている2点について、エコノミストの視点から少し考えたいと思います。まず、エコカーやグリーン家電への買換え促進です。政府が基本的な方針として地球環境保護を重視し、そのために、家計レベルにおいてエコカーやグリーン家電に買い換える方向のインセンティブを付与することは重要性が高いと私も考えています。ただし、ホンの少しだけですが、疑問なしとしないのは電機や自動車などの大きな輸出の減退により売り上げを減少させている業界支援の色彩が見られることです。お題目として輸出依存から内需への転換を図るのは大いに結構なことですが、このブログでも従来から主張しているように、現時点で景気の悪い業界に生産要素を温存するような政策ではなく、異時点間の最適化という意味でのダイナミックな生産要素配分の効率化を図るような政策が必要との観点からして、一見するとこの私の主張に反しているように見えなくもありません。もっとも、同じ業界や企業の中でよりエコな製品に生産資源をシフトする効果は大いにあることは理解すべきですし、かなり評価の高い政策だということは明らかです。しかし、やや脱線しますが、より深く考えるべき点は、地球環境保護の活動は、この先、消費者の不便やコスト負担を避けられないことは認識すべきです。少し前まで、省エネなどで消費者が利得を得ることが地球環境保護にもつながるような活動が大いに受け入れられてきましたが、今後は消費者のコスト負担の増加なしに地球環境保護は進まない段階に達してしまったと私は見ています。しかし、他方で、まだまだ国民の意識としてコスト負担の増加を受け入れる意識は大きくない部分があるとも聞き及んでいます。一例として、ジョークとして広まったウワサによれば、少し前に、ある地方公共団体が地球環境に関するイベントを催したところ、無料で配布したエコバッグはアッという間になくなった一方で、植樹のための募金の集まりは非常に悪かったといいます。どこまでホントかウソか私は知りませんが、あり得る話として受け取る向きが多かったことも確かです。初期段階としては、消費者のコスト負担を政府が一部なりとも肩代わりしつつも、段階的に地球環境保護のためのコストを消費者が受け入れられるような政策も模索されてしかるべきだという気もします。
次に、住宅取得のための時限的な贈与税の軽減については、もう少し疑問が大きくなります。というのは、第1に、住宅取得に対象が限られていて、これまた、景気の悪い業界に生産要素を温存する傾きが見られるからです。もちろん、住宅取得費用を親に補助してもらえば、回り回って子の世代の別の消費を増加させる可能性も大いにありますから、この点はまあいいと考えるとしても、第2に、私が従来から主張しているように、高齢者層に購買力が滞留していると政府が正しく認識しているのであれば、より抜本的な政策を講じるべきだと私は考えます。今回の措置はインフォーマルな広い意味での家計や家族の中での移転に止まっているわけですし、加えて、この減税分を将来の消費税増税によって補填すると仮定すれば、広く浅く課税した税金を譲渡税減免の恩恵にあずかれる一部家計に移転することになり、一部の野党が主張する格差の拡大につながるとの見方にも一定の根拠があることになります。現在の景気対策のような緊急課題ではなく将来的な課題かもしれませんが、国民的なコンセンサス作りの上で、場合によっては、年金を含めた高齢者への給付を減らし、負担を増やすことなどにより、フォーマルなルートを通じて、本格的に高齢者に滞留している所得や資産を含めた広い意味の購買力を移転させる政策が模索されるべきだと私は従来から考えています。来年度末までの約2年間の時限的な措置とのことですから、期限後にこの措置を単純に延長するのではなく、その後、抜本的な政策対応を期待したいと思います。
以上、私らしく少しナナメに見た追加経済対策のホンの一部に対するエコノミストからの疑問でした。現下の経済情勢では、なりふりかまわずモラル・ハザードに拘泥することなく需要拡大策を推進する必要があるのは確かなんですが、一時的な需要拡大策が終わり景気転換点を超えれば、本格的に日本経済の歪みの是正や体質強化を目指した政策が必要な部分も少なくないと思います。
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コメント
こんにちは。経済対策に関するエントリー、参考になります。話を変えて恐縮ですが、今朝の朝日新聞によれば、2009年度の実質経済成長率の見通しが2~3%のマイナスに改定されるようですね。完全失業率についても、諮問会議で岩田一政議員が7%の可能性に言及するなど、かなり悪い方向に改定される可能性がありそうですが、吉岡さんはどのように見込まれてますか?
投稿: ラスカル | 2009年4月15日 (水) 22時42分
ラスカルさん
コメントを有り難うございます。
私も明確にはお答えしかねるんですが、まず、成長率について、極端かつ思いっ切り楽観的に計算して、今年1-3月期が前期比年率▲10%のマイナス成長を記録し、4-6月期にポンと上がってゼロ成長に戻り、私が想定するようにW字型のジグザグのパスを描きつつ、全体として4-6月期のレベルが維持される、すなわち、ならしてみるとゼロ成長が2010年1-3月期まで続くと仮定すると、2009年度はいわゆるゲタをそのまま引きずることになりますから、▲3%台半ばのマイナス成長となります。私はこれでも思いっ切り楽観的な見通しだと考えています。ですから、先日発表されたESPフォーキャストの2009年度▲4%超のマイナス成長はかなりあり得るとの感触を持っています。政府見通しの改定に関する情報は現時点では持ち合わせませんが、もしも、ご指摘の通り▲2-3%ということでしたら、私の考える思いっ切り楽観的な計算よりももっと楽観的と言えるかもしれません。
次に、失業率は、この週末にでもリクルート社の大学生の求人倍率調査の結果を取り上げようと予定しているんですが、実は、団塊の世代の引退後の補充が一巡したにもかかわらず、民間企業の大学新卒者に対する求人意欲はかなり堅調だとの結果が示されています。もちろん、新卒以外は厳しい労働需給が続くのはいうまでもなく、これもやや楽観的なバイアスはありますが、今年度の失業率を平均すると5%台に達する可能性があるとしても、来年2010年年央くらいにに5%台半ばで反転してくれるんではないかと期待しています。
長くなりましたが、こんなところでしょうか。
投稿: 官庁エコノミスト | 2009年4月16日 (木) 20時53分
今回の経済危機対策は、真水の10兆円程度だけでも、単純な推計で就業者数を50万人程度は押し上げ、これに雇用対策の雇用維持効果(100万人超?)を考えると、対策前のベースをエコノミスト予測のマイナス4%超とみても、完全失業率はほとんど上昇しないのではないか、と思い始めています。官庁エコノミストの方はどう考えるのだろうという関心から聞いてみた次第です。ありがとうございました。
投稿: ラスカル | 2009年4月16日 (木) 23時49分
“無料求人誌”は雇用創出する社会インフラ
◆求人誌を支えてきたのは派遣業界
ここ数年、派遣業界を支えてきた「無料求人誌」が、そしてその「ラック(棚)」消えています。この度の雇用崩壊で、最もその影響が顕著に現れているのが求人誌です。とくに無料求人誌は、主な鉄道駅やコンビニから街中から、場所によってはそのラックごとすべて消えつつあります。求人が減少するのは雇用崩壊の勢で仕方がない話ですが、こうした現象は、求人誌がいかに派遣業界に支えられ発展成長してきたかという証です。
◆今こそ問われる「求人誌の真価」
求人業界はこれまで景気上昇と共に発展成長してきましたが、少し業績が悪化したことを事由に、業界が構築したこの「社会インフラ」を崩壊させてしまう責任をどのようにするつもりでしょうか。果たして、それは一企業にとって都合が良い時だけの一時的な社会インフラだったのでしょうか。世界同時不況の直撃を受けた今こそ、雇用創出のために「無料求人誌」の真価が、そして会社存在のあり方が問われるべきです。
全文は下記ブログより
◆人事総務部ブログ&リンク集
http://www.xn--3kq4dp1l5y0dq7t.jp/
投稿: 人事総務部-ブログ&リンク集- | 2009年5月 5日 (火) 00時43分