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2009年5月11日 (月)

政府債務残高は危機的水準で増税が必要か?

やや遅れ気味ですが、先週の金曜日5月8日に財務省から今年3月末現在の国債及び借入金並びに政府保証債務現在高が発表されまています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

財務省は8日、国債と借入金、政府短期証券を合計した「国の借金」の総額が2009年3月末時点で846兆4970億円になったと発表した。昨年3月末から2兆7426億円減少した。09年4月1日時点の推計人口(概算値)の1億2760万人で計算すると、1人あたりの借金は約663万円になる。
国の借金は四半期ごとに財務省が公表。補正予算の財源確保のために国債を増発した影響で、普通国債の残高が増えたものの、財政投融資の償還が増加し、全体の残高は減少した。昨年3月末は過去最高の849兆2396億円を記録していた。
国の借金の内訳をみると、国債は昨年3月末よりも3兆8796億円少ない680兆4482億円、借入金は4072億円多い57兆5661億円。一時的な資金不足を補う政府短期証券は7298億円多い108兆4826億円になった。

国債及び借入金現在高と政府保証債務現在高に分けて公表されていますが、私は後者の政府保証債務の方は余り興味がないので、前者の国債および借入金の残高を見ると以下の表の通りです。なお、単位は億円ですが、単位未満四捨五入のため合計において合致しない場合があります。また、財務省のホームページからコピペで計数を取っていますので間違いはないと思いますが、完全性は保証しません。正確な計数をお求めの向きは上にリンクを張った財務省のホームページをご覧ください。

区分金額増減
内国債6,804,482▲38,796
 普通国債5,459,35644,772
 長期国債 (10年以上)3,542,378▲1,277
中期国債 (2年から5年)1,610,18364,442
短期国債 (1年以下)306,795▲18,392
財政投融資特別会計国債1,310,501▲87,042
 長期国債 (10年以上)947,37238,558
中期国債 (2年から5年)363,129▲125,600
交付国債5,266▲507
出資・拠出国債22,105▲2,952
石油債券承継国債0▲321
承継国債7,2547,254
借入金575,6614,072
 長期 (1年超)222,5194,072
短期 (1年以下)353,1420
政府短期証券1,084,826▲7,298
合計8,464,970▲27,426

上の表は2009年3月末現在の計数ですが、最後の債務残高合計と名目GDPを対比して、政府負債務残高のGDP比をプロットしたのが下のグラフです。青い棒グラフは期末残高で左軸の単位は兆円、これを期中の名目GDPで除した比率が赤い折れ線グラフで右軸の単位はパーセントです。当然のことながら、債務残高とGDP比は同じような動きを示しています。なお、お断りしておきますが、今年1-3月期のGDP統計は今月5月20日に発表される予定ですので、直近の政府債務残高のGDP比はまだ計算できません。

政府債務残高の推移

通常、経済分析を行う際は、中央政府に地方政府と社会保障基金を加えた一般政府の国民経済計算 (SNA) ベースで考えるんでしょうが、一般政府の一部をなす中央政府債務残高で見ても850兆円に近づきつつあり、昨年からGDPが大きくマイナス成長に陥っていることも加わって、政府債務残高のGDP比は170%を超えています。直近の拡張的な財政政策を考慮すると、足元ではさらに政府赤字が拡大しているのは確実です。ただし、これをどう考えるかには諸説あります。もちろん、危機的な水準であるとのプロパガンダも盛んです。EU のマーストリヒト条約になぞらえてフローの財政赤字のGDP比3%、ストックの政府債務残高のGDP比60%を主張する意見も無視できません。しかし、私は2点主張しておきたいと思います。第1に、科学としての経済学の現時点での限界かもしれませんが、政府債務残高の最適水準に関するエコノミストの合意はまったく形成されていないことです。財務省が発表した債務残高はグロスなんですが、グロスで考えるか資産とキャンセルアウトしたネットかでもコンセンサスはありません。私自身エコノミストを自称しながら、こんなことを言うのはまったくお恥ずかしい限りなんですが、我が国の現状のグロス170%が高過ぎるのか、まだ低いのかについて、あるいは、ネットで考えるべきなのか、控え目に言っても、エコノミストの間に幅広い合意はないのが実情です。ただし、このまま債務残高GDP比が上昇を続けるのは持続可能性に疑問を生じさせることは確かですし、エコノミストの間でコンセンサスがないという事実は、増税に賛成したり、逆に、反対したりする根拠にはなり得ません。第2に、これだけの国債発行、国債を含む債務残高がありながら、マクロ経済や金融市場の安定が損なわれていないのも事実です。たとえば、現在の日本がインフレになっているとは誰も考えていませんし、金融市場で国債の供給超過から国債価格が暴落、すなわち、金利が上昇したりしていません。見通し得る近い将来にも、そんなことが起こりそうにないことも多くのエコノミストが認めるところだと思います。
他方、昨年以来、麻生総理大臣は近い将来の増税を目指すことを公言しており、増税による財政再建が模索されているように見受けられます。実は、これは、starve the beast 「獣を飢えさせろ」とは逆の方向といえます。少し前のブッシュ米国前大統領のころには、クルーグマン教授が減税を先行させて財政赤字を作り出して政府支出を削減しようとする傾向を starve the beast として批判していたことを思い出します。最近でも、クルーグマン教授の昨年2008年6月16日付けの New York Times のコラムについて、同日付のマンキュー教授のブログstarve the beast が示唆されていると指摘されています。要するに、starve the beast とは減税を先行させて財政赤字が拡大することを理由に、社会保障政策経費などの政府支出を削減することを目的とする方向といえます。では、現在の我が国政府がやっているように、政府支出の拡大を先行させて財政赤字をテコに、逆に、増税を実現するのは、feed the government 「政府を太らせろ」とでも称するんでしょうか。なお、お断りしておきますが、もちろん、starve the beast はクルーグマン教授やマンキュー教授も言及するようなひとつの概念としてエコノミストの間に受け入れられていますが、feed the government の方はまったくの私の思い付きの造語です。ひょっとしたら、財政学の専門家はちゃんとした名称を知っているのかもしれません。それはそれとして、starve the beastfeed the government はその帰結が全く正反対なのを理解すべきです。前者は「小さな政府」に帰着しますが、後者は「大きな政府」につながる方向であるといえます。このブログでも、昨年2008年9月22日付けの「麻生総理大臣の財政政策上のインプリケーションは何か?」と題するエントリー、次は、同じく昨年11月5日付けの「社会保障国民会議の最終報告は大きな政府への第一歩か?」、そして、これも昨年11月19日付けの「日本の社会保障はどのくらい高齢者に手厚いのか?」と続くシリーズで、麻生総理大臣就任の財政的なインプリケーションは大きな政府と行き過ぎた高齢者優遇政策であると指摘して来ましたが、前者の方は着実に進行しているように見受けられなくもありません。

かつて、「中福祉中負担」といわれたこともありますが、「小さな政府」と「大きな政府」のどちらか、あるいはその中間か、行き過ぎた高齢者優遇政策をどうするかに関する将来の社会福祉政策のあり方とも強く関連して、国家としての日本が目指すべき政府の形については、これから先、何回かの選挙で国民の審判を受けることになるような気がします。

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コメント

金融市場への影響は、国債消化という観点から、財政当局としては常に懸念すべき問題ですが、資金供給がElasticな状況から転じて、そうでなくなる閾値を転じて、超えたところで、そういった問題が、一気に出てくる恐れはありますよね。ただ、幸か不幸か、民間部門での資金需要の弱さから、資金供給がBaindingな制約として、顕在化することはなさそうですが・・・。ただ、ライフサイクル的な要因からか、貯蓄率の減少傾向は明らかなので、少なくとも蓋然性はあると思います。もちろん、短期の経済見通しの策定では、Bindingな条件として考慮する必要はない段階なのは一致した見方だと思います。 この閾値がどこなのかについても、あまりコンセンサスはないところですが、資本移動がフリーと考えるには、日本国債の海外からの保有はあまり進んでいない以上、さほど遠くはないような気もします。

財政再建目標は、ドーマー条件もあり、名目成長率とセットで考えざるを得ないですよね。それ単独での設定は、この不況下では、あまり現実的ではないと思います。立てたとしても、多年度中立といった、複数年度の中で、単年度としてはかなりボヤけた枠組みにならざるを得ないでしょう。
個人的には、財政再建目標の前に、名目成長率の目標設定が、先のような気がします。そもそも危機かについては、以下の論文が「楽観論」として有名ですよね。http://www.nber.org/papers/w10988 景気が物凄く悪いことを除けば、与謝野大臣が大蔵大臣と経企庁長官を兼任する今は、これを議論するには、ちょうどいい時期かもしれませんね。

投稿: TOMOHIKO SENGE | 2009年5月12日 (火) 23時05分

千家さん
コメントを有り難うございます。
私も以前は、国債が市場で消化し切れなくなると、JGBプレミアムのようなものが付いてジワジワと金利が上がる期間が1-2年くらい続くんではないかと考えていたんですが、昨年あたりから sudden death ではないかと考え始めています。
なお、私が最近の大学の紀要に出した研究ノートで財政のサステイナビリティについて取りまとめています。ご参考まで。

http://www.econ.nagasaki-u.ac.jp/staff/pokemon/doc/fiscal.pdf

投稿: 官庁エコノミスト | 2009年5月13日 (水) 08時09分

Hamilton & Flavin は経済白書の巻末付録などで知ってましたが、Ball のは、知りませんでした。ご紹介、ありがとうございます。

実務的には、Hamilton&FlavinはCointegrationTestなので、データの系列さえ揃えば割と容易にできてありがたいものだと思いますが、通時的な政府の予算制約が守られるかは、FTPLのように、中央銀行の政策パターンを導入しないと、完結しない気がします。我が国の財政がRicardianかそうでないか、確固たるコンセンサスはないようですが、そうでないとすれば、Leeper(1991)が言うところのPassitive Monetary Policy であってくれるのかというのが、大事な気がします。

投稿: TOMOHIKO SENGE | 2009年5月14日 (木) 07時14分

Ball et al. はマンキュー教授が主導したといわれていますが、参考になり何よりです。リカード等価原理については、時の総理大臣が定額給付金が国会で決まる前に将来の増税を言い出して、現在の政府はリーカード等価原理を成り立たせるべく努力しているように思えてなりません。最後に、デフレ下の政策スタンスについては、大昔のデフレ時代に竹田さんが、お説のLeeperを基に、日本ではデフレが財政政策も金融政策もpassiveであることから生じるているといったような論文を、御省のファイナンシャル・レビューに書いていたような記憶があります。

投稿: 官庁エコノミスト | 2009年5月14日 (木) 20時14分

Richardian Equivalence の下で、定額給付金に何の意味があるのか、私には分かりませんが、

・Liquidity Constraint にある生活の苦しい方々の消費のSmoothingに貢献する政策として、意味がある
・Tax Refund はアナウンスの時に消費に効果が出るのでなく、実際に戻されたときに効果が出る 〔Souleles (1999)〕
  → 実際に税率が上がるまでは、消費への影響は出ない

想定問でも当てられたら、上記のように、答えるのでしょうか・・・?

竹田先生の論文は、私も拝読しました。 これでしょうか?
http://www.mof.go.jp/f-review/r64/r_64_140_179.pdf

それにしても、ちょうど、財政目標設定の折に、
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis040/e_dis035.html
といったことを研究されている方が、ご担当の参事官(LSEの私の
コースの大先輩です)とは、旧・経企庁の「遺産」は大きいなぁ、
という気がします。 一方で、Dynamic Programing の Cake Eating
Problem になっていなければ、いいのですが・・・。

投稿: Tomohiko SENGE | 2009年5月14日 (木) 21時58分

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