労働経済学におけるトレードオフとミクロ経済学とマクロ経済学の役割
今週の講義メモは労働経済学で、主として、トレードオフとミクロ経済学マクロ経済学の役割について考えたいと思います。労働ですから、ついでに日本的雇用慣行もあったりします。まず、誰が考えても理解できるトレードオフが以下の3点です。
- 労働と余暇
- 賃金とワークシェアリング
- 賃金上昇率 (インフレ率) と失業率
第1の点は明らかで、1日は24時間しかなく、誰にとっても平等です。労働時間を長くして所得増を目指せば余暇時間は減少します。平たく言えば、「お金を稼いでも使う時間がない」ということになります。第2の点は最近クローズアップされている点で、1人当たりの賃金を減らして多くの人で仕事をしようというのがワークシェアリングですが、ケインズ卿が指摘するごとく、賃金に下方硬直性が強ければワークシェアリングは進みません。第3の点はフィリップス曲線で表現される関係です。以下のイメージ図の通りです。
そもそも、経済学を大きく2分する分野として、いわゆるミクロ経済学とマクロ経済学があり、私は前者はミクロとは呼ばずに、マイクロ経済学と言ったりするんですが、極めて大雑把にいえば、限りある資源を希少性と何らかの最適化原理に基づいて配分するのがミクロ経済学の重要な分析対象で、一国とか世界経済の安定化や成長を分析するのがマクロ経済学の役割です。ということは、1日24時間という極めて限られた資源を配分するのはミクロ経済学の対象分野と言えます。フィリップス曲線のイメージ図にある通り、トレードオフの関係がある場合、グラフは1次微分がマイナスの右下がりにプロットされます。従って、どちらかを立てれば他方が損なわれる関係にあるわけで、機会費用 opportunity cost が発生します。労働時間を増やして所得を増やそうとすれば、余暇時間が犠牲になるわけです。この機会費用を最小化すべく適切な効用関数を設定すれば、このトレードオフを解くことが出来ます。これは先週土曜日5月16日のエントリーで新型インフルエンザのパンデミックを考えた時と同じです。フィリップス曲線で表現されるインフレ率と失業率のトレードオフは社会的な厚生関数を適切に設定することにより最適解が導出される可能性があります。でも、これまた、新型インフルエンザのパンデミックの防止と社会的活動の水準の関係を決めるのと同じで、科学としての経済学の未成熟な面がここにあり、理論上はともかく、実用的な意味でコンセンサスを得られるような最適解が導出されるのはまれといえます。
次に、労働問題で重視されるのは失業の解消です。それぞれの人に希望する賃金水準で希望の職種を提供することが労働政策の究極の目標とも言えます。しかし、現実には失業が発生する場合があり、次の2種類の失業があります。
- 循環的失業 - マクロ経済政策の対象分野
- 構造的失業 - ミクロ経済政策の対象分野
循環的失業はケインズ卿が指摘した通り需要不足に起因する失業で、マクロ経済政策により成長を促進することで解決される可能性があります。もっとも、現在くらいの大きな需要不足の場合は経済政策リソースの量的な不足もあり得ます。構造的な失業はミスマッチに基づく失業で、賃金、職能、地域、産業、年齢など、求人する側の企業と求職する側の労働者の間で何らかの不一致が生ずる場合に起こります。特に大きいのが職能のミスマッチで、職業訓練などの果たすべき役割が大きいといえます。
- 長期雇用
- 年功賃金
- 企業内組合
最後に、日本的雇用慣行の特徴が上の3点です。日本の大きな特徴として、職業を問われた場合、企業名で答えるのが通例になっていますが、アングロサクソンをはじめとする海外では職能で答えることもめずらしくありません。例えば、昨年の米国大統領選挙戦で話題になった「配管工のジョー」なんかは典型でしょう。でも、日本では長期雇用と年功賃金を前提とし、企業内で異なる職能に配置転換されることもあるため、職能ではなく企業名を職業として答える場合も少なくありません。この3点は、現在はもとより高度成長期にあっても、すべての日本の労働者がこの慣行下にあったとはとても言えないものの、日本の雇用慣行を象徴するものであり、相互に補完的な関係にあります。もっと言えば、ひとつが崩れると残りも維持可能性が低下します。歴史的に見ると、徐々に、これら日本的雇用慣行は崩れて来たんですが、特に今世紀に入ってから、リストラという名で長期雇用が大きく放棄され始めて、新しい枠組みが模索されているんだと私は認識しています。
苦手な労働経済学ですので、やや雑駁な講義メモで終わってしまいました。
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