ダン・ブラウン『天使と悪魔』(角川文庫)を読む
ダン・ブラウン『天使と悪魔』(角川文庫)を読みました。先月から同タイトルの映画が封切られています。主演のハーバード大学宗教象徴学者のラングドン教授役は「ダ・ヴィンチ・コード」と同じトム・ハンクス、007シリーズのボンド・ガールならぬラングドン教授のパートナーのヴィットリア役にはアイェレット・ゾラーが配されています。なお、小説の邦訳は越前敏弥さんです。私とほぼ同世代の翻訳家で、話題になった『ダ・ヴィンチ・コード』をはじめとするダン・ブラウン作品などを手がけていると記憶しています。小説としては『天使と悪魔』が『ダ・ヴィンチ・コード』に先立って発表されているんですが、映画化は逆の順ですから、ダン・ブラウン作品としては映画化第2弾として宣伝されています。
下の画像は小説や映画で登場するイルミナティの ambigram です。翻訳者も訳しようがなかったのか、「アンビグラム」とそのまんまです。上の4つの単語、すなわち、earth、air、fire、water は blogspot の「天使と悪魔」のファンサイトから、その下のイルミナティ・ダイヤモンド以下は New York Times のブログサイトから引用していますが、後者の正確なURLは失念しました。もうサイトがないのかもしれません。なお、いつものことながら、この先はネタバレ満載ですので、未読の方が読み進む際は十分ご注意ください。
全体を流れるテーマは「科学と宗教の対立」と言えますが、もっと狭く、「科学とカトリックの対立」と言うことも出来ます。あらすじは以下の通りです。欧州原子核研究機構、セルンに所属しカトックの司祭でもある研究者が養女のヴィットリアとともに反物質、anti-matter の開発と製造に成功したものの、イルミナティと考えられる反科学的な秘密結社に無残な殺され方をして、反物質が盗み出され、セルンの所長からラングドン教授が呼び出されてジュネーブで物語は始まります。盗み出された反物質は時あたかも教皇選出のためのコンクラーベが開催されていたヴァチカンに運び込まれて大爆発のカウントダウンが始まります。同時に、コンクラーベに参加していた教皇の有力候補、プレフェリーティ4人が誘拐されます。ラングドン教授とヴィットリアはジュネーブに移動し、教皇の秘書であり教皇の死後は実質的に教皇の職務を代行しているカメルレンゴやスイス衛兵隊とともに反物質の捜索とプレフェリーティの救出に努めますが、プレフェリーティはイルミナティを名乗る秘密結社の目論んだ通りに、土、空気、火、水を示唆する教会で殺されて行きます。BBCの取材チームがイルミナティを名乗る暗殺者から情報提供を受けて世界に画像とニュースを流したりします。発見された反物質はカメルレンゴの操縦するヘリコプターで空高くまで運ばれ大爆発します。ヘリコプターに乗っていたカメルレンゴとラングドン教授は飛び降りて助かります。最後は、イルミナティなる秘密結社はすでに存在などしておらず、カメルレンゴが反科学の立場から暗殺者を手引きしていたこと、死んだ教皇が純潔を守るために体外受精で設けた子供がカメルレンゴであり、前教皇は深く科学を信頼していたこと、などが明らかにされます。『ダ・ヴィンチ・コード』よりも短い20時間ほどのストーリーではないでしょうか。
『ダ・ヴィンチ・コード』の読書感想文を3年前の2006年5月28日付けでアップした時、私は5ツ星だと書きましたが、この『天使と悪魔』はその上を行きます。『ダ・ヴィンチ・コード』ではキリストの子孫を守る秘密結社が現存すると言うストーリーでしたが、『天使と悪魔』ではイルミナティなる秘密結社は消滅していて現存せず、カメルレンゴが名乗っていただけであるとされており、その点だけでも評価が高いような気がします。いずれにせよ、ミステリとしてはややプロットが荒っぽいと言え、途中でカメルレンゴが黒幕だということを発見する読者が多そうな気がしますが、それ以降の読ませどころは『天使と悪魔』の方が上ではないかと感じました。『ダ・ヴィンチ・コード』では次から次とラングドン教授にピンチが降りかかって来るだけで、それはそれでスピーディな展開だったんですが、『天使と悪魔』では小説らしく奇妙ながらもキチンとした論理的な展開がなされています。『ダ・ヴィンチ・コード』を4ツ星に格下げして、この『天使と悪魔』を5ツ星にしたい気がしないでもありません。もっとも、私は映画はどちらも見ていませんので、あくまで小説に対する評価です。
なお、私は仏教徒の一向門徒であるエコノミストですので、カトリックも素粒子物理学もまったくのシロートで、加えて、ヴァチカンの地理はまったく知りませんが、ペダントリーな内容満載ながら、この小説は楽しく読めました。ローマやヴァチカンの観光案内にもなるような気がしないでもありません。日本でも京都や金沢などの観光案内を盛り込んだミステリがあったような記憶があります。また、東大の早野教授が「物理学者とともに読む 『天使と悪魔』の虚と実 50のポイント」と題するサイトを開設しています。歴代セルン所長に車椅子の人はいないなど、実にしょうもない事実関係に関する内容も含まれていますが、物理学からの視点に興味あれば一読に値します。
天気予報が外れて、今日の長崎は昼過ぎまで雨が降らなかったので、テニスラケットのガットの張替えに行ったついでに、ショッピングモールの中にあるCD店をのぞいてみました。先週6月23日付けのエントリーで取り上げた辻井伸行さんのコーナーこそありましたが、『1Q84』の「シンフォニエッタ」やマイケル・ジャクソンには長崎の人は興味がないようです。もっとも、単に流行に遅れているだけかもしれません。
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