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2009年6月12日 (金)

金融と金融政策のポイント

先週はお休みした授業シリーズに戻って、今夜は金融と金融政策です。
まず、私が大学の講義で使っているテキストは日本の金融や金融政策について1985年のプラザ合意のあたりから説き起こしています。これは秀逸な見解だと私は考えています。というのは、もちろん、1985年のずっと前から日銀も銀行もありましたし、金融活動は行われており、主として公定歩合の操作などにより金融政策も発動されていました。しかし、財政政策と金融政策が大きく異なるのは、金融政策は自由な市場を前提としていることです。すなわち、財政政策で減税や増税、あるいは、公共投資の増加や減少などの政策手段により、政府は国民のポケットに直接手を突っ込むことが出来て、そのポケットにお金を入れたり、あるいは、税金として徴収したり出来るんですが、中央銀行のアクションに対して金融機関が市場経済に基づく合理的な行動を取ってくれないと金融政策は無効になります。例えば、マーケットでのオペレーションで通貨供給を増やしても、政府の規制によって貸出金利が固定されていれば、このオペレーションには意味がありません。そういった意味で、1980年代半ばあたりというのは金融市場の自由化が進展し、金融政策の有効性が大きくなった時期に当たると私は考えています。欧米諸国では早くから金融市場の自由化に取り組んで来ましたから、日本よりずっと早くに金融政策がマクロ経済の安定化に割り当てられるようになっていました。日本では大雑把に前世紀いっぱい、小渕内閣から森内閣のころまで財政政策がマクロ経済の安定化を担って来ましたが、欧米諸国ではその時期にはとっくに金融政策が主役となっていました。
授業では、1980年代後半からのバブル経済とその後の1997年を頂点とする金融危機について話を進め、金融機関救済に議論が及びます。決して、10年以上前の日本での出来事ではなく、現在の経済学部3-4年生は昨年9月のリーマン・ブラザース証券の破綻を見ていますので、それなりに理解して欲しいところです。まず、経済には個別のショックとマクロのショックがあることを区別する必要があります。前者の個別のショックはリスクをプールして、典型的には保険によりリスクヘッジされるものです。健康保険や自動車保険などが想像できればオッケーです。後者のマクロのショックは国家が介入しなければ解決できないもので、金融においてはシステミック・リスクと呼ばれます。大規模銀行の破綻などにより決済機能がマヒすることなどがこれに当たります。理論的にあり得るだけでなく、我が国では昭和初期の金融恐慌の時に実際に体験しましたし、昨年は3月のベアスターンズ証券の破綻、9月のリーマン・ブラザース証券の破綻と、年に2回もシステミック・リスクの深淵をのぞいた気がします。
このシステミック・リスクを回避するには、国家、すなわち、政府と中央銀行が何らかの手段で金融機関を救済する必要があります。しかし、救済範囲が狭いとシステミック・リスクの可能性が高まる一方で、救済範囲が広過ぎるとモラルハザードを生じます。適当な放漫経営をしていても救済されるのであれば、金融機関の経営規律が緩んで社会的なコストを生じます。これを図示したのが以下の画像です。

システミック・リスクとモラルハザードの社会的コスト

昔からお絵描きはヘタなんですが、要するに、青いラインのシステミック・リスクの社会的コストと緑のモラルハザードのコストの和である赤のラインの総コストが最も低くなる範囲で救済がなされるべきということにあります。これも、実務的に救済範囲を決めることは難しいですが、例えば、公務員試験などでは適当なコスト関数を設定して、その微分係数がゼロとなる点を求めるような問題が出題されたりする可能性はあります。経済学部に学ぶ大学生として考え方は知っておいて欲しいところです。
ついでながら、金融機関を救済するに当たって、財政資金を投入するのであれば何らかの法的根拠が必要となります。日本はこの点では、1998年に金融安定化2法を成立させ、健全行に対しても公的資金を資本注入することが出来ますから、少なくとも、その時点では世界にも例を見ない先進的なシステムを構築しています。もっとも、当時の小渕内閣が野党民主党の案を「丸飲み」した、との報道もあったように記憶しています。米国ではこういった公的資金を金融機関に資本注入するスキームがなく、特に、昨年のリーマン・ブラザース証券破綻後に、下院が金融安定化法案を否決して世界の金融市場を大混乱に陥れたことは記憶に新しいと思います。
最後に、サブプライム問題からバブルを招いたと言われている証券化については、私はそれ自体としては先進的な金融技術だと評価しています。何らかのキャッシュフローに対してリスクとリターンを分析し、流行り言葉にもなった「トリプルA」の格付けを取得したりして、投資額に対するリスクとリターンを評価してその観点だけから証券化商品を組成して広く顧客に売りさばくというのが本質です。どこにだれがどんな家をいくらで建てたのかはまったく関係ありません。投資額とリスクとリターンという世界標準の数字に純化されているといえます。逆に、日本の金融機関がサブプライム・ローンを原資産にした証券を余り保有していなかったのは、実は金融に関する技術が遅れていて、それを評価することが出来なかったからに他なりません。決して、金融安定化のスキームが整備されていたからではなく、金融に関して証券の評価技術が遅れていたからであると理解すべきです。

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