為替に起因する輸出の増勢鈍化から2番底に向かうのか?
本日、財務省から9月の貿易統計が発表されました。輸出額が前年同月に比べて▲30.7%減の5兆1047億円となった一方で、輸入額は同じく▲36.9%減の4兆5841億円となり、差引きの貿易収支は5206億円の黒字を記録しました。まず、いつもの日経新聞のサイトから関連する記事を引用すると以下の通りです。
財務省が22日発表した9月の貿易統計速報(通関ベース)は、輸出額が前年同月に比べて30.7%減の5兆1047億円になった。ロシア向け自動車や韓国向け鉄鋼などが前年比で落ち込み、12カ月連続で前の年を下回った。ただ、下落率が8月に比べて5.3ポイント縮小するなど、足元では改善が進んでいる。景気対策などで高成長が続く中国を中心に、アジア向けが輸出全体の回復をけん引している。
輸入額は前年同月比36.9%減の4兆5841億円。輸出から輸入を差し引いた貿易収支は5206億円の黒字となり、前年同月の6倍近くに拡大した。単月では昨秋のリーマン・ショック後で最大の黒字となった。
9月の輸出額は対欧米、アジアともに減少ピッチが緩やかになった。米国向けは前年同月比34.1%減と、前月に比べ0.3ポイント改善。欧州連合(EU)向けは前年同月比38.6%減と、減少率が7.3ポイント縮まった。
アジア向け輸出は前年同月比22.2%減と、8月に比べて8.4ポイント改善した。うち中国向けは13.8%減と、8月の減少率(27.6%)の半分に縮まっている。
いつものグラフは以下の通りです。上の2つのパネルは輸出入と貿易収支、いずれも水色の折れ線が輸出額、赤が輸入額、緑色の棒グラフが貿易収支で、左軸の単位は兆円です。どちらも月次計数ですが、一番上のパネルは原系列、真ん中のパネルは季節調整済み系列です。一番下のパネルは季節調整前の原系列の輸出額の前年同月比を数量と価格で寄与度分解したものです。
まず、輸出を上の真ん中のパネルの季節調整済み系列で見ると、明らかに増勢に鈍化が見られます。9月単月で考えると米国のエコカー補助が終了した影響などもありそうですが、新興国はまだしも先進国経済の回復が一段落していることに加え、私は為替の影響が大きいと考えています。昨年9月のリーマン・ショックの後、米国の連邦準備制度理事会 (FED) や欧州中央銀行 (ECB) やイングランド銀行 (BOE) はいっせいに量的緩和に踏み切って、何度もこのブログでお示ししましたが、猛烈なバランスシートの拡大が観察された一方で、日銀は及び腰でした。例えば、このブログで取り上げた範囲では、3月18日付けのエントリーの日米両国中央銀行のバランスシートのグラフを見れば明らかです。この差が為替に反映されています。ソロス・チャートの再来かもしれません。もちろん、直近では新政権発足直後の財務大臣の不用意な発言が拍車をかけた面もあります。でも、為替レートが輸出に影響を及ぼすのは1年くらいのラグがありますから、まさに、リーマン・ショック後の各国中央銀行の対応の違いが為替に表れて現在の我が国の輸出の増勢鈍化をもたらしたと私は受け止めています。
下のグラフは1973年3月を100とする実質実効レートと対ドルのスポットレートの推移です。もちろん、いずれも為替レートなんですが、ややこしいのは向きが異なることで、赤い折れ線の実質実効レートは数字が大きいほど、すなわち、グラフで上に行くほど円高ですが、水色のスポットレートは対ドル相場ですから数字が小さいほど、すなわち、グラフで下に行くほど円高です。少し難しいかもしれませんが、よく理解の上ご注意ください。
4-6月期のGDP統計は季節調整済みの前期比で見て+0.6%成長のうち、+1.6%もの外需の寄与がありました。要するに、内需はマイナスだったわけです。おそらく、7-9月期は外需の寄与度は気前よく見積もっても+0.5%くらいではないかと直感的に考えています。ひょっとしたら、+0.2-0.3%くらいに縮小すると私は受け止めています。従って、日本の景気は年末から年始にかけて2番底をうかがう可能性が高まったと考えるべきです。そして、その原因の少なくとも一部が日銀にあることは明らかです。
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コメント
経企庁の先輩方と同じく、LSE から MSc Economics (Research) `を取得しました。大した成績ではありませんでしたが、かつての経企庁(≠ 内閣府)に憧憬の念を持っている私としては、嬉しい学位です。
日銀法第2条には、「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」とありますが、もっと円安になっても、「物価の安定」には反しないし、この水準であることが、「国民経済の健全な発展に資する」とは、思えません。旧・日銀法の「国家経済総力の適切なる発揮を図るため国家の政策に即し通貨の調節、金融の調節及び信用制度の保持育成に任ずる」の方が、「木を見て森を見ず」にならない分だけ、良かったかもしれません。(それでも、「国家の政策」自体が、ご指摘のとおりだったりするわけですが・・・)
経済政策で、何をターゲットにするのかは難しいところですが、「国民経済の健全な発展」を、実質GDP成長率と解釈すれば、安定化させる変数以外の変数が、そのために余計にVolataileになることは充分にあるわけです。とすれば、そもそも、「物価の安定」と「国民経済の健全な発展」というのは、どこまで、Compatible なものなのでしょうか? ティンバーゲンによれば、政策目標の数だけ、政策手段が必要とのことですが・・・?
投稿: MSc Econ | 2009年10月25日 (日) 23時42分
まず、本題に入る前に、ネット上では同一人物が異なるハンドルネームでコメントや投稿などをすることは好まれません。ネチケットに反すると考える人もいます。
さて、本題に入り、最後のパラについて考えると、ティンバーゲンの定理は正しくは「独立」がつきます。目標も政策も独立なものだけをカウントすることが必要です。このエントリーでは開放経済下のマネーサプライの経済効果を取り扱っていますが、より単純な閉鎖経済では次のようなモデルで中央銀行の金融政策の役割を考えることが出来ます。
(1) 賃金から物価へのマークアップ、もしくは、インフレから賃金への生存費賃金率が成り立っており、どちらの因果かは問わず賃金上昇率とインフレ率は等しい。または、何らかの安定的な関係が成立している。
(2) フィリップス曲線は短期に安定である。
(3) オークン係数が安定的である。
もちろん、開放経済下で為替を考慮すれば話は別ですし、そもそも、怪しげな仮定ばっかりなんですが、上のモデルでは中央銀行がインフレ率を決めれば、賃金上昇率、失業率、GDPが一気に相互依存関係の中で決まります。政策手段はマネーサプライであろうと金利であろうと、1手段しか必要とされません。このスキームの下に米国の連邦準備制度は物価と雇用の二兎を追っていると解釈すべきです。
誠についでながら、財政政策が破たんするような極端な経済状況に陥れば、財政政策と金融政策は相互に独立性を失う可能性があることも認識する必要があります。
最後に、カプランの『選挙の経済学』も非常に示唆に富んでいますが、最終的な政策目標は投票によって決まります。私のような公務員は国権の最高機関たる国会で示された国民の意思を着実かつ効率的に遂行することが求められているんだろうと考えています。
投稿: 官庁エコノミスト | 2009年10月26日 (月) 20時00分
失礼いたしました、某所でのHNを無意識に入力してました。
短期での閉鎖経済下では、オーカン係数やフィリップスカーブの傾きは変化しないので、インフレ率で労働市場を介してGDPまで一挙に決まるわけですが、ルーカスが批判したように、それらのパラメーターが(他の)政策手段の関数であるとすれば、話は変わってくるわけですね。
ところで、財政当局の人間がお尋ねするのもなんですが、「財政政策が破たん」とありますが、これはどういう定義なのでしょうか? 経済学的には、政府の異時点間の予算制約式に、借入制約が付されるような状況という意味でしょうか? また、この場合の政府というのは、中央銀行をも含めたベースで考えるべきなのでしょうか?
財政当局は、各年度の予算が国会の議決を経ることからして、国民の意思に沿うわけですが、金融当局は、政策目標も自分で決めて、アコードもなく、政治的に独立してるわけで、良くも悪しくも、こちらは投票で決まるのでもないかと思われます。
投稿: TOMOHIKO SENGE | 2009年10月27日 (火) 06時13分
論点がどんどんズレて来ているので、私からのレスポンスはこれで最終とさせていただきます。
(1) 私がお示ししたモデルはルーカス批判に適合しないことはご指摘の通りです。
(2) 「財政政策の破たん」は分かりません。慶応大学の土居先生と議論したこともあるんですが、彼も分からないような感触を持った記憶があります。ですから、「極端な経済状況」の方にアクセントを置いたつもりです。
(3) 金融政策に何らかの国民の意見が反映されるべきであることは2006年9月20日付けの「国民が決めることと専門家が決めること」と題するエントリー以来、3年越しで私の主張であることは確かです。
投稿: 官庁エコノミスト | 2009年10月27日 (火) 21時26分