先月11月から今月12月にかけて、マレーシアとチリについケインズ的な財政乗数の不確実性に関するペーパーを書き上げました。GDPの支出項目と税収と利子率だけを推計して小型のIS-LMモデルを構築し、不確実性のない通常のシミュレーションと消費関数全体と消費関数のうちの可処分所得にかかる限界消費性向のパラメータの両方に不確実性を含んだモンテカルロ・シミュレーションをしてみました。
きっかけは、多くのエコノミストに注目された Romer, Christina and Jared Bernstein (2009) "The Job Impact of the American Recovery and Reinvestment Plan" という論文です。今年1月半ばに発表されています。著者のローマー教授は言うまでもなく米国大統領経済諮問委員会の委員長ですし、バーンスタイン教授はバイデン米国副大統領オフィスのチーフエコノミストです。バリバリの現政権内のエコノミストと考えて差し支えありません。でも、この論文が発表されたのは現在のオバマ米国大統領の就任直前です。p.12に財政支出増加の乗数は1.5-1.6の範囲、減税の乗数は1.0を少し下回るくらい、とそれぞれ算出されています。すなわち、世界に向けて財政拡大による景気下支えをアピールしたペーパーだと受け止められています。ささやかながら、この論文に反論を試みたのが私のペーパーだったりします。
今夜のエントリーでお示しする画像はいずれもチリの結果ですが、上のグラフは不確実性のないシミュレーション結果で、各ケースは以下の前提となっています。ただし、税収についてはデータの関係で、マレーシアについてはGDPから推計していますが、チリについては税率をカリブレートしています。モデルはマレーシアについては大胆にもGMMで、チリについては二段階最小二乗法(TSLS)で、それぞれ推計しています。
- Case 1: 税収、輸入とも外生
- Case 2: 税収は内生、輸入は外生
- Case 3: 税収、輸入とも内生
要するに、Case 1では財政拡大の効果は税収にも海外にも漏出しませんが、Case 2では税収増に漏出して可処分所得を減少させ、Case 3では税収に加えて輸入により海外にも漏出します。当然ながら、Case の番号が大きくなるに従ってケインズ的な財政乗数は小さくなります。3年目の財政乗数は1台半ばと Romer and Bernstein とほぼ同等の大きさです。
次に、上のグラフは消費関数に不確実性を含めたモンテカルロ・シミュレーション結果です。乱数はボックス・ミューラー法により一様乱数から正規乱数を発生させています。各ケースとも1000回のシミュレーション結果の平均です。不確実性のない乗数にモンテカルロ・シミュレーションから得られた標準偏差1単位を足したり引いたりしています。なお、各ケースの前提は以下の通りです。
- Case A: 消費関数全体の誤差に不確実性を含む
- Case B: 可処分所得のパラメータ、すなわち、限界消費性向に不確実性を含む
- Case C: Case AとCase Bの両方の不確実性を含む
一見して理解できるのは次の2点です。第1に、年を経るに従って乗数の幅が大きくなっています。2年目以降は乗数がマイナスになることもあり得ます。第2に、消費関数全体の計測誤差による不確実性より、限界消費性向のパラメータの不確実性の方が乗数への影響が大きいことです。この結果は明らかにルーカス批判を思い起こさせます。すなわち、"Because the parameters of those models were not structural - that is, not policy-invariant - they would necessarily change whenever policy - the rules of the game - was changed. Policy conclusions based on those models would therefore potentially be misleading." ということです。
私のペーパーはエッセイを別にして推計結果がメインとなりますから、同じようなプログラムを別のデータに応用すれば、幾種類かのペーパーが書けてしまいます。やや反則に近いんですが、昨年末から今年年初にかけて、途上国の中でかなりの規模の財政出動を行った国の代表としてマレーシアとチリを取り上げました。また、マレーシアは従来から裁量的な財政政策を展開して来たのに対して、チリはここ10年ほどルールに基づいた非裁量的な財政政策を運用していました。どこかのジャーナルに掲載されるべく、がんばって英語で書いてみました。
最近のコメント