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2010年2月 9日 (火)

基礎的財政収支の推移とギシリアの教訓

私のブログで追いかけるのが遅れ始めているんですが、やや旧聞に属する情報で、先週金曜日2月5日に内閣府から基礎的財政収支の推移について、来年度2011年度まで計量経済モデルで試算した結果が「国・地方の基礎的財政収支・財政収支の推移」として発表されています。まず、日経新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。

基礎的財政収支、赤字2.5倍の40兆円 09年度、財政再建険しく
内閣府は5日、国と地方の財政がどれだけ健全かを示す基礎的財政収支(プライマリーバランス)について、2009年度の赤字幅が過去最悪の40兆6千億円になるとの推計値を発表した。赤字幅は08年度の16兆1千億円から2.5倍に膨らんだ。政府は財政健全化への道筋を早急に示す必要があるが、子ども手当の満額支給など歳出増加政策は目白押し。財政のやりくりは厳しさを増す一方だ。
基礎的財政収支は毎年の政策に必要な経費を借金に頼らずに、その年の税収などで賄えているかをみる指標。借金に依存すると赤字となる。
09年度の赤字幅が膨らんだのは金融危機に対応するための景気対策で歳出が膨らんだのに加え、税収が急減したのが主因だ。名目国内総生産(GDP)に対する赤字の比率も8.6%となり、1999年度の6.0%を上回って過去最悪を記録した。

ということで、その表を引用すると以下の通りです。背景を黄色にしてある最後の2009-10年度が計量モデルによる試算値、それ以前は2000年基準の「国民経済計算」に基づく実績値です。なお、計数には正確を期しているつもりですが、タイプミスの可能性もあり、完全性は保証しません。より正確な計数が必要な場合は、内閣府のサイトからお願いします。

年度基礎的財政収支財政収支
実額 (兆円)GDP比 (%)実額 (兆円)GDP比 (%)
199011.92.6▲0.5▲0.1
199110.72.3▲1.9▲0.4
1992▲3.3▲0.7▲16.3▲3.4
1993▲11.1▲2.3▲24.6▲5.1
1994▲15.8▲3.2▲30.0▲6.1
1995▲19.8▲4.0▲34.3▲6.9
1996▲18.5▲3.6▲33.3▲6.5
1997▲14.9▲2.9▲29.6▲5.8
1998▲24.2▲4.8▲39.0▲7.7
1999▲30.1▲6.0▲44.5▲8.9
2000▲23.2▲4.6▲36.8▲7.3
2001▲21.8▲4.4▲34.0▲6.9
2002▲28.0▲5.7▲39.5▲8.1
2003▲28.4▲5.7▲39.1▲7.9
2004▲20.5▲4.1▲29.7▲6.0
2005▲20.5▲4.1▲29.7▲6.0
2006▲9.2▲1.8▲17.2▲3.4
2007▲6.4▲1.2▲14.0▲2.7
2008▲16.1▲3.3▲24.3▲4.9
2009▲40.6▲8.6▲50.8▲10.7
2010▲33.5▲7.1▲44.8▲9.4

この試算は、残り少なくなった絶滅危惧種とはいえ、私のような財政収支に能天気なエコノミストを洗脳するべく発表されたのかもしれません。確かに、戦後第14循環がピークを迎えた2007年度ですら基礎的財政収支が赤字のままだったということはショックでしょうし、逆に、景気後退の真っただ中とはいえ、2009年度の赤字幅は驚くべきものがあります。平時においては史上最大でしょうし、ギネスブック級といえます。さらに、昨日、NPO法人である日本医療政策機構が発表したアンケート調査「日本の医療に関する2010年世論調査」によれば、「深刻な病気にかかった時に医療費を払えない」との不安が20-30代の年齢層で高くなっており、もしも、財政不安を背景にして貯蓄率を高めているのであれば、財政収支改善が何らかの Giavazzi-Pagano 的な非ケインズ効果をもたらす可能性はあります。もっとも、このアンケート調査で、重視する政策として経済成長優先と社会保障優先は大きく二分されています。ついでの話を続ければ、この結果について年齢別のデータが示されていないのは大きな手落ちだという気がします。若い年齢層で経済成長を重視し、高齢層で社会保障を重視すると考えるのが常識なんでしょうが、その対比が極端だとか、何か隠さねばならない事情があるのかと勘繰る人がいるかもしれません。なお、下のグラフは「日本の医療に関する2010年世論調査」の p.8 図8から引用しています。

日本の医療に関する2010年世論調査 図8

ここで無理やりに話題を転換して、私が最近大きな興味を示し始めているギリシアの sovereign crisis と対比すると、いくつかの教訓が得られます。まず、日本とは関係なく、第1に、ユーロの問題として、ギリシア単独では、あるいは、南欧ということでポルトガルに拡大したとしても、ユーロの危機にはつながりにくいことです。すなわち、第2に、ユーロとしての通貨危機になるかどうかはスペインへの伝染 contagion がポイントになります。GDP規模で見て、ギリシアとポルトガルを合わせてもスペインの半分に満たないわけで、その気になれば国際機関やユーロ圏各国からの何らかの救済策も可能ですが、逆に、スペインはユーロ圏各国合計の1割超のGDPシェアを占めます。その意味で、クルーグマン教授のニューヨーク・タイムズ紙のブログが連日のようにスペイン経済に関する不安をあおっているのが私には気がかりだったりします。まあ、まさかクルーグマン教授がソロス氏オススメのギリシア国債を空売りしているとは思いませんが。
日本への教訓としては、第3に、私がかなり迷っていた sovereign crisis の起き方はサドンデスではない、ということです。幸田真音さんの『日本国債』の世界ではなさそうで、ジワジワと国債金利にスプレッドが乗せられる期間がある可能性が高いと受け止めています。第4に、一般的に、sovereign crisis の可能性を考える場合、実は、経常収支不均衡を注視する必要があるということです。よく、日本では個人の金融資産が1400兆円あるので国債残高を上回っている、といった議論を見かけますが、貯蓄投資バランスを見る場合、海外からの借入れに依存しているかどうかが重要です。その点、日本は昨日取り上げた経常収支で黒字を計上し続けており、問題はギリシアに比較して極めて小さいといえます。しかし、最後に、第5に、ギリシアやポルトガルと異なり、日本が sovereign crisis に陥ったら、世界のどこからも救済策は受けられません。モラル・ハザードが生じないのは結構なのかもしれませんが、すべて自国内で処理しなければなりません。もちろん、非連続的かつ大幅な歳出のカットと増税が必要になることは言うまでもありません。そうなる前にキチンと考えましょうね、ということで、今夜取り上げたような試算を発表することは大いに結構だと思います。

最後に、やや関係は薄いんですが、財政政策の出口戦略に関連して、Alesina, Alberto F. and Silvia Ardagna (2009) "Large Changes in Fiscal Policy: Taxes Versus Spending," NBER Working Paper No.15438, October 2009 に注目しています。もっとも、中身はアレジーナ教授のいつもの主張と変わりなく、経済成長の観点から、財政拡大の際は減税が有効で、逆に、財政調整は歳出削減がオススメだとされています。ご興味ある方はどうぞ。

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