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2010年3月12日 (金)

片岡剛士『日本の「失われた20年」 デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店)を読み経済政策について考える

片岡剛士『日本の「失われた20年」 デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店)片岡剛士さんの『日本の「失われた20年」 デフレを超える経済政策に向けて』(藤原書店)を読みました。どうして読んだかというと、著者の片岡さんからご著書を大学までお送りいただいたからです。こういう場合は何らかのレスポンスをしておくと、引き続き、別のエコノミストからも本の寄贈を受けられると経験則で知っていますので、極めてマイナーは媒体ながら、私のブログで取り上げておきたいと思います。なお、左の画像は藤原書店のサイトから引用しています。まず、この著書は藤原書店主催の第4回河上肇賞を受賞した論文を大幅に加筆修正したものとなっています。河上肇賞受賞、誠におめでとうございます。恥ずかしながら、私はこの賞について知らなかったんですが、河上肇教授はいうまでもなく、我が母校の京都大学経済学部で真っ先に指を屈すべき大先生であり、少なくとも私が在学していた時は学部祭として「河上祭」が毎年開催されていました。私の在学当時には河上肇生誕100年の記念行事もあったりしました。「言うべくんば真実を語るべし。言うを得ざれば黙するにしかず」という河上教授の言葉は私の大好きな名言のひとつで、このブログでも2006年6月8日のエントリーで取り上げていたりします。なお、著者の片岡さんは三菱UFJリサーチ&コンサルティングにお勤めで、リフレ派エコノミストのエースの1人です。リフレ派のエコノミストは多士済々なんでしょうが、私が補欠としてベンチにも入れてもらえずに観客席から応援しているだけなのに対して、片岡さんは堂々のマウンドさばきでリフレ派エコノミストのレギュラーメンバーといえます。
まずは、何より重厚かつオーソドックスな論理の展開です。私も最近は本を読み飛ばすことが多いんですが、久し振りにノートを取りながら読みました。それだけの価値ある本だという気がします。目次の構成は藤原書店のサイトに譲るとして、第1章では世界金融危機について概観し、動学的不均衡を援用して、世代重複(OLG)モデルから導かれるティロルの "Asset Bubbles and Overlapping Generations" に沿ったバブルの定義を示しつつ、岩田規久男『金融危機の経済学』(東洋経済新報社)に基づいている印象があります。ただし、やや冗長です。第2章では、バブル崩壊後の1990年代からの日本経済の停滞が需要面と供給面から半々としつつ、「我が国が経験したバブル崩壊と長期停滞は、過大に評価されたストック価格の急激な調整に対してフロー価格の調整が緩慢に進むことで長期停滞をもたらすという、まさに貨幣的現象に基づく経済変動を再現したものである。」(p.160)との結論に達しています。第3章では、『経済分析』第177号における飯田・小林の議論を紹介し、いずれの見方からも、マネタリーベースの増加により信用乗数は上昇することを明らかにし、量的緩和の効果は(1)ポートフォリオ・リバランス効果、(2)時間軸効果、(3)金融システム安定化効果の3点と整理しています。第4章では、ラグを含めて財政・金融政策当局の誤認を明らかにし、金利を操作するという金融政策はデフレ脱却には有効でなかったこと、及び、政府における構造改革と成長やマクロ経済安定化政策は別物であると結論しています。第5章では、財政政策について将来増税とのセットで財政拡大の効果を減殺したこと、また、金融政策ではリスク資産へのシフトという意味で質的にも、当然ながら、量的にも日銀金融政策は不十分であるとし、現政権に対して「野党根性」も「円高容認、金利正常化」も捨て、昭和初期の高橋財政の再現を提唱しています。当然、柱となるのはインフレーション・ターゲティングです。終章では、拡張エッジワース・ボックスのコーナー解の回避としてのマクロ経済政策について詳細な議論が展開されています。
さて、私がこの本を読んで経済政策について考えたことが2点あります。まず第1に、経済政策の第1次の目標とすべきは何か、ということです。我が国経済政策論の泰斗である熊谷教授のエッセイにもある通り、社会的に推移律が成り立たない以上、「経済政策の問題を社会的厚生関数の極大化といったような形で考えることは、やめたほうがよい」(p.7)わけですから、何をもって経済政策の第1次的アプローチとすべきかはある程度重要です。この点において、本書には少し混乱が見られます。すなわち、景気変動の平準化か、GDPギャップの許容できる水準への縮小か、です。私は雇用を重視しますので後者の立場なんですが、本書ではラグの計測に景気転換点からの遅れの月数でカウントしていて、少し違和感を覚えます。おそらく、GDPギャップをひとつの経済政策の目標としつつ、しかも、一定の閾値があるのではないかと私は考えています。もっとも、ものぐさな私のことですから深く追求はせず直感的な議論で済ませますが、私の上げた2つの経済政策の第1次接近目標は、何らかの仮定を置けば同値であろうという気はします。
第2に、現在では経済政策が理念上のものではなく、ゲーム論的な様相を帯びるに至ったという実感です。昔からの議論として、関税においては理念上の自由貿易は一向に実現されず、多国間または2国間などでの交渉事になっていることは誰の目にも明らかです。おそらく、今年メキシコで開催されるCOP16における地球温暖化防止のためのCO2削減交渉も関税交渉と同じレベルになりそうな気がします。本書でも指摘されているように、トリフィンのトリレンマから先進各国では固定為替制度が放棄されているわけですが、リーマン・ショック後の先進各国の金融政策運営を見ていても、この為替から実体経済へのトランスミッションをいくぶんなりとも念頭に置いたゲームが展開されていた気配を私は感じています。しかも、ここ数か月間の日銀の動向を見ていると、国民経済の利得を目指した先進国間のゲームと併せて、中央銀行と政府の間で別のゲインを目指したゲームがプレーされているような印象すらあります。経済政策を学問的に考えるに当たって、実務面での経済政策策定・遂行について、まったく別の見方を要するようになった気がしないでもありません。あくまで、直感的な私の印象ですので、もう少し考えたいと思います。

拡張エッジワース・ボックスのコーナー解の回避としてマクロ経済政策を論じているオーソドックスな本書の読書感想として、ゲーム論的な経済政策の分析の視点を主張する私のような初学者は、リフレ派エコノミストのベンチに入るまでもう少し時間を要するのかもしれません。

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コメント

GDPギャップがプラスなら物価(上昇率)は上がるというのは、教科書的にはそのとおりではありますが、安定的なものかは、微妙ですよね。まさに、「何らかの仮定を置けば」のような気がします。 2006年後半からの2年程度、GDPギャップがプラスでしたが、ずっとGDPデフレーターはマイナスですし、エネルギー除きのCPIコアコアも同様です。 これらの関係が安定的でないと考えるべきなのか、下記の分析のGDPギャップの水準がおかしい(均衡稼働率などの設定に問題がある)と考えるべきなのか、どちらなのでしょうか? (単位労働コストにも、似たようなことが言えるかもしれませんが・・・)

http://www5.cao.go.jp/keizai3/shihyo/2010/0301/951.html

投稿: TOMOHIKO SENGE | 2010年3月12日 (金) 22時12分

長期の安定性と短期の振れをどのように考えるのかもポイントだと思います。

投稿: 官庁エコノミスト | 2010年3月13日 (土) 19時26分

ご教示、ありがとうございました。ただ、「2年とは、物価にとって短期」と見るかにもよるかと思われました。
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis180/e_dis173b.pdf
のGDPデフレーターの推計式では、推計期間は2004年以前のものですが、過去2期(四半期モデルなので半年分)のGDPギャップに対して、有意にプラスに反応しているようです。
その他の説明変数が、自己ラグなので、何によってGDPギャップが正でもGDPデフレーターがマイナスなのか、これからは、ちょっと説明しづらいですね・・・。

投稿: TOMOHIKO SENGE | 2010年3月13日 (土) 22時31分

私もGDPギャップの計測方法は2回ほど取りまとめたことがありますが、いろんな方法論があって、生産関数で決め打ちするのは難しそうな気がします。

投稿: 官庁エコノミスト | 2010年3月14日 (日) 17時59分

具体的には、平成12年度の経済白書にある、以下のようなことを指していらっしゃるのでしょうか?

「一方、後者の生産関数アプローチについては、より多くの情報に基づいて推計されること、及び景気の山谷に仮定を置かなくとも足許まで計算できるというメリットがあり、OECDのような国際機関をはじめ広く用いられている。しかし、デメリットとしては、生産関数の計測に技術上の問題点があること、全要素生産性の上昇率に屈折があったと想定するかどうかによって結果が左右され、この点に恣意性が残ること、特に労働投入に関し何をフル稼働と見るかについて必ずしも一義的な基準がないこと、などが挙げられる。このため、仮に全要素生産性上昇率や労働時間などに下方屈折があったのに、従来どおりとの想定が置かれている場合にはGDPギャップを過大に見過ぎてしまうという懸念がある点には注意が必要である」

http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je00/wp-je00-00202.html
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je00/wp-je00bun-2-2-3%281%29z.html

投稿: TOMOHIKO SENGE | 2010年3月15日 (月) 10時35分

 的確かつ簡潔な内容紹介とともに拙著をお取り上げ頂いてどうもありがとうございます。御礼申し上げます。また鋭いご指摘もありがとうございます。
 お話の件ですが、経済政策の目標という点について、景気変動の平準化か、GDPギャップの許容できる水準への縮小か、という二点については、例外的な状況が生じない限りは両立するのではないかと思っています。直感的にいえば、景気の悪化に対処するのが遅れれば景気悪化は深刻化するのでしょうし、景気悪化も長期化するのではないかと思います。勿論実体経済に対して政策が影響を及ぼさないという立場もあり得ると存じますが、政策と実体経済との関係が何かしらあると想定すれば、景気循環のタイミングに即応して政策を行うという観点は必要かなと思った次第です。
 現状ですと景気回復局面に入りながら依然として過大なデフレギャップが残存している状況のように思われます。「失われた20年」を特徴づける要因の一つと考えるデフレの進展と脆弱な内需がデフレギャップの縮小を極めて緩慢なものにしていると思いますので、こういった際にはデフレギャップを縮小しつつ景気拡大を促進することが重要でしょう。そのことでインフレを伴う形での経済成長を進めることが可能な経済環境に復帰させることがまず必須ではないかと思います。
 又、GDPギャップと物価との関係についての話題にも典型的だと思いますが、政策を判断する際に重要だと感じる視点は、経済理論上重要だと考えられる幾多の変数(GDPギャップ、自然失業率、自然利子率等々・・・)は推計によって間接的にしか得られないという点です。この点は政策担当者が理論を歪める形で自己の政策を正当化する余地を作り、それが失敗をもたらすという側面もあり得るのではないかと感じます。経済に関する信念や知識が政策決定に影響を与えるという論点には以上の話題も検討対象として含まれると存じますが、今後の課題として検討したいと思っています。
 関連して、GDPギャップと物価との関係が希薄ではないかというコメントもされていますが、本書ではそういったご指摘があろうことを踏まえて、出来る限り様々な状況証拠を積み重ねる形で論じるという体裁をとっているつもりです。
 次のご指摘ですが、経済政策を理念型として捉えるかゲーム論的な様相を帯びているものと捉えるかという点です。ゲーム論的な分析・把握は実証的な側面(実態を分析する)に基づくものだと思いますが、本書ですと5章までほぼpositiveな視点から論じていましたので、最後は理念的に政策手段の見取り図を描いてみたいなぁと思った次第です。ゲーム論的な知見を活かした経済政策の分析は、合理的選択論のような分野で発展していると思いますが、日銀・財務(大蔵)省、政府との三つ巴の行動様式が長期停滞にどう影響していたのかという視点は私も今後突き詰めていきたいと思っているところです。まとまっておらず恐縮ですが、重ねて御礼申し上げます。

投稿: goushikataoka | 2010年3月15日 (月) 11時42分

著者ご本人からのコメントを有り難うございます。

投稿: 官庁エコノミスト | 2010年3月15日 (月) 19時25分

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日本の失われた20年 デフレを超える経済政策に向けて作者: 片岡 剛士出版社/メーカー: 藤原書店発売日: 2010/02/25メディア: 単行本 タイトルの通り、日本経済の失われた20年を振り返り、現在必要な経済政策を提言する内容。 本書の分析によると、日本経済の低迷はまだまだ続くことになる。 ... [続きを読む]

受信: 2012年8月29日 (水) 23時11分

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