生産の鈍化と雇用の今後を占う
本日、経済産業省から鉱工業生産指数、総務省統計局から失業率などの労働力統計と家計調査、厚生労働省から有効求人倍率などの職業安定業務統計が、それぞれ発表されました。いずれも5月の統計です。このうち、ヘッドラインとなる季節調整済み鉱工業生産指数の前月比は2月以来3か月振りのマイナスを付け▲0.1%の減産となりました。失業率は2か月連続で上昇して5.2%に達した一方で、有効求人倍率は0.50まで改善しました。まず、長くなりますが、日経新聞のサイトから関連する記事を引用すると以下の通りです。
鉱工業生産3カ月ぶりにマイナス 内需政策効果が一巡
経済産業省が29日発表した5月の鉱工業生産指数(速報値、2005年=100)は前月比で0.1%低い95.9と、3カ月ぶりにマイナスになった。北米やアジア向けの自動車輸出が伸び悩み、国内の消費刺激政策の効果にも一巡感が出ている。ただ鉱工業生産は6月、7月には再び上昇に転じる見通しで、経産省は基調判断を「生産は持ち直しの動きで推移している」に据え置いた。
業種別では輸送機械工業が3カ月ぶりに2.7%低下した。普通乗用車や自動車関連部品の輸出が伸び悩み、エコカー補助などの国内の消費刺激策による押し上げも一巡したという。印刷用紙の生産が落ち込んだほか、ガソリンや鉄鋼も鈍化した。
一方で夏の新商品発売に向け、液晶テレビの生産が14.5%上昇した。携帯電話やノート型パソコンも好調で、情報通信機械工業全体では4カ月ぶりに5.5%増えた。国内外で需要が高まっているエアコンなど電気機械は1.5%のプラスに転じた。
出荷指数は96.4と1.7%低下した。低下は3カ月ぶり。在庫指数は2.0%上昇し、96.5になった。
先行きの生産予測指数では6月に前月比0.4%、7月に同1.0%の上昇になる見通し。主に電子部品など一般機械工業の生産が増え、全体を押し上げるとみられる。4-6月期は前期比で1.9%の増加になり、1-3月期の同7.0%と比べ生産の伸びは鈍化している。
直嶋正行経産相は同日の記者会見で「景気は着実に回復しており、不況からの出口にさしかかっている。ただ5月は全体的に経済指標があまり良くないため、失業率や為替などを注視する必要がある」と述べた。
完全失業率、3カ月連続の悪化 5月5.2%、求人倍率は改善
総務省が29日発表した5月の完全失業率(季節調整値)は5.2%と前月に比べ0.1ポイント上昇した。悪化は3カ月連続。景気の持ち直しを背景に、仕事を求める15-24歳の若年者が増え、失業率を押し上げた。厚生労働省が同日まとめた有効求人倍率(同)は0.02ポイント改善の0.50倍。求人は徐々に増えているものの、雇用に結びつかない「ミスマッチ状態」が続いている。
完全失業率は15歳以上の働く意欲のある人のうち、職に就いていない人の割合。男女別では男性が5.5%、女性は4.7%となり、いずれも前月と同じだった。厚労省は足元の雇用情勢について「持ち直しの動きが見られるものの、依然として厳しい状況にある」と基調判断を据え置いた。
5月の完全失業者は前年同月と変わらず347万人。就業者数は6295万人と47万人減った。公共事業の削減などを背景に、建設業が16万人減の492万人。製造業も1056万人と22万人減った。一方、医療・福祉は658万人と39万人増えた。
年齢別の完全失業率をみると、15-24歳が10.5%と1.2ポイント増えたのが目立つ。総務省は「景気の回復で新たに職を探す人が増えている」とみている。失業率は職を探している人数を分子に置いて算出するため、働くのをあきらめていた人が景気回復時に職探しを始めると一時的に上がる傾向がある。今後の雇用情勢を占う上でも若年者の動向が焦点のひとつになる。
有効求人倍率が改善したのは2カ月ぶり。0.50倍台になったのは昨年3月以来。ただ雇用の先行指標となる新規求人倍率は0.83倍と0.05ポイント低下した。
5月実質消費支出、0.7%減 天候不順も影響
総務省が29日発表した5月の家計調査速報によると、2人以上世帯の個人消費支出は物価変動を除いた実質で前年同月比0.7%減となった。マイナスは2カ月連続。昨年5月は定額給付金を配った影響でこづかいや交際費などを増やす世帯が多かったが、今年はその反動が出た。ゴールデンウイークはレジャー関連の支出が好調だったものの、中旬以降は天候不順も響き消費は低調に推移した。
1世帯あたりの消費支出は28万714円。実感に近い名目消費は前年同月比1.7%減となった。総務省は個人消費について「水準が低い状態にある」との見方を示している。
品目別にみると、こづかいや交際費など「その他の消費支出」が実質で前年同月比4.7%減った。食料に対する支出も1.8%減った。一方でエコポイント効果から薄型テレビの売り上げは台数ベースで前年同月比1.5倍に伸びるなど依然好調だった。
続いて、統計別に、まず、鉱工業生産指数のグラフは上の通りです。すべて季節調整済みの系列で、上のパネルから生産指数、出荷指数、稼働率指数です。一番下の稼働率指数だけ最新のデータは4月統計までしか発表されていません。5月統計での出荷の落ち込みは生産を上回っています。世界経済の鈍化に伴う輸出の伸びの鈍化や政策効果の剥落とともに生産は停滞色を強めています。金額ベースと数量ベースの違いはあるものの、6月24日付けのエントリーで取り上げた5月輸出の季節調整値の減少と本日発表された生産の減産はほぼ整合的と私は受け止めています。引用した記事にもある通り、6-7月の予測指数は増産を見込んでいますが、四半期で見ても4-6月期は1-3月期から伸びが大きく鈍化することは明らかです。従って、稼働率はほぼ横ばい状態に入っています。機械設備の稼働率と労働需要は短期にはかなりの程度にリンクする可能性を見逃すべきではありません。
次に雇用指標のグラフは上の通りです。これもすべて季節調整済みの系列で、上のパネルから失業率、有効求人倍率、新規求人数です。有効求人倍率が改善した以外は、失業率が上昇し、新規求人数も減少しました。雇用環境はまだら模様といえます。ただし、引用した記事にあるように、失業率の上昇を仕事を求める20-24歳層の労働市場への参入によって説明しようとするのはムリがあると私は考えています。というのは、下のグラフで示したように、季節調整済みの系列で見て、労働力人口も雇用者数もともにここ2-3か月で減少しているからです。景気回復初期においては、職を求める求職者の労働市場への参入が求人を上回って、結果的に失業率が上昇することが大いにあり得ますが、少なくとも、ここ3か月の失業率の上昇は労働力人口も雇用者数も減少を続ける中での現象です。一般的な景気回復初期の失業率上昇で説明することは間違いだと考えるべきです。
それでは、ということで、季節調整済みのデータで前月と比較するのと季節調整していないデータで前年同月を比較するのは必ずしも整合性を保てないんですが、直感的に理解するために、下のグラフでは季節調整していない非農業部門雇用者数の産業別雇用者数の前年同月との比較をしています。ここでも、雇用者数は4月5月と前年同月を下回っていることが示されています。建設業と製造業が引き続いて減少しているほか、下のグラフでは「その他」に分類しているうち、教育・学習支援と公務で減少幅が大きくなっています。私にもここまでしか分からないんですが、本格的に雇用が回復するのにはもう少し時間がかかる可能性があるのかもしれません。
続いて、家計消費支出については下のグラフの通りです。緑色の折れ線グラフが名目消費、赤が実質消費で、いずれも季節調整済みの系列です。引用した記事では定額給付金の反動で前年比マイナスが強調されていますが、季節調整値でみると5月は増加しており、3月末の家電エコポイントの制度変更に伴う駆込み需要の反動も4月の1か月だけで終了したのではないかと私は楽観しています。また、昨年と比較するに当たっては、定額給付金とともにマスクの売切れが続出した新型インフルエンザ関連需要も考慮する必要があり、量的にはともかく、支出の質的な面からは国民生活が改善しているとの見方も出来ます。
最後に、私の従来からの主張である世代間格差に関して、日経新聞の論調では若年層の労働市場参入で失業率が上昇したように表現されていますが、もうひとつ、ほとんどのエコノミストが気付いていない高齢者の労働市場からの退出が進んでいない点も見逃すべきではありません。すなわち、主としていわゆる「団塊の世代」からなる現在の60-64歳世代の労働市場への滞留が生じています。下のグラフの通り、2007年以降で見て60-64歳世代の労働力化率が飛躍的に上昇しています。この3年間で5%ポイント上昇しました。もちろん、技術の継承などの点から経済合理的な面もありますが、60歳以上層の労働市場からの退出の遅れが若年労働力の労働市場参入を圧迫している面があります
結果的に、日本は世界でもまれに見る高齢者人口の労働市場参加率の高い国となっています。下のグラフは国際労働機関 (ILO) の LABORSTA Internet から取った2008年時点の統計で、55歳以上世代の5歳階級別で見た労働市場参加率をプロットしています。見れば明らかですが、日本は米国を上回り、欧州各国と比較しても格段に高齢者の労働参加率の高い国となっています。人口減少時代に突入して、高齢者や女性のより積極的な労働市場参加が潜在成長率を高めることは、それ自体としては理論的に正しいんですが、統計的な事実を確認しないまま観念的な議論が先行していて、女性は別としても、現時点でも先進各国の中で格段に高齢者の労働参加率の高い日本において、今まで以上に高齢者の労働参加率を高めることが、果たして、経済合理的であるかどうかの議論が置去りにされているように私は感じています。高齢者の雇用機会の確保よりも若年層の雇用機会の充実の方が長期的な日本の潜在成長率にとって重要と考えるエコノミストは私だけなんでしょうか?
「高齢者の労働参加率を高めると、人口減少時代でも潜在成長率の低下を食い止められる」というドグマは、少なくとも日本に関しては、私がよく使う言葉で言えば、経済学のオカルトに近いんではないかと考えています。
| 固定リンク
コメント