冲方丁『天地明察』(角川書店) を読む
少し前なんですが、冲方丁さんの『天地明察』(角川書店) を読みました。広く報じられた通り、今年の本屋大賞に選ばれた小説です。舞台は江戸時代初期17世紀の時代小説にして、碁打ちの名門家系に生まれ、算術にも造詣の深い主人公、2代目安井算哲こと渋川春海が、9世紀に唐からもたらされた宣明暦を廃して独自の貞享暦(大和暦)に改暦する大作業を描いた力作です。歴史上名高い保科正之、水戸光圀、酒井忠清といった江戸時代初期の武家の頭領、というか、当時の大政治家、あるいは、我が国でもっとも著名な数学者と言える関孝和などとの交流もあり、重厚な作品に仕上がっています。
繰返しになりますが、主人公は宣明暦から貞享暦(大和暦)への改暦作業を行うわけで、その途中段階で、元の授時暦を検証することなく持ち出して大失敗し、関孝和から怒鳴り散らされる場面が私にはもっとも印象的でした。また、武断政治から文治政治への移り変わる時代背景なども手際よく取り込まれています。暦を司るのが京都の朝廷なのか、幕府なのか、あるいは、暦を発行することによる利益など、誰もが興味を持ちそうなポイントをしっかり押さえていて、一気に読める作品です。ただし、私のような時代小説に慣れた読者には、最初の方の武家の作法などはやや冗長に感じられる一方で、土御門家との共同作業になった改暦あたりから最後の方はやや軽く流した雰囲気があり、読みようによっては物足りなさを感じるかもしれませんが、私なんかからすれば読後感がよかったひとつの要因と受け止めています。
私の独自の観点かもしれませんが、今まで時代小説を読んだことがなかった読書子にオススメです。一気に読める作品で、4ツ星か、5ツ星か、少し迷うところです。
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