若年者雇用のもうひとつの阻害要因は教育か?
先週9月3日のエントリーでは若年者雇用の阻害要因のひとつとして何らかの経済合理的でない偏見や既得権が若年者の雇用に不利に作用している可能性を指摘しましたが、その際に「見識がない」の一言で省略した若年者のスキルの問題について、教育費との関係でもう一度考えたいと思います。もっとも、教育と教育費、さらには、教育と職業上のスキルの関係については、引き続き、私には見識がないんですが、取りあえず、若年者雇用を阻害する要因としてスキルの問題があるのであれば、その根本には何らかの意味で教育の問題が横たわっていることは確かでしょうから、その教育を支える教育費の問題について考えることも無意味ではないという気がします。
というのは、一昨日、経済協力開発機構 (OECD) から Education at a Glance 2010: OECD Indicators が発表され、我が国の教育費の公的負担のGDP比が加盟国中最低との結果が明らかになりました。まず、このOECDのリポートに関する朝日新聞のサイトから記事を引用すると以下の通りです。
日本の教育予算、OECD最下位 GDP比3.4%
経済協力開発機構(OECD)は7日、日本や欧米など32カ国の教育状況をデータで紹介する「図表でみる教育 2010」を発表した。2007年現在の統計で、教育機関に支出される日本の公的支出の割合は、国内総生産(GDP)比で3.4%と、データのある加盟28カ国の中で最下位になった。
統計は、小中学校や高校、大学など全教育機関に対する国や自治体などからの公的な支出の額(奨学金を含む)を国際比較した。
GDP比の公的支出は加盟国平均で5.2%で、最も高かったのはデンマークの7.8%。次いでアイスランドが7.4%、スウェーデンとノルウェーが6.7%だった。ただ、日本では今年度からすべて国費で高校の授業料無償化を始めているが、その予算はまだ調査に反映されていない。
日本では子ども1人あたりの教育支出はOECD平均を上回っているが、家計などの私費負担の割合が高い。日本は教育支出のうち私費負担が33.3%を占め、加盟国平均の17.4%を大きく上回る。特に、小学校入学前の就学前教育(56.2%)と、大学などの高等教育(67.5%)で高い水準になった。
教育と労働の関係を見ると、高卒より大卒の方が就職率が高く失業率が低い傾向にあり、加盟国の平均的な姿に近い。特に女性は高卒と大卒の所得差が大きいという。加盟諸国の統計からは、教育への投資は労働市場に影響し、税収にも還元されることがうかがえるといい、OECDは「どの国も財政が苦しい中で、どのような政策を選択し組みあわせればより効率的で効果が上がるかを考えていくべきだ」と指摘している。
引用した記事にある2種類の各国比較をグラフにすると以下の通りです。まず、教育に対する公的支出のGDP比をプロットしています。2007年の統計です。引用した記事にもある通り、最大はデンマークの7.8%、OECD平均が5.2%、日本はわずかに3.4%で比較できるOECD加盟国の中で最低となっています。データの出典は Education at a Glance 2010: OECD Indicators の p.243 Table Table B4.1. Total public expenditure on education (1995, 2000, 2007) です。
当然の帰結として、日本では教育費に占める公的資金の割合が低いわけで、わずか66.7%に過ぎず、残りの33.3%が家計からの私的な負担となっています。公的負担割合が最も高いのがフィンランドの97.5%で、OECD加盟国平均は82.6%となっています。以下のグラフの通りです。データの出典は Education at a Glance 2010: OECD Indicators の p.231 Table Table B3.1. Relative proportions of public and private expenditure on educational institutions, for all levels of education (2000, 2007) です。
もしも、教育に支払われるリソースが教育の質を決定し、そして、教育の質が教育を受けた若年者のスキルに支配的な影響を及ぼすとすれば、という2重の大きな仮定に依存しますが、これらの仮定が成り立つとすれば、若年者雇用に対する教育リソースの不足、特に公的リソースの不足は以下の2点の問題を生じる可能性があります。まず、第1に、若年者のスキルの不足です。教育に先進国並みのリソースをつぎ込んでいませんから、そのリソース不足の教育を受けた若年者のスキルが十分でないのは当然です。第2に、若年者間のスキルの不平等です。平等性の高い公的リソースではなく、家計から支払われるリソースに頼る割合が各国比較で相対的に高いんですから、その家計の支払い能力により若年者間でのスキルの不平等度合いが日本では諸外国に比較して高くなるのは当然です。しかも、家計の支払い能力により教育の質や卒業後のスキルが決定される可能性が高いのであれば、格差や不平等が世襲される恐れが大きいと受け止めるべきです。なお、私はマクロ経済をウォッチするエコノミストとして、従来から、求職する側のスキルは必ずしも重視せず、求人する側と言うべきマクロ経済、すなわち、潜在GDPと比較したGDPギャップをより重視していますが、スキルの果たす役割がゼロであると主張しているわけではありません。総合的に考えて、公的な教育費をケチっていることが、若年者の雇用に何らかの悪影響を及ぼしている可能性は否定できないと考えるべきです。
で、日本ではどのくらい教育に支出すべき公的なリソースが不足しているかといえば、最初のグラフのOECD加盟国平均と比較すると、GDP比で1.5-2.0%ということになります。極めて大雑把に名目GDPを500兆円強とすれば8-10兆円です。ですから、第1に、半額実施で始まった子ども手当の2.3兆円に高校授業料実質無償化の0.4兆円を加えても不十分と考えるべきです。これをカウントしてもまだ5兆円以上不足します。第2に、私のような世代間格差是正論者からすれば、この教育への財源は高齢者向けの支出から調達することが効率的です。そこで、同じようにOECD加盟国で横断的に社会保障を分析したリポートを調べると、以下のようなグラフがありました。出典は Adema, Willem and Maxime Ladaique (2009) "How Expensive is the Welfare State? Gross and Net Indicators in the OECD Social Expenditure Database (SOCX)," OECD Social, Employment and Migration Working Papers No.92,, Organisation for Economic Co-operation and Development, November 2009 の p.26 にある Chart 4.3: On average OECD countries spend 7% of GDP on pensions and 6% on health services の左半分です。
すべて2005年のデータでGDP比です。各国国名の後ろのカッコ内は公的な社会保障給付のGDP比であり、この大きさでソートしてあります。棒グラフは現金給付 Cash benefits であり、そのうちの黒の部分は高齢者向けの年金など Pensions (old age and survivors)、グレーは勤労世代向けの所得保障 Income support to the working age population となっています。前者はOECD30カ国平均でGDP比7.2%、後者は4.4%なんですが、日本ではこのバランスが著しく高齢者向けの年金などに偏り、前者が8.7%に達している一方で、勤労世代向け所得保障は1.5%に過ぎません。この数字は社会保障における現金給付だけですから、医療や介護などの現物給付は含んでおらず、また、我が国では他国に比較して高齢者の人口比率が高い上に所得格差が大きいことも考慮する必要がありますから、一定の注意をもって慎重に検討する必要がありますが、シロート目で単純に考えれば、日本では高齢者向けの年金などがOECD平均に比べてGDP比で1.0-1.5%くらい手厚い可能性があり、この年金を削減して教育費に回せば両方でOECD加盟国平均に近づくような気がします。繰返しになりますが、シロート計算でどこか間違っている可能性もありますし、何といっても、9月3日のエントリーでも取り上げた「シルバー・デモクラシー」の観点から実現可能性が不透明ではありますが、高齢者向けの社会保障を聖域なく切り込めば、教育費の先進国並み増額のための財源捻出は不可能ではないと私は考えています。
高齢者向けの年金も重要ですが、将来的な日本の生産性の向上や経済成長に寄与するとの観点からは、教育につぎ込むリソースを増加させ、若年者をスキルアップさせることも必要です。World Economic Forum の The Global Competitiveness Report 2010-2011 によれば、日本の国際競争力は世界第6位と昨年より上昇しましたが、若年者のスキルアップのための教育の財源を考えるに際して、我が国はすでに多額の財政赤字や国債残高を抱えているわけですから、「予算の1割削減」や行政のムダの排除のための「事業仕分け」も大いに活用しつつ、これらに加えて、予算の配分について世代間の公平を考慮すべき段階に差しかかっている可能性を指摘したいと思います。
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コメント
なるほどです。日本は意外と教育関連の支出が少ないんですね。ただ、逆にみんなが大学に行くようになると大学の価値がなくなるというのも考えられるのでは?イギリスでも大学に行くことのプレミアムはものすごい価値で落ちていっているという研究があります。個人的にはなるべく国にたよらず教育費は自分で負担するというのが正しいあり方だと思っています。みんなが大学に行くような社会はおかしいしそのために国が援助するのも変だと思っています
投稿: wasting time? | 2010年9月11日 (土) 04時06分
私は、現在の教育のレベルそのものと、さらに、その中での格差は社会的に許容できるかどうか、少し疑問があります。
投稿: 官庁エコノミスト | 2010年9月11日 (土) 09時34分