年賀状を準備しつつ、室積光『史上最強の内閣』 (小学館) を読む
12月も半ばに迫り、そろそろ年賀状の準備に追われています。昨年の今ごろは長崎への単身赴任生活での2度目のお正月だから、東京に帰る日も近いことを予想して年賀状には熱心ではなかったんですが、今年は東京に帰ったことを周知徹底するためにも、少なくともいつも通りの年賀状を出そうかと考えています。というのも、つい先日、我が母校の京都大学経済学部の卒業生名簿が送られて来たんですが、私の住所はいかんともしがたく長崎のままになっていたりします。
年賀状準備の合間を縫って、室積光『史上最強の内閣』 (小学館) を読みました。何となくタイトルから中身は想像出来るような気もしますが、出版元の小学館のサイトからあらすじを引用すると以下の通りです。
総理大臣は、京都のお公家様!?
北朝鮮が、日本にむけた中距離弾道ミサイルに燃料注入の報が!
中身は核なのか? それとも……。
支持率低迷と経済問題で打つ手なしの政権与党・自由民権党の浅尾総理は、本物の危機に直面し「本当の内閣」に政権を譲ることを決意した。
アメリカすら「あないな歴史の浅い国」と一蹴する京都出身の二条首相は、京都駅から3輛連結ののぞみを東京駅までノンストップで走らせたかと思えば、その足で皇居に挨拶へ。何ともド派手な登場の二条内閣は、早速暴力団の組長を彷彿とさせる広島出身の防衛大臣のもと「鉄砲玉作戦」を発動したのだが、果たしてその結果やいかに?
「こんな内閣があったら……」笑って笑って、涙する、史上初の内閣エンタテインメント!
ということで、「史上初の内閣エンタテインメント」とうたわれていますが、30年ほど前に私が読んだ記憶のある和久俊三さんの『権力の朝』が勘定に入っていない気がします。気になる方はネット検索でもしていただくこととして、私自身も内閣官房の官邸スタッフとして、内閣にお仕えした経験がありますが、2005年秋の小泉内閣退陣後、安倍内閣、福田内閣、麻生内閣、鳩山内閣と、ここ数年は政党を問わず1年ほどで内閣支持率が一気に下がり、内閣が1年持たないという現象が続いていることは事実です。とうとう政権交代後の鳩山内閣は1年にまったく達しませんでした。そこで、このエンタテインメント小説では憲法も内閣法も国会での首班指名も、まったく関係なしに超法規的に京都からナショナルチームの1軍内閣がやって来るというところから始まります。自分の出身地だから言うわけではありませんが、やっぱり、来るとすれば京都から来るんでしょう。他の都市では、たとえ大阪でも、しっくり来ない気がします。
きっかけは北朝鮮の核ミサイル発射準備ですから、内閣情報調査室のトップである内閣情報官が閣僚に交じって大活躍します。もちろん、閣僚では外務大臣と防衛大臣です。そして、極めて興味深いのは、テレビと新聞から1名ずつメディア代表ということで、内閣のすべての決定プロセスを明らかにし、50年後をめどとする後世にこの内閣の記録を残そうとすることです。これは私の知る限り、他にもあるのかもしれませんが、この時期に常に取り上げられる「忠臣蔵」の赤穂浪士の処分に関する時の徳川幕府のやり方と同じです。柳沢美濃守吉保から荻生徂徠に赤穂浪士の処分が下問され、切腹は致し方ないとしても、さまざまな意見を記録として残し、後年、赤穂浪士の処分が厳し過ぎると世論が盛り上がった際には、これらをチビチビと公表して赤穂浪士の切腹が苦肉の処分であったことを明らかにする、というのが荻生徂徠の回答だったと言われています。この超法規内閣も内閣の決定をすべてメディアの代表に明らかにし、50年後に公表するという予定になっています。作者がどのような観点からこうしたのか、極めて興味深いところです。
中身は基本的にコメディですが、ある意味で、国民の多くが納得できる戦略を取ります。もちろん、北朝鮮の後継者が首都圏近郊で捕まって、解放後も東京のキャバクラに通い詰めになるとか、信管を抜いた核ミサイルが飛来するとか、北朝鮮には残置諜者がいるとか、なかなか現実には想定しにくいプロットも置かれていますが、内閣の決定や閣僚の思考回路は極めてマトモで、国民のコンセンサスを形成できる可能性が高いものばかりです。しかも、この内閣が自ら期間限定で統治に当たるんですから、とっても分かりやすくなっています。
ある意味で、戦後民主主義の否定になりかねない登場をする内閣ですが、そこはエンタテインメント小説であることを認識の上、大人の対応で読み進むべき本といえます。リアリティの不足のためにフルマークの5ツ星に少し足りなくて、4ツ星半くらいではないかと思いますが、多くの方が手に取って読むことを私は願っています。
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