途上国への本国送金 remittances は経済発展に役立つか?
とってもマイナーなトピックなんですが、2月14-15日に国際連合貿易開発会議 UNCTAD 主催で Maximizing the Development Impact of Remittances なる専門家会合が開催されていて、同名のリポートが発表されています。おそらく、世間的には2月16-18日に同じく UNCTAD 主催で開催されている Contribution of Foreign Direct Investment to the Transfer and Diffusion of Technology and Know-how for Sustainable Development in Developing Countries, Especially Least Developed Countries と題する直接投資に関する専門家会合の方が注目されるんではないかと思いますが、昨年の今ごろ、長崎大学経済学部の『東南アジア研究所年報』という紀要に "An Essay on Remittances Effects to Economic Development: A Survey" なるサーベイ・ペーパーを私は書いており、本国送金 remittances が発展途上国の経済開発に役立つかどうかは興味あるところでしたので、余りに専門的にならない範囲で簡単に取り上げておきたいと思います。
どうして本国送金 remittances に着目するかというと、特に今世紀に入ってから爆発的に増加していることが一因です。上のグラフの通りで、リーマン・ショック直後の2009年こそ前年比で減少しましたが、その後は増加基調を取り戻しています。なお、出典は2009年までは世銀の World Development Indicators から、また、2010年は推定 estimate で、2011-12年は予測 forecast ですが、2010-12年のいずれも世銀が発行しているMigration and Development Brief No.13 の p.14 Table 1 から、それぞれ引用して私の方で勝手につなぎ合わせています。また、今夜のエントリーで remittances を「本国送金」とか、場合によっては、workers' remittances で「労働者送金」と訳すこともありますが、これら remittances の定義は国際通貨基金 (IMF) が国際収支統計のマニュアルとして各国に示している Sixth Edition of the IMF's Balance of Payments and International Investment Position Manual の Appendix 5 や IMF から2009年に出ている International Transactions in Remittances Guide for Compilers and Users に詳しいので割愛します。でも、要するに、外国に働きに行った労働者がその所得からいくばくかを本国に残した家族や親戚縁者などに仕送りとして送金するというものですから、経済学的に何らかの難しい定義があるわけではなく、国際化の進んだ現代社会の普通の感覚で受け止めても大きな問題はありません。
UNCTAD のリポートに戻って、上の表は p.11 Table 4 を引用しています。2008年中の送金を受けた国々の中で、左側が額で多い国トップテン、右側はGDP比が高い国のトップテンです。経済規模の小さい途上国ではGDP比で20パーセントを上回る額の送金を受けている例もめずらしくないことが見て取れます。
この本国送金の経済開発へのインパクト、特に貧困削減への効果について、UNCTAD のリポートは肯定的に評価していて、送金には貧困削減を促進する効果があったとする実証分析結果を引用したり、送金をより安定的で予知可能性を高いものとするための政策的な提言などもしていたりします。しかし、同時に、本国送金は消費的支出に用いられやすく、資本蓄積に大きな貢献はない、との結論も導いています。
私自身が最近の論文をサーベイした結果では、送金が途上国の経済発展や成長に寄与するかどうかは微妙だと結論しています。一般的には、外国から使途の自由なキャッシュが入ってくるわけですから、例えば、GDPの拡大に直接的につながると考えることは自然に見えます。しかし、考慮すべきポイントが2つほどあって、第1に、いわゆる「頭脳流出」の問題、第2に、「オランダ病」の問題が避けて通れません。まず、「頭脳流出」については、たとえ本国に送金してくれるとしても、その裏側では海外に出て働く人材がいるわけで、しかも、これらの海外に出る人材は語学力はもとより生産性全般が高い場合が多く、本国送金を受け取る、すなわち、労働者を海外に送り出す国の経済にはマイナスの効果がある可能性が指摘されています。直観的には、優秀な人材を送り出した国でマイナスの経済効果、迎え入れた国でプラスとなり、世界経済全体ではプラスとなると考えるのが自然なんでしょうが、いずれにせよ、送金を受ける、逆から見れば、人材を送り出した国の単独の経済効果はマイナスになる可能性があります。次に、「オランダ病」については、あらゆる意味で巨額の外貨が流入するわけですから通貨の増価が生じ外資の受入れと輸出にダメージをもたらすことは容易に理解できます。昔のラテン・アメリカにおけるプレビッシュ流の経済開発モデルが否定されてから久しく、国際化の進んだ現在ではアジア流の外資を受け入れて海外の需要を輸出という形で取り込む経済発展モデルが理論的にも経験的にも優位を示していることは明白です。この観点から、外資の流入と輸出を阻害しかねない通貨の増価をもたらす本国送金はどこまで歓迎すべきであるかは疑問が残ります。結果として、最近の実証研究では本国送金と経済成長の間に有意な関係を見出せないとの結論が多くなっているように私には見受けられます。実は、私自身も共同研究者といっしょにパネルデータを使って実証してみましたが、本国送金は必ずしも投資の促進に対して統計的に有意な効果を示しませんでした。また、そのためにペーパーをボツにされたりしています。
メディアも含めて、世間的には何の注目もされていない会議であり、リポートなんですが、ヨソさまのフラッシュに直リンすることともに、国際機関のリポートに着目するのは、私のこのブログのひとつの特徴です。管理人自身の興味に引き付けて簡単に取り上げておきました。最後に、送金の裏側には、短期一時的なものであって、永住ではないとしても、「移民」受入れ immigration の問題があります。私はそれなりに「移民」に関する政策について考えないでもないんですが、今夜のところは長くなったこともありパスしておきます。
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