『TPP反対の大義』(農文協ブックレット) を読む
『TPP反対の大義』(農文協ブックレット) を読みました。今夜のエントリーでは、主として、PART 1を取り上げたいと思います。まず、どうして読んだのかというと、冒頭に宇沢弘文先生が「TPPは社会的共通資本を破壊する: 農の営みとコモンズへの思索から」という論文を寄稿されているからです。我が国でもトップクラスの学識と経験をお持ちのエコノミストである宇沢教授がTPPに反対であることは広く知られており、その理由がいわゆる「社会的共通資本」の考えに基づいていることも多くの関係者に認識されています。他方、エコノミストの末端に位置する私は、ごく単純に、自由貿易は世界及び各国の経済厚生を増加させるが、産業や地域によっては「得をする」部門と「損をする」部門があるので、何らかの補償あるいは生産要素のスムーズな移動が必要である、と考えています。私が宇沢教授のTPPに対する見方を知りたいと考えたのも当然です。
私の単純な教科書的な思考に対して、宇沢論文では、「自由貿易の命題」が成立するためには、社会的共通資本の否定、いくつかの非現実的な前提、すなわち、生産手段の完全な私有制、生産要素の可塑性、生産活動の瞬時性、外部性の不存在などが必要と論じられています。しかしながら、宇沢教授はもっとも社会的共通資本を重視しているように私には見受けられます。明記はされていないものの、社会的共通資本の外部経済効果を重視し、農業や農村が提供している社会的共通資本の外部経済効果はTPPに伴う経済効果を上回る、という主張であるように私には見受けられました。パクス・アメリカーナと市場原理主義とか、コモンズとしての農村などの主張もありますが、経済厚生に限定して読むと私のような解釈も可能であろうと思います。もちろん、私なりの解釈であって、より正確には宇沢教授の論文をキチンと読んで解釈すべきであることは言うまでもありません。私のこの要約をもって宇沢教授の論文を読んだ気になって論ずることは厳に控えるべきです。さらに、宇沢教授の論文も含めて、このブックレットのいくつかの論文は、TPPに関する態度のいかんにかかわらず読むべきです。もちろん、「自分に損だから反対」という論調もいくつか見受けらることは当然です。私はそのあたりは読み飛ばしました。
私の専門分野からすれば、自由貿易は途上国の経済発展に寄与する面が強調されており、例えば、自由貿易の評価や農業保護コストの算定などは、世銀やアジア開発銀行などから発行されている以下のリポートなどを参考にしてきました。例えば、Meade-Lipsey Model のフレームワークによる理論的な評価とか、GTAP Model をシミュレーションした実践的な結果とかが取りまとめられています。
- Anderson, Kym, John Cockburn, and Will Martin (2009) Agricultural price distortions, inequality, and poverty, World Bank, 2009
- Plummer, Michael G., David Cheong, and Shintaro Hamanaka (2011) Methodology for Impact Assessment of Free Trade Agreements, Asian Development Bank, 2011
基本的に、先進国における自由貿易の経済効果や農業保護のコストも同じであり、世界経済における分業体制の中で、我が国がどのような位置を占めているのかを生産要素賦存の観点から分析すべきである、と私は考えていますが、社会的共通資本やその他の農業の外部経済効果が十分考慮されていない可能性については、少なくとも宇沢教授の主張は正しい可能性があります。ついでながら、繰返しになりますが、社会的分業と生産要素賦存の観点からの議論を国内にも適用するよう提起しているのが私の立場であることは明らかでしょう。
最後に、このブックレットを読んでいて、発見したことがあります。すなわち、TPP賛成=親米=マニフェスト見直し=脱小沢が一連のグループ化されており、逆に、TPP反対=反米=マニフェスト尊重=親小沢が別の流れとして論じられています。もちろん、貿易自由化の政治経済学、あるいは、農業保護の政治経済学というものは、TPPを考える際に議論されて然るべきですが、ここまで話題を広げるとは、目からウロコが落ちたと言うか、目に色メガネをかけさせられたと言うか、そのような気分になってしまいました。
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