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2011年6月 1日 (水)

社会保障改革の議論で欠けている論点は何か?

諸事情によって取り上げるのが遅れましたが、一昨夜5月30日の夜、第9回社会保障改革に関する集中検討会議が総理大臣官邸で開催され、いくつか、専門の大学教授からリサーチ・ペーパーの要約がプレゼンされるとともに、内閣府などからそれぞれの論点について研究報告書が発表されました。以下の通りです。大雑把に、井堀教授と吉川教授の論点を取りまとめたのが内閣府の報告書であり、田近教授の論点を取りまとめたのが実務上の論点等に関する研究会の報告です。なお、メディアでは「消費税の税率構造のあり方及び消費税率の段階的引上げに係る実務上の論点について」の報告書は財務省が取りまとめたと報じているものもありました。

まず、井堀教授の論点に基づいて作成されている内閣府の報告書について、消費税の逆進性に疑問が呈されています。すなわち、年間所得で見た場合には、所得の低い階層で消費税負担割合が高く、逆に、高所得層で負担割合が低いのは事実としても、生涯所得で見た場合、カナダの研究例では逆進性は大きく低下する、と結論しています。下のグラフは内閣府の「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」の p.7 図表1-2(2)を引用しています。

カナダにおける売上・物品税 (Sales and Excises) の負担率

なお、我が国について2009年全国消費実態調査に基づいて試算したところ、下のグラフの通り、所得税ほどではないものの、消費税も所得階層が高いほど税負担割合が大きいという結果を示しています。内閣府の「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」の p.8 図表1-3(2)を引用していますが、上の水色の実戦は所得税負担額の生涯所得に占める割合、下の赤の破線は消費税負担額の割合です。横軸は上のグラフと同じで所得階級別の10分位です。所得税はもちろん、消費税も正の傾きを有しています。

生涯所得でみた逆進性の計測

その上で、格差の是正や貧困の削減は消費税に割り当てられるべき政策課題ではないことは明らかですから、所得再分配機能を有する税制や社会保障全体で対応すべきであると結論しています。
次に、吉川教授の論点に基づいて作成されている内閣府の報告書は消費税増税とマクロ経済に焦点を当てています。景気循環論的に、1997年5月を山とする景気後退はその土地の4月から消費税率が3%から5%に引き上げられたことが「主因」ではないとエコノミストの多数意見を引用しつつ、マクロ経済の景気循環の観点から消費税率引上げについて議論しています。下のグラフは内閣府の「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」の p.56 図表2-11を引用していますが、1980年以降に付加価値税(VAT)を増税した71ケースのGDPギャップをプロットしていますが、負のGDPギャップ、すなわち、デフレ圧力ある場合でも増税がなされたエピソードは少なくないと結論しています。

付加価値税増税時のGDPギャップ

さらに、消費税率の引上げ幅について議論を進め、日本においては消費税率の引上げによる価格変化がある一時点に集中して生じる傾向が他国に比して強いと主張し、以下の通り、2007年1月に3%ポイントの引上げが実施されたドイツにおけるインフレーション・スムージングに比べて、1997年4月の日本のケースをプロットしたグラフを示しています。結論として、消費税率を一気に5%ポイント引き上げると物価変動から経済を不安定化させる可能性があり、1回当たり2-3%ポイントの引上げに抑えるべきである、としています。下のグラフは内閣府の「社会保障・税一体改革の論点に関する研究報告書」の p.58 図表2-13を引用しています。

日本とドイツにおける付加価値税率引上げ前後の消費者物価上昇率の推移

次に、田近教授の論点に基づく実務上の論点等に関する研究会の報告では、英国税制に関する The Mirrlees Review や欧州税制に関する Copenhagen Economics のリポートなどを引用しつつ、実務的な観点から軽減税率の導入に関して否定的な見方を提供しています。例えば、下のグラフは軽減税率を導入している英国と同様の付加価値税制を日本に適用した場合、高所得階層の受益額が大きくなる試算結果を示しています。社会保障・税一体改革における消費税の実務上の論点等に関する研究会「消費税の税率構造のあり方及び消費税率の段階的引上げに係る実務上の論点について」 p.30 から引用しています。

軽減税率等による受益額の推移

一応、論理的に社会保障の財源として消費税が適当であり、1回当たり2-3%ポイントに分けて何度か引き上げることを推奨する内容となっており、この内容については私も異論はありません。ただし、議論が不足しているのは社会保障の水準をどこに置くかです。明日の6月2日の会議で「年収1000万円超は基礎年金減額」などが議論されると報じられていますが、少なくとも現時点では、現行の給付を前提としてそのための財源論に終始している印象があります。逆に言えば、高齢者に極めて有利に設計されている現行制度にメスを入れるという姿勢は見られません。少なくとも、2004年改革をはじめとして、小泉政権までは現行の高齢者に手厚い制度の改革もアジェンダに上っていた気がしますが、現在の民主党政権ではスッポリと抜け落ちていて、いかにして高齢者に社会保障給付を提供するか、そのための財源は何か、に焦点を当てた議論になっているように見受けられます。勤労世代をはじめとする国民の視点からのチェックが必要です。下のグラフは一昨日の第9回社会保障改革に関する集中検討会議で配布された資料3-8(1)「世帯類型別の受益と負担について」を引用していますが、負担を差し引いたネットの受益が大きいのは、緑色の「教育」を含めてもなお、70代や60代が上位に並びます。しかも詳しく見ると、オレンジ色の自己負担は60代以上では発生しない仕組みになっています。グラフは縮小してあるため少し見づらいかもしれませんが、クリックすると別タブでpdfファイルが開きます。

世帯類型別の受益と負担について

第9回をさかのぼること1週間前の5月23日に第8回の社会保障改革に関する集中検討会議が開催されていて、その主要な議題のひとつを説明する資料のタイトルは「社会保障財源の確保と税制抜本改革に関するこれまでの議論の整理」となっています。これを読み解くに、抜本改革すべきは社会保障の財源を提供する税制であって社会保障制度ではない、という政権の姿勢が表れています。ホントなんでしょうか。抜本改革すべきは、社会保障の財源を提供する税制なんでしょうか、それとも高齢者に余りに手厚い社会保障制度なんでしょうか。国民のチェックが必要です。

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