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2011年9月28日 (水)

吉田修一『平成猿蟹合戦図』(朝日新聞出版) を読む

吉田修一『平成猿蟹合戦図』(朝日新聞出版)

吉田修一さんの『平成猿蟹合戦図』(朝日新聞出版) を読みました。日本でもトップクラスの売れっ子作家の話題の最新刊です。まず、作者ご自身のサイト出版社のサイトから微妙に異同のあるあらすじを引用すると以下の通りです。なお、誠に申し訳ないながら、明らかな誤字は訂正し、適宜、改行しました。

あらすじ
2年ぶりとなる長編は、閉塞感ある現代社会に一筋の光明となるストーリー。
歌舞伎町でバーテンダーをしていたしがない青年が、ひょんなことから国政選挙に打って出ることに。しかも対抗馬は地盤ガチガチの現職古参議員。
新宿で起きたひき逃げ事件を発端に、心優しき8人の人生が交差する、吉田修一の新境地。今の日本に本当に必要な小説はこれだ!
平成猿蟹合戦図
歌舞伎町のバーテンダーが地元東北から国政選挙に打って出る!
新宿で起きた轢き逃げ事件。平凡で幸せな暮らしを踏みにじった者たちへの復讐が、いつしか日本をになう若き政治家を生む希望の物語へと転化する!
一人ひとりの力は弱くても、前を向く勇気と信じる力で日本を変えていく8人の主人公たち。2011年、明るい未来を描けない日本に一閃の光が射す、吉田修一の新たな代表作がここに誕生する!

「トップクラスの売れっ子作家」と書きましたが、恥ずかしながら、私は吉田修一さんの作品はかなり初期の「最後の息子」と芥川賞受賞作である「パーク・ライフ」しか読んでいなかったりします。になれば、朝日新聞出版から出ている『悪人』が現時点での代表作ということになるんでしょうが、2007年に出版された後、私が長崎に赴任していた時に映画がクランクインして、長崎をはじめとするロケが行われていた話題作でした。その後、この映画「悪人」はモントリオール世界映画祭ワールド・コンベンション部門に正式出品され、深津絵里さんが最優秀女優賞を受賞したのは広く知られている通りです。作者自身も長崎の出身だったりします。当然ながら、私に勧めてくれる長崎の同僚や知人も少なくなかったんですが、中には、『悪人』の登場人物について、「福岡、佐賀、長崎などのそれぞれの九州の言葉が、微妙な違いまで含めて完璧に文字で表現されている」点を高く評価している地元長崎の人がいて、当時、長崎の人のやや過剰な郷土愛に閉口していたこともあって、ついつい、読み逃してしまった記憶があります。
ということで、この『平成猿蟹合戦図』は久し振りの吉田作品なんですが、家族3人の小さな物語から始めて、実に巧みにストーリーを進め、新しいタイプの国会議員の誕生という大きな物語に進めるなど、作家としての力量をいかんなく発揮しています。作者の『「新たな代表作」という評価ももっともです。タイトルとなっている民話「猿蟹合戦」は、猿にだまされて殺された蟹の子供が栗や蜂や臼などの助勢を得て復讐を成し遂げる、という因果応報の物語ですが、個人や家庭の小さな物語の復讐劇から始まって、複雑な登場人物の相関関係やストーリーを見事により合わせて、国政選挙までグイグイと引っ張った上で、実は、猿と蟹の関係は2通り、小さな物語と大きな物語で2つあったことが明らかにされ、最後は、やっぱり家族の幸福という普遍的な価値観に立ち戻り、小さな物語で締めくくります。読後感もさわやかです。大枠のプロットの設定とともに細かな表現力と併せて、作者の力量は大いに敬服すべきものがあります。純真な家族を思う心と狡猾な駆引きのいずれもが重要な役割を果たし、見事なエンターテイメント作品に仕上がっています。ミステリと捉える読者もいるかもしれません。

現在の日本を代表する若手作家のうちの1人による最新刊であり、文句なく5ツ星の素晴らしい出来栄えの作品です。予約の待ち行列は長い可能性がありますが、ほとんどの図書館に所蔵されていることと思いますので、ぜひ多くの方が手に取って読むことをオススメします。

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