経済協力開発機構 (OECD) の格差リポート Divided We Stand
昨夜のエントリーで少しふれた通り、一昨日の5日に経済協力開発機構 (OECD) から格差に関するリポート Divided We Stand が発表されています。ウォール・ストリートの抗議デモを彷彿とさせるような表紙は上の画像の通りです。極めて適切にも、副題は Why Inequality Keeps Rising とされています。実は、OECD は2年ほど前に Growing Unequal? と題する同様のリポートを発表しているんですが、時期的に間が悪く、2008年9月のリーマン証券の破綻直後のタイミングの10月か11月の出版と記憶しており、私も取り上げませんでしたし、世間的にもあまり注目されなかったような気がします。要は、世の中それどころではなかったわけです。ひょとしたら、今回も米国から欧州に場を替えて、同じような事態が差し迫っている可能性は否定できません。冗談はさて置いて、章別の構成は以下の通り9章から成っています。
- Trends in Wage Inequality, Economic Globalisation and Labour Market Policies and Institutions
- The Impact of Economic Globalisation and Changes in Policies and Institutions on Rising Earnings Inequality
- Inequality Between the Employed and the Non-employed
- Hours Worked, Self-Employment and Joblessness as Ingredients of Earnings Inequality
- Trends in Household Earnings Inequality: The Role of Changing Family Formation Practices
- From Household Earnings to Disposable Household Income Inequality
- Changes in Redistribution in OECD Countries Over Two Decades
- The Distributive Impact of Publicly Provided Services
- Trends in Top Incomes and Their Tax Policy Implications
極めてありがちなんですが、私もさすがに400ページ近い英語の大部なリポートをちゃんと読むほどの語学力も時間もなく、上の章別構成のリポート本文に入る前の pp.21-80 の An Overview of Growing Income Inequalities in OECD Countries: Main Findings を中心に、取りあえず、今夜も帰宅が遅くなったことでもあり、大雑把な印象をかいつまんで述べたいと思います。まず、分析期間は大雑把に1980年代半ばから2000年代末までの25年近くを対象とし、上の章別構成にある通り、原因分析編では、グローバル化に伴う労働市場への影響から説き起こしていますが、グローバル化は格差拡大の原因ではなく、むしろ、雇用や賃金の格差の拡大は技術進歩に起因し、特に、情報通信技術の高度化は高度なスキルを持つ労働者に有利に作用したと結論しています。政策対応編では、格差縮小の最も効果的な対応策は人的資本に投資した上での雇用の促進であるとしています。また、規制改革と制度改正は雇用機会を増加させたが、賃金格差の拡大も招いたと、功罪の両面を指摘しています。最後に、OECD 加盟諸国の再分配政策、最後に租税政策の含意で締めくくっています。
リポートの結論は以上なんですが、いくつか図表の引用を含めて、格差の拡大と我が国の政策対応の必要性の定量的な裏付けを見てみたいと思います。まず、リポートの p.23 Table 1. Household incomes increased faster at the top が冒頭に上げられています。分析対象期間である1980年代半ばから2000年代末にかけて、日本では上位10%の実質所得は+0.3%増、下位10%は▲0.5%の減少となり、明らかに格差は拡大しています。日本以外でも多くの国で上位10%の集団の実質所得の伸びが下位10%を上回っています。なお、この期間に下位10%の実質所得が減少したのは日本とイスラエルだけだったりします。その結果、リポートの p.24 Figure 1. Income inequality increased in most, but not all OECD countries において、リポートの対象期間中に多くの国で不平等の指標のひとつであるジニ係数が上昇していることが示されています。ジニ係数が低下したのはトルコとギリシアだけ、ほぼ変化なしなのもフランス、ハンガリー、ベルギーの3か国だけとなっています。この p.24 Figure 1. Income inequality increased in most, but not all OECD countries とほぼ同じ趣旨のグラフを OECD のサイトから引用すると上の通りです。1985年と2008年を比べて、日本で格差が拡大したとはいえ、他国と比べて無闇に拡大したわけではないことが読み取れます。
人的資本への投資と雇用の促進は当然に必要なんですが、市場に不平等是正の内在的なメカニズムは備わっていませんから、最終的に、政府の所得再分配政策に行き着きます。上のグラフはリポートの p.228 Figure 6.1. Gini coefficients of inequality of market and disposable incomes, persons of working age, late 2000s を基に、OECD のサイトにある Excel データをダウンロードして書いてみました。上のパネルは再分配後の可処分所得のジニ係数の小さい順でソートしており、市場評価した所得のジニ係数も同時にプロットしています。下のパネルは市場評価された所得のジニ係数を政府の所得再分配政策で改善した割合、すなわち、改善率の大きな順にソートしてプロットしてあります。いずれも18歳から65歳までの勤労世代を対象とするジニ係数で、色分けは凡例の通りです。グラフを見れば明らかですが、日本はもともとラテン諸国や米国などのアングロ・サクソン諸国と並んで可処分所得のジニ係数が高いグループに属するんですが、この原因は部分的に社会保障制度に起因しています。このブログで何度も主張して来た通り、日本の社会保障制度の最大の弱点は引退世代に手厚く、勤労世代に行き渡らないのが一因です。市場評価した所得のジニ係数は日本の0.3916に対して、フランス0.4310、ドイツ0.4197、OECD平均でも0.4073と日本を上回る不平等なんですが、政府の再分配後の可処分所得のジニ係数は日本0.3235に対して、フランス0.2920、ドイツ0.3000、OECD平均0.3041と逆転現象が生じています。政府の再分配政策によるジニ係数の改善率が日本は17%にとどまるのに対して、フランスが32%、ドイツで29%、OECD平均でも25%に上るからです。日本の改善率17%は格差が激しいと見なされている米国の18%よりも低くなっており、ショッキングに感じる向きがあるかもしれません。再分配後の可処分所得のジニ係数がもっとも低いスロベニアでは、改善効果が38%と日本の2倍を超えており、格差是正のための政策効果が大きいことが読み取れ、先進国の中で我が国は勤労世代に対して極めて所得再分配効果や格差是正効果が薄いと言わざるを得ません。これに対して、すでに10月31日付けのエントリーで取り上げましたが、全国消費実態調査に見る年齢階級別の再分配効果のグラフは以下の通りです。統計のベースが異なるため、ジニ係数の絶対値が違っているのはご愛敬ですが、勤労世代における格差是正の効果が薄い一方で、引退世代の65歳以上に極めて手厚い格差是正がなされている日本の社会保障政策の現状を憂慮するエコノミストは私だけなんでしょうか。さまざまな政策リソースを引退世代から勤労世代に振り向けるべきと私は考えています。それを阻む壁となっているのはシルバー・デモクラシーです。
OECD の格差リポートを離れて、最後に、昨日、アジア開発銀行 (ADB) から Asia Economic Monitor が公表されています。9月の経済見通しよりもアジア新興国・途上国の成長率はやや下方修正されています。欧州発の債務危機がアジア経済に影を落としていることは明らかです。pdf の全文リポートの p.36 Regional Economic Update の見通し総括の表を引用すると以下の通りです。縮小したままの画像が見づらい向きは、クリックすると別タブで1ページだけの pdf ファイルが開くようリンクしています。
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