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2012年1月23日 (月)

生年別による社会保障の世代間不均衡はどれほど大きいか?

先週の金曜日1月20日に内閣府の経済社会総合研究所から「社会保障を通じた世代別の受益と負担」というディスカッション・ペーパーが出ています。著者は社会保障研究が専門で、いろいろな発言をしている学習院大学の鈴木亘教授ほかとなっていて、要するに、タイトル通り、年金、医療、介護の3分野にわたる社会保障モデルを構築し、世代別に受益と負担の構造をモデルに基づいて長期試算しています。まず、内閣府のサイトからペーパーの要約を引用すると以下の通りです。

(要約)
年金、医療、介護の3分野に関する社会保障モデルを構築した上で、社会保障の長期推計を行い、さらに生年別の受益と負担の構造を検討した。
本研究で構築したモデルは、鈴木(2006)を発展させたものであるが、年金モデルでは、厚生労働省が平成21年財政検証に際して公開した計算手法とデータおよび将来の経済前提を取り込み、医療モデル、介護モデルでは現行制度と最新データを反映させた。各モデルとも政府による推計結果(年金は2105年まで、医療、介護は2025年まで)をほぼ再現している。医療、介護では長期推計を試みており、医療給付費及び介護給付費の対名目GDP比率は、2010年から2100年にかけて、いずれも2倍近くの規模に拡大する。
現役期に保険料を負担し引退後にサービスを受益するという構造は、年金、医療、介護の3制度に共通しているが、受益と負担の関係は世代ごとに異なる。社会保障からの純受益が生涯収入に占める割合として定義される生涯純受給率を生年別にみると、1950年生れ1.0%、1960年生れ▲5.3%、1970年生れ▲7.8%、1980年生れ▲9.8%、1990年生れ▲11.5%、2000年生れ▲12.4%、2010年生れ▲13.0%と生年が下るにつれて支払い超過の傾向にある。このように、社会保障を通じた世代間不均衡は無視できない大きさとなっている。

本ペーパーの社会保障モデルは、当然ながら、年金モデル、医療モデル、介護モデルに分けられています。ごく簡単にいうと、第1に、年金モデルは、被保険者数の推計、基礎率・基礎数の設定、支払保険・年金給付費の推計、年金財政の収支計算の4パートから成り、人口推計を参照しながら、厚生年金、国民年金ほかの公的年金の制度別の被保険者数を推計し、保険料、加入月数を推計した上で、年金給付額を加入実績に基づいて推計し、年次別の全体収支を算出しており、第2に、医療モデルは、前提条件パート、人口パート、支出パート、収入パート、収支パート、生涯収支パートの6つの主要な計算パートから構成され、物価上昇率、賃金上昇率などの経済条件に加えて、医療費単価や将来推計人口なども考慮し、生年別の生涯にわたる受益と負担を医療保険タイプごとに推計し、第3に、介護モデルでは、将来推計人口をもとに施設入所および在宅受給者の人数推計を実施した上で、これに1人当たり単価を乗じることから将来費用を、さらに、将来の保険料率を推計し、さらに世代別の受益と負担を推計しています。これだけで理解できる人はとっても頭がいいといえますが、私も専門分野外ですので、必ずしも十分に理解しているとも、説明できるとも思えません。詳細はペーパーをご覧ください。

図5.1 年金・医療・介護全体における生涯純受給率

ということで、推計結果は上のグラフの通りであり、ペーパーの p.42 「図5.1 年金・医療・介護全体における生涯純受給率」を引用しています。結論は上に引用した(要約)の最後に下線を引いておいた通り、「社会保障を通じた世代間不均衡は無視できない大きさとなっている。」ということになります。なお、純受給率とは受給率から負担率を引いた差であり、マイナスは負担超過を示しています。コーホート別に見て、1955年生まれ以降は純受給はマイナス、すなわち、負担が受給を超過しています。さらに、この先2015年生まれのコーホートまで含めて、生年が後になり年齢が低いコーホートほど純受給率のマイナスが大きくなり、明確に、年齢の低いコーホートの負担が高齢コーホートの受給に移転される姿が描き出されています。
純受給率の分母は生涯賃金ですから、1985年以降生まれくらい、すなわち、20歳代半ばくらいまでの若年層は、何もしないでも10%超の生涯所得を社会保障負担として徴収されることになるわけです。基礎年金の国庫負担分は算入していないと明記してありますから、税金のほかに10%超の社会保障の純負担を強いられるわけで、5%ポイントほどの消費税率引上げに関する議論が霞んで見えるほどの負担率といえます。しかも、その上、グラフでも明らかな通り、純負担の大きな部分は年金から生じているわけですが、年金の大改革が決定された2004年時点では、現在の20歳代半ば以前の年齢層は選挙権すら持たなかった、ということになります。ほとんど何の議論もさせてもらえずに、もちろん、政策決定の基礎となる選挙権も与えられず、選挙権を有する年齢層から有無をいわせずに欠席裁判で将来負担を背負い込まされた、という感じなのかもしれません。サンデル教授にならって考えると、この世代間不公平は正義に外れるんではないかと見る人も少なくないでしょうし、エコノミスト的に考えると、ここまで将来世代に無理な負担を強いる現行の社会保障制度のサステイナビリティに疑問を感じる向きがあっても不思議ではない、ということになります。

何度か繰り返した主張ですが、これらの世代間不公平はシルバー・デモクラシーに起因することは明らかなものの、エコノミストを含めて科学的な論拠を示して議論することにより、日本国民は最終的に正しい結論に達する、と私は信じています。このペーパーは政府の推計をほぼ再現しており、逆にいえば、政府でもこのペーパーと同程度の結果を得ているわけです。社会保障の世代間不均衡については、いろんな情報を明らかにして議論を尽くす必要があります。

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