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2012年1月18日 (水)

サンデル教授の社会保障と税の特別講義に見る「世代間正義」の忘れがちな観点

一昨日、大手町の日経ホールで米国ハーバード大学サンデル教授が社会保障と税をテーマにした特別講義を開いています。私は出席しませんでしたが、主催は日本経済新聞社で、昨日の日経新聞に記事が出ていて、「詳細は電子版に」ということになっています。ということで、日経新聞のサイトから記事を引用し、ついでに、講義での主なやり取りへのリンクを示すと以下の通りです。なお、講義でのやり取りにアクセスするためには無料の登録が必要です。悪しからず。

サンデル教授、社会保障と税「世代間の正義」議論を
米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授は16日、東京・大手町の日経ホールで社会保障と税をテーマにした特別講義(主催・日本経済新聞社)を開いた。聴衆から意見を募る独特のスタイルで、消費税増税の是非などについて議論を深めた。同教授は「税や年金は世代間の正義にかかわる社会契約。不断の再検証が必要で、公の場で大いに議論すべきだ」と強調した。
同教授はギリシャ債務危機などを踏まえ「金融市場と民主主義は緊張関係にある」と指摘。「米国でも財政赤字の削減を巡り、政治的な合意形成が難しくなっている」と述べた。
講義は社会保障の制度改革や増税に関し、世代間の公平をどう保つかで白熱。議論は制度の持続可能性を高めるため、働き手をどう増やすかにまで及び、聴衆からは移民の受け入れや女性の社会進出を求める意見も出た。

私は議論に参加しておらず議論の全容は不明ですので、報じられている範囲で考えるしかなく、偏った印象は否定のしようがないんですが、日経新聞のサイトを見る限り、軽減税率の適用を求める意見はあったものの、消費税増税に正面切って反対を唱える意見は見られませんでした。もちろん、国民の多くが消費税増税に賛成であるハズもなく、例えば、朝日新聞のサイトでは世論調査結果として「野田佳彦首相が政権の最大の課題に掲げている消費増税の政府案について、賛成は34%で、反対の57%を大きく下回った。」と報じています。この差は Silent Majority と Noisy Minority のサンプル差から来ているのかもしれませんし、調査方法や報道姿勢のバイアスかもしれません。私が報道で注目したのは、サンデル教授、社会保障と税で特別講義 その2に現れる58歳の方の以下のご意見です。すなわち、「私はもうすぐ退職だが、所得税も年金(保険料)も払い続けてきた。約束が損なわれるということは、仕組みが壊れるということ。」という意見です。
私が従来からこのブログで重視しているのは世代間の不公平や不均衡なんですが、サンデル教授が正面切って「世代間の正義」と捉えるのに対して、エコノミストである私は「正義」ではなく、しょせんは「損得」です。しかし、世代間の不公平や不均衡を損得で考える際、次の2点の重要な観点があることを見逃すべきではありません。第1の観点として強調したいのは、現行の社会保障システムを維持したままの不公平とシステムが崩壊した場合の不均衡では単純に比べようがないという点です。先ほどの意見では「約束が守られない」ことを「仕組みが壊れる」と同一視していましたが、システム崩壊とはそんなに生易しい現象ではないかもしれません。現在の議論では、修正版も含む現行の社会保障システムの維持を前提にしていますが、現在の世代間不公平・不均衡の存在からして、財政の持続可能性に及ぼすストレスは極めて大きく、社会保障によって財政が破綻する可能性は無視できない確率だと私は考えています。もしも、日本の財政が破綻した場合、世界経済は大混乱に陥ることが容易に予想されます。場合によっては、この財政破綻のコストは平均余命に比例して負担せねばならない可能性があります。従って、当然の帰結として第2の観点ですが、平均余命がマイナスですでに死亡してしまった世代の負担はゼロであり、平均余命が短ければコスト負担は小さくて済むということです。すなわち、高齢の引退世代の逃切りが可能となってしまいます。ですから、社会保障における世代間不公平や不均衡の是正はものすごいスピード感を持って立案・実施する必要があると理解すべきです
今さら、なんですが、昨夜のエントリーで取り上げた OECD の財政再建に関する一連のワーキングペーパーの Part 3 "Long-Run Projections and Fiscal Gap Calculations" から p.17 Figure 3. Fiscal gaps for alternative debt targets のグラフを引用すると以下の通りです。2050年に政府債務残高をGDP比で75%、50%、25%、あるいは、2007年のレベルに抑えようとすれば、2012年から始めて毎年GDP比何%のプライマリーバランスの財政黒字が必要かをシミュレーションした結果です。日本は米独をかなり上回って先進国中で最大の財政黒字を必要としていることが明らかです。

Figure 3. Fiscal gaps for alternative debt targets

消費税増税の前提のような形で、子ども手当の廃止というとんでもない方向性が示されたり、議員歳費の削減や公務員給与のカットなど、高齢の引退世代に社会保障を手厚くするために、勤労世代の給付を減らすという真逆の議論が展開されています。増税はともかく、引退世代に対する社会保障給付の削減により世代間不均衡・不公平を是正するという観点は、メディアでも政界でも経済界でも、まったく見られません。このブログの昨年12月20日のエントリー「今年の経済書を振り返る」でも簡単に触れましたが、土屋剛俊・森田長太郎『日本のソブリンリスク』(東洋経済) でも「日本の財政悪化の主たる要因は、行政府のコスト構造に問題があることではない。とすると、結論は一つしかなく、日本の財政問題の本質は、『所得再分配機能の不全』にあると見る以外にはない。」(pp.124-25) と喝破されています。このままでは、圧倒的なシルバー・デモクラシーのパワーにより、日本の財政問題の本質を改革することなく、財政リソースの多くは高齢の引退世代に向けられることになってしまいかねません。

最後に、世銀から「世界経済見通し」Global Economic Prospects 2012 が発表されています。日本の成長率は2011年▲0.9%の後、2012年+1.9%、2013年+1.6%と見込まれています。日を改めて取り上げたいと思います。

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コメント

http://ensaigaisai.at.webry.info/201201/article_3.html
厭債害債
こちらでも高齢者問題を 「日経経済教室(西村日銀副総裁「人口動態が迫る政策 上」という見出しで取り上げております。また、そのコメントに面白い施策がアイデアとしてありました。年代別に票の数(価値)を変える等々。ご参考までよろしくお願いいたします。

投稿: 井上清志 | 2012年1月19日 (木) 09時45分

日経の経済教室でも人口動態に注目した特集が組まれていて、世代間不均衡やシルバー・デモクラシーに少しでも注目が集まって、ホントに長期的な日本経済に何が必要なのか、の議論が深まることを願っています。単純に現時点の人口動態に基づく投票者の支持率だけが重要なのかどうかを政治リーダーは考慮すべきではないでしょうか?

投稿: 官庁エコノミスト | 2012年1月19日 (木) 19時40分

政治リーダー不在の期間が長いですね。しかも、これまでのリーダーはほとんど?ものでしたし。
はなしが飛びますが、今の義務教育はリーダーというか棘があっても魅力的な人物を排除するような気配を個人的におおいに感じます。

投稿: inouekiyoshi | 2012年1月20日 (金) 06時47分

いろいろと経済以外にも難しい問題がありますが、やや私の守備範囲外で申し訳ありません。教育だけは短期間ながら教員をしたことがありますが、義務教育ではありませんでした。

投稿: 官庁エコノミスト | 2012年1月20日 (金) 22時36分

お世話になります:無論このままではシルバ民主主義で崩壊しますが、決まりごとで年金が支払われている以上、改革は困難極めます
。敬老の概念は20世紀前半までの世界:
すなわち農業漁業狩猟あるいは社会的行動ににおけるさまざまなノウハウの蓄積に対する畏敬、その伝授にたいする敬意から生まれてくるわけで、同時にピラミッド型の人口分布で老人の数が少なかったことによるものと考えられます。さまざまなノウハウが情報化で整備され、人口ピラミッドが逆転すれば、老人の価値は減少します。
ロシアのようにいったん崩壊しなければ改革できないかもしれません。歴史を見るとそう感じます。可能なら一票をYoung20-65の勤労者世代:Age66-平均寿命の前期高齢者:OverAge平均寿命以上で分けるべきでしょう;Y:A:OA=1:0.75:0.5??

投稿: tDT | 2012年1月21日 (土) 17時01分

エコノミストの中には、社会保障に起因する財政問題はハードランディングする可能性が十分にあると指摘する人もいます。私はそうなって欲しくないと考えています。

投稿: 官庁エコノミスト | 2012年1月21日 (土) 22時31分

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