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2012年2月27日 (月)

ダンカン・ワッツ『偶然の科学』(早川書房) を読む

ダンカン・ワッツ『偶然の科学』(早川書房)

ダンカン・ワッツ『偶然の科学』(早川書房) を読みました。著者のワッツ教授はコロンビア大学の気鋭の社会学教授であり、「スモールワールド理論」や「6次の隔たり」などで注目されていることは周知の通りです。まず、かなり長くなりますが、出版社のサイトから本の概要を引用すると以下の通りです。

なぜ「あんな本」がベストセラーになるのか? なぜ有望企業を事前に予測できないのか? 人間にとって最大の盲点である「偶然」で動く社会と経済のメカニズムを、あの「スモールワールド」理論の提唱者がわかりやすく説き語る。

人間に未来予測はできない。
リアルタイムで偶発性に対処せよ――。

この世界は私たちの直感や常識が示すようには回っていない。人間の思考プロセスにとって最大の盲点である「偶然」の仕組みを知れば、より賢い意思決定が可能になる――。
あのスモールワールド理論の提唱者が、いま最も注目される複雑系社会学の真髄を説き尽くした話題の書、待望の日本語版。

  • アップルの復活劇は、ジョブズが偉大だったこととは関係がない。
  • VHS対ベータ戦争で敗れたのも、MDの失敗も、ソニーの戦略ミスではない。
  • 給料を上げても、社員の生産性はかならずしも上がらない。
  • JFK暗殺も9.11も、可能性が多すぎて、事前の予測は不可能。
  • 歴史は繰り返さない。したがって歴史から教訓を得ることはできない。
  • フェイスブックやツイッターの大流行は、人々のプライバシー観が変わったからではない。
  • ヒット商品に不可欠とされる「インフルエンサー」は、偶然に決まるため特定できないし、実のところ彼らの影響力も未知数である。
  • 売れ行き予測を立てないアパレルブランド、ZARA。その成功の秘訣とは?
  • 偶然による過失をめぐる倫理的難問。司法はどう裁くべきか?

私が手に取ったのは、ややタイトルに引かれたことがあるんですが、原題は Everything is Obvious* Once You Know the Answer すなわち、「いったん分かってしまえば、すべては明らか」ということになります。以下の10章から成っています。最初の6章が第1部、残りの4章が第2部を構成しています。出版社のサイトからの引用の箇条書き部分がどの章に当てはまるかが理解出来ると思います。

  1. 常識という神話
  2. 考えるということを考える
  3. 群衆の知恵 (と狂気)
  4. 特別な人々
  5. 気まぐれな教師としての歴史
  6. 予測という夢
  7. よく練られた計画
  8. 万物の尺度
  9. 公正と正義
  10. 人間の正しい研究課題

読んでいて、最初の方は少しアテが外れたように感じていたんですが、真ん中あたりの「予測」に関する部分から急速に面白く読めるようになりました。私が官庁エコノミストとして役所で最初に計量経済モデルを担当したのはバブル真っ盛りの1980年代終わりころで、そのころまで、私は経済予測はより正確になると信じていました。変数を増やしてモデルを複雑にし、変数間の相互関係をより正確に反映するパラメータを与えれば、データを増やすことができる限り、モデルは将来の経済を正しく予測することが出来ると信じていました。要は、量的にデータやパラメータが足りないだけだと考えていたわけです。例えば、天文学が惑星の運航について極めて正確な予想を導けるのは、対象が経済動向よりも単純でありモデルのデータやパラメータが少なくて済むからであると見なしていました。しかし、その後、私は考えを改めました。決して、ルーカス批判のようにパラメータが変化するからではなく、もっと単純に、過去と未来に対する認識の非対称性、過去のイベントは認識が記憶として残るが、未来を認識し記憶することはできない、という意味で予測はアテにならない、と考えるようになりました。
しかし、著者のワッツ教授は本書の最後の方のパートで、私の昔の認識に立ち返るような見方を提示します。すなわち、社会事象はモデル化して実験室に持ち込むことはおろか、すべてを観察・測定することすら不可能であり、それを偶然で説明するしかなたっかものが、メール、Twitter、Facebookなどなど、事実上、何億、何十億という人々の情報の流れを追跡しているシステムがインターネット上にバーチャルに成り立っており、歴史上初めて、社会の構成員のリアルタイムの行動をかなり正確に観察できるようになった可能性を示唆しています。最後の最後で、「自分たちの望遠鏡を手に入れた」とうそぶき、「さあ、革命をはじめるとしよう……」で本書を締めくくっています。とても暗示的です。
大きな歴史の流れについて、基本的に微分方程式に沿いつつも、何らかのランダムなシフトが生じると私が考えていることは、すでに何度か書いたことがります。このシフトは政治学の用語では革命と称されたり、社会学や経済学などではレジーム転換とか、パラダイム・シフトと呼ばれます。物理学の特異点やカタストロフィー、生物学の突然変異などもよく似た概念を表す言葉だと私は受け止めています。このシフトがなくても経済などの予想は難しいんですが、大きな要因は時間を系に取り込んでいないからであると私は考えています。ですから、速度や加速度などの形も含めて、時間を明示的な要素として系に取り込んでいる物理学では、100年後の惑星の運行をかなり正確に予測できるのに対して、経済学では来年の成長率すら予測が覚束ないわけで、大きな差があると考えなければなりません。さらにこれにランダムなシフトが加わります。本書でも「ブラック・スワン」としてテイル・ファットな確率が論じられています。それにしても、ランダムなシフトの一種と私が考える「革命」でこの本を締めくくっているのは、極めて大きな偶然の一致かもしれません。

経済学を専門とするエコノミストだけでなく、社会科学一般にとっても、極めて興味深い説を展開した本です。唯一、不満に思うのは何かのイベントに対してパラメータが突然変化する可能性、すなわち、ルーカス批判にどう耐えるか、さらに、それに対する人々の期待の役割を捉え切れていない点ですが、20ページ余りに渡って詳しい参考文献も付されており、学術的な要求にも応える内容となっています。私は近くの区立図書館で借りましたが、多くの方が手に取って読むことを願っています。

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