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2012年3月20日 (火)

ジョン・アーヴィング『あの川のほとりで』上下 (新潮社) を読む

ジョン・アーヴィング『あの川のほとりで』上下 (新潮社)

ジョン・アーヴィング『あの川のほとりで』上下 (新潮社) を読みました。「訳者あとがき」に従えば、アーヴィングの第12作だそうです。私はこの作者の作品は処女作『熊を放つ』と代表作『ガープの世界』の2本しか読んだことがないんですが、『あの川のほとりで』は『ガープの世界』と同じく、主人公である作家の人生を跡づける自伝的な雰囲気を持たせた代表作のひとつと受け止めています。まず、出版社のサイトから小説のあらすじを引用すると以下の通りです。

少年が熊と間違えて殴り殺したのは、父の愛人だった! ハートフルで壮大な、待望の最新長篇。
ニューハンプシャーの小さな町から、ボストンへ、そしてトロントへ。愛と暴力と偶然に翻弄されながら北米大陸を逃避行する、料理人とその息子。やがて息子は作家になり、親になる。四十数年ののち、気づけば彼は、すべてが始まった懐かしい川のほとりに辿りついていた。代表作『ガープの世界』に並ぶ、半自伝的大長篇。

主人公の父親であるコックが1924年生まれで、主人公の作家が1942年生まれ、実は、作者のアーヴィングと同じに設定されています。上に引用した通り、主人公の生まれ故郷であるニューハンプシャーの小さな町からの逃避行がストーリーの中心なんですが、章別構成が以下の通り、場所と時代を表しています。

  1. 1954年、ニューハンプシャー州コーアス郡
  2. 1967年、ボストン
  3. 1983年、ヴァーモント州ウィンダム郡
  4. 2000年、トロント
  5. 2001年、ニューハンプシャー州コーアス郡
  6. 2005年、オンタリオ州ポワント・オー・バリル・ステーション

見れば明らかですが、第3章のトロントと最終章のオンタリオ州はカナダであり、その他は米国です。父子の逃避行は、実は、第4章のトロントで終わります。追跡者に主人公の父親のコックが殺され、その追跡者を主人公の作家が殺害します。また、トロント在住中に主人公は息子の大学生も交通事故で亡くします。ですから、この第4章から大きく雰囲気が変化します。逃避行ながら、イタリア的な陽気な雰囲気の第2-3章と違い、第4章からは暗い雰囲気になります。このあたりは見逃すべきではありません。
それにしても、『ガープの世界』と対比させて読んでしまうんですが、主人公はいずれも成功した作家となります。この点は両方で共通しています。ただし、『ガープの世界』ではガープの母親ジェニー、フェミニズム運動の象徴に祭り上げられた看護師、という重要な役割を果たす女性が登場する一方で、本書『あの川のほとりで』は、もちろん、女性は何人も登場しますが、主人公の母親は物語が始まる前に亡くなっていますし、主人公が結婚する女性は「ケネディ・ファーザー」となってベトナム戦争への徴兵を逃れるために、一時的に結婚して子供を産むだけのような存在にすら見えかねません。主人公の父と息子、さらに、主人公の生まれ故郷であるニューハンプシャー州コーアス郡ツイスティッド・リヴァーの樵であるケッチャム、この4人を軸に男性を中心とする骨太の物語に仕上がっています。『ガープの世界』では主人公の母親との母子関係が、本書『あの川のほとりで』では主人公と父親との父子関係が軸をなしている気がします。
かなり注意力を持って読まねばならない小説です。読みにくいと表現する人もいそうです。特に、ラテン的な作法で登場人物たちの呼び名が一定ではありません。ニックネームは逃避行の中で場所を変えれば違う呼び方をされる場合がありますし、職業でコックや作家と表現されたり、さらに、主人公とその父親のコックは逃避行の中でちょくちょく名前を変えます。もちろん、主人公の作家にはペンネームがあります。ただし、カート・ヴォネガットやレイモンド・カーヴァーなどは実名で登場します。加えて、物語は必ずしもクロノロジカルに語られるわけではありません。時々、過去のさかのぼったり、書かれた時点からは未来に飛んだりします。さらに、破滅あるいは死滅に向かうこの小説にふさわしいメタファーとして、8インチの鍛鉄フライパンやブルーのマスタングなどが実に効果的に配置されており、読み飛ばしたりすると小説の味わいが半減します。

作者であるアーヴィングが今までの作品に用いて来たさまざまなモチーフも大きな役割を果たします。すなわち、クマ、犬、主人公が作家であること、ニューハンプシャー州、レスリングなどなどです。この作者や先に実名を挙げたヴォネガットとカーヴァーなどの作品を評価する向きにはぜひにも読むべき作品です。明らかに私はそのうちの1人です。しかし、そうでなければ、あるいは、注意力を持って読むことに慣れていなければ、ひょっとしたらパスすべきかもしれません。

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コメント

アーヴィングのこれまでの作品を読んだものには、いつもの懐かしい舞台。
ニューハンプシャーやヴァーモント、クマやベトナム戦争、屁をこく犬や少なくなく死んでいく知己の人たち。おかえり と言いたくなるような懐かしさ。
緊張感をはらみながらも、as it is 的などうしようもなく進んでいく時系列。
私はまだ4章の途中までしか読んでいないが、おそらく悲劇的な喜劇的な19世紀的な結末になるであろうこの先が大変たのしみ。

投稿: btsu | 2012年6月 7日 (木) 18時58分

じっくりと時間をかけて味わいながら読むべき小説です。

投稿: 官庁エコノミスト | 2012年6月 7日 (木) 20時01分

夢中になって読みましたよ。
TBさせてください。

投稿: 佐平次 | 2012年7月26日 (木) 11時04分

誠に申し訳ありませんでした。
ちょうだいしたトラックバックはスパムに分類されていましたので、復活させておきました。
重ねてお詫び申し上げます。

投稿: 官庁エコノミスト | 2012年7月26日 (木) 19時33分

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» 人生はすばらしい物語なのだ たとえ悲劇の連続であっても ジョン・アーヴィング「あの川のほとりで」 [梟通信~ホンの戯言]
ただ父さんについていけばいいんだね深夜、熊が父を襲っているのだと勘違いして、父の恋人を8インチの鋳鉄フライパンで撲殺してしまった12歳の少年がいう。そうだ父が言って二人の逃避行が始まる。 殺された女はダン少年を母のように愛してくれていた。 なぜかカナダ人渡り労働者の膝を撃ち抜いてカナダへ追いやることを喜びとする、クソったれカウボーイ・保安官・カールと同棲してもいた。 親友・ケッチャムは留まってハッタリでごまかせと忠告したけれど二人は”あの川のほとり”=ニューハンプシャーの樵たちが働くツイステッ... [続きを読む]

受信: 2012年7月26日 (木) 11時04分

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