湊かなえ『サファイア』(角川春樹事務所) を読む
湊かなえ『サファイア』(角川春樹事務所) を読みました。表題の「サファイア」をはじめとして、7つの宝石にちなんだ短篇集です。まず、出版社のサイトから本のあらすじを引用すると以下の通りです。
湊かなえ『サファイア』
市議会議員の選挙アルバイトを始めたことがきっかけで、議員の妻となった私は、幸せな日々を送っていた。激務にもかかわらず夫は優しく、子宝にも恵まれ、誰もが羨む結婚生活だった。だが、人生の落とし穴は突然やってきた。所属する党から県議会議員への立候補を余儀なくされた夫は、僅差で落選し、失職。そこから何かが狂いはじめた。あれだけ優しかった夫が豹変し、暴力を振るうようになってしまった。思いあまった私は……。絶望の淵にいた私の前に現れた一人の女性――有名な弁護士だという。彼女は忘れるはずもない、私のかけがえのない同級生だった……。(「ムーンストーン」より) 7つの宝石が織りなす物語。湊かなえ新境地がここに。
まず、宝石にちなんだ短編のタイトルは以下の通りです。
- 真珠
- ルビー
- ダイヤモンド
- 猫目石
- ムーンストーン
- サファイア
- ガーネット
最後の「サファイア」と「ガーネット」の間に明確なリンクがあるのを別にすれば、宝石をタイトルにしているという以外は独立した短編集と私は受け止めています。引用した「ムーンストーン」以外の短編を簡単に振り返ると、「真珠」では放火犯の中年女性にシャンプーや歯磨き会社のお客様相談担当者が接見し、「ルビー」では隣にある刑務所出所者だけの老人ホーム入居者との交流を描き、「ダイヤモンド」では助けた雀の恩返しでコミカルに結婚詐欺まがいの男女関係をあぶり出し、「猫目石」では一見幸福そうに見える一家の亭主のリストラ、奥さんの万引き、娘の中年男性との交際を告げ口する隣人の猫がサキの「トバモリー」のように扱われ、「サファイア」では主人公が恋人から悪質商法で得た資金で指輪をプレゼントされながら、その男性を駅での転落死事故で亡くし、最後の「ガーネット」では「サファイア」の主人公が作家デビューし、悪質商法の被害者である小説映画化の主演女優と対談する、といった内容です。
短編の中でももっとも出来がいいのは、やっぱり、「ムーンストーン」なんでしょう。出版社のサイトで取り上げているのも理由があると思います。短編すべてが、この作者独特のモノローグで語られているわけではありませんが、「ムーンストーン」はモノローグに近く、しかも、現時点と中学時代の回想で語り手の1人称の女性が異なっています。とても微妙な趣向だという気はしますが、従来のこの作者の小説の雰囲気に近いですし、文句なしに私はアリだと受け止めました。短編集で、かなりの程度に独立性が高いんですが、とても読みやすいこともあって一気に読めます。この作者の力量の高さを見せつけられた気がします。私は大いに評価していますが、モノローグではないという点も含めて、この作者の作品とは異なる雰囲気を漂わせる短編集ですし、結末がぼかされている短編もありますから、人によっては違和感を覚えるファンもいるかもしれません。その意味で、評価が分かれる可能性も否定できません。
私はこの作者の文章の醸し出す雰囲気がとても好きで、ホラー小説好きの我が家では下の子も同様なんですが、ミステリ好きのおにいちゃんは少し距離を置きつつあります。確かに、デビュー作の『告白』から最近の作品は少しミステリではなくなりつつあるかもしれません。
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