今週の読書は上田早夕里『深紅の碑文』ほか
今週の読書は、著者からご寄贈いただいき、昨日のエントリーで最近にはめずらしくシングルアウトして取り上げた櫨浩一『日本経済の呪縛』を別にして、印象的だったのは上田早夕里のオーシャンクロニクル・シリーズの長編第2弾『深紅の碑文』ほか、以下の通りです。今週はややハズレが多かった気もします。
まず、上田早夕里『深紅の碑文』上下 (早川書房) です。『華竜の宮』の続編であり、リ・クリテイシャスによる海面上昇により陸地のかなりの部分が水没した後、地下のマグマが吹き上がって<大異変>が生じてプルームの冬を迎えるまでの25世紀の地球を舞台にストーリーは展開されます。リ・クリテイシャスの後ですから生物改造が始まっており、陸上民と海上民の対立も深まっています。前作の長編『華竜の宮』と一部に登場人物は重複しています。なお、念のためですが、私は『華竜の宮』は読んでいます。2011年の第32回日本SF大賞受賞作品です。主人公的な役割を果たすのは外交官を退官して支援団体の理事長をしている青澄とアシスタント知性体のマキです。『華竜の宮』では陸上民と海上民の対立が一時的とはいえ回避され、海上民を受け入れるベースキャンプの建設が進んだ後を受け、本作品では深宇宙を目指す宇宙船の打上げがひとつのテーマとしてスポットを当てられています。もっとも、ラブカのリーダーであるザフィールについて延々と人物像を解き明かす部分は薄っぺらで、単に陸上民に関する記述と海上民に関する記述のバランスを取っただけという印象をぬぐえませんでした。SF小説の出来としては『華竜の宮』の方が高い気もしないでもありませんが、ルーシーとして海上民を海底深く残すというプロジェクトよりも、深宇宙にアシスタント知性体とともに地球人類の記録を送り込もうというプロジェクトの方により強いスポットを当てていますので、単なるノワール小説っぽいSFというだけではなく、将来への明るい展望を指し示している面もあります。ただし、戦闘シーンや流血シーンなども少なくありませんし、『華竜の宮』から感じていることですが、科学や技術に関する解説がほとんどなく、ややSFとしての深みに欠けると言わざるを得ません。また、著者のサイトでは「オーシャンクロニクル・シリーズ」と何度も書いているんですが、私は不勉強にしてメディアの書評サイトなどでこのシリーズ名を見たことがありません。誠に貧弱なメディアながら、私のこのブログでは「オーシャンクロニクル・シリーズ」というシリーズ名を連呼しておきたいと思います。シリーズ第3弾の長編はあるんでしょうか。青澄が死んだので本作で最後なんでしょうか。著者のサイトの意気込みからすれば、次作がある可能性が高いんでしょう。
http://www.keizaikai.co.jp/book/detail/9784766785678.html
次に、橋本之克『9割の人間は行動経済学のカモである』(経済界) です。昨年2013年3月25日付けこのブログのエントリーでノーベル賞経済学者であるダニエル・カーネマン教授の『ファスト&スロー』上下(早川書房) を取り上げ、行動経済学の入門書の代表作のひとつとして紹介しましたが、本書はさらに分かりやすく行動経済学を解説しています。このブログでは紹介していないんですが、ダン・アリエリー『予想どおりに不合理』を私は読んだ記憶があり、両方とも行動経済学のいい入門書といえます。本書の場合、『予想どおりに不合理』も部分的にそうなんですが、学問的な観点もさることながら、マーケティング的というか、あるいは、経済学や心理学よりも経営学的な観点からの実例や解説が多く、ひとつひとつの解説が実体験とともに十分な理解度を得られると思います。すなわち、参照点を考慮に入れるプロスペクト理論、よく考えれば不合理な行動は取らないのにヒューリスティクスで間違ってしまう人間性、フレーミング理論を活用したマイレージやお試しセットの利点、双曲割引的な時間選好による不合理な消費行動、などなど、ついつい「あるある」と思ってしまう経済行動が満載です。自分や家族の経済行動を理解する上でとても参考になります。ただし、あくまで私の場合に限ってかもしれませんが、行動経済学の成果をビジネスに活用して大儲けする能力は私にはないと感じてしまいました。
次に、永濱利廣『エコノミストが教える経済指標の本当の使い方』(平凡社) です。経済指標を解説しつつ、日本経済についての理解が深まるように工夫されています。ただし、余りにも入門レベルです。大学に入ったばかりの経済学部1年生くらいを対象にしているんではないかと想像しています。タイトルから想像して、経済指標の解説としては、例えば、私自身が単身赴任で大学に出向していたころ、2年生向けの基礎ゼミのテキストでは久保田博幸『ネットで調べる経済指標』(毎日コミュニケーションズ) を使っていました。すでに絶版になった本ではないかと思うんですが、本書よりもレベルは高かったし、もっと実用的だったと記憶しています。サイトから経済データをダウンロードして、Excel でグラフを書いたりする授業でした。経済学部とはいえ大学に入ったばかりの1年生にはツライかもしれないものの、2年生くらいであれば十分に取り組める課題として設定したつもりです。従って、私が1年生向けと考える本書はさらに入門編で、ほとんど経済について何も知らないぐらいのレベル向きなんではないかという気がしないでもありません。まったく別の観点ながら、こういう本でも出版できるのは著者が売れっ子のエコノミストだからなんだろうと、ある意味で感心しています。
最後に、島田裕巳『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書) です。知っている人は知っていると思いますが、著者は宗教学者であり、同時に、オウム真理教の大いなる理解者でもありました。地下鉄サリン事件後ですらそうだったと私は記憶しています。だからこそ大学を去ったんではないかと私なりに推測をめぐらせたりしています。それはともかく、本書は神社に関する論考です。ただし、タイトルに偽りありで、どうして八幡神社が多いのかは解明されていません。そうではなく、八幡、天神、稲荷、伊勢、出雲、春日などの神社の系統について歴史的な経緯を含めて延々と解説をしています。神道というのは宗教的な中身、例えば、道徳的な行動規範、儀式や典礼、生死観や世界観、魂の救済などがほとんどありませんから、宗教的な解説はできない可能性がありますが、それでも、神殿の作りに関する建築学的な解説とか、拝礼方法に関する蘊蓄くらいは欲しかった気もします。本書で最初に取り上げられる3類型、すなわち、八幡、天神、稲荷はそれぞれに呼び名が異なり、さらない、同じ神社でも明神と権現を聞き知っているんですが、それがどういう類型なのかはハッキリしません。私のようなシロートの見方では、八幡が武道や勝負ごと、天神が文芸や学問、稲荷が商売ごと、と大雑把に受け止めているんですが、このシロート考えが合っているのかどうかくらいは解説して欲しかった気もします。それほど期待はしていませんでしたが、やや残念です。新書に対する私の偏見を助長した気がします。
昨日の金曜日に東野圭吾『虚ろな十字架』を発売直後に衝動買いで買い求めてしまいました。来週の読書の中心になるのかもしれません。借りている本を先に読むのかもしれません。
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