今週の読書は道尾秀介『貘の檻』ほか
今週の読書は、私の大好きな若手ミステリ作家である道尾秀介『貘の檻』ほか、以下の通りです。
まず、道尾秀介『貘の檻』(新潮社) です。読み進むと気にならなくなりますが、同時代的な書き方をされている舞台は1984年です。それと32年くらい前の「昔の事件」が対比されています。決して21世紀の現在を舞台にしているわけではないので、少し注意が必要かもしれません。どうして1984年が舞台なのかは私は読み解くことが出来ませんせした。書下ろしのかなり長い作品ですが、主人公が離婚した元妻にもとにいる小学生の息子を連れて郷里に帰省した中盤少し前あたりから俄然と面白くなります。物語が一気に進み、最後の最後でどんでん返しが待っています。その意味で、かなり本格的なミステリなんですが、いろんなポケットを持っているこの作者のひとつの面が出ており、すなわち、底流に流れる悪意から暗い雰囲気が醸し出されています。この「悪意」のようなものは都会的ではなく、信州の寒村を舞台にした作者の意図はよく理解できます。まあ、悪く表現すれば、暗くおどろおどろしい初期の作品に先祖返りした印象すら感じられ、最近の何作かの明るく優しく甘い作品の雰囲気とは違っています。ホラー的な雰囲気はあるものの超常現象的な出来事はなく、ミステリ作品の構成としてはかなりしっかりしており、ラストに向かって突き進む謎解きは圧巻です。読む人によってはこの作者の最高傑作に近い評価を下す可能性はあります。特に、悪夢を誘う狭心症の薬や農業用の穴堰の構造など、人間を極限状態に追い込みかねない舞台装置の配置も見事です。私はこの作者の最高傑作は『カラスの親指』だと考えていますが、この作品も力作だと受け止めています。今週読んだ本の中では、唯一買い求めた本でした。
次に、日経新聞『リーマン・ショック 5年目の真実』(日経新聞) です。タイトル通り、2008年9月から5年を経過したリーマン・ブラザーズ証券の破綻などの金融危機を振り返ります。ただし、タイトルにこだわるつもりはありませんが、目新しい「真実」の発見があったかどうかは疑わしいと私は考えています。同じようにジャーナリズムの世界から出版され、この手の本としてはアンドリュー・ロス・ソーキン『リーマンショック・コンフィデンシャル』上下が有名で、私も読んだんですが、本書がリーマンショックからギリシアなどのソブリン・リスクに話をつなげ、民間経済、特に銀行部門の債務を政府に付け替えたとのストーリーで迫っているのに対して、『リーマンショック・コンフィデンシャル』では当時の流れに乗って、リーマン・ブラザーズ証券からAIGにつなげています。ですから、デリバティブのCDOやCDSについてもそれ相応の重点が置かれているんですが、本書はそうではありません。その分、やや深みに欠けるように見受けました。さらに、リーマン・ショックの一方の主役だった米国連邦準備制度理事会 (FED) の役割が欠けています。当時の役職で言えば、米国財務省のポールソン朝刊やコーンFED副議長へのインタビューは収録されていますが、当時のバーナンキFED議長やガイトナーNY連銀総裁はインタビューもありませんし、ほとんど出て来ません。この点も減点材料と言えます。私は紙面でも追っていたんですが、決して総力取材というカンジでもなく、5年を経た現時点の結論としてもやっぱり、本書よりも『リーマンショック・コンフィデンシャル』上下の方をオススメします。
次に、NHK取材班『超常現象』(NHK出版) です。タイトルからはオカルト本であろうとの推測が成り立ちますが、そこは偏ったスポンサーがつきかねない民放ではなくNHKのことですから、決してオカルトではなく、「現在の科学では解明されていないだけで、将来は科学的な根拠が見出されると考えられる自然現象」と言った主旨の現象を取り上げています。第1部が心霊現象、第2部は超能力で構成されています。エジプトのピラミッドとかナスカの地上絵なんかを期待していたんですが、それは含まれていませんでした。それはともかく、科学と超常現象の関係については、科学的に確実に否定される以外の現象を肯定的に受け止める考えと、逆に、科学的に確実に肯定される現象以外はすべて否定的に受け止める考えの両極端があります。私は死後の霊の世界は全否定で虚無である以外の何物も認めないんですが、超能力のうち、決して超能力者エスパーではない普通の人間に秘められていながら、現時点では解明されていない何らかのパワーというものは信じています。本書では、p.230以降でテレパシーを「量子もつれ」で説明できるかもしれないとしていますが、そこまで言わなくても、p.206以降で乱数発生装置を多数の人間の意識と共鳴させて、乱数発生の確率に影響を及ぼそうというイベントを紹介し、0.02%ながら統計的に有意なズレが発生したとリポートしています。話は大きく飛ぶんですが、実は、これがスポーツなどの応援の成果ではないかと私は考えています。我が阪神がビジター・ゲームよりも甲子園で高い勝率を残しているひとつの理由だと考えるべきです。
次に、藤田宜永『銀座 千と一の物語』(文藝春秋) です。「銀座百点」に連載された作者の短編、というよりもショート・ショートに近い長さのとても短い33編の短編小説を集めて編まれています。当然ながら銀座を舞台にしており、何点か写真も収録されています。もちろん、小説ですからドキュメンタリーの実話ではなくフィクションなんですが、ほとんどファンタジーのような現実離れした小説もあったりします。それはそれで夢があっていいと思います。私は不勉強ながら、この作家は冒険小説とかハードボイルド系ではないかと想像していたんですが、完全に人情話系の小説ばかりが集められています。もっとも、短編小説に共通する特徴としては、銀座らしいと言えば言えるんでしょうが、やや年齢層が高いです。原宿や渋谷を舞台にしているわけではないので当然です。同じことの裏返しで、やや色っぽいと言うか、艶っぽいお話が多いです。そして、何かの書評で見たんですが、仲間で群れることのない自立した個人を主人公に据えています。その意味で、大人の短編小説ないし年寄りの小説、と言うことも出来るかもしれません。
最後は同じ若手作者のSF短編小説集2冊で、宮内悠介『盤上の夜』(創元SF文庫) と『ヨハネスブルグの天使たち』(早川書房) です。作者は30代半ばの新進気鋭のSF作家であり、短篇集『盤上の夜』に収録されている短編「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞するとともに、短篇集『盤上の夜』は第147回直木賞候補に推され、第33回日本SF大賞を受賞しています。そして、『ヨハネスブルグの天使たち』でも第149回直木賞候補に推され、第34回日本SF大賞特別賞を受賞しています。現時点で単行本として発行されているのは、上の2冊だけだと思います。日本SF大賞は1980年に始まって以来、井上ひさし『吉里吉里人』が選ばれたり、あるいは、コミック『童夢』とか映画の『ガメラ2 レギオン襲来』とかアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』からの受賞があったりしましたが、最近では、2008年貴志祐介『新世界より』、2009年伊藤計劃『ハーモニー』、2011年上田早夕里『華竜の宮』などなど、私も読んでみようかという気にさせられるレベルの高い作品が目白押しです。ついでながら、この3冊の大賞受賞作については私も読んでいます。ということで、本書も非常に本格的なSF短編小説集となっています。この作者のデビュー作『盤上の夜』はボード・ゲームである囲碁、チェッカー、麻雀、将棋などを取り上げて、ジャーナリストがインタビューなどで構成するという形式を取っています。文庫本が出たので借りて読んだところ、とっても感激して、第2作の『ヨハネスブルグの天使たち』も借りました。コードネームDX9という日本製のホビー・ロボットにまつわる短編などが集められています。出版された2冊とも短篇集ですが、この作者には長編SF小説にもそのうち挑戦して欲しい気がしています。また、実は、上田早夕里『深紅の碑文』上下も借りたんですがまだ読んでいません。温暖化が進んだ将来に陸地がなくなった時の物語と聞いています。
最後に、どうでもいいことながら、私はSF小説の読書量は決して多くないんですが、それでも、日本の誇る傑作SF小説を問われれば光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』に最初に指を屈すべきだと考えています。かなり記憶は不確かながら、私は小説と萩尾望都によるコミックと両方を読んでいます。
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